2020年東京オリンピック - 情報インフラはここまで進化する
本稿では、2020年までに発展が見込まれる技術や情報インフラを解説し、東京五輪後の発展の方向性について考察していきます。
本稿では、2020年までに発展が見込まれる技術や情報インフラを解説し、東京五輪後の発展の方向性について考察していきます。
ハイライト
2020年東京五輪は、日本の技術・ノウハウを世界にアピールする機会として、政府戦略の下、各省庁が委員会などのプロジェクトが相互に連携し、技術開発や情報インフラ整備に取り組んでいる。民間企業や研究機関もこれらの取り組みに協力し、まさにオールジャパンで推進されている。
さらに、2020年に向けて開発される技術や整備される情報インフラは、東京五輪の成功だけを目的としたものではなく、その後の経済成長を支える要素として、幅広い産業での活用が可能となることが予想される。
本稿では、五輪後の幅広い活用が想定される技術や情報インフラに焦点をあて、それらが2020年時点までに提供することが期待される機能やその特徴、2020年に向けた整備計画などを解説する。また、技術の開発計画や情報インフラの整備計画などから、予想される五輪後の発展の方向性とその先の将来像について考察する。
オリンピックは「スポーツを通じ、若者を教育することにより平和でより良い世界の構築」(オリンピック憲章より)を目指した国際大会である。
一方で、東京都の試算によると、2020年の夏季オリンピック(以降、東京五輪と記す)開催までに3兆円の経済効果が見込まれており、日本経済に大きなインパクトを与えるイベントとしても注目を集めている。過去に開催されたオリンピックでは、開催後も大きな経済波及効果が継続したと考えられており、東京五輪についても開催後の継続した効果が期待されている。実際、2012年のロンドンオリンピックでは、開催までの経済効果が2.8兆円、2020年までの経済波及効果は14兆円を超えると試算されており、オリンピック前よりもオリンピック後の経済波及効果の方が大きいと見られている。
また、2019年のラグビーワールドカップ日本大会、2021年の関西ワールドマスターズゲームズと、東京五輪前後にも日本でスポーツの国際大会が開催される。政府は、日本へ注目の集まるこの期間を、日本の技術・ノウハウを国際的にアピールする機会と捉えて成長戦略・再興戦略を立てており、競技施設や鉄道などの社会インフラの整備と並行して、映像技術やロボットやエネルギーなどの分野で技術開発や情報インフラ整備も推進している。
本稿では、東京五輪に向けて開発や整備が進むと予想される技術や情報インフラの紹介を交えながら、それらの東京五輪後の発展について考察を試みる。
目次
東京五輪に向けたオールジャパンでの取組み
まず、東京五輪に向けた技術開発や情報インフラ整備の全体像を紹介する。
2016年6月時点で、政府各省庁や東京都、大会組織委員会など様々な組織が東京五輪に向けた取組みを推進している。これらは、政府の「骨太方針」「日本再興戦略」「クール・ジャパン戦略」「世界最先端IT国家創造宣言」といった政府の戦略を参照し、また、他の組織の東京五輪に向けた取組みと連携しながら進められている。以下に代表的な取組みを解説する。
東京オリンピック・パラリンピック競技大会組織委員会では「東京2020アクション&レガシープラン」を策定し、政府、東京都、経済界、企業などと連携した検討を進めており、「街づくり・持続可能性」、「経済・テクノロジー」などの5つの委員会を設置している。内閣府では「2020年オリンピック・パラリンピック東京大会に向けた科学技術イノベーションの取組に関するタスクフォース」(以降、タスクフォースと記す)を立ち上げ、「新・臨場体験映像システム」や「次世代交通システム」など、9つのプロジェクトを推進している。総務省でも「2020年に向けた社会全体のICT化アクションプラン」(以降、アクションプランと記す)を策定し、高度な映像配信サービス、都市サービスの高度化などを推進している。さらに、国土交通省や経済産業省、東京都、全国知事会なども2020年に向けてそれぞれ取組みを進めている。
これらの取組みのいくつかは、東京五輪の成功を支援するためのものでありながら、東京五輪以降も日本の技術を世界に発信し、技術や情報インフラを活用して経済成長を支援するという側面が強い。たとえば、内閣府のタスクフォースの「スマートホスピタリティ」プロジェクトは、東京五輪での訪日外国人への“おもてなし”の高度化を目的としているが、同時に日本再興戦略で掲げられた観光立国への施策として、東京五輪以降の活用も視野に入れたものである。
これらの取組みについて注目すべき点は、それぞれが体系化はされてはいないが、方向性を共有しながら進められている点である。それぞれの組織が民間企業や研究機関にも参画、協力を仰ぎ、独立して推進しつつ、それぞれに連携し方向性を共有しながらオールジャパンの取組みとして強力に推進されていることである。このため、東京五輪に向けた技術開発や情報インフラ整備は実現性が高いと考えられる。
次に、こうした取組みの中で東京五輪後に幅広い活用が想定される技術開発や情報インフラの整備について、いくつか紹介する。
東京五輪に向けた技術開発・情報インフラ整備の取組み全体像
映像技術の進歩と映像配信プラットフォーム
映像技術は、東京五輪では観戦者に感動と驚きを与え、五輪後にはクール・ジャパン戦略の取組みとして、アニメーションやゲームなどの映像関連事業の発展を牽引することを期待されており、内閣府のタスクフォース「新・臨場体験映像システム」プロジェクトや総務省のアクションプラン「高度な映像配信サービスの実現」などで推進されている。
中心となる技術は、4K/8Kといわれる高精細映像で、東京五輪までに高精細映像での放送が開始される予定である。既にCS放送やケーブルテレビなどでは、4K放送が開始されている。総務省のアクションプランでは、2016年にはBS放送で4K/8Kの試験放送が、2018年にはBSの本格的な放送開始が計画されている。計画通りに進めば、2019年には家庭から高精細映像で五輪観戦する環境が整うことになる。
また、東京五輪の感動を共有する場を提供する目的で、競技会場やパブリックビューイング、映画館、商業施設、美術館などで高精細映像での競技映像を放映することが計画されており、そのためのインフラとして2019年までに「映像配信プラットフォーム」を整備する計画となっている。この計画には大規模デジタルサイネージの開発や高速モバイル通信網の整備、放映コンテンツの整備、映像配信プラットフォームの構築などが含まれている。特にデジタルサイネージは地方や海外において感動を共有できる場を提供する中心的な手段と位置づけられており、大規模化、高精細化に加えて、多言語対応や競技情報などの配信のためのモバイル端末との連携機能など、高機能化も進められている。
映像配信プラットフォームの実現イメージ
さらに、技術を活用した新しい観戦のスタイルも検討されている。たとえば、バーチャルリアリティでの観戦や立体映像での観戦、床面へのプロジェクションマッピングによりサッカーなどの競技を上から見下ろすような観戦などである。既に多くの要素技術が開発されており、検討されているうちの一部の観戦スタイルは、東京五輪で実現されると考えられる。
東京五輪以降は、こうした映像技術開発と配信プラットフォームの整備により、時間や場所を問わず臨場感のある映像体験を得られるようになり、また、バーチャルリアリティや立体映像といった技術により、その場にいるような臨場感や自由な視点からの映像体験などが得られるようになると考えられる。
次世代都市交通システムとダイナミックマップ
過密都市である東京で行われる東京五輪の成功には、都市交通の円滑化は不可欠である。東京を訪れる外国や地方からの観戦客は、競技施設や市街地のホテルなど、特定の施設や地域へ集中して移動するため、必然的に公共交通機関や道路の大混雑が予想される。これを解消するために、内閣府のタスクフォースなどで鉄道や自動車、人の移動の円滑化に関する取組みが進められている。
これらの取組みの1つにART(Advanced Rapid Transit)と呼ばれる自動走行バスを活用した次世代都市交通システムがある。これは、優先レーンや優先信号制御によって道路混雑時にも定時運行を維持し、自動走行によるスムーズな加減速や乗降車時に車体を傾斜させる技術などにより、移動の快適さの向上やバリアフリーの実現も目指した取組みである。交通需要の変動にも柔軟に対応することができるため、東京五輪開催期間中の一時的な交通需要の増加に対応する手段として検討されている。
ARTに代表される自動走行関連の技術の中で、特に注目しておきたいのが、自動走行の情報インフラ「ダイナミックマップ」である。これは、政府が推進する「戦略的イノベーション創造プログラム(以降、SIPと記す)」の自動走行に関する取組みの1つであり、社会全体での共用が検討されている高精度な3次元地図情報である。ダイナミックマップは、複数の階層の地図情報を整備し、自動走行や最適経路の探索などに利用するものである。複数の階層の地図情報とは、信号や歩行者など概ね1秒以内の動的情報、事故情報や渋滞情報など概ね1分以内の準動的情報、交通規制情報や広域気象情報など概ね1時間以内の準静的情報、車線情報や3次元構造物など概ね1ヵ月以内の静的情報といったものである。このような情報を、自動走行や自動車ナビゲーション、自動車からの死角の状況把握による出会い事故防止などに活用することが検討されている。
ダイナミックマップのイメージ
このダイナミックマップの着目すべき点は、オープンデータであることと、地図情報を拡張できることである。オープンデータとは、2次利用が可能なルールの下で公開された政府や省庁の保有データで、公開データに改変を加えてビジネスで活用することができる公共データである。ダイナミックマップの基礎となる地図情報は、誰でも活用できるオープンデータとして整備する計画である。当初は、自動走行・事故防止のための高精度な地図情報として整備し、その後、目的に応じて情報を拡張していく構想である。たとえば、パーソナルナビゲーション向けのランドマークや店舗情報、防災・減災向けの非常口や避難所情報などを拡張整備することができる。ダイナミックマップは、このような情報の拡張により、自動運転以外の目的にも活用できる情報インフラとなることを目指している。
SIPの自動走行の取組みによると、2018年までにGPS測位技術の高度化、2019年までにダイナミックマップに向けた試作・評価および技術開発を進めるとされており、民間による活用は2021年以降となっている。
共通IDと都市サービスの高度化
東京五輪招致のプレゼンテーションで話題となった“おもてなし”は、東京五輪の準備においても重要なキーワードとなっている。各省庁の取組みにおいても、技術を活用した“おもてなし”をいかに実現するかは重要なテーマである。その1つが、総務省の都市サービスの高度化ワーキンググループなどが推進する「IoTおもてなしクラウド事業」である。
IoTおもてなしクラウドは、交通系ICカードなどを共通IDの媒体として利用し、利用者の性別、年齢、言語、宗教などの属性情報や目的地、ホテルなどの滞在情報、クレジットカードなどの決済手段を共通IDの付加情報として管理し、訪日外国人へのおもてなしを高度化する仕組みである。これが整備されれば、登録された情報を利用してパーソナライズされた情報提供や本人確認、支払いなどが共通IDだけで実現できるようになる。たとえば、スマートフォンやデジタルサイネージを使用した母国語での経路案内や避難情報の提供、宗教などを考慮した店舗案内、チェックイン時の本人確認などを共通IDで実現できるようになる。さらに、東京五輪開催期間中の日本滞在を快適にするために、共通IDのICカードをそのまま競技場や美術館などへの入場チケットとして利用することや、共通IDに登録された行先、滞在情報を参照したタクシー送迎などの活用案も検討されている。
総務省のワーキンググループによると、2016年度にはICカードやクラウドの仕様決定と実証実験を実施し、2017年度にはクラウドの構築と先行導入地域でのサービス実運用開始が予定されている。前述の映像技術や次世代都市交通システムと比べると、比較的早く実現する計画となっている。
法整備やセキュリティの確保などの課題はあるが、複数の国内大手企業が検討に参加していることや利用促進に向けてオープンな技術の採用が見込まれることなどを考慮すると、共通IDが実現すれば多くの企業の訪日外国人向けの“おもてなし”の手段として普及することが予想される。また、交通系ICカードや交通系ICカードが搭載されているスマートフォンは、国内の多くの消費者が保有しているため、国内消費者にも同様なサービスの提供が可能である。共通IDが国内消費者に提供されるようになれば、さらに多くの企業で導入されるようになるだろう。
共通IDの実現イメージ
東京五輪後は現実世界とデジタル世界を透過的に交流させるプラットフォームへ発展する
これまで紹介した技術開発や整備される情報インフラは、東京五輪後、どのように発展するのだろうか。
紹介した技術、情報インフラは、現実世界の建物などの配置や構造、車やモノの動き、個人の属性や行動などをデジタルデータとして把握することを可能にし、さらにデジタルデータを現実世界に臨場感を持って伝える、再現することを可能にする技術と考えられる。東京五輪後も継続的な技術の進歩や情報の整備が実施されれば、将来的には「現実世界とデジタル世界を透過的に交流させるプラットフォーム」として発展していくと予想される。
映像技術や映像配信プラットフォームは、見せる技術から体験させる技術への進化といえるだろう。映像配信プラットフォームなどの整備により、時間や場所を問わず映像体験が得られるようになり、バーチャルリアリティや立体映像といった技術により、その場にいるような高い臨場感や自由な視点からの映像体験が得られるようになる。さらに、デジタルサイネージやヘッドマウントディスプレイなどの体験のためのデバイスが、カメラやマイク、生体認証など高機能化することにより、映像を提供するという片方向の情報伝達から、体験を伴う双方向の情報伝達に進化していくだろう。
将来に向けては、映像による視覚情報だけでなく、聴覚情報や触覚情報などの五感をデジタル化し、伝達する技術に発展していくのではないだろうか。これらの五感を伝達する技術が発展すれば、映像の受信先から発信元である現地への物理的な働きかけも可能である。前述の双方向の情報伝達の発展と合わせて考えれば、移動するコスト、場所を占有するコストが不要となるため、時間や空間にとらわれず「デジタルデータで現実世界に働きかける技術」として発展することが予想される。このような技術が確立すれば、幅広い領域での活用が見込まれるのではないだろうか。
都市交通の情報インフラとして紹介したダイナミックマップは、実世界の場景を把握するデジタルデータの整備といえるだろう。詳細な3次元構造の地図データの整備により、対象とする人や車の平面的な地図上での位置だけでなく、その周辺の道路や建物などの立体的な構造をデジタルデータとして把握できるようになる。さらに、オープンデータとして公開される3次元地図上に他のGPSやセンサーの情報がリアルタイムで反映されることで、動いている人や車の位置、信号の状態を把握できるようになる。
将来的には、ダイナミックマップの多様な情報を目的別に蓄積できる特性を活かして、情報の種類を増やすことで、「現実世界をデジタル化するプラットフォーム」に発展すると予想される。当初は、自動走行のための情報インフラとして整備されるダイナミックマップだが、屋内施設、店舗、販売している商品などの情報を整備すれば、現実世界の構造をデジタルデータとして把握する情報インフラとなるだろう。さらに、気温や通過人数、時系列のデータなどといった、目に見えないものへと整備する情報の種類を拡大していくのではないだろうか。
共通IDとIoTおもてなしクラウドは、個人の生活をデジタル化する仕組みといえるだろう。個人を特定するための識別情報として、共通IDがIoTおもてなしクラウドで管理されることにより、利用するサービスや商品の購入場所に依存せずに、個人を特定することが可能となる。さらに、共通IDの利用履歴がIoTおもてなしクラウドに蓄積されることにより、移動や商品購入、サービス利用などの個人の行動を、企業横断でデジタルデータとして把握することが可能となる。
共通IDは、重要な個人情報を取り扱う情報インフラであり、厳重なセキュリティ管理が求められることから、将来的にはマイナンバーと統合されていくことが予想される。マイナンバーとの統合がなされれば、より厳密に個人が特定されるとともに、行政保有の情報も含めデジタル化されることになる。デジタル世界の識別情報である共通IDは、「デジタル世界と現実世界の個人の生活をつなぐ仕組み」となっていくのではないだろうか。
このように、これらの技術開発や整備される情報インフラは東京五輪に向けて整備され、五輪後の継続した開発、整備、活用範囲の拡大を経て、将来的には幅広い領域で活用可能な「現実世界とデジタル世界を透過的に交流させるプラットフォーム」へと発展していくと考えられる。
映像技術については、東京五輪に向けた「観戦のための映像技術」であるが、その後、見せる技術から体験させる技術へと進化し、五感のデジタル化技術の確立によって、「デジタルデータで現実世界に働きかける技術」に発展していくと考えられる。
同様に、ダイレクトマップは、東京五輪に向けた「自動走行のための地図情報」から、情報種類の拡大し、実世界の場景を把握するデジタルデータとして整備され、「現実世界をデジタル化するプラットフォーム」となり、共通IDは、「外国人旅行者のための共通ID」から、国内消費者へ利用範囲を拡大し、個人の生活をデジタル化する仕組みとして、マイナンバーなどと統合されることにより「デジタル世界と現実世界の個人の生活をつなぐ仕組み」へと発展すると考えられるのである。
技術、情報インフラの発展イメージ
おわりに
東京五輪に向けて、政府、地方自治体、企業が連携し、いわばオールジャパンで技術開発、情報インフラの整備が進められている。これらの技術、情報インフラは東京五輪後の活用も重視して検討されており、将来的には様々な領域で活用可能な、現実世界とデジタル世界を透過的に交流させるプラットフォームとして発展する可能性がある。
将来のプラットフォームへの発展の可能性を見据え、直接的に東京五輪に向けた技術開発や情報インフラの整備に関与していない企業も、技術や情報インフラ整備の動向を注視すべきではないだろうか。
本稿が、東京五輪に向けて開発される技術や整備される情報インフラの企業での活用の指針を得る一助になれば幸いである。
執筆者
KPMGコンサルティング
マネジメントコンサルティング
シニアマネジャー 高橋 拓志