ヘルスエクイティ~健康な高齢社会を実現するための重要概念

世界の6割以上の国で平均寿命が70歳を越え※1、人類史において前例のない規模で高齢化が進行しています。その一方で、実際には多くの高齢者が、最晩年の10年近くを健康や生活に制約のある状態で生きることを余儀なくされています※2。このギャップを縮め、「より健康に、より充実した時間」を過ごすことは、もはや個人の問題を越え、持続可能な社会を築くために避けて通れない社会課題と言えるでしょう。

こうした背景から、WHOは2021年から2030年の10年を「Decade of Healthy Ageing※3」と位置付け、持続可能な開発目標(SDGs)の取組みの1つとして、すべての高齢者が身体的・精神的健康を享受できるよう、分野横断的な連携を促しています。

このような健康な高齢社会の実現を目指すうえで不可欠なのは、ヘルスエクイティ※4(health equity)の視点です。すべての人が、属性や背景等にかかわらず、健康を達成・維持するために必要な機会を公平に得られる社会。そうした社会を実現するには、ジェンダー、人種・エスニシティ、収入、年齢、地域等による構造的な不利を是正することが求められます。高齢社会におけるヘルスエクイティの実現とは、疾患の有無や能力の違いによらず、誰もがウェルビーイング(心身の充実感)や生活の質を保ちながら生きることができる社会を目指すことにほかなりません。

たとえば、高齢期におけるジェンダー格差是正は最重要トピックの1つです。女性は男性より平均寿命が長い一方、長寿であるがゆえに慢性疾患や認知症等のリスクが高まり、要介護期間の長期化に直面しやすいでしょう。さらに生涯にわたって蓄積された社会的・経済的格差が晩年に顕在化することで、経済的困難や孤立といった課題にもつながりやすく、医療や介護等の必要なケアへのアクセスが制限されるのみならず、基本的な生活の質が損なわれるリスクを抱えています。

デジタルイノベーションが拓く、公平で健康な高齢社会の未来

世界で最も高齢化が進んだ国の1つである日本は、厚生労働省による「健康日本21」(21世紀における国民健康づくり運動)を柱とした施策を通じて、健康な高齢化という課題にいち早く取り組み、健康寿命の延伸と健康格差の縮小を目指してきました。「健康日本21(第三次)」(2024ー2034)では、「誰一人取り残さない健康づくり」を目指し、従来不十分であったジェンダー差に考慮し、骨粗しょう症や若年女性のやせなど、女性の健康に関する目標を設定しました。

一方で、ヘルスエクイティに焦点を当てた取組みは依然として限定的であり、これを解消するためには、より革新的で包摂的なアプローチが求められます。社会の多様な領域でデジタルトランスフォーメーションが進展するなか、健康課題についても、ウェアラブル端末や関連アプリなどを活用して、個人の健康情報を見える化し、より効果的にアプローチする必要性が訴えられています。

デジタルイノベーションは、単なる業務効率化を超え、社会的脆弱層を含むすべての高齢者が健康を維持し、ウェルビーイングを向上させるための強力な手段となる可能性を秘めています。データ駆動型のサービスは、疾病の予防や医療の質・アクセスの改善に加え、個別性の高い支援を提供するという大きな役割を果たします。たとえ健康上の制約を抱えていても、自己決定が尊重され、日常生活を自分らしく営み、心身の充足や社会的つながりを感じながら暮らし続けること―すなわちウェルビーイングの実現―にも貢献する可能性を秘めているのです。

たとえば、エクサウィザーズの「CareWiz トルト」のようなソリューションは、これまで課題とされてきた、客観的かつ効率的な健康状態の評価・共有を実現し、予防・健康増進のパーソナライゼーションを推進しています。本サービスは、タブレット端末等で取得した、高齢者の歩行や口腔機能の状態をAIが解析することにより、フレイルの兆候や機能低下を早期に把握し、個人のデータに基づいた運動や生活改善の具体的な提案を行います。状態が定量化・見える化されることで、自治体や医療・介護等の多職種間での情報共有を容易にし、高齢者一人ひとりに最適な介入を行うことが可能となります。

デジタルの恩恵をすべての人に:公平で倫理的な配慮の重要性

こうした技術の恩恵を最大化するためには、慎重な設計と運用が欠かせません。デジタルイノベーションは、適切な活用によって、すべての高齢者に対して健康の向上や維持を支援する有効な手段となり得る一方で、ジェンダー、年齢、所得、地域による既存の健康格差を拡大させるリスクも抱えています。特に、技術に組み込まれた高齢者に対するステレオタイプ(エイジズム)や、本人の意向を軽視した一方的な導入は、高齢者自身への技術受容を阻害するのみならず、高齢者医療や介護の質そのものの低下を招く可能性があります。

そのため、デジタルイノベーションを活用して健康な高齢化を推進するための機会と課題を、あらためて俯瞰的に整理することが不可欠です。イノベーションが倫理的かつ公平に設計・実装されるための条件を明確にし、それを実現する枠組みを構築することが重要となります。また、政策立案者、テクノロジー開発者、NGO、民間財団など、多様なステークホルダーが果たすべき役割を具体化し、協働による実践を促進することも求められます。

これらの取組みにより、イノベーションが社会的分断を助長するのではなく、すべての人々の健康と公平性の実現に向けた「架け橋」として機能することを目指していきたいと考えています。 特に、ジェンダーをはじめとする構造的な不公平に着目し、すべての人にとって公正な健康のあり方―ヘルスエクイティ―を実現するための手段として、デジタルヘルスの可能性を追求していきます 。

このような問題意識から、持続可能な高齢社会におけるデジタルヘルスのあり方について、本稿の続編(本編)を7月以後に公表する予定です。

※1:「World health statistics 2024 Monitoring health for the SDGs, Sustainable Development Goals 」(WHO)
※2:「Global Health Estimates:Life expectancy and healthy life expectancy」(WHO)
※3:「Decade of Healthy Ageing」(WHO)
※4:「ヘルスエクイティ」とは、あらゆる人が公平かつ正当に最高の健康状態を達成する機会を持つことを指す。「エクイティ(公平性)」とは、社会的、経済的、人口統計的、地理的、またはその他の不平等につながる要素(例:性別、ジェンダー、民族、障害、性的指向)によって定義されるグループ間で生じる不公平を避けられる、もしくは改善可能な差異がない状態を指す。ヘルスエクイティは、あらゆる人が健康と幸福のために最大限の潜在能力を達成できるときに実現される。

執筆者

あずさ監査法人
ディレクター 小柴 巌和
シニアマネージャー 山形 律子
シニアアソシエイト 財津 七美
シニアアソシエイト 牧之内 純子
シニアアソシエイト 倉嶋 麻里
シニアアソシエイト 畠山 航也
シニアアソシエイト 植田 真美
シニアアソシエイト 船津 美穂
アソシエイト 戸瀨 知実

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