戦略および意思決定への「インパクト」視点の適用

インパクトの可視化とその開示ありきで考えるのではなく、戦略および意思決定プロセスにインパクト視点を適用することで、戦略とサステナビリティの一体化を実現し、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上とインパクトを創出し続けるサステナブルな経営を実践することが重要です。

インパクトの可視化とその開示ありきで考えるのではなく、戦略および意思決定プロセスにインパクト視点を適用することで、戦略とサステナビリティの一体化を実現し、持続的な成長と中長期的な

企業は事業活動を通じて「企業価値の向上」と「インパクト創出」の両方を追求していくことが求められます。そのためには、インパクトを軸に戦略とサステナビリティを統合する必要があります。しかしながら、現実には多くの企業で両者は泣き別れており、インパクトを活用できていないのが実態です。

今までも多くの企業がインパクトの可視化に挑戦してきましたが、その手法が普及してこなかったのは、インパクト・ウォッシュとまでは行かずとも、インパクトの可視化それ自体が抱える多くの課題に対して十分かつ明確な解を示すことが困難であるということも一因となっていると考えられます。

インパクトの可視化とその開示ありきで考えるのではなく、戦略および意思決定プロセスにインパクト視点を適用することで、戦略とサステナビリティの一体化を実現し、持続的な成長と中長期的な企業価値の向上とインパクトを創出し続けるサステナブルな経営を実践することが重要です。

本稿では、その方法として、インパクト指標の活用について解説します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

Point

1.企業の多くは、戦略とサステナビリティを統合できていない
企業は事業活動を通じて「企業価値の向上」と「インパクト創出」の両方を追求していくことが求められるが、戦略とサステナビリティが泣き別れているため、統合して考えられていない。この解決策の1つが「インパクト」の活用である。

2.「インパクト」を可視化し評価した結果の開示が広がっているが課題は多い
インパクトを可視化・評価する手法は、現時点においては"発展途上"というのが実態である。また、インパクト評価の結果を開示する際には「インパクト・ウォッシュ」とみなされるリスクも ある。

3.企業の戦略および意思決定プロセスへ「インパクト」視点を適用する
インパクト可視化の結果を開示することありきで考えるのではなく、戦略と結びつけてインパクト指標を設定し、その進捗をモニタリングすることで、企業が環境や社会に対して「インパクトを創出」し、同時に「企業価値を向上」させていく道筋が明確になる。

Ⅰ.サステナブルな経営に関する 日本企業の現在地

企業は事業活動を通じて環境・社会にインパクトを与える一方で、リスク・機会にも対応することが求められています。これらのインパクト、リスク・機会に対応し「企業価値の向上」と「インパクト創出」の両方を追求していくことが求められます。そのため企業は、中長期の戦略を検討するにあたりインパクト、リスク・機会の重要性を評価し、サステナビリティ課題を経営の重要課題として認識することが不可欠 です。

多くの企業は、長期ビジョンの実現に向けて中長期の時間軸で全社的に取り組むべき課題を、経営の重要課題と位置付けています。長期ビジョンの策定と合わせて経営の重要課題を特定し、これを基にバックキャストで中期経営計画を策定することで、自社の中長期的な成長の道筋を明示しています。長期ビジョンおよび経営の重要課題は主に経営企画部門が事務局となり経営メンバー主体で検討します。

一方で、多くの企業は経営の重要課題とは別に、サステナビリティ部門が主体となってサステナビリティに関する重要課題( いわゆる「マテリアリティ」)を特定しています。よくあるケースとして、マテリアリティを後付けで戦略に組み込もうとし、結果的にその一部しか戦略に反映できないことがあります。これらのケースでは、実態として戦略とサステナビリティが泣き別れるという事象が多く見受けられます。

また、近年世界的にサステナビリティ情報の開示基準が整備されつつあり、わが国においてもISSBのIFRS S1・S2 基準をベースにしたサステナビリティ開示基準が公表されました。今後、企業は基準に準拠し、投資家の比較可能性を担保した形でマテリアリティを特定・開示することになりますが、前述した戦略とサステナビリティが泣き別れた状態が継続するようでは、投資家からもサステナブルな経営の取組みについて十分に評価が得られない可能性があります。

このような課題認識のもと、戦略とサステナビリティを統合するための1つの方策として、「インパクト」を活用していくことを本稿では説明します。

Ⅱ.インパクト可視化の課題

1. インパクトとは何か

インパクト( 社会的インパクト)とは、「短期・長期の変化を含め、当該事業や活動の結果として生じた社会的・環境的なアウトカム」1を指します。企業が事業活動を行えば、必ず社会・環境・経済に対して、ポジティブとネガティブ両方のインパクトを与えます。たとえば、製品を製造すればCO2 を排出することになり、社会インフラを改善するようなサービスを提供すれば、人々の生活環境の改善に寄与します。これらのインパクトは、今までも企業において一定程度認識されてはいたものの、企業価値と同等に語られることはありませんでした。従来はあくまでも、社会貢献の一環や副次的な産物という位置付けであったと考えられます。しかしながら、昨今はサステナビリティへの関心の高まりを受け、企業や投資家は、インパクトの重要性を再認識し、そのインパクトをどのように可視化するべきか、という点に関心を向けるようになりました。そのため、インパクトの可視化に挑戦する企業が徐々に増えてきています。

2. インパクトの可視化に伴う「インパク ト・ウォッシュ」リスク

インパクトを可視化する手法は、現時点においては標準化されておらず"発展途上" というのが実態です。インパクト評価の大きな方向性としては「定性評価」「非貨幣的定量評価」「金額換算」の3種類あり、さまざまなイニシアチブにおいて研究・開発が進められています。たとえばインパクトの「金額換算」のイニシアチブの代表的なものとして、『International Foundationfor Valuing Impacts (IFVI) 』があります。

ハーバードビジネススクールのインパクト加重会計プロジェクトからスピンオフし設立され、民間企業と4大監査法人が参画したValue Balancing Alliance(VBA )とのパートナーシップも結ばれています。なお、KPMGは、2015 年に会計分野における長年の経験を基に、従来の財務報告では説明しきれなかったアウトカムやインパクトについて評価する「True Valueメソドロジー」2を開発しています。True Valueメソドロジーにおいて、「企業の真の価値」とは、財務的価値のみで評価するものではなく、企業が経済・社会・環境に対して与えるポジティブ・ネガティブ双方の影響を考慮した非財務的価値もあわせて評価すべきという考え方に基づいて、インパクトを「金額換算」して評価するものです。

このように統一された評価手法が確立していない状況下において、企業側も試行錯誤しながらインパクト評価に取組んでいます。また、インパクト評価を行う目的もさまざまです。「自社が創出するインパクトを可視化しステークホルダーに訴求したい」「優秀な人材の採用・定着につなげたい」「経済的価値への貢献度が不明瞭なCSR的な支出の正当性を検証したい」等が挙げられ、多くのケースではインパクトを評価した後に、その結果を開示しています。

可視化したインパクトを開示する際には「インパクト・ウォッシュ」とみなされるリスクがあることを認識する必要があります。たとえば、インパクトは評価のバウンダリーの捉え方次第で、その評価方法や結果は大きく変わってくる可能性があります。

また、開示するインパクトがポジティブ・インパクトだけでなくネガティブ・インパクトも網羅的にとらえられているのか、といった課題点もあります。可視化したインパクトの開示が今まで普及してこなかったのは、インパクト・ウォッシュとまでは行かないものの、これら課題点に対して十分かつ明確な解を示すことが困難であるということも一因となっていると考えられます。

 

Ⅲ.企業の戦略においてもインパクトの視点が必要となって いる

インパクトの可視化とは別に、一部上場企業においてインパクト投資を活用する機
運が高まっています。インパクト投資は、財務的リターンとインパクトの創出の両立を目指す投資手法であり、2022 年に、金融庁が「インパクト投資等に関する検討会」を開始し、「インパクト投資に関する基本的指針」を策定しました。また、2023年11月に官民連携の「インパクトコンソーシアム」が設立されました。そのうち「市場調査・形成分科会」では、特に上場市場に着目し、上場市場におけるインパクト投資の要点を発信していくことを目指しています。また、厚生労働省は2025年1月、4月からの年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の次期中期計画案の骨子に「市場平均収益率を確保しながら、被保険者の利益のために長期的な収益確保を図る観点から、投資先企業の事業内容がもたらす社会的・環境的効果(インパクト)を考慮して投資を行うことについて検討し、必要な取組みを実施」と明記し、社会課題の解決と収益性の両立を図る「インパクト投資」の実施を盛り込みました。

企業はサステナブルな経営を実現するために、投資をはじめさまざまな局面において意思決定を行う必要があります。インパクト投資の考え方を応用し、企業の戦略および意思決定に「インパクト」視点を適用することによって、戦略とサステナビリティの統合を実現することができます。

Ⅳ.戦略および意思決定へのイン パクト視点の適用

企業の戦略および意思決定に「インパクト」視点を適用することによって、企業は「企業価値の向上」と「インパクトの創出」を両立することが可能となります。企業の戦略および意思決定に「インパクト」視点を適用するためには以下のプロセスを経る必要があります。( 図表1参照)

図表1 戦略および意思決定へのインパクト視点の適用プロセス

図表1 戦略および意思決定へのインパクト視点の適用プロセス

出所:KPMGジャパン作成

1. インパクトの定義

まず、自社にとってのインパクトを定義する必要があります。インパクトは、重要課題・マテリアリティに対応することによって自社の活動が環境や社会に及ぼす影響であることを踏まえると、インパクトの定義は自社のマテリアリティを出発点とすべきと考えます。サステナビリティに関する重要課題( いわゆる「マテリアリティ」)をダブルマテリアリティ評価で特定している場合、インパクトマテリアリティの観点から、どのインパクトを自社の重要なインパクトとするのかを絞り込んでおり、それを活用できます。たとえば、インパクトを「気候変動への対応を行うことによる健康や社会環境の改善」と定義します。

2. インパクトと紐付く戦略の特定

インパクトが定義できたら、インパクトパスウェイ(ロジックモデル)を作成していきます。インパクトパスウェイの作成は、企業の戦略がどのようにインパクト創出しているのか、因果関係を明らかにすることを目的としています。戦略がどのようなインパクトを創出しているのが明らかになれば、戦略を通じてインパクトそのものを経営として管理することが可能となります。たとえば、「従来製品よりGHG排出量が少ない製品の売上を伸ばす」という戦略が、気候変動への対応を行うことによる健康や社会環境の改善するというインパクトに直結すると特定します。

3. インパクト指標の設定

次に、戦略と紐づくインパクトを経営として管理する、という目的を踏まえ、インパクト指標を設定します。インパクト指標は、文字どおり定義したインパクトの進捗を評価するための指標です。インパクト指標の設定にあたっては、その指標の目標を達成することが、戦略上の計画を達成できる、というレベルであるのが望ましいと考えます。たとえば、GHG排出量が少ない製品の売上を○%拡大していくという戦略は、環境に対する正のインパクトを創出していくことにもつながります。このケースにおけるインパクト指標としては当該製品のGHG排出削減貢献量、業績評価指標は削減貢献の高い製品の売上伸び率などが考えられます。目標とするGHG排出削減貢献量を達成することが売上目標の達成にもつながります。

4. インパクト指標のモニタリング

最後に、インパクト指標の進捗を、他の戦略上の指標と合わせてモニタリングしていきます。進捗状況に応じて、活動の改善へとつなげていきます。

上記のプロセスを経ることで、企業の意思決定過程でインパクトの視点を取り込み、戦略とサステナビリティの統合を可能とします。また、この活用方法は対外開示を目的とせず、管理会計のように内部利用を想定しており、インパクトを網羅的に評価していないからといって「インパクト・ウォッシュ」となる懸念もありません。

インパクトを可視化した結果を開示することありきで考えるのではなく、戦略と紐付けてインパクト指標を設定し、その進捗をモニタリングすることで、企業が環境や社会に対して「インパクトを創出」し、同時に「企業価値を向上」させていく道筋が明確になります。

執筆者

あずさ監査法人
サステナブルバリュー統轄事業部 
アドバイザリー事業部
清王 まつり/シニアマネジャー 

1 短期・長期の変化を含め、当該事業や活動の結果として生じた社会的・環境的なアウトカム
内閣府「社会的インパクト評価の推進に向けて―社会的課題解決に向けた社会的インパクト評価の基本的概念と今後の対応策について―」(平成28年3月)

2 True Valueメソドロジー社会的インパクト定量化支援(TrueValueメソドロジ-)
https://kpmg.com/jp/ja/home/services/advisory/risk-consulting/sustainability-services/true-value-impact.html

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