日本のコーポレートガバナンス改革の現在地―グローバル投資家から見た日本の現状と日本企業への期待―

国際コーポレートガバナンス・ネットワーク(ICGN)のCEOに2024年就任し、同11月に来日したジェン・シッソン氏に、あずさ監査法人の林 拓矢マネージング・ディレクターが話を聞きました。

国際コーポレートガバナンス・ネットワークのCEOに2024年就任し、同11月に来日したジェン・シッソン氏に、あずさ監査法人の林 拓矢マネージング・ディレクターが話を聞きました。

2025年はコーポレートガバナンス・コードの制定から10年という節目を迎えます。その間、取締役会において独立社外取締役を1/3以上選任する上場企業の割合は大きく上昇し、任意を含む指名委員会や報酬委員会を設置する上場企業の割合もプライム市場に限れば8割を超える状況となっています1。企業からは「形式は整った」という自己評価も聞こえてきますが、グローバルに投資を行う機関投資家は日本のコーポレートガバナンスの現在地をどう見ているのでしょうか。2025年に設立30周年を迎え、2025 年3月4日~5日に東京で大規模なカンファレンスの開催を予定している世界最大級の機関投資家ネットワーク、国際コーポレートガバナンス・ネットワーク(International Corporate Governance Network、以下「ICGN」という)2のCEOに2024年就任し、同11月に来日したジェン・シッソン氏に、あずさ監査法人の林 拓矢マネージング・ディレクターが話を聞きました。

対談

ジェン・シッソン 氏
International Corporate Governance Network(ICGN)
CEO

大手会計事務所をはじめとして、英国財務報告評議会(FRC)やゴールドマン・サックス・アセット・マネジメントで 経験を積む。2024年に、加盟会社の総資産が77兆ドル(約1.1京円)に達する投資家団体国際コーポレートガバナンス・ネットワーク(International Corporate Governance Network、ICGN) のトップに就任。世界の投資家を束ね、企業の統治改革と投資家のスチュワードシップ改革を推進している。

ICGNの目的と日本のコーポ レートガバナンス改革とのかか わり

林 

本日は来日中の貴重なお時間をいただきありがとうございます。まずは、ICGN がどのような組織なのか、簡単な紹介と、日本におけるコーポレートガバナンス改革との関わりについてお聞かせください。

シッソン氏  

ICGNは投資家のグローバル組織です。主に資産運用会社や年金基金などのアセットオーナー、政府系ファンドなどがメンバーとなっています。 その総資産運用額は約77兆米ドル( 約 1.1京円)です。ICGNの目的は、世界中で企業のコーポレートガバナンスと投資家のスチュワードシップの水準を向上させることです。ICGNのメンバーは、長期的な投資家であり、良好なコーポレートガバナンスが長期的でサステナブルな価値創造の鍵であると信じています。

 

日本では金融庁と東京証券取引所が設置する「スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議」や「スチュワードシップ・コードに関する有識者会議」にも有識者メンバーとして参加されていますね。

シッソン氏  

はい。企業のコーポレートガバナンスと投資家のスチュワードシップの水準を向上させ、ベストプラクティスを推進するために、各国の政策立案者や規制当局と協力しています。日本では前任のCEOの時代から両コードの改訂に関与しており、いま進行している「スチュワードシップ・コードに関する有識者会議」にも継続して参加しています。

林 拓矢

林 拓矢
あずさ監査法人 サステナブルバリュー統轄事業部
マネージング・ディレクター

国内損害保険会社を経て、2002年朝日監査法人(現あずさ監査法人)に入所。以来、一貫してコーポレートガバナンス、リスクマネジメントに関するコンサルティングに従事し、数多くのアドバイザリー業務経験を有する。

日本のコーポレートガバナンス 改革の現在地

 

ICGN からみて、日本のコーポレートガバナンス改革の進展と現在地をどのようにとらえているでしょうか。コーポレートガバナンス・コードの策定、改訂を経て、日本企業のコーポレートガバナンスは高度化したとの自己評価も聞こえてきますが、欧米企業の水準と比較すると、まだ劣後している面もあります。しかし、独立社外取締役の割合を過半数にする、取締役会議長を社外取締役にするなどのさらなる取組みに対しては、「それで企業価値は高まるのか」という疑念も聞こえてきます。日本企業のコーポレートガバナンスは、今後どのように発展すべきとお考えでしょうか。

シッソン氏  

過去10年の日本におけるコーポレートガバナンスの進展は素晴らしいものです。これは、政策立案者、規制当局、投資家、そして日本企業がコーポレートガバナンスの実践を通じて、成長とグローバルな投資を促すための努力の証です。具体的には、独立社外取締役、女性取締役が増え、取締役会の多様性も改善しています。また、多くの企業が独立した報酬委員会や指名委員会を設置するようになりました。グローバルな投資家にとっては、英文の年次報告書を公表する企業が増えたことも喜ばしいことです。これらの進展はどれもすばらしく賞賛すべきです。しかし、コーポレートガバナンス改革とグローバル水準のベストプラクティスを目指す道のりは長いものです。グローバルな市場でビジネスを行い、投資を惹きつけることを考えれば、グローバル水準のベストプラクティスを追求し続けることが大切だと考えています。

 

コーポレートガバナンスの改革は、決して終わりがあるものではないということですね。継続的な改善の次のステップとしては、どのような点に焦点を当てるべきだと思われますか。まずは企業の取組みの観点でいかがでしょうか。

シッソン氏  グローバルなベストプラクティスとの比較の観点から、取締役会の独立性をさらに高め、独立社外取締役の割合を50%に、最終的には過半数を目指すことが望ましいと考えています。そうすることで、英国、欧州各国、米国、オーストラリアなどと同水準となります。また、投資家が明確な情報を得たうえで、議決権行使を行うためには、定時株主総会前に有価証券報告書が開示されることも重要だと考えています。また、政策保有株の縮減は進んでいますが、政策保有株という慣行そのものを終結させるべきだと考えています。そうすることで投資家は企業をより理解し、適切に評価することができますし、企業のROE にも好影響を与えるでしょう。日本にはPBRが1倍を下回る企業がまだ多く存在していることからも、これらの改革は引き続き必要だと考えています(図表1参照)。

林 

投資家との対話の観点からは、どういった取組みが大切だとお考えですか。

シッソン氏  

企業と投資家の関係をより強固にするには、IR 担当者だけではなく、経営幹部や取締役が対話の場に参加することが重要です。投資家が株主総会に参加しやすい環境を整えることも大切ですし、投資家のスチュワードシップを高めるために、制度面で投資家保護の取組みが進むことも期待しています。

 

今、企業はPBR 向上などの短期的なプレッシャーにも直面しており、そのような状況下で、コーポレートガバナンスが企業価値の向上に有効なのかということを疑問視する声もあります。

シッソン氏  

短期主義と緊急性の高い課題への取組みを混同すべきではありません。短期主義は、将来を犠牲にして今を優先する意思決定を行うことです。一方、緊急性の高い課題は、それが将来にとって重要であるために、いま取組みが求められるものです。資本効率に焦点が当てられているのは、それが将来の価値を生み出すために必要だからであり、早急な改善が望まれるからです。資本効率の改善は、より良い長期的な戦略にもとづく資本配分を可能にするものです。早急な取組みが望まれますが、視点はあくまで長期的なのです。

 

長期的な企業価値を考慮するにあたっては、コーポレートガバナンスの継続的な改善も不可欠だといえますね。

シッソン氏  

はい。コーポレートガバナンスはビジネスの礎です。なぜなら、それは企業経営に直接的にかかわるものだからです。適切に経営が監督され、均衡と抑制が保たれ、リスクが管理され、戦略的思考に基づく経営が行われることは、ビジネスの長期的かつサステナブルな成功においては不可欠です。だからこそ、単に形式を満たすだけではない、高質なガバナンスが求められているのです。私たちは長期的な投資家として、企業の長期的な成功を促進するために、堅牢なコーポレートガバナンスの枠組みが必要だと考えています。

取締役会の実効性向上には何が必要か

林  

私は取締役会の実効性評価に長く携わっていますが、取締役会の目的や果たすべき役割が、経営層と社外取締役の双方に必ずしも十分に理解されていないのではないかと感じます。実効性の高い取締役会には何が必要だと思われますか。

シッソン氏  

取締役会には多様なスキルを持つメンバーが必要ですが、たとえ多様なメンバーがいても、彼らの意見が包摂的に吟味され、意思決定に反映されなければ意味がありません。そこには、様々な意見を取り入れ、活発でバランスのよい議論を進行する優れた議長が必要です。また、適切な多様性が確保されていたとしても、取締役会での議論に新たな視点がもたらさなければ効果がありません。取締役会が多様な視点を取り入れつつ、自らの使命や役割を明確に理解していることは非常に重要です。そのうえで、経営陣に対して責任を果たしているかどうかをしっかりと認識しなければなりません。

対談

林  

おっしゃるとおり、取締役が自らの役割や取締役会の目的を理解しているかどうかは大きな違いを生むと感じています。その理解が不足したまま、「審議のための審議」のような形式的な取締役会を開いている会社がないとは言い切れません。実効性向上を議論する前に、そもそもなぜ取締役会が存在するのかという点を深く理解する必要があると思います。

シッソン氏  

完全に同意します。そして、取締役会の役割が戦略的なものであることを念頭に、組織としての指針を設定したうえでモニタリングを行い、執行を支援しつつも、チャレンジすることを忘れてはなりません。

林  

独立社外取締役の役割についてはどうお考えですしょうか。

シッソン氏  

独立社外取締役は、少数株主の声を代弁することが非常に重要です。そのうえで、取締役会全体としてリスクをバランスよく検討すべきです。ビジネスには常にリスクが伴いますから、それらを慎重に検討し、長期的かつサステナブルな価値創造の促進のために、自身の知識と経験を活かして、最良の道筋へと導くことが期待されます。

林  

日本企業の社外取締役はリスク回避的な発言が多いともいわれており、経営者にとっては過剰なブレーキとなりかねない懸念から、独立社外取締役を過半数にすることに二の足を踏む経営者も見られます。ジェンさんの言われたような独立社外取締役の役割を、社外取締役自身も経営者も理解していれば、おのずと取締役会における独立社外取締役の割合は高まるのではないでしょうか。

シッソン氏  

そう思います。そして、取締役全員が、取締役会の役割、個々の役割、そして会社のパーパスとその取組みについて、共通の理解を持つことが大切です。

企業と投資家のエンゲージメン トに関する課題をどこから解決していくべきか

林  

いま進行しているスチュワードシップ・コードに関する有識者会議の議論において、建設的な対話の実現に向けた構造的な課題が企業側にも投資家側にもあると指摘されています。問題が多岐にわたることは、有識者会議のメンバーであるジェンさんも感じられていることと思います。それらの問題に対し、どこから変えていくべきなのでしょうか。

シッソン氏  

エンゲージメントの実効性を高めることも長い道のりであると考えています。同時に、エンゲージメントは、人と人が関わり、意見を交わすものですから、課題解決のための正解は1つではないのです。いうなれば、これは一定の法則にもとづいて解を導くことのできるサイエンスではなく、主観や感性を伴うアートの領域といえるでしょう。したがって、エンゲージメントの形式、たとえば、1対1なのか、集団で行うかが重要なのではありません。重要なのは、企業と投資家の間で共通の理解を求め、前進するための方法をともに模索することです。意義あるエンゲージメントを実行する際の課題の1つは、私たちが共通の目的を持っていることを忘れがちだということです。株主は当然ながら会社の成功を望んでいます。経営陣も自らが運営する会社の成功を望んでいるはずです。

しかし、多くの場合、エンゲージメントは対立する議論の場と捉えられがちです。本来、エンゲージメントは協力的で建設的なものです。投資家は長期的な価値創造に役立つと信じて会社に助言や要請を行っています。ですから、経営者にとって、自社の株主が何を求めているかを理解することは意義あることであるはずです。しかし、エンゲージメントを一種の反対意見を受け取る場と捉えていることが多いように思います。ですので、どのような形式のエンゲージメントであっても、まず目的を共有し、共通の理解を持つことが必要です。

林  

日本でエンゲージメントを適切に機能させるためには、何が必要だと思われますか。

シッソン氏  

適切な人材をエンゲージメントの場に関与させることです。日本の場合、多くのエンゲージメントが投資家と企業のIR 部門の間で行われています。しかし、英国や米国、欧州、オーストラリアなど、世界の多くの市場では、投資家は取締役会議長、CEO、CFO、関連する執行部門の責任者と直接対話を行います。株主は敵ではありません。長期的なリターンを株主に提供するのは、会社の大きな目的の1つです。

そこから富が生み出され、分配されるのです。ですから、投資家は企業の成功を望んでいます。だからこそ、株を所有しているのです。企業は投資家が敵対する相手ではないことを理解し、適切なメンバーでエンゲージメントに参加してくださることを期待しています。そして、双方が目的を共有し、同じチームであることを忘れずに協力することが望まれます。

サステナビリティ情報開示制度に対する海外投資家の期待

 

サステナビリティ情報開示の進展についてもお伺いします。日本においては、投資家のサステナビリティ情報の活用に向けた期待にばらつきがあるように感じています。企業も、多大なコストを投じても、投資家がどこまで投資判断にサステナビリティ情報を利用するのか疑義を持つ経営者もいます。海外投資家はサステナビリティ情報の開示制度に対し、どの程度の期待を持ち、意思決定に活用する見通しを持っているのでしょうか。

シッソン氏  

グローバルな投資家は、世界中で企業が財務的に重要性の高いサステナビリティ情報を開示することに期待しています。ですから、日本企業が国際競争力を維持し、国際水準のベストプラクティスに適合するために、そのような情報を開示することは重要だといえます。ICGN は、国際サステナビリティ基準審議会が策定した開示基準に強く賛同しています。日本のサステナビリティ基準委員会が検討を進めている基準がISSBの基準と整合したものとなることが望ましいと思っています。それが実現すれば、世界の投資家は企業のパフォーマンスをより深く理解し、また比較することができるからです。新たな基準に沿った情報開示は、企業にとっては確かに大きく重要なチャレンジだと思います。しかし、開示が求められている内容は、ビジネスにおける核心的な問題であるはずです。マテリアルであるからこそ、高い水準で報告すべきだと考えます。投資判断においても重要な情報です。したがって、次のステップとして、情報に対する信頼性を確保し、日本や世界の投資家が、その情報の品質に信頼が持てるようになることも重要です。ご苦労もあると思いますが、いつかは着手しなければならず、時間をかけてでも目指すべきものだと考えています。

 

これを大きなコストだと捉えている経営者は多いと思いますが、企業がこれまで強力に推し進めてきたサステナビリティへの取組みを、世界により認知してもらう機会でもありますね。

シッソン氏  

もちろんです。これを機会とする方法はいくつかありますよね。1つは、どのようなアプローチで価値創造に取り組んでいるのかを、一連のストーリーで伝えることです。組織が中長期的にサステナブルである理由が伝えられなければ、組織の外にいる人々は推測に頼らざるをえず、確証がえられないために当然ながら心配になります。投資家がそうした情報を必要としている理由もここにあります。現在、多くの投資家が推定値に頼っており、推定値である以上、誤差が生じるのは避けられません。ですから、企業が自分自身のストーリーに基づいて重要だと考えることを明確に述べることには意義があります。そして、財務的に重要であるならば、それらは企業として管理すべきなのは当然のことです。

報告にはコストがかかりますが、重要なのは、収集した情報をいかに活用するかです。統合報告や統合思考は不可欠です。そして、実際の戦略の遂行と報告をリンクさせ、本当に重要な情報を示すことが重要です。

2025年3月の東京でのカンファ レンス開催に向けて

林  

私たちKPMGは、企業の価値向上に向けた取組みや、コーポレートガバナンスの実効性向上の支援を行っていますが、投資家の視点でKPMGにはどのようなことを期待しますか。

シッソン氏  

いま企業は非常に困難な状況にいます。コーポレートガバナンスへの期待は高まり、規制も報告要件も変化していくでしょう。ですから、企業がKPMG のような専門家の助言を得ることは賢明なことです。企業は、ガバナンスの一環として、自社だけでは得られない知見は何か、つまり何について専門家の助言が必要なのかを考えることが大切です。そして、KPMGのようなコンサルタントは、広い視野を持ち、市場全体、世界全体を見渡して、ベストプラクティスを理解し、企業の個別かつ具体的な状況に対して、自らの知識と経験を適用し、十分な独立性を有する質の高い助言を提供することを期待しています。企業が何を必要としているのかに真剣に向き合うことで、非常に大きな価値が生まれると思います。経験の浅いメンバーを採用することもあるでしょうから、彼らの育成も大切ですね。

林  

私たちのチームにいる若手のコンサルタントは、学生時代からサステナビリティについて学び、高い意識を持っています。そうした人材がチームに加わることで、組織に新しい視点がもたらされています。

シッソン氏  

そのような未来のリーダーが多くいるのは非常に嬉しいことです。この分野は常に変化していますから、私たちはみなが学び続ける必要があり、新たな視点を育む必要があります。これは、投資家や取締役を含む、すべての人にいえることですね。

林  

世界を見渡せば、より多くの知恵と経験が存在しています。ICGN は3月に東京で大規模なカンファレンスを開催3 しますが、このような機会を通じて、世界のさまざまな事例から学べることが多くあるのではないでしょうか。

シッソン氏  

ICGN は2025年に設立30周年を迎えます。これまで、世界の投資家を代表して日本のコーポレートガバナンス改革を促す議論に多く参加してきました。その間、多くの素晴らしい進展がありました。しかし、まだやるべきことは多くあります。3月のICGN のカンファレンスには世界の投資家が多く参加します。多くの日本企業と投資家がアイデアを共有し、共通の理解を築く機会とすることで、さらなる進展が可能になると思っています。投資家だけでなく、日本企業にとっても大きな価値をもたらすことになると期待しています。

対談

1 コーポレート・ガバナンス白書2023 | 日本取引所グループ
https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jb0-att/cg27su0000004bk2.pdf
2 ICGN(International Corpora te Governance Network)
https://www.icgn.org/
3 ICGN 30th Anniversary Conference - Asia
https://www.icgn.org/icgn-asia- 30th-anniversary-conference

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