日本政府や自治体は、「資産運用立国実現プラン」および「金融・資産運用特区実現パッケージ」の下、アセットマネジメント(以下、アセマネ)やフィンテック領域の活性化に力を入れており、海外のファンド・アセマネの日本への誘致や、国内の新興のアセマネ(Emerging Manager)の育成に向けた活動が活発になっています。

本稿では、こうした海外ファンド・アセマネやフィンテックの誘致といった政府・自治体の取組みについて、海外の国際金融センターとの比較を踏まえ、今後の展望について考察します。

1.資産運用立国実現プランと金融・資産運用特区実現パッケージ

欧米との比較において、日本特有の課題として「現預金比率が高く、資金流動性が低い」という点が挙げられることが多々あります。「貯蓄から投資へ」の流れを加速するための施策はこれまでもなされてきましたが、統合的プランとして2023年12月に「資産運用立国実現プラン」が政府から発表されました(図表1)。

【図表1:資産運用立国実現プラン】

未来を見据えた日本のアセットマネジメント業界への期待_図表1

出典:金融庁「資産運用立国について」を基にKPMG作成

「資産運用立国実現プラン」では、インベストメントチェーンのなかでの資金の出し手である家計をはじめ、資金を仲介する銀行・証券といった販売会社、資金運用を行うアセマネ、年金等のアセットオーナー、運用先である企業に対し働きかけを行います。それにより、家計の現預金が投資に向かい、企業価値向上の恩恵が家計に還元されることで、さらなる投資や消費につながる「成長と分配の好循環」の実現を目指します。

さらに、2024年6月には、金融・資産運用業を特定地域に集積させ、国内外の投資資金を呼び込みながら地域の産業・企業が発展しやすい環境を整備することを目的に、「金融・資産運用特区実現パッケージ」が金融庁から公表されました。

対象地域は北海道・札幌市、東京都、大阪府・大阪市、福岡県・福岡市の4地域となっており、図表2および図表3に示すようにそれぞれの地域特性を活かした方針を掲げ、海外からの投資呼び込みやフィンテック・アセマネの誘致を積極的に進めていく予定としています。また、国として外国人投資家向けの支援や、海外からグリーントランスフォーメーション(Green Transformation:GX)やフィンテック等の専門人材を受け入れるための施策を実施するとしています。

【図表2:金融・資産運用特区】

北海道・札幌市 GXに関する資金・人材・情報を集積し、GX金融・資産運用特区を実現
東京都 国際金融センター としての環境整備を進め、日本・アジアのサステナブルファイナンスやスタートアップの育成を促進
大阪府・大阪市 海外投資を呼び込みつつ、スタートアップ等によるイノベーションの実現を推進
福岡県・福岡市 アジアのゲートウェイとして金融機能を強化し、福岡・九州のスタートアップ等を育成

 出典:金融庁「金融・資産運用特区実現パッケージ」を基にKPMG作成

【図表3:各金融・資産運用特区の取組み方向性】

地域 特徴(概観) 主な取組み
北海道・札幌市
  • 2023年に北海道の産学官金連携のGX・金融コンソーシアム 「Team Sapporo-Hokkaido」が発足
  • 政府が標榜する「150兆円超のGX投資の実現」に合わせ、立地を活かしたGXに関する資金・人材・情報の集積を目指す
  • GX事業を行う企業の誘致強化・ビジネスマッチング拡充(道市共同トップセールス実施等)
  • スタートアップの創出・育成強化、ビジネスマッチング拡充(GX分野のネットワークを有するマネジャーの配置等)
  • 海外資産運用会社等の誘致強化(初期的には誘致体制の拡充等)
東京都
  • 2017年に「『国際金融都市・東京』構想」を発表し、活動を本格化
  • 2021年に「『国際金融都市・東京』構想2.0」を発表する等、他地域に先行して活動を行っており、アジアトップの国際金融センターとなることを目指している
  • 資産運用業者の創業支援(法人設立や事業開始時に要する各種手続きの一元対応)
  • 資産運用業者の育成・経営基盤整備(新興資産運用業者育成プログラム(EMP)の推進)
  • 資産運用業者のビジネス機会の創出(国内外の資産運用業者と機関投資家の情報交換・マッチング)
  • 外国企業進出支援(金融系・GX関連・グリーンファイナンス関連)
  • 各種官民ファンドの創設
大阪府・大阪市
  • 2021年に大阪府が「国際金融都市OSAKA推進委員会」を設立し、活動を本格化
  • 商業都市として域内スタートアップと海外ファンドとのマッチングや海外フィンテック企業と域内企業とのビジネスマッチングに力を入れている
  • 国内外のベンチャーキャピタルを招聘したアクセラレーションプログラムやピッチイベントの開催等
  • 大阪に強みのある産業分野に特化した官民連携によるベンチャーファンドの組成・運用
福岡県・福岡市
  • 2020年に福岡県が国際金融機能誘致機能「TEAM FUKUOKA」を発足し、活動を本格化
  • アジアの玄関口としてアジアのアセマネの誘致や東京等のBCP拠点としての立ち位置を打ち出している
  • 香港に最も近い大都市として資産運用業・カストディ業務の誘致
  • 日本、アジアのバックアップ拠点としての立地促進海外投資を呼び込みつつ、スタートアップ等によるイノベーションの実現を推進

 出典:各自治体のウェブページを基にKPMG作成

このように、4地域それぞれの目指す姿は異なるものの、海外ファンドやアセマネの誘致(および誘致のための優遇措置等の施策)を積極的に行う方針であり、昨今の円安傾向も相まって、海外ファンド・アセマネにとっては日本進出の好機となると考えられます。

2.金融・資産運用特区の4地域の国際金融センターとしての立ち位置と課題

先に述べた金融・資産運用特区の4地域を中心に、アセマネのプレーヤーを増やしていくためにはどうしたら良いでしょうか。さまざまな施策が考えられますが、特に「グローバルにおける金融センターとしてのレピュテーションを向上させること」および「効果的な誘致施策の実施」の2点が重要と考えます。

(1)国際金融センターとしての4地域のレピュテーション

金融センターの国際的競争力を示す代表的なベンチマーク指標に、イギリスのシンクタンクZ/Yenグループが2007年3月から発表を開始した「The Global Financial Centres Index」(略称:GFCI)があります。

直近2024年9月に発表されたGFCI36では、東京(20位)・大阪(44位)がランクインしており、札幌・福岡はランク外となっています(図表4)。

【図表4:GFCIのランキング推移】

未来を見据えた日本のアセットマネジメント業界への期待_図表2

出典:Z/Yenグループ「The Global Financial Centres Index」を基にKPMG作成

東京は「国際金融都市・東京」構想発表のプロモーション等が功を奏し、2020年3月に過去最高の3位になりましたが、以降は徐々に落ち込み、2023年以降は20位前後の順位となっています。大阪も上位20位付近に位置することもありましたが、近年は30位後半から50位付近に留まっています。

他の海外都市ではニューヨークとロンドンが不動の1位および2位となっており、3位や4位にアジア勢である香港・シンガポールがランクインしています。他のアジア勢では、中国の都市(上海・深セン・北京)や韓国のソウルが東京よりも上位となっています。

GFCIは外部の指標を参照にしつつ、金融関係者のアンケートによっても順位が変動するものですが、GFCIを発表しているZ/Yenグループのスポンサーであり、同グループのコンサルティングを受けている韓国・ソウルなどの都市が上位に位置しているのもまた事実です。そのため、本ランキングに一喜一憂する必要はないものの、アジアのなかの国際金融センターとしての立ち位置を鑑みた場合、4地域のレピュテーションは必ずしも良いものではなく、海外のファンド・アセマネやフィンテック企業誘致を行ううえでは、先に述べた各地域の取組みをプロモーションする方法を検討すべきではないでしょうか。

(2)国内自治体の海外企業誘致における課題と効果的なアプローチ案

金融・資産運用特区のうち、東京・大阪・福岡は従前より海外のファンド・アセマネ・フィンテック企業の誘致を行っており、日本に定着した企業も増えつつあります。

一方、誘致のKPIとして誘致件数を設定し、誘致はするもののアフターフォローがなかなかできていないという課題があると考えられます。特に、日本は海外と比べて言語の壁や商慣習の違い(ネゴシエーションの方法等)が大きく、シンガポールや香港と比べて、海外企業にとっては参入障壁が高いと想定されます。そのような場合、誘致後に定着までのフォロー(拠点設立や人材確保、有力企業とのマッチングといった支援)を手厚く行うことで、海外企業の離脱リスクを相当程度抑えることができると考えます。

また、企業誘致においてはプロモーション活動と同様にマス戦略を取る傾向にありますが、有望先を選定しながらダイレクトアプローチを取る方がコストを抑え、かつコンバージョン率を向上させることができるため、ダイレクトアプローチが有効な手段だと言えます。

【図表5:海外企業誘致における効果的アプローチ】

未来を見据えた日本のアセットマネジメント業界への期待_図表3

出典:KPMG作成

(3)海外都市の取組み事例を踏まえた考察

アジアの競合都市も企業誘致やプロモーション活動に力を入れています。ここでは、シンガポールとソウルの例を挙げて解説します。

(i)シンガポール
シンガポールは以前より安定した政治、良好なビジネス環境および住環境、柔軟な法制度、発達した金融セクター等を備え、海外企業の国内誘致を国是として発達してきました。近年では、地域統括拠点誘致政策として、税制優遇や研究開発活動に対する支援、人材育成のための補助金等のインセンティブを用意し、積極的な多国籍企業の誘致を行っています。また、国際的なウェルスマネジメントのハブとしての存在感を高めることを目指し、ファミリーオフィスの誘致も強化しています。

(ii)ソウル
ソウルは2021年頃からGFCIのランキングも上昇しており、国際金融センターとしての存在感を発揮し始めています。ソウルは自治体が主体的にGFCIの分析および対応を実施していることも特徴的です。たとえば、以前より低評価であったインフラ分野への対応として、ソウル市の投資誘致専担機構であるソウル投資庁の発足、ヨイド(汝矣島)を中心としたソウル国際金融オフィス、フィンテックスタートアップ創業支援施設であるSEOUL FINTECH LAB、デジタル金融専門大学院など、金融センター関連施設の設立・運営策を相次いで実行しています。また、プロモーション面においてもZ/Yenへの協賛により、同グループ主催のかたちにて同市を取り上げたイベントを定期的に実施するなど、草の根的な活動も並行して行っています。

シンガポールのように、すでに地位を確立した都市における戦略は王道ですが、後追いする立場の国内都市としては、参考にする対象として決め手に欠けるでしょう。一方、韓国・ソウルの例に倣う場合は、自都市のウィークポイントを洗い出し、的確な施策を実施し、あわせてプロモーション活動によりレピュテーションを向上させることで投資対象としての魅力が向上し、金融プレーヤーの集積を図ることにつながるものと考えます。

3.おわりに

先にも述べたとおり、政府と金融・資産運用特区の4地域が足並みを揃えて取組みを活性化し、海外アセマネ等の誘致も強化しています。残念ながらこうした取組みがなかなか海外の誘致対象に認知されていない現状が見受けられますが、昨今の円安も踏まえて日本への投資が魅力的になっている今、アジア都市の活動も参考にしながら、プロモーション活動や誘致活動を一層強化することが求められます。

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 熊谷 純平
シニアコンサルタント 鹿島 慎平

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