金利上昇がPBO計算に与える影響
ここ数年、ウクライナ危機や米国の金利上昇、日銀の国債買い入れ減額等を背景に、国債や国内の優良社債の利回りが上昇基調にあります。本稿ではこれらの金利上昇が退職給付債務(PBO)の計算に与える影響を解説するとともに、決算担当者が把握しておくべき留意点や事前の備えを解説します。
退職給付債務(PBO)計算に用いる割引率は、金利上昇に伴って上昇基調にある。割引率の2点補正(対数補間等)における実務上の、また10%重要性基準における財務上の留意点を解説します。
はじめに
ここ数年、ウクライナ危機や米国の金利上昇、日銀の国債買い入れ減額等を背景に、国債や国内の優良社債の利回りが上昇基調にあります。本稿ではこれらの金利上昇が退職給付債務(PBO)の計算に与える影響を解説するとともに、決算担当者が把握しておくべき留意点や事前の備えを解説します。
本稿のポイント
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昨今の金利情勢と割引率への影響
過去数年間のイールドカーブの推移は以下のとおりで、中期的には一貫した上昇基調にあります。
【割引率(全社平均)の推移】
24/3平均 0.81%
23/3平均 0.75%
22/3平均 0.54%
出典:日本経済新聞デジタルメディア「退職給付関連データ」よりあずさ監査法人が作成。割引率の注記がある会社(23/3は2,300社、22/3は2,314社、21/3は2,355社)の割引率(レンジで表示の場合は下限値)
注:24/3は2023年4月期~2024年3月期の、23/3は2022年4月期~2023年3月期の、22/3は2021年4月期~2022年3月期の実績
2つの割引率による期末の補正
割引率は、企業会計基準適用指針第25号「退職給付に関する会計基準の適用指針」(2012年5月17日改正)(以下、「適用指針」とする)に記載されているとおり、期末における利回りに基づいて割引率を決定する必要があります。
割引率 割引率は、退職給付支払ごとの支払見込期間を反映するものでなければならない。当該割引率としては、例えば、退職給付の支払見込期間及び支払見込期間ごとの金額を反映した単一の加重平均割引率を使用する方法や、退職給付の支払見込期間ごとに設定された複数の割引率を使用する方法が含まれる。 |
期末における利回りに基づいて割引率を決定してからPBOを確定させる場合、決算実務上非常にタイトなスケジュールになるため、PBO計算を年金受託機関等に委託している会社では、2つの割引率によるPBO計算結果を事前に入手したうえで、期末の割引率に対応するPBOを補正計算(線形補間や対数補間など)により近似的に算定するという実務を一般的に採用することとなります。その際、PBO計算を委託した時点から期末までの間に想定以上に金利が上昇した場合には、2つの割引率のうち高いほうの割引率を上回る可能性があり、このようなケースの補正方法を「外分補正」と呼びます。公益社団法人日本年金数理人会および公益社団法人日本アクチュアリー会が発行する「退職給付会計に関する数理実務ガイダンス」(2020年4月27日改定)に記載されているとおり、外分補正は内分補正に比較して精度が低いことに留意する必要があります。
6.2.2 割引率等に関する合理的な補正 補正計算に用いるために複数の割引率に基づく退職給付債務の計算を行うにあたっては、本来の計算と補正計算で得られる結果の間に大きな差異が生じないように、割引率の幅のとり方に注意する。また、外分補正については、補正値が本来の値を下回ること、及び、内分補正に比較して精度が低いことに留意する。 |
外分補正の回避のみが目的であれば一方の割引率を高めに設定することが考えられますが、2つの割引率の幅を広げすぎると内分補正であっても精度が低下する恐れがあります(「退職給付会計に関する数理実務ガイダンス」付録3を参照)。年金受託機関等にPBO計算を委託する場合には、期末の着地割引率が委託段階の想定と大幅に異なった際に、補正精度の妥当性や3本目の割引率による追加計算を期末に慌てて検討するようなシナリオも懸念されます。KPMGジャパンがPBOを受託計算している先では、割引率を変更した場合の追加計算依頼を受けて迅速に再計算を行ったため、会社の決算スケジュールに間に合わせることができたという事例がありました。
重要性基準を適用している場合の留意事項
国内会計基準においては、「適用指針」に規定されている「割引率の重要性基準」が適用されている場合があります。
(割引率変更の要否) 30. 割引率は期末における安全性の高い債券の利回りを基礎として決定されるが、各事業年度において割引率を再検討し、その結果、少なくとも、割引率の変動が退職給付債務に重要な影響を及ぼすと判断した場合にはこれを見直し、退職給付債務を再計算する必要がある。 重要な影響の有無の判断にあたっては、前期末に用いた割引率により算定した場合の退職給付債務と比較して、期末の割引率により計算した退職給付債務が10%以上変動すると推定されるときには、重要な影響を及ぼすものとして期末の割引率を用いて退職給付債務を再計算しなければならない。 |
重要性基準を適用している会社では多くの年度において前期末と同じ割引率が採用されていると想定されますが、昨今のように金利上昇が数年にわたって継続する局面では、PBOが10%以上変動して割引率の洗い替えが必要になる場合があります。期末決算数値への財務的な影響を期末前にあらかじめ試算することも、管理会計上有効な方策となる場合があります。また、期末決算のタイトなスケジュールの中で、期末割引率をPBOに反映させるというイレギュラーな実務が加わることから、決算担当者は実務を円滑に遂行できるように退職給付会計基準等をよく把握しておく必要があります。PBO計算をKPMGに委託いただいているお客様には、PBOの計算結果に加えて、期末割引率に基づいた退職給付会計数値(数理計算上の差異の償却など)を作成するオプションや、財務的な影響を期末前にあらかじめ試算するといったオプションもご提示可能です。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
金融アドバイザリー事業部
シニアマネジャー 立本貴大