「経済価値ベースのソルベンシー規制に基づく経済価値バランスシートに係る監査上の取扱い」の公開草案について

2024年11月6日に日本公認会計士協会が公表した業種別委員会実務指針「経済価値ベースのソルベンシー規制に基づく経済価値バランスシートに係る監査上の取扱い」(公開草案)を解説します。

2024年11月6日に日本公認会計士協会が公表した業種別委員会実務指針「経済価値ベースのソルベンシー規制に基づく経済価値バランスシートに係る監査上の取扱い」(公開草案)を解説します

2024年11月6日、日本公認会計士協会は「経済価値ベースのソルベンシー規制に基づく経済価値バランスシートに係る監査上の取扱い(案)」(以下、「本公開草案」という)を公表しました。経済価値ベースのソルベンシー規制については、2026年3月末より適用されますが、当該規制に伴い保険会社によって作成される経済価値ベースのバランスシート(以下、「経済価値BS」という。)及びその注記については外部監査を受けることとされています。

そこで本稿では、当該外部監査における監査の枠組み、財務諸表監査との関係、プロポーショナリティ原則と監査上の重要性、監査アプローチ及び後発事象の取り扱いの観点から、本公開草案で示された内容について解説を行います。

なお、文中意見にわたる部分は筆者の私見です。

監査対象と監査の枠組み

1.経済価値BS監査の枠組み

経済価値BSは経済価値ベースのソルベンシー・マージン比率(以下、「ESR」という。)を算出するために必要であり、会社法等に基づく財務諸表の貸借対照表を基礎として、保険会社が作成する完全な一組の財務諸表の基礎となる会計帳簿及びその他の情報に基づき、第1の柱に関する告示(※1)等に従い作成されます(本公開草案第6項)。

また、経済価値BSに関する外部監査は、保険業法施行規則別紙様式第7号第13の3(記載上の注意)2及び保険会社向けの総合的な監督指針III-2-17-2に基づいて実施され、監査対象は単体及び連結の経済価値BS及びその注記です(公開草案第5項)。本公開草案は経済価値BSの外部監査に関する告示(※2)において、監査を実施する場合の金融庁長官が指定する基準とされています。本公開草案は、経済価値BS及びその注記の監査に際して適用される基準と監査手続の詳細を提供しており、監査基準報告書(以下、「監基報」という。)330「評価したリスクに対応する監査人の手続」や監基報540「会計上の見積りの監査」など、監基報を全体として理解し適用することが求められています(本公開草案第2項)。ただし、本実務指針は、経済価値BS及びその注記に関する監査において、監基報の要求事項を遵守するにあたり、当該要求事項及び適用指針と併せて適用するための指針を示すものであり、新たな要求事項はありません(本公開草案第3項)。このため、監査人は監基報の要求事項を遵守するように、本公開草案と併せて監査を実施することが求められます。

2.適用される財務報告の枠組み

特別目的の財務報告の枠組み:保険会社が作成する経済価値BSに適用される財務報告に関する規則は、想定利用者である監督当局の経済価値ベースのソルベンシー規制に対応するためのものであり、監基報800「特別目的の財務報告の枠組みに準拠して作成された財務諸表に対する監査」が適用される特別目的の財務報告の枠組みとなっています(本実務指針第17項)。また経済価値BSは、完全な一組の財務諸表を構成するバランスシートではなく、ESRを算定するための保険会社における経済価値ベースの財務状況という特定の測定基準に基づくバランスシートであることから、監基報805「個別の財務表又は財務諸表項目等に対する監査」が適用される個別の財務表に該当することになります(本公開草案第18項)。

準拠性の枠組み:第3の柱に関する告示(※3)では、個別の財務表の適正表示を達成するための追加開示の検討が求められていないため、保険会社が作成する経済価値BSの枠組みは準拠性の枠組みとなっています(本公開草案第19項)。

(※1)「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する保険業法施行規則の一部改正(案)」(別紙6)「保険業法施行規則第八十六条及び第八十七条等の規定に基づき保険金等の支払能力に相当する額及び通常の予測を超える危険に相当する額の計算方法等を定める件」の案

(※2)「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する保険業法施行規則の一部改正(案)」(別紙8)「保険業法施行規則別紙様式第七号等の規定に基づき金融庁長官が定める様式及び指定する基準」の案

(※3)「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する保険業法施行規則の一部改正(案)」(別紙7)「保険業法施行規則第五十九条の二第一項第五号ニ等の規定に基づき保険業法第百三十条各号に掲げる額に係る細目その他の保険会社の保険金等の支払能力の充実の状況を理解する上で参考となるべき事項等について金融庁長官が別に定める件」の案

財務諸表監査との関係

財務諸表監査を担当する会計監査人が、経済価値BSの監査を実施する場合、その監査作業が一貫して行われるため、リスク評価手続やリスク対応手続の結果の一部を利用することができます。これにより、財務諸表監査で入手した情報や監査証拠を経済価値BSの監査でも利用することによる効率化が図られます。(本公開草案第7項)。

また、経済価値BSは保険負債科目等の多くの見積り要素を含みますが、保険会社において、見積り要素を伴う保険負債の算定結果に係る妥当性について承認を得るプロセスや、保険数理やリスク管理に専門性を有する検証機能としての内部統制が存在していれば、監査においても、これらの内部統制の有効性を評価した上で依拠することにより、監査の効率性と有効性を高めることができます。(本公開草案第9項)

プロポーショナリティ原則と監査上の重要性

1.プロポーショナリティ原則の適用

プロポーショナリティ原則とは、ある特定の要素又は方法を当該計算に用いた結果、得られる数値の質が重要な改善を示さないにもかかわらず、複雑性が顕著に増加することを示すことができる場合においては、当該特定の要素又は方法を適用しない又は簡素化することができるという取り扱いです(本公開草案第40項)。この原則を適用することにより、保険会社は煩雑な手続を軽減し、効率的に経済価値BSを作成することができます。加えて、プロポーショナリティ原則を適切に適用したうえで決定された計算手法等(公開草案第41項)は、作成基準に準拠したものであり、虚偽表示ではないと取り扱われます(公開草案第67項)。

一方、監査上、プロポ-ショナリティ原則に従い簡便的な取扱いを採用した場合に保険会社が作成する判断根拠文書を入手し、当該文書の正確性、網羅性を検討の上、当該判断の妥当性について、今後公表される予定のQ&Aに沿って検討する必要があります(本公開草案第41項)。

2.監査上の重要性の基準値とプロポーショナリティ原則の関係性

監査人は、経済価値BSの監査において、監基報320「監査の計画及び実施における重要性」に基づき重要性の基準値を決定する必要があります。これは、報告する財務諸表に基づいて算出されるが、経済価値BSの監査は、一般目的の財務報告の枠組みと異なり、特別目的の財務報告の枠組みであるため、想定利用者である監督当局のニーズを勘案して重要性の判断を行います(本公開草案第65項)。
プロポーショナリティ原則の適用に当たり、簡便的な取扱いをする場合の計算値と精緻な計算値との差額の重要性を判断するために保険会社が金額的な基準を設定する場合があります。この金額的な基準と監査人が決定する重要性の基準値は異なり、プロポーショナリティ原則の適用結果と精緻な計算値との差額は、虚偽表示とはされませんが、プロポーショナリティ原則を適用して採用した見積手法・仮定・データにおける適用の誤り等を要因として生じた簡便的な取扱いによる計算値との差額については虚偽表示として扱われ、監査上の重要性の基準値を用いて評価されます(本公開草案第67項)。

なお、監督上の要請等には、経済価値BSだけでなく、ESR等の情報の信頼性の確保に寄与することまで含まれます。そのため、監査上の重要性を設定するにあたり、修正しなかった虚偽表示がESRの精度に与える影響を把握しておくことは重要であり、監査人は、ESR等の精度を理解しておくことが求められています(本公開草案第66項)。

図表1 プロポーショナリティ原則と監査上の重要性の基準値の関係

図表1 プロポーショナリティ原則と監査上の重要性の基準値の関係

出典:日本公認会計士協会公表物から転載

監査アプローチ

詳細な監査手続は、本公開草案《付録1,2》参照。

1.監査計画と監査手続の立案

経済価値BSの監査においては、監基報315「重要な虚偽表示リスクの識別と評価」および監基報330「評価したリスクに対応する監査人の手続」に基づきリスク評価手続とリスク対応手続を立案し、実施します(本公開草案第31項他)。リスク評価手続では、プロポーショナリティ原則やエキスパート・ジャッジメント(第1の柱に関する告示案 第百六十七条)といった経済価値BS作成のための特有の項目を含む、経済価値BSを作成するための企業のアプローチの理解及び重要な虚偽表示リスクの識別及び評価を実施します。また評価した経済価値BS全体レベル及びアサーション・レベルの重要な虚偽表示リスクに応じて、運用資産、現在推計、MOCE、その他項目から構成される経済価値BSに対する監査手続を立案し、それぞれに対してリスク対応手続を実施します。

2.構成単位の監査人との連携

連結経済価値BSの監査において、グループ監査人は、監基報600「グループ監査における特別な考慮事項」の要求事項に基づき、構成単位の監査人と密に連携し、監査の全段階に関与します(本公開草案第128項)。なお、連結経済価値BSでのみ、連結の範囲に含まれる子会社がある場合にも、グループ監査における重要性を勘案し、監基報600に準拠した必要な手続を実施します(本公開草案第150項)。

後発事象の取り扱い

後発事象とは、決算日後、監査報告書日までに発生した重要な事象のことであり、以下の2種類に区分されます。

・修正後発事象
決算日後に発生した会計事象ではあるが、その実質的な原因が決算日現在において既に存在しており、決算日現在の状況に関連する会計上の判断ないし見積りをする上で、追加的ないしより客観的な証拠を提供するものとして考慮しなければならない会計事象

・開示後発事象
決算日後において発生し、当該事業年度の財務諸表には影響を及ぼさないが、翌事業年度以降の財務諸表に影響を及ぼす会計事象

これらの後発事象については、発生した時期に応じて取り扱いが以下の通り異なります。

1.決算日後、会社法又は保険業法の規定に基づく監査報告書日までに発生した重要な事象(本公開草案第167項)

会社法又は保険業法に基づく財務諸表において修正された修正後発事象については、経済価値BSにおいて必要な修正が反映されていることを確認します(図表2:A-1)
会社法又は保険業法に基づく財務諸表において注記された開示後発事象について、当該開示後発事象が翌期以降の経済価値BSに影響する事象の場合は、下記(2)と同様の取り扱いとなります。(図表2:B-1)
会社法又は保険業法に基づく財務諸表において重要な修正後発事象又は開示後発事象に該当しないため修正又は開示しないものの、経済価値BSにおいては重要な修正後発事象又は開示後発事象に該当する場合は下記(2)と同様の取り扱いとなります。(図表2:A-1、B-1)

2.会社法又は保険業法の規定に基づく監査報告書日後、単体又は連結の経済価値BSに対する監査報告書日までに発生した重要な事象(本公開草案第168項)

経済価値BSに影響する事象について、修正後発事象の場合は、当期の経済価値BSに与える影響額を注記、開示後発事象の場合は、当期の経済価値BSにおいて当該事象に関する注記が必要となります。(図表2:A-2、A-3及びB-2、B-3)

また監査人は、修正もしくは注記が適切に実施され、経済価値BSに反映されていることを確認します。もし、反映されていない場合には、監査報告書において除外事項として記載する必要があります。

図表2 後発事象の取り扱い

図表2 後発事象の取り扱い

出典:日本公認会計士協会公表物から転載

表3

出典:日本公認会計士協会公表物から転載

今後の予定

金融庁は、保険業法施行規則の改正案等について意見募集(期限:2024年12月2日)を行い、寄せられたコメントについて検討する予定です。なお、海外子会社に係る統合手法について、EUソルベンシーIIにおける控除合算手法と整合的な手法の導入は、保険監督者国際機構(IAIS)による国際資本基準(ICS)と米国合算手法の比較可能性評価の結果次第としているところ、現在までに結論が明らかとなっていないため、保険業法施行規則の改正案等に含まれておりません。IAISによるICSの最終化等を踏まえ、必要に応じて修正を行うことがあるとされています。そのため、本公開草案においても、これに関係する部分は含められておりません。保険業法施行規則の改正案等はまだ確定していないことから、その内容が変更された場合には、それを受けて本公開草案を修正する場合があるとされています。

また、「経済価値ベースのソルベンシー規制等に関する残論点の方向性」(2024年5月29日 金融庁)によると、計算例や原則の解説等、新規制を定める法令等を補完するQ&Aの取りまとめが別途行われる方向となっており、本公開草案の文中においてもQ&Aに言及している箇所があります。これらの箇所については、Q&Aが公表された後に、該当するQ&Aを踏まえた修正が行われる予定です。

本公開草案についてもコメント募集をしており、コメント期限は2024年12月6日(金)です。監査実務指針案に対するコメント期限後、日本公認会計士協会は寄せられたコメントについて検討する予定です。

執筆者

有限責任 あずさ監査法人
金融アドバイザリー事業部(金融AAS部)
ディレクター 保谷 卓磨

金融監査第2事業部
テクニカル・ディレクター 三好 輝幸

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