我が国には、まだ広く知られていない数多くの素晴らしい観光資源があり、各地で自治体や観光関連団体による観光資源の洗い出しや磨き上げが活発になされています。また、SNSの発展により、今まで脚光を浴びていなかった多くの観光資源が、グローバルレベルで次々と紹介されるようになりました。
他方、魅力的な観光コンテンツが開発されても、そこに行く交通手段がないことにより、観光客が訪問できないという機会損失を招いている実態があります。また、地方創生や地方の経済活性化のためには、1つの観光コンテンツに観光客を呼び込むだけでなく、地域に点在する観光資源を周遊させるための交通インフラの整備が重要だとも指摘されています。
新幹線や主路線の駅からの交通手段がない観光客を呼び込むために、期待されるのが、MaaSをはじめとした二次交通です。国内外からの観光客が、自家用車やレンタカーを使えなくても、公共交通機関、またはそれに準ずる交通機関を利用することによって、観光を楽しむことができるという体制を整備することが重要なファクターとなっているのではないでしょうか。
今回はこれからの観光振興のために二次交通の整備をどう考えるべきか、一般財団法人計量計画研究所 理事兼企画戦略部長 牧村和彦氏、JR東日本びゅうツーリズム&セールス 顧問 見並陽一氏、国際経済研究所 非常勤フェロー 宮代陽之氏、合同会社うさぎ企画 森田創氏の4名の有識者にお話を伺いました。
1.二次交通を含めた、観光資源の「磨き上げ」
観光資源の「掘り起こし」と「磨き上げ」
KPMG:観光資源の「掘り起こし」と「磨き上げ」に必要なこと、重要なことを教えてください。
見並氏:観光振興においては、(1)コンテンツの「磨き上げ」、(2)体制の整備、(3)推進する人材、の3点が不可欠だと考えています。
コンテンツの磨き上げには、文字通り、「摩擦」が必要だと考えています。「摩擦」とは、観光を、行政ベースではなく、商業ベース、すなわち、ビジネスとして成り立たせるために、官民連携、産業連携、地域間連携のあり姿を詰めていき、合意形成を図るために議論を重ねるということです。
マスセールスだった頃の観光地では、旅行業者と地域住民が協働して、観光資源をどう見せ、観光客をどう連れて来るかを、真剣に考えていたように思います。今、私たちに求められていることは、原点に返って、もう一度、関係者が集まり、魅せたい観光資源に関するマトリクスを作って、話し合うことではないか、と感じています。そこには当然、観光MaaSといった二次交通の問題も含まれます。
宮代氏:過疎に苦しみ、自分たちが生活する土地には何の魅力もないのだと諦めるのではなく、地味でもいいから、何か発信できることがないかを考えることが大切だと思います。
来訪者が増えれば、関係人口が増え、過疎化を解消する1つの切り口になるかもしれない。また、観光コンテンツが増えれば、分散に繋がり、オーバーツーリズムの解消にも貢献します。まずは、地域住民が知恵を出し合うことが大切で、次に、それを実現するために必要な投資や連携を考えることが、「磨き上げ」だと思います。
森田氏:「顧客視点を持つ」ことが最も大切です。評価するのは、結局は外の人です。「外」の目線で考えなければ、資源の掘り起こしも磨き上げも上手くいきません。地元の人が何とも思わなかったものが、外部の人にはとても魅力的に見える。「こんなものが観光資源になるのか」というのは、本当によくある話です。
どういう体験や価値を提供できるかを、顧客目線に立って考える。自分が観光客なら、何を見たいか、どうあってほしいか、を見つめ直して、コンテンツ・食・体験を作り上げていく。そのように考えれば、やるべきことや協力すべき相手が自ずと見えてくるはずです。
宮代氏:コンテンツ開発のアイデアは、誰が、どこから切り込んでいってもいいと思います。しかし、最終的には、地域住民や関係人口と深く関わる人たちが担っていかないと持続しません。企画する人と担い手は、分けて考える必要があります。
インバウンドをターゲットとした観光コンテンツの「磨き上げ」
KPMG:インバウンドが増えている実態を踏まえて、我が国がすべきことは何でしょうか。
宮代氏:インバウンドブームが示唆しているのは、「日本人が気にもしていなかったことが、外国人には映える」ことを知り、外国人の視点に立って観光資源を見直すべき、ということだと思います。座禅、着物を着ること、古民家に泊まること。日本人にとっては、当たり前にそこにある日常で、魅力だと思わなかったような伝統や習慣が、外国人にとっては、日本での観光における大きな魅力であることが、彼らの発信によってわかってきました。
インバウンドの急増により、地域の観光コンテンツ掘り起こしに関する新しい視点の重要性が、改めて見直されています。
2.観光と二次交通
観光と二次交通が一体となった優良事例
KPMG:二次交通が付随する観光コンテンツの優良事例を教えてください。
見並氏:ドイツのアルゴイ・チーズ街道※1です。素晴らしい観光資源を持ちながらも、公共交通機関を持たなかった彼らが考えたのが、村から村を自転車でめぐる「チーズ・ツーリズム」です。美しい田園風景と、チーズやワインといった美食を楽しむことができる独自の観光コンテンツです。
MaaSというと、DX等を活用したイノベーティブなものだと考えられがちですが、そうではないんですよね。「自転車」でもれっきとしたMaaSであり、この地域にはそれが最適でした。自分たちの地域に最適なMaaSは何か、これには多くの解があるように思います。
宮代氏:二次交通を含めた観光コンテンツを検討するという点で、観光自体が深化していると感じています。イタリアやオーストリア等は、魅力的な体験プログラムを開発し、そこに移動手段としてのMaaSが巧みに付随していて、観光コンテンツ造りが非常に上手い。日本が学ぶべきことは多いと思います。
見並氏:国内では、京都の琵琶湖疏水※2の例かと思います。生活用水の確保を目的に開通した琵琶湖疏水が、観光資源となったことは、京都のオーバーツーリズムの解消にも資するという意味でも非常に大きな意味があったと思います。大津市と京都が連携したことで、琵琶湖疏水沿線の電鉄やバスが活性化するなど、京都府・大津市双方に経済効果が波及しました。
※1 アルゴイ・チーズ街道は、アルプスからボーデン湖までの区間にある。南ドイツの美食の宝庫と言われており、伝統的な酪農家や、チーズ工房を有する村が点在し、絶品の地元チーズを味わうことができる。
※2 平安京以来、千年以上にわたって日本の都であった京都は、明治維新の、事実上の東京遷都により、人口は大幅に激減した。
二次交通の整備に必要な視点
KPMG:観光MaaSといった二次交通の整備にとって、求められる視点は何ですか。
見並氏:観光客を楽しませることを考えることです。つまり、主要駅に降りた客に、何を見せたいか、何を食べてもらいたいか、を真剣に考えれば、自ずと移動手段の検討に繋がってくるはずなんです。公共バスの本数が非常に少ない地域であっても、その1本のバスに「必然性」を持たせる。たとえば、公共バスが1時間に1本しかなくても、琵琶湖疏水のクルーズ船の出航・帰港時間に間に合えば、その1本は、大きな意味を持ちます。
これを前提に考えると、公共バス会社とクルーズ船の会社の連携の必要性が見えてくるはずです。クルーズの前後に地元の食材を使った食事をしてもらおうと考えれば、地元の飲食店との連携の必要性が見えてきますね。地元の伝統工芸品をお土産にしたらどうだろう、他にも見てもらいたいものがある。こうやって、連携が広がる。
このように、観光客の目線に立って、どう周遊するか、1日をどのように楽しく過ごすか、を考えれば、しなければならないこと、連携先、官の役割が見えてくるはずです。これが「実務的な連携」なのだと思います。
宮代氏:地域住民の自助・共助だと思います。自力で行けるところは自力で行く。自力で行けなくても、家族や近所の人が連れて行ってくれるならそれを利用すればいい。コミュニティのなかで、困っている人を助ける補完性やソリューションを考えていくことがまずは大切です。
生活のためのMaaSも、観光MaaSも、自助・共助という意味では、発想は同じなのだと思いますが、まずはその地域で生活している人たちの足を奪ってはならない、ということを念頭に置くべきです。生活も観光も、結局のところ、人の動きにそぐわないものは持続しません。文化圏・行動圏を上手く捉えて、モビリティを考えていくことが重要です。
森田氏:そもそも、「足」が貧弱なところに観光型MaaSを作っても機能しません。観光MaaSは、観光客に利便性を届けるツールに過ぎません。観光MaaSを検討する前に、まずは、公共交通機関を利用したコンテンツを考えるべきです。
公共交通機関の活用を見直すとき、しばしば障壁となるのが、他県だから、県と市だから、といった「管轄」のようなものです。また、「医療MaaS」「観光MaaS」のように、目的が特定されてしまい、別の分野と協力できないことも大きな課題だと思います。「断絶」ではなく、「共に」構築することを考え、交通手段がない「隙間」を埋めていく努力を、地域全体で考えていくべきです。
地域全体が「1人の客」をもてなすことを真剣に考え、体制を整えようという取組みがなされていないところに、僕のようなコンサルタントが呼ばれて観光MaaSを検討しても、結局は地元に根付いていかず、あまり意味がないんです。
観光MaaSの課題
KPMG:観光における新たな二次交通として注目される「観光MaaS」の課題は何ですか。
宮代氏:日本の観光MaaSは、2018年頃から注目を浴び始めました。MaaSに関しては、日本に限らず世界中でさまざまな取組みがなされていますが、「観光」MaaSとか「医療」MaaSといったように、特定のある分野とくっついて検討されているのは、日本のMaaSの特徴だと思っています。
観光MaaSに関しては、駅から観光地へ、という視点が出発点で、観光地における周遊のための交通手段、といった視点が検討のスタートとしては多かったと思います。
伊豆の「Izuko」は、観光MaaSの成功事例の1つとして挙げられると思いますが、「観光」を目的とした結果、さまざまな問題が顕在化しました。最大の課題は、まずは地元住民の生活手段としての側面を持つべきであるのに、地元の人が利用できない、ということでした。
観光客の集中時の課題があることもわかりました。たとえば、「桜の名所」である場合、桜の時期に観光客が集中します。急増した利用客は捌ききれませんが、最大の利用客数をターゲットに供給を設定していては、採算が取れない。観光の場合、需給バランスを取ることが難しいことが多いんです。
この課題を解消するためには、局所的な二次交通を設計するのではなく、広域な観光圏を構築し、季節的な事情を含めたフレキシブルな二次交通の運用を検討すべきだという議論が出ています。それには、近隣の市町村が協力しなければなりません。
牧村氏:パンデミックにより公共交通の経営は厳しい状況が続いています。地方都市においては、地域によってはインバウンド需要や国内観光需要に積極的投資をしながら、観光でしっかり稼ぎ、その余力で住民にサービスを充実、回復させていくことが大切と考えています。
森田氏:21世紀の鉄道会社の役割は、レールから離れたところにあると思います。電車・バスがあるのは結果で、そこに行きたいと思わせる魅力、空気、その地域に繰り返し関わりたいと思わせるサイクル・仕組みを作っていく必要があるでしょう。航空会社では、到着地の先にある魅力を掘り起こす活動が見られますが、改札口を出た先にある、その地域全体の魅力発掘・発信は、鉄道会社の役割としても期待されるところです。
インバウンドをターゲットとした二次交通のあり方
KPMG:インバウンドをターゲットとした場合の二次交通のあり方についてお考えをお聞かせください。
牧村氏:インバウンド誘致に注力していると言いながら、外国人相手のレンタカーやカーシェア会社が少ないことを懸念しています。マーケット分析や戦略策定が手つかずになっているんですよね。地方の観光地は、車でないと行けないところが多いですよね。主要駅まで鉄道を利用してもらい、車で周遊してもらうことで、鉄道事業、高速道路事業双方がウィンウィンになれます。レンタカーで周遊したいと思うインバウンドはたくさんいて、ニーズは高い。タクシードライバー不足が話題に上りがちですが、自分で運転できる人、したい人に運転してもらうという視点も大切だと思います。
3.政策・施策に期待されること
KPMG:観光業における国の支援策の活用や期待される官民連携は何でしょうか。
見並氏:二次交通整備や、二次交通運用の一部を担うため、または、イノベーションによってもたらされた新たな技術の導入のために、国の支援策を活用すべきです。たとえば、ホームページの充実、予約システム、オンライン即時決済、情報セキュリティの確保といった点において、国の支援は大きく貢献します。
従来、大手旅行代理店の取引相手とならなかった小規模な旅館でも、独自の予約・決済システムによって、客を取れるようになりました。SNSが果たす役割も大きい。オンライン決済によって、宿泊料金の取り逃しが大幅に減少し、資金繰りが改善した、というメリットも、よく報告されています。
牧村氏:移動手段の多様性をもたらすものとして、私もデジタルに大きな期待をしています。観光は、グループで行動することが多いですよね。グループ単位の決済手段の整備や、グループの規模に応じたデマンドサービスと車両配車、MaaSを含めた二次交通の情報が一緒に出てくる、NIKKO MaaS※3のようなエコな観光を推進するシステムの普及に、国の支援がもっと活用されるといいですね。
営業エリア外へ客を送り、帰ってくるときに客を拾って帰れないというタクシーの営業エリア問題があります。これでは、特に観光地においてタクシーが足りなくなるのは当然です。メガネで有名になった鯖江では、年に何回かオープンファクトリーというイベントを開催していて、点在する工場や観光地に周遊してもらうことを目的に、イベント時は、営業エリアを開放し、柔軟にタクシーを運用しています。
複数自治体にまたがる交通サービスの柔軟な運用、観光圏や地域生活圏という生活スタイルに対応したサービス推進には、官民連携が非常に重要だと考えています。
見並氏:自分たちの文化や風土、その地域の価値を定義する前に、連携を始めようとしてもうまくいきません。官民連携を出発点とするのではなく、合意形成がしやすいところから初めて、連携関係を広げていくことが大切だと、経験から思うところです。
宮代氏:人口が減っていく日本では、公共交通機関はすべてを担えなくなります。二次交通整備のイニシャルコストという点において、国の支援が担う役割は大きいと思います。ただ、補助金を単年ベースで支給するのではなく、事業の本質を捉えて、投資の各フェーズのコストを考え、長期的な投資を回収するという視点で、柔軟な支給ができる仕組みが求められていると思います。観光事業の事業計画の一部としてMaaSを捉え、コスト回収を検討していくことを考えれば、補助金の制度設計も変わっていくのではないでしょうか。
牧村氏:ヨーロッパのドイツやフランス、オーストリアなどでは、国内全域を対象とした、月定額の公共交通乗り放題という観光支援、地域経済支援を実施しています。フランスは若い人限定でこの夏の間実施しています。若い人の消費価値観も生活スタイルも変わっている現代では、それくらい大胆な施策が必要だと考えています。そういうところに、行政の支援があればいいですね。
森田氏:ニーズ、連携、リピーター作りといった、包括的なシナリオを描き、強力なリーダーシップを持って、地域全体を巻き込んで物事を進めていく人材が必要不可欠です。体制や仕組みだけ作っても、人材がいなければ息づいていきません。誰と誰がタッグを組んだらこういうことができる、顧客はこういうことを望んでいるから、リピート化に繋がるような取組み・シナリオを描く、地域へのベネフィットを可視化し、地域をリードする、中核となる人材が必要です。国の人材育成支援事業に期待しています。
※3 日光までの移動手段である鉄道とバスがセットになったフリーパスや日光地域で利用できるEV・PHVカーシェアリングやシェアサイクル、観光施設の利用チケット等、すべての検索・予約・購入までを1つの画面上で行うことができるシステム。
お話を伺った有識者の皆様(敬称略、五十音順)
牧村 和彦 一般財団法人計量計画研究所 理事企画戦略部長
モビリティデザイナー。東京大学博士(工学)。神戸大学客員教授。JCoMaaS理事、JCOMM理事。都市・交通のシンクタンクに従事し、将来のモビリティビジョンを描くスペシャリストとして活動。内閣府、内閣官房、国交省、経産省、環境省、大商等の委員を数多く歴任。代表的な著書に、「MaaSが都市を変える(学芸出版社)、不動産協会賞2021」、「MaaS~モビリティ革命の先にある全産業のゲームチェンジ(日経BP、共著)」、「Beyond MaaS(日経BP、共著)、交通図書賞他」等多数。
見並 陽一 JR東日本びゅうツーリズム&セールス 顧問
大阪大学卒業後、1974年日本航空株式会社入社、1992年東日本旅客鉄道株式会社入社。東京地域本社旅行業部長、東北地域本社営業部長、取締役鉄道事業本部営業部長、取締役カード事業部長、取締役IT事業本部長、常務取締役鉄道事業本部副本部長、常務取締役観光振興(全般)などを歴任、2012年より同16年まで日本観光振興協会理事長。地域と共に観光資源の掘り起こしや観光地づくり、集客に注力している。
宮代 陽之 国際経済研究所 非常勤フェロー
1983年トヨタ自動車入社、ベルギー・トルコ駐在経験あり。海外留学(コロンビア大学ビジネススクール修了)2008年7月より国際経済研究所にて、中東・トルコ・北アフリカ政治経済の調査研究(~2012年)、モビリティ研究立ち上げ(2010年)、モビリティ・社会システム研究会(2014年~)、2013年より研究企画、2014年7月研究部長、2017年シニアフェロー、2020年3月より、国際経済研究所 非常勤フェロー
森田 創 合同会社うさぎ企画
東京大学教養学部人文地理学科卒。大手鉄道会社で23年間勤務。都心駅直結のミュージカル劇場の開業責任者、広報課長を歴任後、2019年4月日本初の観光型MaaSを伊豆半島で立ち上げ、地元の実行委員長を務める。都市型MaaSの推進に加え、国内の第一人者として全国各地の事例開発に従事。
2021年秋、合同会社うさぎ企画を起業。2022年4月の独立後、「人づくり・場づくり・足づくり」を標語に、複業人材やスタートアップ企業と課題を抱える地域とのマッチングや、モビリティと人材交流による地域活性化、コワーキングスペース等の交流拠点の企画運営、自治体や企業の顧問を、東京都内や静岡県内を中心に手掛ける。ポストコロナ型の働き方や暮らし方の実践者かつ推進者として、国土計画審議会の委員など、国策提言にも関わる。
執筆者
KPMGジャパン ガバメント・パブリックセクター
マネジャー 柿﨑 恵
監修者
KPMGジャパン ガバメント・パブリックセクター
マネージング・ディレクター 林 哲也