確定拠出年金(DC)の運営管理機関の評価実務~従業員満足度の向上のために~
企業型確定拠出年金(DC)の運営管理機関の評価・見直しについては、2023年の記事「従業員ウェルビーイング向上のための確定拠出年金(DC)制度運営の高度化」でも取り上げていますが、本稿ではより具体的な評価実務に焦点を当てて解説します。
企業型確定拠出年金(DC)の運営管理機関の評価・見直しについて、具体的な評価実務に焦点を当てて解説します。
1.運営管理機関の評価の必要性
運営管理機関(以下、「運管」)は、運用商品ラインナップの選定やDC制度の運営状況のモニタリングだけでなく、従業員教育、コールセンター対応などの従業員対応、さらには掛金収納や投資商品変更といった事務的な業務を含め、DC制度運営の大部分を担っています。したがって、運管の業務品質は、自社DCに加入している従業員の満足度に非常に大きな影響を与えます。一方、運管の選定は企業が行うもので、従業員が選ぶことはできません。すなわち、企業型DCでは従業員自身が投資判断を行わなければならないのに、あくまで会社や運管が選んだ商品の中からしか投資商品を選べないことになります。また、個人向けのiDeCoやNISA等の一般の投資商品では本人がより優れた運用商品やサービスの良い金融機関を自身で探せるのに対し、企業型DCではそれができないため、世の中にある最良の商品やサービスを受けられない可能性が生じます。このことは、特に投資に関心の高い従業員には不満の原因となりえます。そのため企業は、従業員の利益を最大化するように、運管を選定し、運管との対話を通じて運管の業務品質を向上させるよう努める必要があります。
なお、こうした取り組みは、DC法においては「事業主は、(中略)企業型年金加入者等のため忠実にその業務を遂行しなければならない」という条項があるほか、金融庁が2023年に出した「資産運用業高度化プログレスレポート 2023」の「確定拠出年金(DC)を活用した資産形成の課題」において「企業は、運営管理機関に関係なく、加入者にとって最良の商品を提供できるよう、運営管理機関に働きかけるべきである」とされており、法令等の要求事項にもなっているといえます。
2.評価方法
それでは、運管評価はどのように行えばよいでしょうか?
図表1は、厚生労働省からの解釈通知「確定拠出年金制度について」や関連団体の報告書等を参考にKPMGが整理した評価の視点です。このような評価の視点から、現在契約している運管の業務内容・業務品質を点検することが考えられます。
図表2 評価項目案(一部抜粋)
領域 | 主な視点 | |
1 | 運用商品選定 | 加入者の利益のみを考慮したものとなっているか(自社系列商品に偏っていないか/手数料が高くないかなど) |
2 | 運用のモニタリング | モニタリング内容、頻度、情報共有が適切か |
3 | 加入者への情報提供 | わかりやすさ、コールセンターの対応 |
4 | ガバナンス・経営 | リスク管理態勢、忠実義務への対応、経営状況 |
5 | 個人情報保護 | 法令等に準拠した管理体制やセキュリティ対策 |
6 | 投資教育支援 | アドバイスの質、継続教育を委託している場合の対応 |
7 | 指定運用方法 | 適切なアドバイス、提示内容 |
8 | サービス・その他 | 付随的サービス(例:投資教育支援)の質、コミュニケーションなど |
9 | 手数料水準 | 他社と比べて割高でないか(従業員利益の観点ではないが、併せて会社負担となる運営管理手数料や資産管理手数料の水準の確認を行うことが考えられる) |
出典:KPMG作成
これら評価の視点に基づき、具体的な評価項目を設定します。事前に従業員に対する制度運営に関するアンケートを実施し、そのフィードバックを参考に評価項目を検討することも有効と考えられます。
次に評価の基準(点数付けや〇×の判断基準)を定めます。ただし、運管からの回答内容が事前には予測しにくい場合もあり、現実的には回答を確認してから判断基準を固めるといった場合もあるでしょう。
現在契約中の運管の業務品質が他の運管と比べてどうなのかを把握することは、ある程度の情報公開が進んできたとはいえ、利用可能な情報は限定的であり、また業務内容が専門的なことから簡単ではありません。そこで、比較対象となる他の運管に情報提供を依頼することで、現状の運管の業務品質が他の運管と比べて良質かを相対的に把握することも有効と考えられます。
図表2は評価項目案の一部を抜粋したもので、KPMGが実際に運管評価を支援した際に作成した資料をベースにより一般的な内容に修正しています。
このように整理した評価項目に対応して運管への質問状を作成します。例えば、1.3の評価項目に対しては、「同種(例えば同一投資対象・同一投資手法)の他の商品と比較し、明らかに運用成績が劣る投資信託がありますか。ある場合はそれがもっぱら加入者等の利益のみを考慮したものであると言える選定の理由をご教示ください。」といった質問が考えられます。
図表2 評価項目案(一部抜粋)
領域 | No. | 評価内容 | 〇(2点) | △(1点) | ×(0点) | 関連法令等 | |
運用商品選定 | 利益相反 | 1.1 | 商品ラインナップ選定等において加入者等の利益のみが考慮される姿勢・態勢があるか。 | はい | どちらとも言えない |
いいえ | 法令解釈 第10 2. ① (第9 1. (1) ② ア) |
商品群 | 1.2 | 提示された商品群の全て又は多くが1金融グループに属する商品提供機関又は運用会社のものであるか。 | いいえ | どちらとも言えない |
はい | 法令解釈 第10 2. ① (第9 1. (1) ② ア) |
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投資信託 | 1.3 | 同種(例えば同一投資対象・同一投資手法)の他の商品と比較し、明らかに運用成績が劣る投資信託があるか。 | いいえ | どちらとも言えない |
はい | 法令解釈 第10 2. ① (第9 1. (1) ② イ) |
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1.4 | 他の金融機関が提供する元本確保型商品と比べ提示された利回りや安全性が明らかに低い元本確保型商品があるか。 | いいえ | どちらとも言えない |
はい | 同上 | ||
1.5 | 同種(例えば同一投資対象・同一投資手法)の他の商品と比較して、手数料や解約時の条件が良くない商品があるか。 | いいえ | どちらとも言えない |
はい | 同上 | ||
・ |
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運用のモニタリング | 2.1 | 運営管理機関による運用の方法のモニタリングの内容(商品や運用会社の評価基準を含む)の報告を受けたか。 | はい | どちらとも言えない |
いいえ | 法令解釈 第10 2. ② | |
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加入者への情報提供 | 3.1 | 加入者等への情報提供がわかりやすく行われているか。 ・・・例えば、運用報告書の記載内容、Webの使い勝手、運用利回りの表記、シミュレーションや読み物など各種情報提供の質・量・頻度等 (加入者に対するアンケート実施も検討) |
はい | どちらとも言えない |
いいえ | 法令解釈 第10 2. ③ | |
制度運営ハンドブック 第2章 3. | |||||||
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ガバナンス・経営 | 4.1 | 確定拠出年金制度を長期的・安定的に運営するには、運営管理業務を委託する運営管理機関自体の組織体制や事業継続性も重要となる。これらに問題はないか。 (情報を運営管理機関から入手することが望ましい) |
はい | どちらとも言えない |
いいえ | 法令解釈 第10 2. | |
・ ・ |
出典:KPMG作成
運管評価における重要項目の1つとして、運営管理機関が選定した運用商品ラインナップの品質に関する評価があります。具体的には、「同種(例えば同一投資対象・同一投資手法)の他の商品と比較し、明らかに運用成績が劣る投資信託があるか」や「同種(例えば同一投資対象・同一投資手法)の他の商品と比較して、手数料や解約時の条件が良くない商品があるか」といった評価です。通常、企業型DCでは運用成績や運用報酬等が従業員の資産運用結果に直結するため、これらの項目は必ず確認すべきポイントと考えられます。なお、2019年7月から運管は提供している運用商品の運用実績等を開示することが義務化されたため、各運管のウェブサイトで運用利回りや信託報酬などを確認することが可能となっています。
KPMGジャパンでは2019年の開示開始時から企業型DCの運用商品の動向について分析しています。一例として、国内株式のパッシブ運用商品を見ると、主要運管各社の信託報酬平均は2019年7月1日時点で0.23%~0.44%から、5年後の2024年7月1日時点で0.15%~0.36%へと低下しており、より信託報酬の安い商品が出現していることがわかります。特にパッシブ運用商品では信託報酬の高低が運用利回りに直結するため、注意が必要です。また、平均ではなく各社の信託報酬の最低商品を見ると、2019年7月1日時点で0.15%~0.18%だったものが、2024年7月1日時点では0.14%~0.15%となっており、こちらも低い報酬水準にシフトしてきています。
このような信託報酬が低い新商品が追加される傾向は、他の運用商品カテゴリーでも見られます。しかしながら、金融庁の「資産運用業高度化プログレスレポート2022」では、企業型DCの運用商品において「一物多価」、すなわち同じカテゴリーのインデックスファンドで信託報酬の高いものと安いものが混在している状態があると指摘しており、各社のDCにおいて必ずしも信託報酬の安い商品が提供されているわけではありません。そのため、企業型DCを導入している企業は、自社のラインナップに取り入れている商品の信託報酬がマーケットにおいて相対的に高くないか、運管評価の過程で確認し、必要に応じて信託報酬の低い商品に入れ替えていくことも検討すべきと考えられます。
また、運用利回りについても、特にアクティブ運用の商品では同じカテゴリーや同じ運用戦略の商品群内でも大きく異なる場合があります。KPMGジャパンが評価を支援した事例でも、過去1年、3年、5年の平均利回りを比較した結果、現在採用している商品が比較商品群の中で全ての期間で下位に位置していたケースがありました。このような場合、運管に理由や背景を確認し、運用商品の入れ替えが必要ないかを検討することが推奨されます。
運用商品選定に関する評価の他にも重要な評価項目は多数存在しますが、投資教育や手続きなどに係るサービスの品質が他社と比べてどうかも重要な評価項目と考えられます。例えば、近年、スマホアプリを開発している運管が増えてきており、スマホアプリの有無や操作性などもチェックポイントと思われます。KPMGジャパンが支援したクライアントの中には、運管の評価に先行して従業員アンケートを実施した例があり、運管のサービス品質については、「加入者webサイトやスマホアプリの使い勝手や、掲載情報の探しやすさについて、もっとも当てはまるものをお選びください」といった質問を通じて情報収集を行い、問題点を特定した上で運管に対する質問文を作成しました。問題点が明確になっていると、比較対象の運管へのヒアリングを行う場合においても具体的な質問が可能となり、効果的と考えられます。
3.スケジュール
前述のような流れで運管評価を行う場合の標準的なスケジュールは、これまでの支援経験を踏まえると例えば図表3のとおりと想定されます。現運管のみに質問を行う場合で4か月程度、現運管に加えて比較対象の運管への質問依頼や質問書送付も行う場合で6か月程度が目安となります。運管評価の前に従業員アンケートを行い、問題点を確認する場合はプロジェクト全体でさらに3か月程度を見ておく必要があるでしょう。
図表3 スケジュール例
4.運管評価後の対応
運管評価を実施した後には、現運管の業務品質が世間水準と比べてどのような水準にあるかがある程度理解できるので、その結果に基づいてまずは現運管に対し改善を促すことが考えられます。なぜなら、運管を変更する場合は一般に1~2ヵ月程度のブラックアウト期間(従業員が投資できない期間)が生じたり、商品の解約・再購入を要するといったデメリットがあるため、安易に変更すると従業員の不利益が生じる可能性があるからです。ただし、現運管との対話を経ても改善が期待できない場合は、運管変更によって不利益の長期化を回避することも合理的と考えられます。
また、このような取り組みを行った事実やその概要(評価方法や評価結果)を労働組合や従業員に説明することは、会社が従業員の利益のために自社DC運営の高度化にしっかり取り組んでいるというメッセージになると考えられます。人的資本経営が話題となる昨今、こうしたメッセージは、優秀人材の確保の面からも有益と考えられます。
5.まとめと専門家の活用
以上、運管評価の具体的な実務について説明してきました。厚生労働省からの解釈通知「確定拠出年金制度について」に評価項目が例示されているものの、その評価の深度については企業の裁量に任されている部分が大きいと言えます。しかし、運用商品の品質が低い場合や運管のサービス水準が低い場合、従業員のウェルビーイングを損なう原因となります。優秀人材確保の競争激化や人的資本経営の推進といった課題に対応する観点からも、企業は運管評価をしっかりと行い、その結果を労働組合や従業員に丁寧に説明していくことが、企業と従業員の双方にとって有益と考えられます。
また、ここまで述べてきた取り組みを実施するためには、投資や金融に関する一定の専門知識や金融業界の知識が必要ですが、一般企業ではそうした知識を持っていない場合も多いと思われます。加えて、運管である金融機関との対話や交渉も必要ですが、金融機関との情報の非対称性などから、対話自体が困難な場合もあるでしょう。そのため、投資や金融に関する専門知識と業界知識を有する外部専門家の活用も有用と考えられます。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人 金融アドバイザリー事業部
マネージング・ディレクター 萩原 浩之