本連載は、日刊工業新聞(2024年5月~7月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

5G時代における日本のインフラシェアリング

競争関係にある事業者同士が、市場の変化をきっかけに協調戦略をとることがあります。たとえば、かつて銀行ではATMの設置場所が競争要因でしたが、コンビニエンスストアのATMや電子決済が普及したことで、ATMを銀行間で共同利用する動きが広まっています。また、物流危機が叫ばれるなか、競争関係にある小売店が物流網を共有する例も見られます。

通信業界においても、海外ではすでに長期間にわたり、通信キャリア間で通信鉄塔を共有する動きが活発化しています。その象徴的な例が、通信鉄塔などのインフラを共有する「インフラシェアリング」です。
通信鉄塔におけるインフラシェアリングの事業化は、以下の3つの類型に代表されます。

(1)カーブアウト型

大手の通信キャリアが通信鉄塔とそのメンテナンス要員を切り出して子会社化したうえで、新会社が通信鉄塔を他社とシェアする方法

(2)JV(ジョイントベンチャー)型

複数の通信キャリアが通信鉄塔を寄せ合い、共有する方法

(3)独立型

通信事業者ではない建設会社や投資会社が通信鉄塔を新設あるいは買収して、通信鉄塔のシェアリング会社を設立する方法

【通信鉄塔のインフラシェアリング】

通信インフラシェアリングの展望_図表1

日本ではこれまで、通信キャリア各社が独自に通信環境を整えたため、トンネルなどを除けばインフラシェアリングはきわめて限定的でした。しかし、最近は日本でもインフラシェアリングを提供する独立系の事業会社が成長しているほか、通信キャリア同士で第5世代通信(5G)基地局を展開するためのJVが設立されるなどしています。
また、今後は下記の3つの要因で日本でもシェアリングが拡大すると考えられます。

【日本におけるインフラシェアリング拡大を牽引する3つの要因】

(1)高周波数帯の基地局の普及

5Gならではの高速通信を使ったサービスが増えることで、基地局の増設ニーズが一層高まるでしょう。

(2)労働者不足

各社が全国に建設した通信鉄塔などの通信インフラをメンテナンスする要員を、将来にわたって自社で確保し続けることは難しくなります。

(3)既存の通信鉄塔の老朽化

日本は自然災害が多く、また海に囲まれており塩害を受けやすく設備が劣化しやすいと言えます。通信鉄塔の解体、再構築が全国で必要になる時期が来るでしょう。


これまで、携帯電話はサービスエリアの広さや通話品質の良さが競争要因と考えられてきました。しかし、各社の人口カバー率が100%に近づくなかで、消費者が通信キャリアを選ぶ際の軸が変化しています。各社は自社の差別化要因を常に見直し、何で勝負をするのかを検討しておく必要があります。先を見通したうえで、自社の強みを発揮できない領域やコスト負担が大きい領域では、競合との協調も選択肢となるでしょう。ただし、協調戦略をとる際には談合と捉えられるリスクや、競合への情報漏えいのリスクもあるため、慎重な取組みが求められます。

日刊工業新聞 2024年5月17日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊工業新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
マネジャー 根岸 次郎

通信業界の「競争」と「協調」

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