退職給付制度設計 ~環境変化に対応した年金・退職給付制度の見直し~

近年、人事制度やその一部である退職給付制度を取り巻く外部環境は大きく変化しています。本稿では、制度改定の最初のステップとして重要な現状分析の流れと課題把握のポイントに触れた上で、企業の関心が高いと思われる定年延長、ジョブ型人事制度導入、インフレ対応に関する制度見直しの考え方について解説します。

退職給付制度改定の現状分析の流れと課題把握のポイントに触れた上で、企業の関心が高いと思われる定年延長、ジョブ型人事制度導入、インフレ対応に関する制度見直しの考え方について解説します

本稿は、企業年金連合会 月刊「企業年金」令和6年5月号に掲載された記事の転載となります。以下の文章は原則掲載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

近年、人手不足やインフレに伴う賃上げ、従来の年功型人事制度の見直しの動き等、人事制度やその一部である退職給付制度を取り巻く外部環境は大きく変化してきている。しかしながら、退職給付制度の見直しは従業員の既得権にも影響するため社内での検討に時間を要し、従業員の同意も必要となること等から簡単に実施できるものではなく、退職給付制度の見直しの必要性を認識していたとしても対応できていない会社もあると思われる。本稿では、制度改定の最初のステップとして重要な現状分析の流れと課題把握のポイントに触れた上で、特に足元において企業の関心が高いと思われる定年延長、ジョブ型人事制度導入、インフレ対応に関する制度見直しの考え方について解説する。なお、本文中の意見に関する部分は筆者の私見であり、所属法人の意見を代表するものではない。

1.退職給付制度の現状分析

退職給付制度の見直しを検討する際は、対従業員への説明等の観点から、見直しの必要性・コンセプトの明確化が重要である。よって、まずは現状採用している退職給付制度の給付設計と給付水準を確認した上で課題や論点を整理し、制度見直しの方向性を検討する。

(1)給付設計の確認

まず見直しの前提として、自社の制度設計の特徴を確認する。例えば、図表1のような給付額の算定方法、企業年金を実施している場合の年金支給要件などが時代の変化、および自社従業員のニーズに合っているかを検討するための基礎情報の把握を行う。

図表1 代表的な給付算定方法

図表1 代表的な給付算定方法

(注)「管理負担」や「把握しやすさ」は著者の分析に基づく。

(2)給付水準の確認

例えば、最終学歴が高卒・大卒別に最速・標準・最遅等の昇格モデルに基づく入社から退職までの給付水準モデルを作成することで、給付カーブや年齢別・勤続期間別の給付水準を確認する(図表2)。

図表2 モデル給付額

図表2 モデル給付額

(注)例示のため筆者が仮定の退職給付制度に基づき作成。

(3)課題や論点の整理

前述の分析結果を踏まえ、会社が今後目指す人事制度や退職給付制度に対しての課題や論点の整理を行う。その際、可能であれば同業他社や業界平均と給付設計や給付水準を比較することも有用と考えられる。なお、近年では特に60歳以降の定年延長、年功型制度の見直し・ジョブ型人事制度導入、インフレ対応といった動きが見られる。

2.退職給付制度の課題への対応

(1)定年延長

定年延長に伴う給付設計見直しの論点と選択肢は図表3となる。なお、以下では断りのない限り、現在60歳定年の企業が65歳に定年延長するケースを想定している。この点を踏まえると、定年延長の給付設計は概ね図表4のパターンA~Dに分類される。

図表3 定年延長時の退職給付制度の検討論点

図表3 定年延長時の退職給付制度の検討論点

図表4 定年延長の代表的な対応パターン

図表4 定年延長の代表的な対応パターン

パターンAは60歳以降も給付額を増加させるケースで、従業員側の満足度は高いが、会社側の費用負担は増加する。

パターンBは60歳で給付額を頭打ちさせるケースで、定年延長の実例として採用されることが多い。
これは、60歳以降のシニア社員には、退職給付ではなく職務や役割に応じた月例給や賞与で報いるという考え方に基づいていると思われる。ただし、60歳と65歳で給付額は変わらないものの支給時期が遅くなる(現在価値は低くなる)ので、DB年金法令上、給付減額(現在価値でも判断)に該当するかの検討が必要となる。
また、DC年金を実施している場合には、DC年金法令上、掛金額が0円とはならない給付設計が求められる。

パターンCは60歳でベースとなる給付額を頭打ちさせるものの65歳まで付利して支給を繰り下げるケースであり、付利率によっては前記のDB年金の給付減額を回避することが可能である。

パターンDは65歳まで勤務することで現在の60歳での給付水準に到達するように給付カーブを引き下げるケースである。
65歳まで勤務しない限り、既存の従業員にとっては給付水準が下がることとなるため、従業員側の理解を十分に得る必要がある。

(2)ジョブ型人事制度への対応

ジョブ型人事制度とは、従来の日本企業に多い職能型人事(メンバーシップ型)に対し、職務(ジョブ)に合う人材を採用し配置する職務型人事である。

一般的に、年功序列型の処遇制度よりも役職や責任に応じた処遇制度を適用することとなる。一方で、最終給与比例制や勤続期間別定額給付の給付制度は長期勤続優遇や年功要素が強い設計であることが多い。
また、ポイント制は毎期の付与ポイントに年功要素を反映できるが、自己都合退職時に勤続期間に応じた係数を乗じる部分は年功要素がある。

制度見直しに際しては、現行制度のどのような点に強い年功要素があるかを把握することから始める。
このうちポイント制については、ポイント要素は一つ又は複数を組み合わせたものとなっており、各ポイント要素とジョブ型人事制度との相性は図表5のとおり整理することができる。
従業員に長期勤続を期待する制度設計の場合は、年功要素が強い勤続ポイントや年齢ポイントの割合が高くなる傾向がある。

図表5 ポイント要素の種類およびジョブ型人事制度との相性

図表5 ポイント要素の種類およびジョブ型人事制度との相性

(注)「相性」は筆者の分析に戻づく。

退職事由に応じた係数や退職時年齢に応じた係数(自己都合減額率)を設けている会社は多いが、ジョブ型人事制度において、社外から優秀な人材を採用したい場合は中途採用者が不利にならない制度設計を構築する必要があると考えられる。
また、中途入社や短期勤続者が不利益を被るものとして、退職給付の支給要件として勤続3年以上などの一定年数以上の勤務期間を設けている場合や、DB年金において年金受給資格を満たすための要件として勤続20年以上としている場合などの年功要素も見直しを検討すべき点となる。
更に定年加算金のように定年退職時のみ給付するものや、一定年齢や一定勤続年数を要件として支給する加算給付も見直しの検討対象となる。また、DC年金で勤続3年未満の退職の際に事業主掛金相当分の返還の規定を設けている場合は、これも見直し対象として検討する。

(3)インフレへの対応

バブル崩壊後、最近までの退職給付設計の見直しは、終身年金廃止や給付利率引き下げ等、給付水準を引き下げることが多かったので、20年前に比べ退職給付の水準が低下している企業も多いと考えられる。特に、昨今の物価上昇も勘案すると実質的な給付水準はかなり低下している懸念がある。

一方で、近年の株価上昇等によりDB年金が積立超過となっており、給付改善の余力がある企業も多いと思われる。
これらを踏まえると、従業員側の満足度を高めるには、従前の「退職給付制度の見直しと言えば給付水準抑制」という考え方から転換を図り、退職給付の実質価値の維持・改善を行うことも課題と考えられる。最終給与比例制であれば退職金算定基礎給与にベースアップを行うことで実質価値の維持が可能であるが、定額制やポイント制の場合は賃金と退職給付額が連動しないため、支給額テーブルやポイント単価・ポイント体系の見直し等が必要と考えられる。

また、キャッシュバランス制では指標利率を国債の応募者利回りに設定している事例が多くあるが、今後のインフレ対応策として指標利率を全国消費者物価指数、賃金指数および市場インデックスや積立金の運用利回りの実績とすることが考えられる。
更に、長年続いてきた金利水準の低下により、当初想定の指標利率を下回っている(結果として給付水準が低くなっている)ことが多いという課題もある。
例えば、当初想定していた再評価率が2・5%で実際の再評価率が0・5%となった場合(掛金拠出額が一定と仮定)は、60歳時点での実際給付額が想定額に比べて約30%低くなるので、キャッシュバランス制導入時に想定した給付水準に到達しないことは、従業員側として実質的な給付減額と捉えられる可能性がある。これは将来分の再評価率を引き上げたとしても容易に解消されない課題であり、改善のためには将来分の拠出付与額の増額(ポイント付与額の引き上げ等)や過去分の仮想個人勘定残高に一律割り増しする給付増額等の選択肢が考えられる。

3.まとめ

本稿では主に近年のトピックである定年延長、ジョブ型人事制度、インフレ対応に関連した制度見直しのポイントについて解説したが、退職給付制度は人事制度の報酬体系の一部であり、人事制度設計と整合的な退職給付制度となるように両者一体的な見直しを実施していくことが望ましい。
また、制度見直しの際には人事制度との整合性、現行給付制度が抱えている課題、市場の環境変化、会計上や掛金負担上の影響、既得権への配慮といった多数のポイントを踏まえて検討を進めていくことになるが、これらの論点は複雑であり、社内だけで対応することは容易ではない。

そのため、退職給付制度に加えて人事制度や企業会計にも精通した年金受託機関や外部アドバイザーからの助言をうまく利用することが有効と考えられる。近年の環境変化に対応した制度見直しを検討している企業にとって、本稿が参考になれば幸いである。

月刊「企業年金」令和6年5月号掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、企業年金連合会の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

あずさ監査法人
金融アドバイザリー事業部
シニアマネジャー 渡部 直樹(わたなべ なおき)

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