企業年金の資産運用ガバナンス強化の動向
「資産運用立国実現プラン」に盛り込まれた企業年金の資産運用ガバナンスの改善施策として、「資産運用ガイドラインの見直し」や「企業年金の運用の見える化」が検討されており、企業年金を有する企業にとって新たな対応が必要になる可能性があります。本稿では、現在の検討状況に加え、想定される影響について解説します。
資産運用立国実現プランに基づく企業年金の「見える化」の影響(メリット・デメリット)と企業の対応
はじめに
「資産運用立国実現プラン」に盛り込まれた企業年金の資産運用ガバナンスの改善施策として、「資産運用ガイドラインの見直し」や「企業年金の運用の見える化」が検討されており、企業年金を有する企業にとって新たな対応が必要になる可能性があります。本稿では、現在の検討状況に加え、想定される影響について解説します。
なお、本稿の内容は2024年8月1日時点の公表情報に基づいて執筆しています。
本稿のポイント
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これまでの動向
企業年金の資産運用ガバナンスは、以前から厚生労働省の監督のもと、確定給付企業年金法や確定拠出年金法およびその関係法令・通達等で一定のルールが設けられていましたが、近年、資本市場改革の観点から企業年金のアセットオーナー機能発揮への期待が高まっています。具体的には、2018年のコーポレートガバナンス・コード改定により企業年金のアセットオーナー機能の発揮に関する上場企業の取り組みを開示することが求められ、その後は岸田内閣が打ち出した「資産所得倍増プラン(2022年)」や「資産運用立国実現プラン(2023年)」でも企業年金の資産運用の高度化等に関する言及がされました。そして現在は厚生労働省の社会保障審議会の部会である企業年金・個人年金部会にて具体策が検討されています。
これらの動きの中では、金融庁が企業年金の資産運用に関心を強めていることが注目されます。2022年と2023年に金融庁が公表した「資産運用業高度化プログレスレポート」では2年連続で企業年金の課題に言及しているほか、「2023事務年度 金融行政方針」においては、企業年金に対し金融事業者と同様に顧客の最善利益義務を課すこととする金融商品取引法の改正(2023年秋に成立済)を前提として、企業年金のモニタリングのあり方を今後検討していく旨が記載されています。すなわち、企業年金がある企業は、金融機関でなくても金融庁のモニタリングを今後受ける可能性があるといえます。
このように、企業年金の資産運用ガバナンスに関する規制環境は大きく変化しつつあり、企業年金を持つ企業は今後の動向に注意する必要があります。
提案されている内容
上記の流れを受けて、2024年4月24日に開催された厚生労働省の企業年金・個人年金部会では、「確定給付企業年金の資産運用ガイドラインの見直し」に加え、「企業年金の資産運用の見える化」が提案されました。
このうち、「企業年金の資産運用の見える化」については、以下のような対応が提案されており、次期年金制度改正(2025年度)までに結論を得るものとされています。
表1 企業年金の「見える化」案
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確定給付企業年金(以下「DB」) | 確定拠出年金(以下「DC」) |
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開示項目 | 毎年の事業報告書・決算に関する報告書の報告項目をベースとする。(一部新規に報告)※ 運用状況(運用の基本方針等)や専門人材の活用に係る取組状況を含む情報については新たに報告が必要(事業報告書に追加) |
毎年の事業主報告書・確定拠出年金運営管理機関業務報告書の報告項目をベースとする。(一部新規に報告;レコードキーピング会社経由の報告を想定) |
(想定される開示項目の例) |
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開示方法 | 厚生労働省が制度別に公表を行う | 厚生労働省が事業主・規約・運営管理機関別に公表を行う |
開示対象 | 規模要件を設ける(個人情報保護の観点からの配慮も必要) | 全事業所を対象とする (個人情報保護の観点からの配慮も必要) |
出所:厚生労働省「第34回社会保障審議会企業年金・個人年金部会資料」(2024年4月24日)に基づき作成
上記の通り、集計自体は厚労省が行うとしており、企業の事務負担についてはさほど増えることはなさそうですが、自社企業年金の資産運用等に関するデータが外部から見えることとなり、他の企業年金との比較可能性も高まるため、企業年金を実施する企業の年金運営上、少なからず影響が生じるものと思われます。
想定される影響
上記のような「見える化」が実現された場合の影響としてどのようなことが考えられるでしょうか。
メリットとしては、他企業の運営や取り組みの状況を知ることができ、自社制度の運営の改善に役立てることが挙げられます。例えばDBであれば、同業他社の年金運用人材の配置・育成に関する取り組みを参考に、自社の人材配置・育成体制の向上をマネジメントに対して訴求するといったことが考えられますし、DCであれば他社が導入している商品の中で運用成績が良いものや手数料が低いものを発見して自社商品への採用を検討するといったことが考えられます。
一方、特にDBにおいては、公表された予定利率や運用実績の高低のみが評価の視点になってしまうと、逆に健全な運営を阻害してしまうことも考えられます。つまり、これまで自社のリスク許容度や積み立て状況を踏まえて保守的な資産運用を行っていた企業で、他社との比較を通じて例えばマネジメントや外部の株主等が保守的な運用方針を見直すよう求めることがあるかもしれません。しかし、そうなってしまうと、DB制度の年金運用の本来の目的である「約束した給付を確実に履行すること」から過度なリスクテイクにシフトしてしまう懸念も考えられます。
企業の対応
「見える化」の実施内容については検討中ですが、仮に上記のようなの仕組みが導入された場合、上記で述べた影響を踏まえると、企業としては以下の取り組みをすることが望ましいでしょう。
まずDBについては、他社の取り組み状況を参考にしつつも、各社のDBの給付設計や積み立て水準そして母体企業のリスク許容度の相違などを考慮しながら運用を行い、決して利回り競争に振り回されないことが肝要と思います。そのためには、改めて自社DBの資産運用方針の意味合いや設定根拠等を従業員やマネジメントを含む社内外に説明できることが望ましいでしょう。
一方DCについては、他社の取り組み状況を参考にして自社商品の見直しや点検に着手することが望ましいでしょう。iDeCo(個人型DC)ではインターネット上に商品や運営管理機関の手数料などの比較情報が多数あり、iDeCoに加入している従業員のうち資産運用に積極的な層はiDeCoと自社の企業型DCの商品を比較して企業に質問をすることも少なくないようです。なので、企業型DCの「見える化」が実施された場合、「なぜ他社の企業型DCでこのような良い商品があるのに自社DCにはないのか」といった不満が出ることも十分考えられます。DBと異なり、DCの運用商品ラインナップの品質については従業員のウェルビーイングに直接的に影響するため、DB以上にきちんとした対応が必要と考えます。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
パートナー 枇杷 高志