欧州ではさまざまな産業領域でGaia-X承認プロジェクト(認定プロジェクト、ライトハウスプロジェクト、ライトハウスデータスペース)が推進されています。本連載ではこれまで第3回のCatena-Xや第4回のManufacturing-Xなど、製造業のデータスペースを解説してきましたが、第5回となる本稿ではドイツ政府主導のヘルス領域のデータスペース構築を目指すHealth-XdataLOFT(以下、Health-X)について解説します。

1.欧州のヘルスデータスペースの取組み

欧州では2019年から世界的に流行した新型コロナウイルス感染症(COVID-19)を契機として、医療データ利活用の重要性が認識されるようになりました。ドイツは欧州委員会が採択した欧州デジタル戦略に基づき、ドイツ連邦経済・気候保護省が1,300万ユーロの予算を割り当て、2021年にHealth-Xプロジェクト(2021年11月~2025年3月)を開始しました。

Health-X は2019年にハイデルベルグ大学を母体とした医薬情報化プロジェクトであるHiGHmedの実証モデルとして立ち上げられました。HiGHmed はルクセンブルク保健機関を含めて12の大学や医療機関で構成されています。Health-XはこのHiGHmedプロジェクトで蓄積された情報やノウハウを活用し、ユースケース開発を行うと同時に、市民と患者を中心としたデータ連携や共有のモデル構築を目指しています。

欧州委員会は2022年5月に欧州域内でデジタルヘルスサービスの真の単一市場の構築を目指し、European Health Data Space(以下、EHDS)を公表しました。これにより、欧州加盟国(2023年時点で27ヵ国)において、患者情報、電子処方箋、画像情報、検査結果、退院報告書が共通の形式で発行可能となりました。

その後、EHDSはセキュリティとデータガバナンスを確保したデータ流通基盤構想であるGaia-Xに準拠した形で、Health-Xを活動母体として推進していくことになりました。International Data Space Association(以下、IDSA)にて設立されたData Spaces Support Centre(以下、DSSC)からデータスペーススターターキットや手引書を提供され、Gaia-XからはEclipse Data Connector(以下、EDC)が提供されています。

【図表1:欧州ヘルスデータスペース推進スキーム】

市民や患者を中心としたヘルスデータスペース「Health-XdataLOFT」_図表1

出典:EHDS、Gaia-X、およびHealth-X各公式サイトを基にKPMG作成

2.Health-Xの特徴である4つのユースケースとは

Health-Xはシャリテーベルリン医科大学デジタルヘルスセンターのローランド・エイルズ教授が率いるプロジェクトです。Health-Xは市民や患者の日常生活のバイタルデータから診療データに至る各種データを中心に位置づけてデータ管理や利活用を行うことを目指しており、ヘルスデータはGaia-X標準に従ってアクセス制御を実現しています。

Health-Xのパートナー団体はIDSA含め、ドイツ国内のヘルスケア関連企業、大学附属病院・研究機関で構成されています。そして、病院やクリニックにおける患者の一次データと個人のバイタルデータなどの二次データを統合することを目的としています。

Health-Xのアーキテクチャは図表2に示すように、患者の電子カルテ情報や臨床データなどの一次データは個別にデータベースで管理し、フィットネスやバイタルデータなどの二次データはスマートフォンやスマートウォッチなどのデバイスを通じて収集され、一次データと二次データが連携されます。なお、各種データはGaia-Xに準拠し、一般データ保護規則(GDPR)に従っています。

【図表2:欧州ヘルスデータスペースアーキテクチャ】

市民や患者を中心としたヘルスデータスペース「Health-XdataLOFT」_図表2

出典:KPMG作成

さらに、Health-Xでは図表3に示すように4つのユースケースが考えられています。

1つ目のユースケースは日常生活のヘルスデータの利活用として、市民が日常生活において蓄積したバイタルデータを収集してデータベースで管理することです。

続く2つ目のユースケースは、臨床研究者と連携してePAと二次データを活用し特定疾患治療シナリオを開発することです。

3つ目のユースケースは、予防医学の観点で集積したデータを活用してスマートデバイスのAIアシスタント機能を利用して必要に応じて運動を促進させ、さらに病気の早期発見をめざします。

最後の4つ目のユースケースは患者の診療データと日常のヘルスデータを連携させることで、疾患の解析や病気予防を研究することです。疾患の解析を単独で行うのではなく、患者の日常生活の中で取得されたヘルスデータを活用して従来以上の豊富な研究データを利用することができます。

【図表3:Health-Xユースケース】

市民や患者を中心としたヘルスデータスペース「Health-XdataLOFT」_図表3

出典:Health-X公式サイトを基にKPMG作成

3.産官学連携によるHealth-Xのガバナンスモデル

Health-Xのガバナンスは図表4に示した構造となっており、監査役会は研究機関、産業界、政府関係者で構成されています。Health-Xは技術ステアリングボードから技術支援を受けて構築されており、ステークホルダーアドバイザリーボードは患者、企業/業界団体、研究機関で構成されています。

それぞれの立場からHealth-Xの運用と改善に関する意見が出せる仕組みとなっており、運営委員会で取りまとめられて討議されます。シャリテーベルリン医科大学がプロジェクト管理を行うことから、中立的な運用で、プロジェクトで顕在化した運用上の課題はステークホルダーアドバイザリーボードで討議する仕組みになっています。

そのため、当該領域での生成AIなどの先端技術の活用において、弊害となるような法規制がある場合には、見直し検討も行えることが特徴となっています。同時に、これまで取得していない市民や患者のヘルスデータにおいても、臨床研究に活用することが有効と認められた場合には、技術的にどのように取得可能か、取得する際の課題は何かなどの議論が行われます。

【図表4:Health-Xガバナンスモデル】

市民や患者を中心としたヘルスデータスペース「Health-XdataLOFT」_図表4

出典:Health-X公式サイトを基にKPMG作成

4.日欧の医療データ連携の可能性

Health-Xに代表されるヘルスデータスペースは、欧州デジタル戦略のもとでドイツに留まらず、今後欧州加盟国への拡大が見込まれています。欧州各国はヘルスデータを活用して特定疾患含めた臨床研究や予防医学の研究に活用していきます。

2024年6月、欧州委員会は日本の個人情報保護委員会と個人データの移転範囲を企業から研究・行政機関まで対象範囲を拡大する共同声明を発表しました。この結果、日本の製薬企業、大学や研究機関は民族的要因(ICH-E5)を考慮して、欧州の個人のヘルスデータや患者の臨床データを活用したリアルワールドデータ研究、治験の仮説立案、医療データベース研究、疫学研究、治療開発の仮説立案ができる想定です。

日本がこれらのデータを活用するためには、欧州でDFFT(Data Free Flow with Trust)の考え方でデジタルアイデンティティを管理するVC(Verifiable Credentials)技術を採用したデータ流通を実現するヘルスデータスペースの構築が必要となります。その結果、日本の製薬企業、大学や研究機関は高い信頼性で各国政府が発行するデジタル証明書を取得してデータを利用することができます。

同時に、日本の製薬企業、大学や研究機関も国内のヘルスデータスペースで積極的にデータを共有・連携していくことが求められます。そして、日欧双方がヘルスデータを活用することでヘルスデータスペースの利点最大化を実現することができます。

今回はドイツで推進されているHealth-Xを解説しました。次回はエネルギー関連領域のデータスペースを取り上げて解説します。

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアマネジャー 藤村 成弘

デジタルの新たな潮流、欧州インダストリアルデータスペース

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