預金口座の不正譲渡の実態・対応について(その5):金融犯罪情報の共有の取組み

本稿では、「預金口座の不正譲渡の実態・対応」の5回目として、金融犯罪に関する情報を「民民」での連携する取組みを説明します。

金融犯罪に関する情報を「民民」での連携する取組みについて、海外での先行的な取組みに目を向け、今後の日本における展望について考察します。

これまで4回の記事にわたって、金融犯罪の抑止、犯罪収益の移転の防止には、業界横断で迅速な情報共有が重要であることを発信してきました。今回は、海外での先行的な取組みに目を向け、今後の日本における展望について考察していきます。

海外での情報共有プラットフォームへの取組み

米国、英国をはじめ諸外国では、既に金融犯罪に関する情報を、「民民」すなわち金融機関同士で連携できるプラットフォームの取組みが進められています。その種類は、領域の違い(詐欺防止か、AML/CFTか)、形態の違い(非営利団体か、事業法人か)、加盟者の範囲(業種が横断的か、特定か)、保有データの有無(詐欺等の情報を共有する仕組みか、否か)等によりさまざまです。

加盟金融機関・事業者・個人が比較的多い民間主導のプラットフォームとして、英国Cifas(Credit Industry Fraud Avoidance System)と、米国Verafin Inc.社の取組みをご紹介します。

英国Cifasは、1988年に設立された非営利団体が主催する詐欺防止のプラットフォームで、加盟者や法執行機関等から寄せられた詐欺(ID詐欺、アカウント乗っ取り等)の情報を格納した、英国最大の詐欺情報のデータベースを保有しています。加盟者は金融機関をはじめ17の金融団体、一般消費者に亘ります。加盟者はオンラインでのデータ共有、データベースの検索等が可能で、加盟者間同士の連携も可能となっており、詐欺情報のデータベース登録の可能性のあるデータ主体(個人)は、データ登録の有無の確認、異議申し立てが可能です。

Cifas(英国)

形態 非営利団体
設立 1988年
領域 詐欺防止
加盟者 17の商業セクター、700以上の企業・団体
保有データ
  • 英国最大の詐欺情報のデータべ―ス“National Fraud Database”を保有。検索可能なデータは200万件以上
  • 加盟者から提供された詐欺(ID詐欺、アカウント乗っ取り、虚偽申請、保険詐欺等)の情報を格納
  • 法執行機関や管轄当局、その他公共団体から、登記情報や盗難データ等も含む
機能
  • 24時間365日のリアルタイムオンラインでのデータ共有
  • データベース検索、詐欺事案の関連性分析、顔照合、位置情報アラートの機能
  • 加盟者間同士のピアツーピアでのメッセージプラットフォームを提供
備考
  • データベースに含まれている主体は、データ登録の有無を確認することが可能
  • データ主体が登録データに対して異議を申し立てる手段を提供


対して、米国 Verafin Inc.社は2003年に設立された民間企業で、現在は、Nasdaqの子会社となっていますが、その取組みは、事業法人が主催する詐欺防止およびAML/CFTを目的としたプラットフォームで、同社の詐欺防止・検知のソリューションを利用する銀行等金融機関に情報を提供しています。

詐欺等の不正情報自体を共有するのではなく、加盟金融機関の取引データ・顧客データを同社がモニタリングし、詐欺等不審な取引を該当の金融機関に連絡する取組みであり、加盟金融機関は、米国USA Patriot Act. 314条(b)の登録機関のメンバーと、調査情報の共有が可能となっています。

314条(b)は、「複数の金融機関又はその協会は任意で他の金融機関にテロリスト又はマネロン活動の疑いのある個人、事業体、組織及び国に関する情報を共有することができる」仕組みを規定している連邦法の根拠条項


Verafin(米国)

形態 事業法人(NASDAQの子会社)
設立 2003年
領域 詐欺防止及びAML/CFT
加盟者 同社ソリューション利用者のうち北米 約2,500社の銀行・信用組合
保有データ/機能
  • 詐欺等の不正情報を保有し共有する仕組みではない
  • “Cross-Institutional Analysis”というサービス。加盟金融機関の取引データ、顧客データを同社がモニタリング。詐欺等不審な取引を検知し金融機関に連絡
  • 加盟金融機関は、米国愛国者法314条(b)の登録機関のメンバーと調査情報の共有が可能
備考
  • データが米国愛国者法314条(b)にもとづき共有されてもデータ主体には知らされない。内報(Tipping off)禁止のため

取組みの効果

このような取組みの効果について、Cifasの2024年版レポートによると、2023年は18億ポンド(約3,420憶円)以上の詐欺被害を防止したとされています。また、Verafinの2024年4月レポートでは、2ヵ月間で約960万ドル(約14憶4,000万円)の詐欺被害を連携金融機関同士の情報共有によって防止したとしています。このように、海外の先行例において詐欺検知による効果が確認されており、特殊詐欺・SNS投資詐欺・ロマンス詐欺等の被害やクレジットカードの不正利用が拡大している日本においても、関係当局が連携し、個人情報保護に関するガイドラインの整備等を行うことによって、共有可能な情報の対象と範囲を明確化し、民間部門や業界団体において、同様の取組みを進めていくことは、消費者保護や金融システムの健全性といった公共の利益に資するであろうと考えられます。

本邦での取組み

本邦における同様の取組みとして、2023年12月に一般社団法人キャッシュレス推進協議会(以下、協議会)が提供を開始した不正利用関連情報確認データベース「CLUE」が挙げられます。これは、CLUEに加盟するコード決済事業者間で、不正利用事案に用いられた電話番号、メールアドレス、IPアドレス、不正な取引の類型をCLUEに登録することで、情報をリアルタイムに加盟各社間で共有できるというものです。協議会は、今後コード決済サービス以外の分野におけるCLUEの活用についても、積極的な検討を進めていくとしています。

本邦における今後の展望

金融犯罪が巧妙化・高度化するにつれ、金融機関単体での対策には限界があります。銀行口座の売買や譲渡によって、犯罪者グループによる不正資金の送金等を行なわせるトンネル口座の取引や口座を、単独の金融機関が、自らが持つ情報の範囲で検知することは可能ですが、金融機関同士で、不正口座の名義人や取引の情報を共有し、当該情報と自金融機関が把握する取引との関係性を把握することができれば、より効率的、かつ、有効な対策強化につなげることが出来ます。例えば、銀行やその他の預金取扱金融機関で、警察の凍結要請口座に関する情報共有を可能とするプラットフォームを構築することが出来れば、英国や米国と同様に、より一層強固な金融犯罪対策と被害回復を実現することが可能となると考えられます。

さらに、預金取り扱い金融機関以外の金融機関(資金移動業者や暗号資産交換業者、クレジットカード発行会社等)や非金融特定事業者にもこのプラットフォームへの参加を拡大していくことが出来れば、従来、捕捉することが困難であった不正取得資金の流れを追跡・共有し、業態をまたいだマネー・ローンダリングを検知できる可能性があります。さらに、不正な資金の流れのネットワーク分析を通じて、トンネル口座や不正利用口座の検知を一網打尽で行うことが可能になり、これが実現すれば本邦におけるマネー・ローンダリング対策の実効性が飛躍的に高まることが期待されます。さらに、 「プラットフォーム」という性質上、参加者が増えれば増えるほどデータ蓄積量が増え、大きなスケールメリットが得られることも期待できます。

今回取り上げたように、諸外国では既に個人情報保護とのバランスをとった上で、民間主体の情報共有のプラットフォーム整備が進み、相応の成果が出ている中、日本においても、同様の取組みを早急に実現すべく、個人情報保護ガイドラインによる不正利用口座に関する情報共有を明確化した上で、業界横断で、検討を推進していくことが必要と思われ期待されます。

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執筆者

あずさ監査法人
金融アドバイザリー事業部
ディレクター 松岡 靖典(まつおか やすのり)

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