これまで3回にわたり、欧州インダストリアルデータスペースの起源とその変遷、GAIA-XおよびCatena-X、Cofinity-Xについて、その概要や特徴を紹介しました。第4回となる本稿では、製造業におけるデータエコシステム構築を目指すManufacturing-Xについて解説します。
目次
1.Manufacturing-Xとは
Manufacturing-Xとは、ドイツ製造業の競争力を未来にわたり確保するために、ドイツ製造業におけるデータエコシステムの構築を目指す取組みです。バリューチェーンをデジタル化し、ドイツの産業界を構成する中小企業を含む企業群のレジリエンスを高め、世界における競争力を強化する狙いがあります。このManufacturing-Xの取組みを中心に、欧州やグローバルな製造業データエコシステム構築への展開も進めています。
ドイツのみならず製造業を取り巻く環境は、世界的に大きく変化しています。Industry4.0における製造業のデジタルトランスフォーメーション(DX)が加速する一方、新型コロナウイルス感染症によるパンデミック、ウクライナ情勢、エネルギー危機、気候変動などの要因による世界的なサプライチェーンの混乱が生じています。この混乱が産業界に対し部材供給制約に伴うダウンタイムの増加、商品不足、原材料のインフレ等の影響を及ぼし、その結果世界的な不況リスクが高まるなど、競争環境は激化しています。
これらの課題や競争環境において、GAIA-XやCofinity-Xのような標準の策定や欧州電池規制等のルール策定と並んで、ドイツの製造業全体にわたる相互運用可能で自律的なデータエコシステムの構築を目指す動きが、Manufacturing-Xです。
ドイツがデータエコシステムとしてManufacturing-Xの構築を掲げている理由の1つに、製造業における中小企業の多さが挙げられます。現在、消費者のデータは米国や中国の巨大プラットフォーマーによる寡占下にあり、海外の特定プラットフォーマーへの依存度が高い状況です。ドイツの中小企業が海外の特定プラットフォーマーに依存する流れを変えられない場合、製造業の売上の一部が特定プラットフォーマーへ継続的に流出し、また、製造業に関する将来のイノベーションすらもこれらプラットフォームに依存してしまう可能性があります。このため、Manufacturing-Xでは、中小企業を含む製造業のデータに対して、海外の特定プラットフォーマーに依存しない、相互運用可能で自律的なデータエコシステムの速やかな構築を目指しています。
出典:「Manufacturing-X White Paper」を基にKPMGにて作成
それぞれの目的として、レジリエンスにおいてはバリューチェーンを再編成しインシデントに迅速に対応することが、持続可能性は新しいビジネスモデルや循環経済および効率性の向上が、競争力についてはドイツ製造業の世界的なリーダーシップを確保し拡大するデジタル革新が挙げられています。
社会の競争力と繁栄は、気候中立性と持続可能性に貢献する経済との相互補完関係にあり、ドイツは工業国として、エコロジーと経済がうまく補い合う良い事例を世界に示そうとしています。
出典:「Manufacturing-X」ホームページ を基にKPMGにて作成
Manufacturing-Xは製造業の次の進化段階を開発・促進するために、全体的なアプローチに基づいて構築されています。インフラ構造における上位3段は、個別の製造業界におけるビジネスチャレンジをイメージしており、共通の戦略目標、ビジネスモデル、ユースケースが考えられています。同じくインフラ構造の下位3段は、共通の基準を確立するために、製造業すべてのセクターによるチャレンジ領域となっています。下位3段の特徴は、相互運用性とデータ主権を保証できる運用体制を目指している点にあります。
4.Manufacturing-Xにおけるユースケースを特定するための価値評価
Manufacturing-Xでは、大企業であろうと中小企業であろうと、すべてのバリューチェーンに参加するパートナー企業の利益を等しく考慮することが定められています。また、その経済的利益、およびエコシステムによる総合的な利益は、すべてのパートナー企業に等しく理解可能、かつ達成可能でなくてはならないとされています。つまり、Manufacturing-Xにおけるすべてのユースケースは、多くの企業に関連し、他の業界とデータが相互運用可能なユースケースでもあります。
このユースケースを特定するための価値評価基準が示されています。価値基準は大きく4つに分かれ、コミュニティの存続可能性、戦略、価値、テクノロジーの観点でManufacturing-Xのユースケースとしてふさわしいか判断されます。この判断においては、費用対効果の点で優れ、かつManufacturing-Xの戦略に合致し、業界横断的でグローバルに適用可能なユースケースかどうか、また、そのユースケースがどのような付加価値をサプライチェーン上のパートナーに提供できるかという点を重視しています。
出典:「Manufacturing-X」ホームページを基にKPMGにて作成
5.相互運用可能なデータ交換を実現する4つのコア要素
Manufacturing-Xの業界横断的な技術構造は、中央集権的ではない相互運用性を生み出すためのカギとなっています。相互運用性を実現するための4つのコア要素は、アイデンティティ&信頼、可視性&アクセス、サービス&シェアリング、合意事項、で構成されています。
- アイデンティティ&信頼
データ共有プロセスのセキュリティ面に焦点を当てており、データは互いに信頼するパートナー間でのみ共有され、送信者と受信者を明確に識別することが可能となります。これによりデータ主権の考え方も確立されます。 - 可視性&アクセス
すべての参加者に対して、同じパフォーマンスで平等なアクセスの提供を目指しています。また多国間データ共有のための標準化された技術とメカニズムの開発も含まれています。 - サービス&シェアリング
分散型データセットを検索できるようにするため、データ共有プロセスの効率的な設計と実装のためのサービス提供を実現しようとしています。 - 合意事項
多国間データ共有プロセスにおける、統一された契約管理のための基本的なサービスを提供することが柱となっています。その焦点は、多国間データ共有における法的確実性を確立することと、データフローの収益化の2つの側面にあります。
6.Manufacturing-Xのコンセプトの社会実装に向けた最新動向
2024年4月に開催された製造業のための国際展示会であるハノーバメッセにおいて、Manufacturing-Xのコンセプトの社会実装の動きとして、Catena-Xに加えて、Factory-X、Aerospace-X等が公開されました。
なかでもFactory-Xは、工場での設計・製造のためのデジタルエコシステムの構築を担っており、11のユースケースの概念が示されています。また、Factory-Xを進めるうえで、ビジネスモデルの検討も始まっています。これは、4つのサブグループで構成され、現状調査(WP1)、ビジネスモデルの検討(WP2、WP3)、検証(WP4)で計画が進められる予定です。概念に留まっていた印象が強いManufacturing-Xですが、徐々に前進していることが感じられます。
今回はManufacturing-Xに焦点を当て、Manufacturing-Xとは何か、その目的、フレームワーク、価値評価、データ交換のコア要素を紹介しました。
次回は、欧州インダストリアルデータスペースのもう1つの代表的なプロジェクトであるHealth-Xについて、詳しく解説します。
※本文中の図表は以下を参考にしています。
執筆者
KPMGコンサルティング
マネジャー 中 亮太郎