本稿では、日本の宇宙開発・月開発にとって大きな前進であるSLIMの月面着陸を振り返り、SLIMの技術が今後の宇宙開発や月開発に与える影響について考察します。
なお、本稿の内容は執筆時点(2024年1月29日)のものであることを、予めお断りします。

<POINT>

  • SLIMの月面着陸は、日本の宇宙開発・月開発にとって大きな前進である。
  • 今後の月開発には地下に埋蔵の可能性が考えられる水資源の確保、ならびにそのためのピンポイント着陸の技術が非常に有用である。
  • その技術と実績において、今回のSLIMの着陸成功で日本は高い技術力を他国に示すことができたと言える。

いまだ難しい月面着陸

2023年9月7日に地球を旅立った小型月着陸実証機(Smart Lander for Investigating Moon:SLIM)は4ヵ月を超える旅の末、2024年1月20日に日本の念願であった月面着陸を達成しました。これにより、日本は月面着陸を果たした5番目の国となりました。SLIMミッションの目的は2つあり、「月への高精度着陸技術の実証」と「軽量な月惑星探査機システムを実現」です。

月への高精度着陸技術とは、これまでの月着陸精度である数kmの誤差を100mのレベルに収めるというもので、「降りたいところに降りる」を実現するものです。SLIMがMoon Sniperと称されているのはこれに起因します。また、軽量な月惑星探査機システムについては、単に質量を少なくするという意味ではなく、軽量なまま必要な機能を盛り込むことを目指すものであり、実際に推進系・制御系・通信系・電源系と衛星を構成する各要素において軽量化が図られています。

月面着陸自体は1966年にソ連が成功しており、有人の着陸も1969年にアメリカが成功させています。それどころか、火星や金星への着陸も成功してきました。日本においても、はやぶさがイトカワに、はやぶさ2がリュウグウに着陸(接地)していますが、それでもなお、月への着陸は難しいと言えます。理由はいくつかありますが、大気が無いことや重力が少ないことがまず挙げられます。

大気が無いことは着地における減速に空気抵抗が使えないということです。月の少ない重力とはいえ、減速しなければ時速数千kmで激突することになります。これを避けるには、逆噴射しながら減速を行うことになるため、積載する燃料の問題から再上昇してのやり直しはできません。また重力が少ないことにより逆噴射で多くの粉塵が舞い上がってしまうと、これにより計器が上手く働かないリスクがあります。

SLIMが目指したピンポイント着陸

そのようなリスクが懸念されるなか、SLIMは誤差100mレベルのピンポイント着陸を目指しましたが、1月25日での記者会見で、着地は目標地点より55mの誤差であったと発表されました。これは、非常に誇れる結果だったのではないかと思います。

実は記者会見において、着陸シーケンス中に逆噴射用のメインエンジン2基の内1基が脱落してしまったという発表もされました。その後メインエンジン1基で何とか急落下を回避しつつも、水平方向の推力にバランスが取れないため、正常時の想定より姿勢を傾けつつ下降を続け、その結果、なんとか接地するも想定とは異なる姿勢や慣性により、SLIMは太陽光パネルを上面に横たわる想定のところ、最終的にメインエンジンが上を向く形で逆立ち状態で着地してしまったようです。思わぬ体勢での着地により一時期は運用継続も危ぶまれましたが、1月29日に太陽光パネルが太陽の光を捉え運用再開し、取得した月面データの送信に成功しています。

エンジンの故障や想定外の着地体勢などが失敗要素のように思われるかもしれませんが、SLIMの主な目的は冒頭のように高精度着地技術と軽量なシステムの実現であり、これの多くは達成されたと考えられます。特に、今回用いられた画像照合航法は、下降しながら航法カメラで撮影した月面画像を元々持っていた画像と自律的に照合し、自身の位置を高精度に把握するという自立的な航法誘導制御であり、高い成果を発揮しました。メインエンジンの故障というハプニングに見舞われたものの、画像照合航法によるピンポイント着陸精度で言えば誤差3,4m程度であったとのこと。驚くべき成果であると言えます。

【SLIMの成功基準と達成状況】

  工学的実験目標項目 達成状況
ミニマムサクセス 高精度着陸に必須となる画像照合航法を開発し、他の航法系とも組み合わせることで、結果として100m程度の航法誤差を実現する。 達成
軟着陸のためのシンプルな衝撃吸収機構を実現する。 調査中
小型・軽量で高品質な化学推進システムを実現する。 調査中
宇宙機一般で中核をなす計算機や電源システムの軽量化を実現する。 達成
フルサクセス 障害物を検知しつつ、航法誤差・誘導誤差を考慮した自律的な着陸誘導則を実現する。 達成
これらの技術を搭載した探査機により月面への高精度着陸(精度100m)を実施し、検証を行う。 達成
着陸後に探査機の機能を維持する。 達成
エクストラサクセス 月面到着後、日没までの一定期間、ミッションを行う。 継続中

出典:JAXA発表資料を基にKPMG作成

SLIMがもたらしたもの

なぜ高精度着陸が必要であるのか。それは月面探査において有用な技術だからです。現在、月面は各国において探査競争が始まっており、その焦点は月面の水にあります。水は人の生命維持に必要であることに加え、水素を取り出すことでロケットエンジンの燃料にもなります。地球から月に水を運ぶには1kgで1億円かかるとも言われており、月面での水確保は非常に重要です。また、現在の宇宙ルールでは月資源に関する明確な取決めはないため、先に見つけた国が資源を独占できる“可能性”があります。

そのため各国が我先にと月面探査を行っていますが、特に中国の動きが顕著です。嫦娥計画により2013年に3ヵ国目となる月面着陸を果たすと、2019年には嫦娥4号が世界初の月の裏側への着陸を、2020年には嫦娥5号が月面からのサンプルリターンを達成しています。今後は2026年に嫦娥7号で水の存在が示唆される月南極の資源探査を実施する予定ですが、アメリカも2024年に民間事業者と協力して月南極の探査を計画し、これに対抗しています。

このように、月での水を目指した国際探査競争が激化している一方で、実は月面での移動は時間と労力がかかります。月面上での移動距離を短くすべく、できる限り水がありそうな場所の近くに着陸させたいというのが、高精度着陸を求める理由です。

その意味で、今回のSLIMの成功は大きな意味を持つと言え、今後、この技術により日本や日本企業が月面探査において大きな役割を果たしてくれることが期待されます。

※本文中に記載されている会社名・製品名は各社の登録商標または商標です。

執筆者

KPMGジャパン 製造セクター
KPMGコンサルティング ビジネスイノベーション
ディレクター 宮原 進