首都圏直下型地震など、いつ起きるかわからない自然災害への備えは、企業にとっても個人にとっても重要な課題です。危機管理意識を高めることは、危機や環境変化に打ち克ち、それを糧に成長する力「レジリエンス」の強化につながります。

KPMGコンサルティング株式会社は12月1日、青山学院初等部の小学1〜6年生の693名に対し、「防災リテラシー向上にむけた特別授業」を実施しました。普段はさまざまな企業に提供している危機対応支援プログラムを小学生向けにアレンジし、子どもたちが自分ごと化しやすいシナリオを組み立て、学年に応じたクイズ形式で自ら考え判断するためのプログラムを考案しました。

KPMGコンサルティングでレジリエンス領域をリードする土谷豪アソシエイトパートナーが、青山学院初等部の小野裕司部長とともに、小学校とコンサルティング会社という異色のタッグの背景や意義について振り返ります。

青山学院_小野氏 KPMG_土谷

左から KPMGコンサルティング アソシエイトパートナー 土谷 豪、
青山学院初等部 部長 小野 裕司 氏

防災授業を受けたある上級生の言葉

-授業では、子どもたちがいきいきと参加している様子が印象的でした。振り返っていかがですか?

小野氏:低学年、中学年、高学年に分けた計3回の授業でしたが、授業の雰囲気も子どもたちの反応もそれぞれまったく違いましたね。

土谷:今回は、当社からレジリエンスチームのメンバー12人でお邪魔させていただき、100年前の関東大震災による被害状況や、首都直下地震の危険性、そして日頃から備えるべきことや考えておくべきことについて、動画やクイズを織り交ぜながら授業しました。

印象的だったのは、5、6年生の授業です。下校中、学校から駅に向かう途中で大きな地震が発生したという想定で、「揺れがおさまった後に取るべき行動を2つ挙げてください」と質問をしました。すると、「自分の命の安全が確保できたら、周りに怪我をしている人がいると思うから、大人を呼んできて一緒に助ける」と考えを発表してくれた子がいたのです。3、4年生の授業では「学校に戻る」「大人に助けを求める」などの回答が挙がったのですが、自分だけでなく周囲にも気を配れる点や被害状況の想像がしっかりできていて、さすが上級生だなと感心しました。

授業風景_1

「防災リテラシー向上にむけた特別授業」の様子

小野氏:あの想像力には私も驚きました。6年生は学校のリーダーとしての役割を日頃から意識しているので自然と出てきた回答なのだと思います。

子どもには成長とともにできるようになっていること、考えられるようになっていることがたくさんありますね。教師は何でも教えようとしてしまいますが、我々が子どもたちから教わることもたくさんあるのだと、改めて感慨深かったです。

有事に迫られる「現場判断」に備えるには?

-「下校中に起きた地震で取るべき行動」のクイズでは、敢えて「正解」を示しませんでした。

土谷:模範解答はあるのですが、今回の授業では「正しい知識をもとに、自分で考え、判断する」ということをゴールにしていたため、正しい答えを見つけることよりも「自分なりに考えて判断する」ことを優先してもらいたかったのです。なので、ただ答えるだけでなく、「なぜその回答なのか?」を聞いて生徒たちに話していただくように進めました。

私たちは企業向けにも同じように危機管理のシミュレーションをしていますが、ロールプレイングなどではマニュアルがないため、大人でもとっさの判断ができないという方は多いです。ただそこで、「なぜ」「何のために」行動をするのかという思考プロセスを日頃から持っておくと有事の際にも自律的に行動できるようになると考えています。

授業風景_2

左・右 「防災リテラシー向上にむけた特別授業」の様子

授業風景_3

小野氏:私たちは2017年度から「防災プロジェクト」という防災教育に取り組んできました。定期的な避難訓練にとどまらず、子どもたち自身が災害について調べたり学んだりしたことを発信し合うなど、防災意識を高めてもらうことを目的としています。それというのも、東日本大震災から学んだことがたくさんあったからです。

あの震災はちょうど、子どもたちの下校の時間に起きました。学校に150人ほどの児童を残し、先生たちで手分けして下校した500人以上の児童たちの安否確認をしたのです。私は山手線の沿線を徒歩で走って回り、そこで何人か児童を見つけて保護できました。

大きな地震で電車が止まると、乗客は全員線路に降りるように指示があります。後から知ったのですが、そんな状況の中で当時、うちの上級生が同じ電車に乗っていた下級生を見つけて1ヵ所に集めてくれていたそうです。そのような訓練や約束をしていたわけではないのですが、制服や制帽で下級生に気づき、自分で判断してくれたのでしょう。「同じ電車で通う子どもたちのつながりが大事なのだ」という教訓です。それ以降、毎学期の最初に、同じ方向に帰る子どもたちを集めて一緒に下校する機会を作っています。

土谷:有事には「現場でいかに迅速に判断できるか」が重要となります。咄嗟の時により良い判断ができるようにするには、日頃の備えや心構えがとても重要です。その点で、授業をした子どもたちはその場で出された質問に対して積極的に挙手し発言してくれて、意思決定の模擬体験としては非常に良い機会になったのではないかと感じました。

もちろん、大人になると、自分の身の安全以外にも考慮すべき対象や選択肢が複雑になります。たとえば、私たちが企業向けのシミュレーションの中で判断を投げかける事例は次のようなものです。
「東日本大震災の時のように原発事故が起きたら、東京から事業を撤退するかどうか」「地震で取引先の工場のラインが複数停止した場合、どのラインを優先するか」など、経営陣や幹部に対して究極の選択を迫る訓練を実施しています。

このような状況で意思決定を行うには、企業理念やパーパスも意識した「意思決定の考え方の軸」を共通認識することが重要となります。事前に社内で議論し、検討していくことで、意思決定を迅速に、自信をもって行うことが可能となり、被害を最小限に抑えることができます。たとえば、有事にはどの事業・商品/サービス・業務を優先するのか、という1点においても、社会的責任、売り上げ、従業員満足度、ステークホルダーからの要請、いろいろな軸から検討して、認識を揃えておく必要があります。

また、会社の中にも経営層から現場の社員までレイヤーがありますが、いざという時に現場が最善の判断をできるよう、経営層が日頃から「こういう状況下では現場で意思決定をして大丈夫」「その際はこういう判断軸で意思決定をしてもらいたい」「仮に間違えたとしても責任は問わない」など、コミュニケーションを重ねておくことが大事です。

青山学院_小野氏

青山学院初等部 部長 小野 裕司 氏

小野氏:過去の経験や他者の学びを活かすことも大切にしています。たとえば、学校における有事の「備え」とは、まず食料や水だと私たちは考えていました。ですが、うちの大学生がボランティアでお世話になった岩手県宮古市の方に被災時のお話を聞いたら「大変なのはトイレですよ」とおっしゃる。震災の時、断水、浄水槽や排水管の損傷で排泄物をどうするかが問題になったそうです。その視点は抜け落ちていたので、非常にありがたかったです。

青山学院が大事にしている考え方に、「学校」とは校舎やこの建物が立っている土地ではなく、いろいろな場所での出会いや学びがすべからく「学校」であり「教育」である、というものがあります。今回も、日頃の防災訓練とはまた少し違った切り口から授業をしていただき、子どもたちも勉強になったと思います。

危機への対応を、組織全体で目指していく

-日頃から訓練や経験を活かした判断を習慣にできているかどうかが、有事の際の分かれ目になりそうですね。

土谷:こうした取組みに、ゴールはありません。BCP(事業継続計画)のほかにBCM(事業継続マネジメント)という考え方があります。計画は作るだけではなく、常にPDCAを回していかなければならない。訓練を通じて気づいた課題は見直して改善していく、それをとにかく繰り返していくことが求められます。

小野氏:「繰り返し」はまさに教育現場でも大事にしていることです。あとは、「今日、どんなことを学んだのかお家の人に話してね」とも伝えています。聞いて終わりだとすぐに忘れてしまいますから、より深く根付かせるために報告までしてもらいます。

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KPMGコンサルティング アソシエイトパートナー 土谷 豪

土谷:ビジネスの世界で言う「アウトプット」ですね。たしかに、一方通行で情報を受け取るだけでは不十分だと思います。今回、私たちも、子どもたちへの授業を通じて、低学年の反応はこうだったから、中学年はもっとこうした方がいいかな、高学年はこうかな、と皆さんの反応を見ながら組み立てさせていただきました。

普段クライアントと話をする際にも、皆さんが何を求めているのか、どんな心配ごとがあるのか、キャッチアップしながら伝え方を工夫しているのですが、子どもたちと接する中で改めて勉強させていただいた思いです。

小野氏:素晴らしいですね。コンサルティング会社さんは「教える」立場に立つことが多いと思うのですが、だからといって先生ぶるわけではなく、相手からも学ぶ姿勢や相手へのリスペクトを感じます。

土谷:「リスペクト」は私たちKPMGコンサルティングが大事にしている基本の1つなので、そう言っていただけてありがたいです。 危機対応の判断においては、リスペクトを持ったコミュニケーションを組織全体で目指していくことも欠かせません。

小野氏:リスクコンサルティングに強いKPMGの最新の知見やノウハウを伝授いただけるのはありがたいことです。防災教育だけでなく、さまざまなトピックで、今後もこうしたパートナーシップに期待したいと思います。

防災リテラシー向上にむけた特別授業

【KPMGコンサルティング 参加メンバー(順不同)】

アソシエイトパートナー 土谷 豪
マネジャー 小出 悠太
マネジャー 鶴 翔太
シニアコンサルタント 白杉 誠基
シニアコンサルタント 谷 桃子
シニアコンサルタント 𦚰屋 新
シニアコンサルタント 西川 絵理
シニアコンサルタント 片山 はるな
シニアコンサルタント 山本 悠真
コンサルタント 福井 良祐
コンサルタント 松本 暁
ビジネスアナリスト 大矢 真子
ビジネスアナリスト 近藤 真由

KPMG_全体

【実施概要】

開催日時:2023年12月1日(金)09:50~12:20 ※2~4時間目 内3コマ(各40分)
開催場所:青山学院初等部 米山記念礼拝堂
内容:講義形式とクイズ形式で学んでいくプログラムで実施
対象:青山学院初等部 児童(1~6年生)693名

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