現在、あらゆる分野においてデジタルを活用した業務や組織等の変革、すなわちデジタルトランスフォーメーション(DX)の必要性が叫ばれています。特に、人々の生活に密接にかかわる公共分野においては、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によりデジタル化の遅れが顕在化したことも契機として、世界中でDXの実現に向けたさまざまな取組みが進められている状況です。
日本国内においても、2021年9月にデジタル庁が発足し、同年12月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」が毎年改訂されるなど、公共分野でのデジタルの導入や活用が確実に進展しています。また、テクノロジー側に目を向けてみても、民間企業では当たり前となったクラウドサービスや、ようやく幻滅期を越えて実用的なユースケースが増えてきた5GやAIなどが、公共分野においても普及しつつあります。
KPMGコンサルティングでは、中央省庁・地方自治体・独立行政法人等を支援する専門部隊であるガバメントチームが核となり、組織の状況を踏まえたさまざまな活動を推進しています。
本連載は、ガバメントチームのプロフェッショナルを中心に、「公共分野におけるデジタル化の潮流」と題して、マイナンバー・業務標準化等の施策、AI・5G・クラウド等の技術、観光・医療・地域産業等のユースケースなど、さまざまなテーマについて、国内外の事例やトレンドを交えて解説していきます。
第1回は、日本の公共分野におけるデジタル化の経緯を振り返るとともに、現在地点を確認し、今後の展望について考察します。
1.日本の公共分野におけるデジタル化の経緯
まず、国内の公共分野におけるデジタル化の流れを再確認します。
1950年代後半の気象庁および総理府統計局を皮切りに、メインフレームやホストコンピュータと呼ばれる“1点物”の大規模システムの導入が進められてきました。しかし、1990年代になるとその高コスト構造が問題視されるようになり、1994年には「電子政府」という言葉が初めて用いられた「行政情報化推進基本計画」が閣議決定され、システムを汎用的なサーバーや端末で構築する「オープン化」を推進する流れとなりました。その後、1995年のWindows95の登場をきっかけに、「インターネット」が一般にも普及し始め、各省庁もウェブサイトを開設するなどして広がりを見せました。
2000年代に入ると、当時の小泉政権の下で「聖域なき構造改革」が推進されたことも背景として、公共分野のシステムのオープン化の流れやインターネットの活用が加速し、2000年には「高度情報通信ネットワーク社会基本法(IT基本法)」が成立、2001年には「e-Japan戦略」が打ち出されるなど、日本の公共分野におけるデジタル化が走り出した元年であったと言えます。
この「e-Japan戦略」の内容を振り返ってみると、重点政策分野には、「1.超高速ネットワークインフラ整備及び競争促進」「2.電子商取引と新たな環境整備」「3.電子政府の実現」「4.人材育成の強化」が挙げられています。このうち、1および2については民間事業者の奮闘により一定程度の達成があったと言えますし、4についても当時「システムエンジニア」という職種に就く労働者が急増したことから、一応の成果を上げたと言えます。
他方、3については、政府が2007年に公表した「情報システムに係る政府調達の基本指針」において、「オープン化」や「分割調達」を原則とする指針を示すことによって民間事業者の競争を促し、コスト低減や品質向上等を図りましたが、同時期に特許庁で進められていた基幹系システムの全面刷新プロジェクトが2012年に開発中止に至るなど、必ずしも成功したとは言えない結果となっています。
2010年代:クラウドの発展・普及、データの利活用
2010年代に入ると、世界的に「クラウド」の発展・普及が進みました。米国国立標準技術研究所による「クラウド」の定義は、「共用の構成可能なコンピューティングリソース(ネットワーク、サーバー、ストレージ、アプリケーション、サービス)の集積に、どこからでも、簡便に、必要に応じて、ネットワーク経由でアクセスすることを可能とするモデルであり、最小限の利用手続きまたはサービスプロバイダとのやりとりで速やかに割当てられ提供されるものである」※1 とされています。クラウドは、システム構築の迅速性や容易性の向上、コストの削減、運用負荷の低減、可用性の確保など多くのメリットをもたらしました。
また、インターネットがあらゆるものにつながる「IoT(Internet of Things)」やSNS等を通じた双方向のやりとりを現す「Web2.0」などの進展によってクラウドに膨大なデータが集まるようになり、米国で「Data is the new oil」と囁かれるなど、データの利活用にも注目が集まりました。
日本においては、東日本大震災による甚大な影響からの復興や再生といった文脈も色濃く反映された「世界最先端IT国家創造宣言」が2013年に宣言されたり、2016年には「官民データ活用推進基本法」が施行されたりと、世界的な流れへと追随する姿勢が見られました。
この時期のデジタル化の推進体制としては、2000年に内閣官房に設置された「高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部」の略称が「IT戦略本部」から「IT総合戦略本部」へと変更されたり、2012年には「政府CIO」が設置され民間企業出身者が登用されたりと、それまでの省庁縦割りや官主導を反省して、省庁横断かつ官民連携してデジタル化を推進していくという姿勢が鮮明になりました。このような政府の姿勢は、デジタルに関する領域のみならず、2014年から民間企業出身者がプログラムディレクターとなり、十数の国の重要テーマに対して省庁横断で研究開発から実用化までを一気通貫で推進する「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP:Cross-ministerial Strategic Innovation Promotion Program)」※2 が開始されるなど、科学技術・イノベーションに関する領域全体で見られます。
このような戦略や推進体制の下で具現化されたデジタル化の施策としては、2013年に運用開始された「政府共通プラットフォーム」や、2016年に利用開始された「マイナンバー」などが挙げられますが、いずれもこの時期には十分に普及したとは言えず、デジタルガバメントの実現には道半ばといった状況でした。
※1:独立行政法人情報処理推進機構訳「NISTによるクラウドコンピューティングの定義」
※2:内閣府「戦略的イノベーション創造プログラム(SIP)」
2020年代:AI活用の兆し、利用者起点・パーソナライズの時代へ
このような状況で幕を開けた2020年代は、その始まりから新型コロナウイルス感染症という大疫禍に直面しましたが、この事態が国内の公共分野におけるデジタル化の遅れを際立たせることとなりました。特別定額給付金の申請や感染者の報告などのあらゆる場面において、それまでに構築してきたはずのデジタルの仕組みが機能せずに紙やファックス等に頼らざるを得なかった状況を、「デジタル敗戦」という言葉で総括する向きもあります。
こうした反省の下で政府は、2020年12月に「デジタル社会の実現に向けた改革の基本方針」を閣議決定し、それまでの「IT基本法」を全面的に見直すとともに、国のシステム関連予算を一括計上したり、強力な総合調整機能(勧告権等)を有したりする組織(「デジタル庁」)を設置するという方向性を示しました。
その後、2021年9月に「デジタル社会形成基本法」が施行され(「IT基本法」は廃止)、「デジタル庁」が発足しています(「IT総合戦略本部」は廃止)。なお、デジタル庁については、2010年代からの流れも受けて、各省庁からの職員の招集や民間企業出身者の登用などの省庁横断・官民連携を加速するとともに、上述の予算一括計上などの実行力の源泉を手にすることによって、これまでとは異なる次元でデジタル化を推進する体制・態勢が整ったと言えます。
デジタル庁発足後は、2021年12月に閣議決定された「デジタル社会の実現に向けた重点計画」が毎年改定され、同計画に従って具体的な施策が実行されている状況です。同計画は、日本が目指すデジタル社会として、「デジタルの活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会」が掲げられるなど、世界的な潮流であるSDGs(Sustainability Development Goals:持続可能な開発目標)やDEI(Diversity, Equity and Inclusion:多様性・公平性・包摂性)といった価値観をも取り込まれた内容となっています。
技術動向に目を向けてみると、2010年代のビッグデータ利活用の流れから機械学習などの実用化が進展した「AI(人工知能)」については、自然言語処理技術のブレイクスルーなどによって、2020年代に入ると生成AIの普及が一気に進みました。また、同じく2010年代に暗号資産などの実用化が進展した「ブロックチェーン」については、金融や組織運営など他用途へと展開が進み、「Web3.0」という概念でその進化が語られています。これらの技術についても、前述の「デジタル社会の実現に向けた重点計画」において公共分野での活用に向けた施策が示されています。
<各戦略における目的等>
e-Japan戦略 | 世界最先端IT国家創造宣言 | デジタル社会の実現に向けた重点計画 | |
目的等 | 市場原理に基づき民間が最大限に活力を発揮できる環境を整備し、5年以内に世界最先端のIT国家となることを目指す |
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デジタルの活用により、一人ひとりのニーズに合ったサービスを選ぶことができ、多様な幸せが実現できる社会(誰一人取り残されない、 人に優しいデジタル化を) |
目指す社会 | 1.すべての国民が情報リテラシーを備え、豊富な知識と情報を交流し得る 2.競争原理に基づき、常に多様で効率的な経済構造に向けた改革が推進される 3.知識創発型社会の地球規模での発展に向けて積極的な国際貢献を行う |
1.革新的な新産業・新サービスの創出と全産業の成長を促進する社会 2.健康で安心して快適に生活できる、世界一安全で災害に強い社会 3.公共サービスがワンストップで誰でもどこでもいつでも受けられる社会 |
1.デジタル化による成長戦略 2.医療・教育・防災・こども等の準公共分野のデジタル化 3.デジタル化による地域の活性化 4.誰一人取り残されないデジタル社会 5.デジタル人材の育成・確保 6.DFFTの推進をはじめとする国際戦略 |
重点分野・取組み | 1.超高速ネットワークインフラ整備及び競争促進 2.電子商取引と新たな環境整備 3.電子政府の実現 4.人材育成の強化 |
1.オープンデータやビッグデータの活用 2.農業の高度化・知識産業化・国際展開 3.オープンイノベーションの推進 4.ITやデータを活用した地域の活性化 5.次世代放送サービスの実現 6.健康長寿社会の実現 7.世界一安全で災害に強い社会の実現 8.効率的・安定的なエネルギーマネジメント 9.安全で環境にやさしく経済的な道路交通 10.雇用形態の多様化とWLBの実現 11.利便性の高い電子行政サービス 12.国・地方の行政情報システムの改革 13.政府におけるITガバナンスの強化 |
1.マイナンバーカードと行政サービス 2.デジタル技術を活用するためのルール 3.国や地方公共団体のデジタル変革 4.官民データ連携の基盤 5.準公共分野のデジタルサービス 6.AI活用・データ戦略を踏まえた取組み 7.データ連携・移転の国際的な枠組み 8.事業者向け行政サービス 9.公平・迅速な調達を実現できる仕組み 10.インターネット上の偽情報対策など |
出所:総務省「情報通信白書」などを基にKPMG作成
2.公共分野におけるデジタル化の現在地点および今後の展望
これまで見てきた過去20年間超のデジタル化の歩みについて、それが時に「デジタル敗戦」とも揶揄される結果に終わったのは、デジタルに関する政策への国民の期待も大きくなく、政府の優先順位も低かったためと見る向きもあります。
それでは、現政権におけるデジタル化の位置付けはどのようなものなのでしょうか。
2023年現在において政権を運営する岸田内閣が掲げる一丁目一番地の政策は「新しい資本主義」であり、この実現に向けては「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(最新版は2023年6月に公表された「2023改訂版」)が策定されています。このなかでは、「IV GX・DX等への投資」として「AIの利用の促進」「Web3.0の推進に向けた環境整備」「DX投資促進に向けた環境整備」「ポスト5G、6Gの実現」などの計画が示されていたり、「VIII 経済社会の多極化」として「デジタル田園都市国家構想の実現」が掲げられていたりと、デジタル化に向けた本気度がうかがえます。
さらに、首相官邸ウェブサイト上の「主要政策」(2023年10月時点) でも、第一に「新しい資本主義」が掲げられていますが、その中の3本柱として「01 構造的賃上げの実現、分厚い中間層の形成」や「02 国内投資の活性化」といった岸田内閣が最重要視する経済政策と並んで、「03 デジタル社会への移行」が挙げられており、デジタル化を加速させていくという姿勢が鮮明です。
デジタルガバメントの実現に向けて
ここで登場した「デジタル社会への移行」について細かく見てみると、「行政のデジタル化」「マイナンバー制度の利活用」「デジタル田園都市国家構想の実現」「AIへの取組」の4つが示されています。これは、20年前に構想した電子政府、10年前に構想したマイナンバーを着実に発展・普及させ、その恩恵を全国津々浦々の国民・地域住民にも届けるべく地方とも連携をし、AIという新たなテクノロジーも活用しながらデジタル社会へと移行していくという現政権の意思であり、日本の公共分野におけるデジタル化は今後数年間、この方向に進んでいくと予想されます。
なお、「行政のデジタル化」と「マイナンバー制度の利活用」については、前述の「デジタル社会の実現に向けた重点計画」に従ってデジタル庁が旗を振っていくかたちになりますが、その具体的な施策として「ガバメントクラウド」「ガバメントソリューションサービス」「公共サービスメッシュ」「テクノロジーマップ」「次期マイナンバーカード」「自治体窓口DX」「自治体の基幹業務システムの統一・標準化」「準公共サービスの拡充」などが挙げられており、中央省庁・地方自治体・独立行政法人等のデジタル化に関する取組みがより一層加速していくものと思われます。
デジタル田園都市国家の実現に向けて
また、「デジタル田園都市国家構想」 についても細かく見てみると、デジタルの力を活用して地方の社会課題解決に向けた取組みを加速・深化させていくために、その地方のデジタル実装の前提となる「デジタル基盤の整備」「デジタル人材の育成・確保」「誰一人取り残されないための取組」を国が強力に推進していくという方向性が示されていることがわかります。
ここで言う「地方の社会課題解決に向けた取組」については、「(1)地方に仕事をつくる(スタートアップ・エコシステムの確立、中小・中堅企業DX、観光DX、等)」「(2)人の流れをつくる」「(3)結婚・出産・子育ての希望をかなえる」「(4)魅力的な地域をつくる(医療DX、まちづくり、等)」が挙げられており、ともするとこれまでは国民・地域住民の身からは距離が遠かったデジタル化を“自分ごと”として認識してもらおうという思いが見て取れます。
なお、これらの各種取組みについては、「デジタル田園都市国家構想総合戦略(2023~2027年度)」に基づき、進められていく予定です。
今後の展望
このように、日本の公共分野におけるデジタル化は、中央集権ではなく地域に寄り添うかたちで、提供者目線ではなく利用者目線で推進されていく方向にあります。そして、これを成すために重要となるのは、「人材」と「デザイン」の2点です。
1点目の「人材」については、職業訓練やリカレント教育等によってデジタルに関する知識やスキルを有する人材の母数を増やすことはもちろん、同人材をプールして地域へ派遣する等の「共用・協働」や、都会・地元や公的機関・民間企業などの間を同人材が行き来する「還流・回遊」を進めることで、国全体としての底上げを図るという視点が求められます。
2点目の「デザイン」については、デジタル化を進めるときに陥りがちな「テクノロジー」のみに偏重したり、逆に「ビジネスモデル」のみに偏重したりするのではなく、その他の要素である「法制度」や「社会受容性」などあらゆる側面を包含した総合的な目線から新たな社会の仕組み全体を「デザイン」するという姿勢が求められます。
この2点を念頭に、これまでの「デジタル敗戦」の反省も踏まえた取組みを推進することによって、今度こそ人々が求める「デジタル社会」を実現できるのではないでしょうか。
執筆者
KPMGコンサルティング
アソシエイトパートナー 新間 寛太郎