地方鉄道路線の再構築にかかる協議の開始に向けて

本稿では、厳しい経営環境が続く地方鉄道路線の再構築を主たるテーマとして、今後の地方公共交通の在り方を考えるための視点について解説します。

本稿では、厳しい経営環境が続く地方鉄道路線の再構築を主たるテーマとして、今後の地方公共交通の在り方を考えるための視点について解説します。

1.地方鉄道路線を維持する鉄道事業者の苦境

地方の公共交通(鉄道・バス等)の持続可能性については、かなり以前から懸念されてきました。モータリゼーション、および首都圏一極集中による過疎化が進んだ地方では、需要減少に伴い公共交通の採算が悪化し、サービス規模の縮小が余儀なくされてきました。近年では需要減のみならず、バスの運転士不足など供給面での課題も顕在化しつつあります。

こうした地方公共交通の苦境に、新型コロナウイルス感染症による移動自粛が追い打ちをかけることとなりました。コロナ禍に伴う社会変容が公共交通需要に及ぼす長期的な影響を見通すことはまだ難しい状況ではありますが、特に、都市圏での通勤需要や出張需要は元の水準まで回復しない可能性があります。そのため、大都市圏を基盤に持ち、通勤需要等の多くを引き受けている鉄道事業者においても、その事業経営に影響が生じている中で、さまざまな対応が検討されています。

地方路線を抱えるJR各社は、国鉄分割民営化時の大臣指針で「現に営業している路線の全部又は一部を廃止しようとするときは、国鉄改革の実施後の輸送需要の動向その他の新たな事情の変化を関係地方公共団体及び利害関係人に対して十分に説明するものとする」(平成13年国土交通省告示第1622号)とされたことにより、路線廃止に慎重な経営を行ってきました。

しかしながら、コロナ禍で大幅な赤字を計上したこともあり、輸送密度が低くコロナ禍でさらに採算が悪化した地方路線について、JR各社は自らの経営努力のみでは維持困難というスタンスを見せ始めています。

こうした環境変化も踏まえ、国土交通省では2022年に地域モビリティの刷新に関する検討会を設置し、有識者による議論を行いました。その結果は「地域の将来と利用者の視点に立ったローカル鉄道の在り方に関する提言」に取りまとめられています。この提言では、危機的状況にある線区について鉄道事業者と沿線自治体が相互に協働して、鉄道の役割や公共的意義を再確認したうえで必要な対策に取り組むことを求めています。また、この鉄道事業者と沿線自治体の協議が円滑に進むよう、国が協議の場を設置し、頑張る地域を支援することも求めています。このように、この提言は非常によく整理された内容となっており、これまでの経緯と今後関係者が取り組むべき方向性が明確になっています。本稿では、この提言の内容を参考にしつつ、今後の地方公共交通のあり方を考えるために重要となる前提について考えます。

2.地域公共交通のあり方を考える協議会

2016年に、JR北海道が、単独では維持することが困難な線区について線区別収支を公表しました。その中でも輸送密度200人未満のいわゆる「赤線区」について、路線廃止によるバス転換を目指してJR北海道と各線区地域との間で協議が進められてきました。線区別収支公表の流れは2019年のJR四国、2020年のJR九州へと続き、コロナ禍を経て2022年にはJR西日本とJR東日本も初めて公表しています。JR北海道では、2016年に赤線区とされた全5区間すべてについて、既に廃止の方向性が決まりました。JR北海道の線区別収支の公表が、地域との協議で路線廃止に繋がっていった経緯からみれば、公表対象とされた路線沿線で将来への不安が広がるのもやむを得ないことのように思われます。

国も上述の検討会による提言を受けて「地域公共交通の活性化及び再生に関する法律」等の改正を進め、鉄道事業者と地域が協議する場としての「再構築協議会」を法定化しました。今後はこの再構築協議会も活用しつつ、地方路線のあり方について各沿線地域において議論が進められていくものと考えられます。

鉄道の利点は特に定時性と輸送力にあり、近年では脱炭素の潮流の中で環境優位であることも注目されています。ただし、輸送密度の低い地方路線では大量輸送手段の必要性は低く、エネルギー効率の観点でも環境優位とは必ずしも言えない状況です。

したがって、地域において鉄道を維持する必要性を、その運行にかかるコストと比較しながら検討していくことになります。地方では、通勤・生活等において自家用車が主たる移動手段となっていますが、現に移動手段として鉄道を不可欠なものとして生活している住民(高齢者や学生等)が存在しています。鉄道維持の必要性の検討に加えて、仮にそうした住民に対してバス等の代替的な交通手段を提供する場合には、そのコストと負担者を協議しなければなりません。沿線地域が複数の基礎自治体に跨っている場合には、各基礎自治体の財政力等の事情が異なり、結論を出すのは容易でないと考えられます。地域において今後の地方公共交通のあり方を議論していくためにも、前段階として準備が必要になるでしょう。

3.地域における協議円滑化のためのポイント

地域における協議を円滑に進めていくためには、

(1)現状評価のための客観的なデータの整理
(2)鉄道路線が地域にもたらす真の価値の把握
(3)協議会運営の第三者性の確保
(4)協議会での決定事項に関するKPIの明確化

といった点が重要と考えます。協議に際しては、鉄道事業者は廃止も含めた見直しの方向性に、地域は存続の方向性に想いが偏りがちになる可能性もあり、議論がなかなかまとまらないことが懸念されます。将来の方向性について予断を持つことなく、客観的な議論を積み重ねていくことが求められます。

(1)現状評価のための客観的なデータの整理

現時点でJR各社は各線区別の収支を示していますが、その算出方法について詳細が公表されているわけではありません。算出方法としては当該線区の運輸収入からその線区で生じる営業費用を差し引いて営業利益を算出していると説明している会社が多いものの、収入・費用にそれぞれどのような内容が含まれているかは判別できません。また、JR北海道のようにすべての線区の収支を公開している会社もありますが、この場合、管理費を含めたすべての費用がいずれかの線区に按分されており、個々の赤字線区を廃止した場合に会社全体の赤字額がどの程度削減されるのかまでを表しているわけではありません。

このように、財務情報であっても集計する範囲や按分方法等により算出結果が変わってくることから、詳細な情報が無いなかで客観性を確保した議論をすることは難しくなります。地域での協議の際には、各線区の収支の算出方法を明らかにし、関係者間の前提条件の理解を共通化したうえで各線区データを使用することが必要になります。

また、沿線住民の利用状況のみならず、沿線外からの利用の程度についても把握し、画一的な按分条件と実際の利用状況の乖離の程度についても可能な限り把握すべきと考えます。

(2)鉄道路線が地域にもたらす真の価値の把握

バスやBRT等で代替することを検討する場合、こうした代替交通手段への移行と鉄道存続とをどのように比較して結論を出していくか、その比較尺度を明確化する必要があります。これまでの地方鉄道の事例では、社会的便益の算出として費用便益分析を行い、鉄道と代替交通手段との間で比較する方法も採られています。

一例として、近江鉄道では、鉄道運行により福祉や医療など他の行政分野に対して生み出す効果を「クロスセクター効果」として算出し、運行継続した場合に各関係者が別途負担することになる費用と比較することにより、鉄道路線の効果を明示する取組みがなされました。

クロスセクター効果に類似した分析手法として、KPMGは社会的インパクトを金額的に定量化する「True Valueメソドロジー」を提唱しています。True Valueは民間企業のサステナブルな経営を実現するために、企業の財務価値だけでなく経済・社会・環境に与える影響(非財務的価値)を可視化し、企業が創出する真の価値を評価するためのものです。

このように、社会的インパクトを金額的に定量化する考え方を、鉄道事業者が地域において果たしている「真の」価値の明示に適用することも有用であると考えています。True Valueを地方路線に援用すれば、地方路線の運行に伴う財務価値だけでなく、地域社会に及ぼす非財務価値を金額換算し、その程度を把握することができます。例えば、マイナスの財務価値を大きく上回る非財務価値が認められるのであれば、鉄道路線維持を前提に、具体的な費用負担や上下分離などの将来の鉄道維持スキームに関する各当事者の役割分担の議論へと進むことも可能となるでしょう。

KPMGのTrue Valueメソドロジー

地方鉄道路線の再構築にかかる協議の開始に向けて-1

(3)協議会運営の第三者性の確保

再構築協議会では、鉄道事業者と地方公共団体などの地域との間で協議を行い、国がその協議を積極的にサポートしていくことが想定されています。地域住民の意見を反映させることはもとより、鉄道事業者と地方公共団体とがさまざまな議論を行い結論づけていくためには、議論の客観性の確保が重要になると考えます。そのため、協議会において有識者や外部の第三者を積極的に活用することが必要です。

(4)協議会での決定事項に関するKPIの明確化

再構築協議会は鉄道の廃線ありきではないと強調されており、現行鉄道事業者による運行を継続する結論になる可能性もあります。その場合でも、鉄道事業者単独の経営努力では維持が困難になっていることも踏まえ、地域の各関係者がこれまでとは異なる役割を果たすことが求められていくと考えられます。

輸送密度や乗客数に具体的な達成目標を設定するケースもあるかもしれませんが、そうした数値目標がなかったとしても、各関係者の行動にKPIを設定し、このKPIの達成状況を継続してモニタリングしていくことが重要になると考えます。地域振興は定性的な決意表明になりがちですが、短期・中期のそれぞれの取組みにKPIを設定し、これを達成するための具体的な活動に落とし込んでいく必要があります。あらかじめ定めた活動期間が終了した時点でこのKPI達成状況を評価し、再度地域交通のあり方を見つめ直すことも求められるでしょう。

4.おわりに

維持困難な地方鉄道路線が増加し、バスやBRTなどの代替交通手段へ移行する事例も増えてきています。冒頭の検討会が公表した提言においても、表紙に鉄道とBRTとの対面乗り換えが描かれ、地域交通をより便利で持続可能なものにしていくことの意義が強調されています。また、この提言が鉄道廃止を前提とするものではないという点は、裏表紙の裏に描かれた鉄道駅のマルシェに象徴されているでしょう。モータリゼーションの進展により道の駅が全国に広がる一方、鉄道の駅が廃止されていくという流れの中で、地域における鉄道駅の位置づけをもう一度捉え直す機会とすることが重要です。

人口減少や自家用車依存が進んでいくことは地域の鉄道事業への大きな逆風ですが、こうした現状の課題だけ見ていると対応を誤る可能性もあります。高齢化により交通弱者の比率は増え続けることになり、災害対応や国防の観点など非常時対応も考慮する必要があります。また、地域の産業振興の観点では、国内外からの観光客の受け入れは欠かせないものとなるでしょう。このような、新たな需要を担う存在にも目を向け、また鉄道や鉄道駅が現在において地域に貢献している価値と、今後の新たな役割から生み出していく価値とを踏まえながら、地域の公共交通を再構築していくことが望まれます。

執筆者

KPMGジャパン ガバメント・パブリックセクター
サステナブルバリュー統轄事業部
アドバイザリー事業部
ディレクター 小林 篤史

KPMGジャパン ガバメント・パブリックセクター
コンサルティング事業部
ディレクター 林 哲也

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