本連載は、日経産業新聞(2023年3月~4月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
クラウドサービスで宇宙ビジネスの低コスト化を実現
宇宙産業の縁の下の力持ちが「地上局」です。人工衛星を追尾、送受信して、衛星の運用を支えるのに不可欠な設備ですが、設置・運用には多額の費用がかかり、衛星の打ち上げ急増に整備が追いついていない状況です。そこで登場しているのが「クラウド型の地上局」となります。
大型設備である地上局は、周囲に電波を遮るものがないなどの条件から設置場所が限られます。高度500kmの低軌道衛星の場合、地上局の上空を通過する時間は一周あたり十数分と短く、衛星と高頻度に通信するには世界中に地上局を設置する必要があります。地上局の整備費用は高額で、衛星ビジネスへの参入障壁になっていました。
地上局には主に大企業などの専門事業者がアンテナなど主要設備を配備してきましたが、近年、クラウド事業者が地上局サービスとして提供するケースが出ています。
「Ground Segment as a Service(以下、GSaaS)」と呼ばれるサービスで、世界中の地上局をクラウド上で仮想的に共有し、衛星運用事業者が必要な時だけ利用するオンデマンドの仕組みです。
地上局と衛星間のコマンド送信やデータ受信などの通信機能に加え、クラウド上で受信データの処理・保管・提供をするサービスもあり、衛星運用事業者は必要な機能を選んで利用できます。
GSaaSの登場で、地上システムの構築・維持コストが大幅に削減できると期待されています。複数の衛星群を連携させて運用する「衛星コンステレーション」での衛星数の増加にも、柔軟に対応できるようになるでしょう。
GSaaSで注目すべき技術は、「仮想モデム」です。従来の地上局では衛星とのデータの送受信にアンテナとケーブル接続した専用装置で変復調処理をする必要がありましたが、仮想モデムを利用すればアンテナとデータセンターを直接つないでクラウド上のソフトウェアで処理できるようになります。
これにより地上設備の小型化・低コスト化、ソフトウェアによる動的なアンテナ割り当てなどの機能拡張が見込まれます。仮想モデムの導入にはアンテナとの間のIF(中間周波数)信号のデジタル化が必須ですが、信号を標準化することで、異なる機関が保有するアンテナ設備と各クラウド事業者の間で柔軟な相互運用が実現できます。
米国は2021年に「デジタルIF信号」の標準規格を策定しており、GSaaSのメリットを最大限に享受するには、米国の最新動向を注視する必要があります。
これまで宇宙ビジネスへの参入には専門的な知識や高額な初期投資が必要でしたが、地上局や関連機能のクラウドサービス化により、宇宙ビジネスのアイデアをより低コストで実現することが可能となっていくでしょう。
日経産業新聞 2023年4月7日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアコンサルタント 古川 優