IPOを目指すスタートアップを取り巻く環境変化(後編)

本稿は、日本のIPOマーケットにおける変化を紹介するとともに、スタートアップをめぐる環境について解説します。本テーマは、前編・後編の構成となっており、今回は後編になります。

本稿は、日本のIPOマーケットにおける変化を紹介するとともに、スタートアップをめぐる環境について解説します。本テーマは、前編・後編の構成となっており、今回は後編になります。

近年、IPOを目指すスタートアップを取り巻く環境が目覚ましく変化しています。2022年12月に公表された東京証券取引所(以下、「東証」という)の制度改正や日本証券業協会の規制の改正はもとより、非上場株式の流通市場(プライベートプレイスメント)の整備、令和5 年度の税制改正における自社トークンなどの暗号資産の評価など、グローバルで活躍できるスタートアップの創出に向けた制度改正が進められています。また、政府等によるスタートアップ支援により、ディープテックと呼ばれる新しい事業分野で活躍を目指すスタートアップが増加傾向にあり、今後の日本経済への貢献や社会変革が期待されています。他方で、スタートアップに関する個別の会計論点はもとより、多様化するIPOファイナンスについても専門性が求められています。本稿は、日本のIPOマーケットにおける変化を紹介するとともに、スタートアップをめぐる環境について解説します。本テーマは、前編・後編の構成となっており、今回は後編になります。

なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

POINT 1
米欧の利上げを受けた市況悪化などから、2022 年の世界のスタートアップ投資が3 年ぶりに減少に転じるなか、日本国内では官民ファンドや年金基金などの公的マネーなどの投資家層の多様化や企業情報の透明性向上、さまざまな資金調達手段の開発などを受けて過去最高水準を維持している。

POINT 2
日本ではこれまでミドルステージの資金の出し手が乏しいと言われてきたが、国内の非上場株式の流通市場の整備などによるミドルステージのスタートアップの成長資金の調達機会やオープンイノベーション促進税制のM&A型の新設による既存株主の保有株式の転売機会が創出されることが期待され、結果として、従来よりも企業価値を高めてからIPOを行う環境が整いつつある。

Ⅰ日本のスタートアップ投資の現在地

1. スタートアップ投資環境の課題

日本国内のスタートアップ投資は、過去最高水準にあります。2010年以降、ベンチャーキャピタルにおける主たるプレーヤーが独立系ベンチャーキャピタル(Venture Capital、以下 「VC」という)やコーポレートベンチャーキャピタル(Corporate Venture Capital、以下「CVC」という)へとシフトするなか、ファイナンス情報の有用性や投資実務の標準化による構造変化が生じたことで、投資スタイルについてもミドル・レイターステージへの少額分散投資から、アーリーステージへのハンズオン型のマジョリティ投資へと変化したからです。今後は、機関投資家によるスタートアップ投資拡大に向けて投資評価の一段の透明性向上が期待されています。さらに、アクセラレータープログラムによるスタートアップへの経営ノウハウや施設・設備の提供などの支援の定着による若年層起業家の広がりや、今後予定されている国際卓越研究大学法に基づく10兆円規模の大学ファンドによる先端技術分野への投資領域の拡大が期待されています。

一般財団法人ベンチャーエンタープライズセンター (VEC)の調査によると、2021年の日本のスタートアップ投資規模は2,948億円/1,683件に拡大しているものの、北米、欧州はもとより、韓国などアジア各国に対しても劣後し、名目GDP比の投資額は主要国で最下位に甘んじていました。2022年は、世界各国で成長セクターの株価下落などの影響から大幅に投資額が低迷するなか、日本は3,403億円/1,994件となり、相対的に堅調に拡大しました。しかしながら、今後、さらなるスタートアップ投資の拡大に向けて、以下の課題に対する対応が求められます。

1.資金供給側の課題

  • VCファンドの運用状況の開示の拡充
  • 機関投資家のスタートアップへの投資スタンスの変化
  • ベンチャーデッドなどの資金調達手法の多様化
  • 個人投資家のスタートアップへの投資機会の拡充
  • 大型資金調達に対応するシンジケーション機能強化

2. スタートアップ側の課題

  • 次世代ユニコーン候補と評価される事業の創出力
  • グローバル展開の実践に向けた人材拡充
  • スタートアップの企業価値評価の信頼性向上
  • IPO後の成長停滞につながる早期のIPO志向からの脱却
  • 起業家に残るM&Aへの抵抗感

政府が2022年11月に閣議決定した「スタートアップ育成5か年計画」では、日本の成長の担い手となるスタートアップを創出する環境整備の重要性を成長戦略に掲げており、スタートアップ育成のための資金供給の多様化が重要として、課題解決に向けた取組みが進められています。

2. スタートアップ投資環境の改善に向けた取組み

1. VCファンドの運用パフォーマンス・データの充実
世界のスタートアップを含むオルタナティブ市場のファイナンス情報を調査する英Preqin社は、日本ベンチャーキャピタル協会などの協力を得て、2020年から日本国内のベンチャーキャピタルファンドのパフォーマンスレポートを公表、世界各国の年金基金などの機関投資家に情報共有することで、機関投資家によるVCファンドへのLP投資に貢献しています。ただし、国内VCでIFRS(国際財務報告基準)、US GAAP(米国会計基準)、FAS157(米国財務会計基準書157号)、IPEVガイドライン(International Private Equity and Venture Capital Valuation Guidelines)などの国際基準に準拠する公正価値評価を実施しているファンドは一部に限られており、今後は、他国のファンドとの国際比較が可能となることが望まれます。

2.スタートアップの企業価値データの拡充
最近では、一定の企業価値評価のスタートアップの状況が周知されることで、海外の機関投資家などにアクセスしやすい環境整備が進みました。世界のスタートアップの情報データベースを展開する米Crunchbase社は、スタートアップの資金調達額、企業価値、出資状況などの情報を収納していますし、日本でもスタートアップのデータベースのINITIAL(株式会社ユーザベースが運営)やSTARTUP DB(フォースタートアップス株式会社が運営)などが同様のデータサービスを運用しています(図表1参照)。

図表1 主なスタートアップ関連データベースサービス

サービス名 業務
Preqin Pro

VC、PE ファンド、ヘッジファンドなどのオルタナティブ資産のデータを提供

Crunchbase

米国など各国のベンチャー企業 200 万社超についての情報 DB を提供

INITIAL スタートアップ企業の企業情報の増資、VC 情報などのデータベースを提供
STARTUP DB Crunchbase と提携し、国内のスタートアップ企業情報を提供

出所:KPMG作成

これらのデータベースサービスの普及により、ファイナンス市場全体の把握が可能となりました。たとえば、INITIALが集計した2021年のスタートアップの資金調達合計額は約8,228億円となり、前出のVECの集計データの約2.5倍です。これは、VECが調査対象とする国内VC以外の投資家やVC以外の事業会社などからの資金調達事案が増加していることを意味しています。

いずれにせよ、スタートアップの企業価値評価に関する情報の有用性が高まり、スタートアップの状況が幅広く把握できるようになることで、VCなどによる資金調達だけでなく、クラウドファンディングやエンジェル投資などのプライマリー投資に厚みが出ることにつながります。

3. スタートアップにおける資金調達手段の多様化

欧米各国でスタートアップの資金調達が停滞するなか、日本では堅調に推移、1社当たりの調達金額も増加しています。その一方で、VCなどの外部投資家の投資先の選別志向は一段と強まっています(図表2参照)。

たとえば、シリーズBラウンドまでに高い企業価値評価で資金調達した会社については、その後のラウンドの資金調達に苦戦する場面もあり、資金調達手段の多様化が求められています。

図表2 日本のラウンド別の資金調達分布状況:2022年(ラウンド判明のみ)

ラウンド別 資金調達額 前年増減率
シード 655億円 6.2%
シリーズA 1,680億円 20.3%
シリーズB 1,904億円 △ 1.9%
シリーズC 1,443億円 △ 15.6%
シリーズD以降 1,200億円 △ 28.8%

出所:INITIAL 2022年 Japan Startup Finance - 国内スタートアップ資金調達動向をもとにKPMG作成

1.ベンチャーデッド

米国では、VCからの種類株式などの資金調達だけでなく、新株予約権と融資などを組み合わせたベンチャーデッドの市場が拡大、2021年は331億ドルの市場規模にまで成長しました。たとえば、2023年3 月に経営破綻した米シリコンバレー銀行(Silicon Valley Bank、以下「SVB」という) は、スタートアップ向け融資商品を初めて組成した銀行で、2021年に米国でIPOした会社の6 割以上がSVBのベンチャーデッドを利用していました。2003年に設立されたヘラクレス・キャピタル( H・C )も、スタートアップ向けのベンチャーデッドファンドを組成・運営しており、これまで60 0 社程度に資金提供を行っています。

ベンチャーデッドの歴史が長く、豊富な実績を有する米国では、コンバーティブル型( 転換型)、タームローン型( 中長期)、レベニューベースドファイナンス型( 将来の売上の債権化型)など、さまざまな商品設計が可能となっています。調達ラウンドについても、シードラウンドからレイトステージまでの幅広いスタートアップが活用しています。レイトステージの米Uber社や米Airbnb社なども、10 億ドル規模の資金調達をベンチャーデッドで調達しています。

日本でも、日本政策金融公庫が2 0 10 年からスタートアップ向けベンチャーデッドを開始し、近年では新株予約権付融資の事業を展開しています。成功事例としては、2022年に東証グロー場に上場した株式会社イーディーピー( 産総研発スタートアップ)が挙げられます。同社は、資本性ローンと新株予約権付融資を組み合わせて活用しています。

民間銀行でも、あおぞら銀行が 2019 年11 月にデッドファンドを組成しました。さらに、一般社団法人全国銀行協会は、2023 年1月19 日にベンチャー企業向け融資検討の方向性を示した申し合わせ(ガイドライン)を発出、SBI新生銀行、静岡銀行などが新株予約権付融資を活用したベンチャーデッド事業に参入しています。今後は、他行でもベンチャーデッドに取り組む流れが鮮明化するものと思われます。 さらには、2021年にSDFキャピタル株式 会社が設立され、米国のH・Cのように借入の形で融資を実行するスタートアップ向けのデッドファンドを組成して話題となっています。

これまでのようなVCなどによるエクイティ投資による資金調達だけでなく、民間金融機関による新株予約権付融資などのベンチャーデッドが広がることが期待されています。

2.非上場株式の流通制度の整備

2020年10月12日に開始された金融審議会 市場制度ワーキング・グループ(WG)では、米国でリーマンショック以降に制度化された非上場株式の流通制度を参考に、非上場株式の流通制度に関する制度改正が議論されました。そして、2022年10月14日の本WG(第21回)において、成長資金の円滑な供給に関する広範な議論がなされ、スタートアップなどへの資金供給のインフラ整備に関する制度整備を以下のように推進していくことが公表されました。

(ⅰ) 特定投資家制度の要件緩和と普及

これまで投資性金融資産が3億円以上で実名での登録義務を要していましたが、米国の私募市場におけるプロ投資家(自衛力認定投資家)制度を参考に、特定の知識経験(職業経験・保有資格等)を有する投資家の場合、年収基準の要件を1,000万円以上、または投資性金融資産あるいは純資産の要件を1億円以上に見直され、2022年7月1日に施行されました。

(ⅱ)  PTS(私設取引システム)での非上場株式等の取扱い

PTSは株式会社日本証券クリアリング機構によるPTS取引に係る清算開始(2010年7月)、信用取引の解禁(2019年8月)を受けて、上場株式に占めるシェアが1割台にまで拡大しました。しかしながら、米国の代替的取引施設の取引所外取引が全体の4割を占めていることと比較して、いまだ低い水準にあります。今後、PTSにおいて非上場株式や証券トークン(STO)などの流通が期待されており、審査内容・手続きの明確化、取扱商品・取引高に応じた認可基準の適切な設定、認可手続きの迅速化を図りつつ、特定投資家が参入しやすい非上場有価証券の取引プラットフォームの構築を目指しています。

非上場株式の流通制度については、米国と同様の制度整備が行われたものの、日本では間接金融中心の資産運用に慣れている個人投資家が、特定投資家登録はもとより、非上場株式等への投資に広がっていくための啓蒙も重要となります。

4.非上場会社の資金調達手法の多様化 への動き

米国などの主要国は、非上場株式の流通市場( プライベートプレイスメント)が発達しています。米国はもとより、中国、イギリス、ドイツ、インド、韓国などでは、非上場企業がプライベートプレイスメントを通じて資金調達しており、適正な株価( 評価 )が形成され、さらに投資が集まるなど、ユニコーンの創出のエコシステムが形成されています。

一方、日本では証券取引所の上場株式の売買でさえ賭博法の除外規定と捉える意見もあります。過去には非上場株式の売買が詐欺行為の温床となってきた歴史も重なり、非上場企業が資金調達を行う際の金商法等の規制や証券会社などによる非上場株式の仲介行為を自主規制ルール等で禁じてきました。

しかし、米国のレギュレーションDやRule14 4Aを範として、日本でも同等の非上場株式流通制度が整備されました。これにより、特定投資家は今後、ミドルステージ以降の高い企業価値評価のスタートアップに対して、非上場株式としてのアクセスが可能となります。また、スタートアップに出資しているVCやストックオプションを保有する役員などの売買機会が生じることから、株価算定機会の増加により適正な株価評価をもたらし、新たな資金調達ラウンドの創出につながることが期待されています。

これにより、スタートアップの一部では早期のIPOに縛られることなく、柔軟に資金調達を重ねることが可能となり、ユニコーン創出にも寄与するものと思われます。また、今後予定されている投資型クラウドファンディングの規制緩和やエンジェル投資の一段の普及が、スタートアップの資金調達手段の多様化につながるものと思われます。

5.スタートアップM&Aを促進するため の整備

国内スタートアップを対象とする事業会社による投資件数(レコフM&Aデータベース)は、直近10年間で約25倍に拡大しています。2021年の実績は915 件となり、そのうちCVCによる投資が全体の1/3 を占めました。そのすべてがM& A投資ではありませんが、エンタープライズ企業でも研究開発分野の絞込みや成長ドライバーとなる新事業の創出を目指して積極的なスタートアップ投資が続いています。前述の非上場株式のプライベートプレイスメントが整備されることで、特定投資家であるエンタープライズ企業にとっても、スタートアップへの投資機会の増加と適正な企業価値評価による出資につながることから、一段とスタートアップ投資が拡大するものと思われます。

また、令和 5 年度税制改正において、オープンイノベーション促進税制のM& A 型が新設されたことで、事業会社やCVC によるスタートアップのM&Aが加速することも期待されます( 図表3参照)。

M& Aを実施した案件のなかには、エンタープライズ企業とのアライアンスで成果を出し、さらなる成長を目指して、スイングバイIPOを目指す会社が増加しています。これらが成功事例となれば、起業家のなかにもM& Aを事業拡大のためのツールと位置づけたり、M& Aを検討するスタートアップが増加すると思われます。

図表3 オープンイノベーション促進税制(M&A 型)の概要

図表

Ⅱ.上場制度等の改正を踏まえた IPO対応

1. 東証の上場制度や日本証券業協会の 規則改正から期待されるもの

東証は、グロース市場におけるダイレクトリスティングに関する制度改正ならびにディープテック適用企業の上場申請手続きの変更など、新規上場手段の多様化に向けた見直しを実施しました。加えて、日本証券業協会( 引受に関するワーキング・グループ)が検討してきたIPOプロセスの見直しによる規則改正を踏まえ、「申請書類」、「形式要件」、「上場審査」、「新規上場」における新規上場プロセスの円滑化に向けた上場審査手続きの変更も盛り込みました。

また、日本証券業協会は、2021年9月に設置した「公開価格の設定プロセスのあり方などに関するワーキング・グループ」で示された改善策の実現に向けて、多岐にわたる規則改正を行っています。具体的には、2022年7月に第一次規則改正を、2023年2月に第二次改正として「仮条件の範囲外での公開価格の設定」、「売出株式数の柔軟な変更」、「プレ・ヒアリングの改善・明確化」、「実名による需要情報等の提供」の規則改正を行いました。

ただし、今般の上場制度等の見直しでは、今後の金融庁の開示ガイドラインおよび開示府令の改正、振替法の改正等を必要とする事項など施行時期が異なるため注意が必要です。( 図表4参照)

検討主体 項目 規程(おもな根拠条文) 施行時期
東京証券取引所 ディープテック適用企業の上場審査の運用見直し 2022年12月16日
ダイレクトリスティングの導入(グロース市場) 規程217条第3号 2023年3月13日
新規上場の監査報告書の提出時期(承認時) 規程204条第6項 同上
形式要件(事業継続年数) 規程205条第3号 同上
形式要件(時価総額基準、流通株式時価総額) 規程212条第2項 同上
上場審査(定時株主総会の到来にかかわらず新規上場申請日から1年間の審査継続) 規程第201条第3項、規程205条第5 同上
上場維持基準(グロース市場) 施行規則第501条第7項第5号d 同上
初値形成(新規上場時の成行き注文禁止) 呼値に関する規則第6条 2023年6月26日
日本証券業協会 グローバルオファリング実施時のオーバーアロットメントの上限数量の明確化(上限15%) 引受規則29条1項 2022年7月1日
発行会社への公開価格の納得感のある説明 引受規則26条1項、2項 2022年7月1日
主幹事証券別の初値収益率の公表 日本証券業協会HP開示 2022年7月開始
機関投資家への割当および開示 親引けガイドライン3 2022年7月1日
プレ・ヒアリングの改善・明確化 プレヒア規則2条 未定
実名による需要情報等の提供 配分規則第5条、第6条 未定
仮条件の範囲外での公開価格決定 新:引受細則第15条第1項 未定(※1)
売出株数の柔軟な変更 新:引受細則第15条第2項 未定(※1)
上場スケジュールの日程短縮化 会員通知発出 未定(※2)

規程等の略称について:規程(有価証券上場規程)、施行規則(有価証券上場規程施行規則)、引受規則(有価証券の引受け等に関する規則)、引受細則(引受規則に関する細則)、プレヒア規則(協会員におけるプレ・ヒアリングの適正な取扱いに関する規則)、配分規則(株券等の募集等の引受け等に係る顧客への配分に関する規則)を表示しています。

※1:本協会が定める「一定の範囲」について開示ガイドラインと同様内容にて定める予定で施行日は未定
※2:振替法、開示府令の改正が検討されており、施行日は未定( 2023年4月時点)
出所:KPMG作成

2. 開示府令ならびに振替法の改正に よるIPOファイナンスの柔軟化

今般の制度改正のうち、上場スケジュールの日程短縮化などについては施行日が未定となっています。上場スケジュール日程の短縮化の施行時期は、日本証券業協会が会員通知をすでに発出しているとおり、証券取引所による上場承認に先立ち、上場予定会社が有価証券届出書を提出することで、主幹事証券会社は機関投資家などから想定する公開価格の妥当性について判断することが可能となります。株価評価に関してもアンカリング効果が期待できるため、今後の開示府令の改正が待たれます(図表5参照)。

図表2

図表

3. 東証「市場再編の見直しに関する フォローアップ会議」での議論

東証は、2022年4月4日、上場会社の持続的な成長と中長期的な企業価値向上を支え、国内外の多様な投資家から高い支持を得られる魅力的な現物市場を提供することを目的として市場を再編しました。また、市場区分の見直しの実効性向上に向けて、上場会社の企業価値向上に向けた取組みや経過措置の取扱い、資金供給に関する追加的な対応について助言を行うことを目的として、2022年6月に、エコノミスト、投資家、上場会社、学識経験者、その他の市場関係者で構成された有識者会議を設置しました。主な論点と意見は次のとおりです。

  • プライム市場は、改善計画書を提出することで上場維持基準(上場廃止基準)の経過措置を受ける会社が多数存在するが、猶予期間について早期の解消が望ましいとの意見。
  • プライム市場の時価総額(中央値)は、欧米の各市場と比較して小さい。ドイツやイギリスの上位市場やナスダックとの乖離が大きく、上場基準の一段の厳格化が必要との意見。
  • 海外機関投資家からの資金流入を図るには、TOPIX算定の見直しが必要であり、加えて、プライム上場会社には英文開示やESG開示(TCFD開示含む)に対する取組みの徹底が必要との意見。
  • グロース市場については、「事業計画ならびに成長可能性に関する事項」の記載内容の充実に関する意見や市場コンセプトに応じた赤字企業の上場審査のあり方についての意見。
  • 上場制度の面では、種類株式上場が可能であるが活用事例に乏しく、積極的に活用されている海外市場のような対応が必要との意見。

Ⅲスタートアップにとっての今後のIPO戦略

1. 非上場会社への資金供給

日本においても金融・資本市場の活性化による「成長と分配の好循環」が提唱されるなか、非上場株式の取引を円滑化するための制度整備が進められています。その一環として、金融庁 金融審議会「市場制度ワーキング・グループ」は、2022年12月末に第二次中間整理を発表しました。第二次中間整理では、非上場株式の取引の円滑化のために、主に次の3つの意見が挙げられています。

  1. 特定投資家に移行する個人の範囲拡大
  2. 非上場株式等の特定投資家向け勧誘制度の創設によるセカンダリー取引プラットフォームの構築
  3. 非上場株式等の公正価値評価

これまで、日本の機関投資家や個人投資家は、非上場企業の情報入手や投資勧誘の機会が存在せず、また転売時もさまざまな規制があることから手掛けにくい側面がありました。そのため、株式投資型クラウドファンディング、エンジェル投資などの一部の小規模なもの、M&AやPEファンドによるトレードセールを除いて取引実態は乏しく、投資対象とならないのが実態でした。

また、VCは投資回収の機会がIPOもしくはトレードセールに限定されてきました。そのため、ネットIRR(内部収益率)を高めるに必然的に投資時のプレ・バリュエーションを抑えるバイアスが働くなど、10億ドルを超えるバリュエーション評価を受けるユニコーン企業が生まれづらい環境となっていました。他方で、IPO時の時価総額は、米国、香港、シンガポールでは5億ドル以上がボーダーラインと言われるなか、日本は初値時価総額で100億円程度の上場を実現するなど、世界的にも珍しいスモールIPOが可能な市場環境でした。こうしたことも、これまで日本において非上場株式の流通規制の緩和を促す動きが高まってこなかった要因と考えられます。

30年近くにわたり規制緩和が見送られてきた背景は定かではありませんが、昨今、米国や中国のみならず他国と比較しても、日本のユニコーン企業の少なさが疑問視されています。一部の有力なスタートアップの国外への流出も懸念されており、非上場企業の資金調達手段の多様化、株式の流通規制の緩和を検討する動きが強まっています。

非上場株式の流通環境が整備されれば、特定投資家の要件緩和による投資家層の拡大を背景として、日本証券業協会の特定投資家向け銘柄制度(J-Ships)の整備により、証券会社が審査した非上場株式については流通の媒介が期待されます。日本ではこれまでレイトステージの資金の出し手が乏しいと言われてきましたが、これらの環境整備によってスタートアップの資金調達や外部株主などの株式譲渡の機会が創出される可能性があります。

2. IPOを目指すスタートアップへの影響

2022年11月に政府が閣議決定した「スタートアップ育成5か年計画」については前編でお伝えしたとおりですが、副次的効果として、スタートアップに関連する情報が質量ともに拡充され、非上場株式のファイナンス実務が進化することが期待されています。そのようななか、IPOを目指すスタートアップにおいては、むやみに早期のIPOを目指すのではなく、上場後に成長が停滞しないように一般投資家と共感できる適切なIPOのタイミングについて再検討したり、オープンイノベーションの観点で事業会社によるM&Aの機会を活かす選択肢も考えられます。

また、必要に応じて、非上場株式の流通プレイスメントを活用することで、VCなどの保有株式の移動はもとより、役員や従業員の保有株式のEXIT機会を設けることで、ステークホルダーのリテンションにもつながります。

結果として、非上場会社は従来よりも企業価値を高めてからIPOすることが可能となる環境が整いつつあります。長期的な視点で多様な成長ストーリーを描くことで、日本のユニコーン創出につながると信じています。

執筆者

あずさ監査法人
企業成長支援本部
坂井 知倫/パートナー
鈴木 智博/ディレクター

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