「新しい資本主義」実現へ~その実行計画と主要論点の整理~
本記事では岸田政権が目指す「新しい資本主義」の主要論点を整理し、岸田政権の経済・社会政策によって広がる官民協業機会を検討・解説します。
本記事では岸田政権が目指す「新しい資本主義」の主要論点を整理し、岸田政権の経済・社会政策によって広がる官民協業機会を検討・解説します。
岸田政権は、「新しい資本主義」として、成長と分配の好循環を実現するという目標を掲げています。一方で、政権発足当初、分配面を強調したのに比べ、昨年6月に閣議決定された政策パッケージは成長戦略としての性質が強いものとなっています。
岸田政権の示す成長戦略が奏功し、成長と分配の好循環が実現することで、我が国経済が持続的な成長軌道に復する後押しとなることを期待したいところです。
本稿では、今般の岸田政権の政策パッケージを概説し、さらに、今後「新しい資本主義」政策の推進によって求められる、官民のマーケットニーズを整理します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
「新しい資本主義」と所得増実現のための主要論点
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1.「新しい資本主義」を目指す岸田政権の経済政策
(1)岸田政権の掲げる、「分配に配慮した」成長戦略
2022年6月7日、岸田文雄内閣は、「経済財政運営と改革の基本方針2022」(通称「骨太の方針」)と合わせ、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」(以下、「実行計画」という)を閣議決定しました。
骨太の方針は、時の政権の経済政策の基本的な方針、考え方を示すものです。各省庁の利害や枠組みにとらわれず、政権としての大方針を示すため、官邸主導で検討・策定されます。具体的には、内閣総理大臣を議長とし、官房長官・各省大臣、日本銀行総裁のほか、複数の民間議員から構成される経済財政諮問会議で策定し、閣議決定されます。2001年の小泉政権において始まった本方針は、政権の我が国経済情勢や課題についての認識、対応策の方向性を知るための、最も基本的なパッケージとなります。
本年度の骨太の方針においては、「当面、2段階のアプローチで万全の対応を行う」とされています。「2段階のアプローチ」は、
- 目下、コロナ禍からの回復途上であるため、短期的にはウクライナ情勢に伴う資源・穀物等の国際価格の高騰等の外部環境の悪化に対応し、国民生活の安心を確保する。
- そのうえで、「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画」を具体化し、実行に移すことで、コロナ禍で失われた経済活動のダイナミズムを取り戻し、「成長と分配の好循環」を実現する。
とされています。2段階目の実行計画は、骨太の方針のなかでも、とりわけ岸田政権が重視する中長期の経済政策課題とそれに対する対応策を具体的に示したものと位置づけられます。
本年度の骨太の方針の副題は「新しい資本主義へ~課題解決を成長のエンジンに変え、持続可能な経済を実現~」となっており、我が国の課題についての岸田政権の認識が示唆されています。この認識を要約すると以下のとおりです。
- これまでの資本主義の在り方は持続可能ではなく、さまざまな社会課題を解決できていない、あるいは、社会課題を生み出し、悪化させすらしている。
- そのため、資本主義の在り方をバージョンアップさせることで、社会課題の解決に取り組みつつ、その取組みを経済成長の推進役と位置づけ、社会課題の解決と経済成長を両立していく。
岸田首相は、2021年9月の自民党総裁選、およびそれに続く10月の衆院選において、「新しい日本型資本主義」として、「成長」と「分配」の好循環を目指す経済政策を公約として勝利しました。しかし、岸田首相の経済政策の方針に対して当初は冷ややかな声もありました1。
金融所得課税の構想がかなりセンセーショナルに報じられる等、岸田首相がこうした評価をどこまで気にかけたかはわかりません。ただ、本年度の骨太の方針においては、「分配」の旗を降ろしたわけではありませんが、「成長」戦略としての色彩が強められた、アベノミクスを継承するものと位置付けられ、経済界も一定の評価をしています2。
以降、骨太の方針、および実行計画を概説するとともに、岸田政権が目指す「新しい資本主義」、「成長と分配の好循環」の実現に向けて、骨太の方針・実行計画をどう評価すべきか、さらに期待したい政策の方向性、および今後実行計画等が具体化・実行に移されていくなかで、拡大が見込まれる市場や分野について検討したいと思います。
(2)実行計画の概要と評価
従来、骨太の方針や成長戦略は、我が国の経済・社会課題が複雑化しつつ、山積し、省庁横断的な取組みが求められる事項が増えていくなか、多岐にわたる印象がありました。図表1に政策メニューをまとめましたが、本年度の実行計画についても、我が国の経済・社会課題それぞれへの施策が、数多く列挙されています。
本年度の特徴としては、第一に、岸田政権にとって肝いりの政策方針である「分配」の重視という命題について、始めに記述されている点が挙げられます。分配戦略は、「人への投資」「人的資本投資」という「成長」戦略に溶け込ませた形で述べられている面もありますが、分配の性質が色濃い成長戦略メニューについては、図表1で太字で強調しています。例えば、「賃上げの推進」「リカレント教育」「同一労働・同一賃金」等です。一方で、アベノミクス以降の成長重視の姿勢を継承するか否か、市場・経済界が厳しい視線を向けるなかで、成長戦略や重点投資分野も同様に強調される形となっており、経済界がこの点を評価していることは先述しました。
図表1 新しい資本主義のグランドデザインおよび実行計画のメニュー
個々の成長戦略メニューとしては、我が国の伸び悩む潜在成長力、国際競争力の押し上げに寄与すると考えられています。例えば、人口減少下で経済成長を実現していくために不可欠な要素であるイノベーションを強化する視点から、前掲図表1の「1.新しい資本主義に向けた計画的な重点投資」の項目では、産官学の研究開発活性化に向けた施策が挙げられています。特に、ベンチャー投資への資金循環環境の整備や創業時の個人保証制度の見直し等、スタートアップへの投資活性化の施策に期待したいところです。単純な公共投資の拡大ではなく、起業家・研究者や投資家への障壁を取り除くことで、民間部門の自発的・自律的な成長を促す環境整備が重要と考えます。
また、「2.社会的課題を解決する経済社会システムの構築」で、社会課題の解決に民間の活力、ノウハウ、資金をフル活用する方向性を、成長の柱の1つとして明確化したことも評価できましょう。社会課題は多様化・複雑化し、公的セクターへの政策対応の期待も自然と高まります。しかしながら、厳しい財政状況が続くなか、公共部門だけでこうした社会課題に対応するのには限界があります。一方、民間部門では、持続可能な成長への関心が高まっており、NPO法人や社会的企業のみならず、一般企業においても社会課題の解決を経営の主眼やパーパス(存在意義)に据えるケースが益々増えています。こうした潮流を加速させ、社会課題の解決をニーズと捉え、経済成長の原資としていく発想は評価したいところです。
その他の注目すべき方針として、デジタル田園都市国家構想(以下、「デジ田構想」という)の推進があります。これは、デジタル技術の実装を通じて地方の社会課題の解決や地域の魅力向上・活性化を目指すものです。実行計画においては、国として取り組むデジタルインフラ整備や、デジタル技術活用事例の横展開・普及促進のための仕組み作り・環境整備が挙げられています。
デジ田構想は、これまでの「地方創生の目的を共有したうえで、取組を継承・発展するもの3」、とされています。地方創生は、地方自治体が地域の実情に応じて経済・社会の活性化に向けた総合戦略を策定し、その自主的・主体的な取組みを国が情報・人材・財政面から支援する仕組みとなっていました。デジタルを活用した地方の活性化は不可欠ではありますが、地方主体のボトムアップでの取組みは、実現可能性にとらわれるあまり、小粒なものであったり、横並びになりがちであったりします。基盤整備や先進的な地域の取組みの横展開も大事ですが、デジタル庁を中心に、地方単独では取り組めない広域的なデジタル活用の推進が期待されます。
その際に重要なポイントとなるのは、「デジタル活用に合わせた組織や地方の在り方への変革」に野心的に取り組む姿勢であると考えます。デジタル活用においては、現状の組織体制を維持しつつ、小規模な効率化、コスト削減等が目的化されるケースが少なくありません。場合によっては、デジタル技術の真価を最大限発揮するために、組織や地方の現状の在り方を見直したり、効率的な地域社会に向けて、国としてビジョンを示し、地方組織の変革を支援したりしていくことが必要となることもあると思われます。
2.「新しい資本主義」で広がる官民協業機会
今後、政府は骨太方針、実行計画に沿って、各省庁で改革や予算措置を進めていくことになります。そうしたなかで、拡大が見込まれるマーケット、影響がある分野はどのようなものがあるでしょうか。
人的資本投資については、官民連携で適切な質・量の職業訓練等の積極的労働市場政策を実施していく必要があります。特にデジタル人材が不足するなか、関連する職業訓練やマッチングサービスへのニーズは一段と高まると見込まれます。
科学技術、イノベーションについては、公的研究開発はもちろん、民間資金、ノウハウを活用し、ベンチャー、スタートアップ等を支援していくことが重要です。国内外の動向を注視しつつ、適切な資金循環の仕組みを構築するための調査研究、マッチングなどの支援業務が求められる見込みです。
社会課題の解決については、政府の財政余力が限られるなか、社会的企業やインパクト投資など、新たな仕組みや官民連携資金調達で民間ノウハウを活用していく必要性は今後も高まっていくでしょう。一般企業においても、SDGsの達成へのコミットや、ESG投資資金の獲得といった視点から、事業のインパクト評価などを求められる公算が大きいです。会計、財務的視点からこうした分析の支援のニーズもあるでしょう。
DX、GXを始めとする新技術の社会実装も、当然のことながら喫緊の課題です。デジ田構想・地方創生にかかる地方から中央への期待、政策減税や規制緩和に対する経済界からの期待も大きいでしょう。しかしながら、我が国の財政は厳しい状況が続いており、政策効果の最大化、ワイズスペンディング、EBPM(エビデンスに基づく政策立案)の重要性は益々高まっています。政策効果を検証する取組みは国・地方双方で拡大していくでしょう。
KPMGは、これらのマーケットニーズを日々鋭敏に捕捉し、財務・会計専門家のみならず、多様な人材の知見、ノウハウを活用して、官民の課題解決の支援をしていきます。
※この記事は2022年11月に執筆したものを公開しています。
1 たとえば日本経済新聞(2021年10月7日朝刊)「(スクランブル)株価「岸田ショック」の真相―経済の構造改革、後退警戒」など。
2 たとえば経済同友会「経済財政運営と改革の基本方針 2022」等の閣議決定についてなど。
3 内閣官房デジタル田園都市国家構想実現会議事務局「デジタル田園都市国家構想基本方針について」
執筆者
あずさ監査法人
コンサルティング事業部
マネジャー 菊地 秀朗
KPMGジャパン ガバメント・パブリックセクター
コンサルティング事業部
ディレクター 林 哲也