本連載は、日経産業新聞(2023年3月~4月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

信号認証の活用で位置情報に付加価値をプラス

人工衛星を使って地上の正確な位置や時刻を求める「衛星測位」は、スマートフォンの地図アプリやカーナビだけでなく、現代社会のさまざまな場面で不可欠なインフラとなっています。
全地球測位システム(GPS)は、もともと米国が軍事目的で開発したシステムでしたが、1993年に民間に開放され、急速に普及が進みました。より高精度で安定的な測位を可能にしようと、今では欧州連合(EU)の「ガリレオ」や中国の「北斗」など多くのシステムが構築されています。

日本では、内閣府が整備を担う準天頂衛星システム「みちびき」があり、2018年に4機体制による運用を開始、今後7機体制に向けて順次衛星を打ち上げる計画です。
みちびきには、誤差数センチメートルといった高精度な測位を可能とする補強信号の配信などいくつかの特徴がありますが、なかでも注目されるのが、2024年度に開始予定の「信号認証サービス」です。
信号認証は、重要な社会インフラとなった衛星測位システムを利用するすべてのユーザーを、悪意ある攻撃者から守る手段の1つです。

近年、偽信号を配信して衛星からの測位信号をハッキングする「スプーフィング(なりすまし)」と呼ばれる攻撃の危険性が高まっています。スプーフィングは数点の安値な部品と無料のソフトウェアで実現可能で、世界中の空港や港湾で被害が報告されています。
偽信号により位置情報が改ざんされると、たとえば、ドローン(小型無人機)を攻撃者の意図した場所へと誘導されてしまう恐れがあります。時刻情報の改ざんも、高精度な時刻同期ネットワークを利用する金融機関のシステムに障害や混乱をきたしかねません。

みちびきが提供する信号認証サービスは、受信信号が本物であることを電子署名技術により証明する仕組みです。これにより、ドローンや船舶、自動運転車などの無人制御システムへの乗っ取りや誤誘導を防ぐことができるほか、電力などの重要インフラや公共交通機関など、社会的影響が大きいシステムへの攻撃対策としても有効と考えられます。

また、信号認証を活用することで、位置情報に付加価値をプラスすることも可能になってきます。
たとえば、食品の「トレーサビリティ(生産履歴の追跡)」や、走行距離に応じて料金を課す「ロードプライシング」などに利用できます。車両での信号認証の利用の有無で保険料が変動するサービスや、ブロックチェーン(分散型台帳)と組み合わせた品質管理や履歴管理といったことも考えられます。

信号認証の普及拡大には、受信機やICチップなどの機器の対応と、脅威に対する利用者側の認識が広がる必要があります。機器については徐々に対応するものが増えてきていますが、利用する企業などの意識がまだ追いついていません。
みちびきによる信号認証は、目に見えない脅威から位置情報などを利用したサービスを守る対策としてだけではなく、信頼性の向上で新たなサービスやビジネスを生み出すことも期待されます。

日経産業新聞 2023年3月28日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
シニアコンサルタント 吉川 和宏

宇宙ビジネス新潮流

お問合せ