本連載は、日経産業新聞(2023年3月~4月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。
ロケット低価格化による宇宙ビジネスの拡大
衛星通信、宇宙旅行、月の資源探査。宇宙ビジネスは幅が広く、いずれの実現にも宇宙への「輸送」が欠かせません。
現在、宇宙輸送を担う唯一の手段がロケットです。人工衛星などのペイロード(積載物)を運ぶロケットには、信頼性や柔軟性に加え、低コストが求められます。しかし、これまでの日本のロケットは製造・打ち上げ費用が国際的に見て高く、民間が商業利用するには障壁が高いと言われてきました。
このため、宇宙航空研究開発機構(以下、JAXA)は、新型ロケットでは徹底的なコスト削減を進め、1回当たりの打ち上げ費用を従来機と比較して半滅させることを目指しています。
近年、宇宙業界の様相は激変し、複数の小型衛星を連携させる「衛星コンステレーション」の普及に伴い、小型衛星の打ち上げ数が急増し、輸送の需要が高まっています。2017年に世界で100回弱だったロケットの打ち上げ回数は、2022年には200回弱となり、海外では毎週のように打ち上げている企業も登場しています。宇宙輸送ビジネスの拡大で競争が生まれ、打ち上げコストの低下は新たな宇宙ビジネスを生む萌芽ともなっています。
では、ロケットの打ち上げの低価格化は、どのようにして実現されるようになったのでしょうか。
たとえば、海外では、これまで使い捨てだったロケットを再利用することで価格破壊を実現しているケースもあります。これに対し、JAXAは、使い捨て型であっても民生部品の活用により製造コストの大幅な削減につなげていると言います。
従来、人工衛星や宇宙ステーションなどの宇宙機には、ネジ1本に至るまで専用に設計・製造され、認定を取得したものだけを採用してきました。このプロセスこそが価格が高止まりする要因となっていたのです。
このためJAXAは、新型ロケットではアビオニクス(航空機や宇宙機に搭載される電子機器)に車載用部品の活用を進めています。車載用部品は温度変化や振動、衝撃に強く、耐久性と信頼性も高く、宇宙専用部品に比べて非常に安価です。これらが耐放射線特性を備える部品であれば、宇宙機に流用することで、大幅な製造コストの削減になるというわけです。
民生部品を宇宙機へ活用する潮流は、ロケットのみならず人工衛星の製造でも起きています。今後、普及が進むことが予測される軌道上での燃料補給や、スペースデブリ(宇宙ゴミ)の除去などの軌道上サービスでも、ロボットアームの活用など、これまで地上で培われてきた技術が使われることになるでしょう。
宇宙はもはや特別な領域ではありません。ロケットや人工衛星は特注するもの、という考えは時代遅れです。今後競争が強まる宇宙ビジネス市場で、いかに民生品を活用できるかが国際競争力のカギとなります。日本の技術力と強みを生かし、この潮流に乗り遅れることなく業界を先導するプレーヤーが多く現れることを期待したいものです。
日経産業新聞 2023年3月24日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。
執筆者
KPMGコンサルティング
シニアコンサルタント 吉川 和宏