本連載は、日経産業新聞(2023年3月~4月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

各国の宇宙政策の方向性

宇宙産業は、新たな成長産業のフロンティア開拓であるだけでなく、国家の威信とナショナリズムが色濃く残る領域でもあり、各国が産業振興にしのぎを削っています。
各国・地域の宇宙機関の発表によると、現在、12ヵ国・地域が打ち上げ能力を有し、さらにブラジル、オーストラリアなど5ヵ国以上が打ち上げ計画を発表しています。今後もさらなる競争の激化が予想される一方、各国の宇宙政策のアプローチは異なります。

宇宙産業を牽引する米国は、次期宇宙ステーションの開発を民間に委託し、予算を有人月面探査「アルテミス計画」に充てるなど、民間と政府の明確な役割分担を示しています。米政府や米軍は安定的な顧客となって産業基盤を安定させる「アンカーテナンシー」による産業支援を進めています。
アンカーテナンシーの対象企業は安定的な収益が約束され、投資や技術開発に集中することが可能となります。

経済成長著しい中国は、これまで独力による宇宙開発に取り組んできました。2022年はロケットの打ち上げを60回以上実施し、同年には中国が独自に建設を進めてきた宇宙ステーション「天宮」が完成し、2023年から本格運用を開始するなど、国家主導による宇宙開発能力の向上を進めています。一方、完成させた宇宙ステーションを他国が実験に使用したり、将来的には他国の宇宙飛行士が滞在したりできる提携の機会も用意しました。これまでの独自路線から国際協力への方針転換も見て取れます。
しかし、米国はその提携先になり得ません。米国には米航空宇宙局(NASA)が中国とのプロジェクトに資金や施設を使うことを禁止する「ウルフ修正条項」があり、国家間の確執が宇宙分野にも影を落としています。

日本は、国際協力と自国の産業支援を両輪で進めています。2022年度補正予算を含む2023年度の宇宙関連予算案の総額は6,119億円と、2022年度に比べ900億円増やしており、そのなかには米国主導の新たな有人月面探査「アルテミス計画」に関連する405億円も盛り込まれています。
日本政府は、2030年代の早期に国内の宇宙業界の産業規模を1.2兆円から2.4兆円に倍増するビジョンを打ち出しています。しかし、2022年の国内での打ち上げ回数はゼロに終わり、さらに、宇宙航空研究開発機構(JAXA)の新型ロケットが2023年3月、打ち上げ失敗に終わるなど計画どおりとは言えません。
日本には、宇宙ビジネス関連スタートアップは80社ほどあり、企業数は多いもののアンカーテナンシーが存在しないため、事業拡大のスピード感に欠けているのが実情です。かつて、日本は宇宙産業の先頭集団に位置していましたが、今は陥落の分水嶺に立っているのではないでしょうか。

各国の宇宙政策の方向性は、背景や状況、文化や商習慣によって異なるものの、安全保障が宇宙産業の成長ドライバーの1つであることは共通しています。
近年、宇宙が戦闘領域になったとも表現され、日本の航空自衛隊も「航空宇宙自衛隊」へ改称されます。戦争や防衛が科学技術を発達させるという事象が宇宙領域でも発生することは、歴史上の宿命とはいえ、一抹の不安を覚えます。

日経産業新聞 2023年3月23日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日本経済新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング
ディレクター 宮原 進

宇宙ビジネス新潮流