本連載は、日刊工業新聞(2023年2月~4月)に連載された記事の転載となります。以下の文章は原則連載時のままとし、場合によって若干の補足を加えて掲載しています。

各国で進むAI規則案

企業がさまざまな分野に人工知能(AI)を導入し、実用化の話題が注目を集めるようになって久しい昨今。顧客へのサービスの向上、組織内の意思決定や業務の効率化、その他イノベーションを引き起こすために、AIへの期待は膨らむばかりです。インターネットなどを介して他のAIや情報システムと連携し、AIネットワーク化され、その便益が飛躍的に増大するとともに、社会に広く波及することが予見されています。

AIは新しい技術であり、一般的には未知の領域という印象があるでしょう。機械学習やディープラーニング(深層学習)と呼ばれる技術は、要求仕様に基づくアウトプットを実現するためだけではなく、想定していない、あるいは、想定した以上の何かを生み出してしまう不確実さに向き合わなければなりません。入手しやすいデータに依拠する出力結果の偏り、出力結果に対する説明の難しさ、差別や偏見などの社会問題に発展することにも考慮する必要があります。

世界各国では、AIが社会に与える影響の大きさから、政府、民間団体、アカデミアなどにおいて、多くの議論がなされてきました。2019年に、経済協力開発機構(OECD)が複数国間で合意されたAIに関する原則を公表しています。近年、規則の議論が進み、欧州連合(EU)では数年後の法施行を意図したAI規則案が提案され、また、米国では「AI権利章典の青写真」が公表され、企業も軽視できない状況になっています。

日本でも、2019年に「人間中心のAI社会原則」を定め、原則論は概ねコンセンサスが得られた状況にあり、現在は社会で実現するためのガバナンスの議論に推移しています。また、数年来、関係省庁では専門家の会議を設け、先進的な取組みを調査・研究するとともに、AI開発や利活用、AI・データ利用の契約などに関するガイドライン、消費者向けハンドブックの策定を通じて、社会への普及や企業などの取組みを推進しています。

経済産業省が公表・改訂した「AI原則実践のためのガバナンス・ガイドライン」では、企業における行動目標の設定や乖離度評価、事業者間の不確実性への対応負担、AIシステムの運用状況の自動モニタリングなど、AIおよびその開発・運用をマネジメントするために参考となる事例や施策が記載されています。また、新たなガバナンスモデルとして、機動的かつ柔軟な枠組みであるアジャイル・ガバナンスが採用されていることは興味深く、政府の定めるルールをただ守ればよいのではなく、自ら必要な対策を実践していくことの重要性が認識され始めています。

AIのリスクや倫理課題などに対する取組みは、まだ一部の先進的な企業に限定されていますが、AIの積極活用と可能性の最大化のために、日本企業の多くがAIガバナンス構築に着手することを期待したいところです。

日刊工業新聞 2023年3月3日掲載(一部加筆・修正しています)。この記事の掲載については、日刊工業新聞社の許諾を得ています。無断での複写・転載は禁じます。

執筆者

KPMGコンサルティング 
パートナー 熊谷 堅

DX時代のリスク管理

お問合せ