サステナビリティ情報開示の進展と「開示府令」改正
金融庁は「開示府令」の一部改正案に対するパブリックコメントの結果を公表しました。改正案は企業の有価証券報告書の開示拡充を意図しています。本稿では、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載内容などを考察し、改正案が企業に与える影響について概観します。
本稿では、「サステナビリティに関する考え方及び取組」の記載内容などを考察し、改正案が企業に与える影響について概観します。
*この記事は、株式会社エネルギーレビューセンターの許諾を得て『月刊エネルギーレビュー6月号(2023年5月20日発刊)』の掲載記事を転載しています。無断での複写・転載はご遠慮ください。
ハイライト
1.はじめに - サステナビリティ情報開示の拡充
金融庁は2023年1月31日に「企業内容等の開示に関する内閣府令」(以下「開示府令」)の一部改正と改正案に対するパブリックコメントの結果を公表した。
本一部改正は、金融審議会ディスクロージャー・ワーキング・グループ報告の提言を受けたものであり、金融商品取引法第二十四条に基づき企業が提出する有価証券報告書における開示の拡充を意図するものである。主要な拡充内容としては、「サステナビリティに関する考え方及び取組」(サステナビリティ:持続可能性)が項目として新設されるとともに、「従業員の状況」における多様性に関する指標の開示及び「コーポレート・ガバナンスの状況等」における取締役会等の活動状況等の記載の充実が求められることとなった。
本稿では、このうち新設された「サステナビリティに関する考え方及び取組」への記載内容を概観し、企業が今まで取り組んできたサステナビリティ報告書等の任意開示、本邦以外の国における開示制度との比較を含め、本一部改正が企業に与える影響を考察していく。
2.「サステナビリティに関する考え方及び取組」開示の概観
「開示府令」では「サステナビリティに関する考え方及び取組」として、次の項目の記載が要求されている。(傍点筆者、以下同様)
a. ガバナンス(サステナビリティ関連のリスク及び機会を監視し、及び管理するためのガバナンスの過程、統制及び手続をいう。)及びリスク管理(サステナビリティ関連のリスク及び機会を識別し、評価し、及び管理するための過程をいう。)について記載すること。
b. 戦略(短期、中期及び長期にわたり連結会社の経営方針・経営戦略等に影響を与える可能性があるサステナビリティ関連のリスク及び機会に対処するための取組をいう。cにおいて同じ。)並びに指標及び目標(サステナビリティ関連のリスク及び機会に関する連結会社の実績を長期的に評価し、管理し、及び監視するために用いられる情報をいう。cにおいて同じ。)のうち、重要なものについて記載すること。
c. bの規定にかかわらず、人的資本(人材の多様性を含む。)に関する戦略並びに指標及び目標について、次のとおり記載すること。
(a)人材の多様性の確保を含む人材の育成に関する方針及び社内環境整備に関する方針(例えば、人材の採用及び維持並びに従業員の安全及び健康に関する方針等)を戦略において記載すること。
(b)(a)で記載した方針に関する指標の内容並びに当該指標を用いた目標及び実績を指標及び目標において記載すること。
このうち、cについては人的資本に関する必須記載事項として取り上げられており、「従業員の状況」において新たに要請される女性管理職比率、男性の育児休業取得率、男女間賃金格差の指標開示と連動している。一方で、a及びbについてはサステナビリティ全般に関する開示要請であり、「ガバナンス」と「リスク管理」は、すべての企業において開示が求められ、「戦略」と「指標及び目標」は、企業において重要性を判断して開示することが求められている*1。
このガバナンス/戦略/リスク管理/指標及び目標の4つの構成要素に基づくサステナビリティ情報開示のフレームワークは、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)や国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)等でも用いられていることから、一定の普遍性をもつものである。「金融審議会 ディスクロージャーワーキング・グループ報告」においては、4つの構成要素の枠で開示すべきとの提言がなされていたが、「開示府令」においては、必ずしも項目立てが要求されず、「4つの構成要素に基づき開示する」とされた(図-1参照)。
図-1 開示府令の改正内容と有価証券報告書への記載箇所
本邦上場企業においても、統合報告書、サステナビリティ報告書、TCFD報告等の任意開示において、4つの構成要素のフレームワークによる開示をすでに実施している事例も多数存在することから、当該フレームワークの採用については既定事項として捉えることが一般的であろう。また、同時に改正された「企業内容等の開示に関する留意事項について(企業内容等開示ガイドライン)」においても、「当該記載事項を補完する詳細な情報について、提出会社が公表した他の書類を参照する旨の記載を行うことができる。」とされており、すでに行われている任意開示の利用も認められている。
3.「開示府令」への対応における企業側の課題
「開示府令」において、具体的な記載方法については詳細に規定されていないことから、各企業において自ら考え、整理することが必要となった。本邦上場企業におけるサステナビリティ情報任意開示は、必要性や基準の整備、ステークホルダー(利害関係者)からの要求等を踏まえ、年々追加的に拡充されてきたという経緯もあり、必ずしも1つの開示フレームワークの下で体系的に整理されている訳ではない。また、これらの開示はあくまでも任意開示であり、企業間における方針の有無、ガバナンス体制の整備、過去の開示への取り組みも大きく異なっている。
「開示府令」の改正は2023年3月期に係る有価証券報告書(一般的には2023年6月に提出)から適用となることから、短い期間で有価証券報告書への記載事項を整理し確定することは、任意開示が充実している企業を含め、多くの企業にとって困難性を伴うものと想定される。
「記述情報の開示に関する原則(別添)-サステナビリティ情報の開示について-」においても、「サステナビリティ情報には、国際的な議論を踏まえると、例えば、環境、社会、従業員、人権の尊重、腐敗防止、贈収賄防止、ガバナンス、サイバーセキュリティ、データセキュリティなどに関する事項が含まれ得ると考えられる。」とされているとおり、サステナビリティ情報とは非常に広範で不特定の領域を含むものである。
例えば「環境」1つをとっても、そこには「気候変動」「廃棄物」「水」「生物多様性」「循環経済」等の多くの個別テーマが内包されていて、各個別企業にとっての重要性はそれぞれ大きく異なる一方で、業種によって共通となりうるテーマも存在する。前述の「記述情報の開示に関する原則」においても、「自社の業態や経営環境、企業価値への影響等を踏まえ、サステナビリティ情報を認識し、その重要性を判断する枠組みが必要となる」との記載があり、具体的に有価証券報告書に何を記載すべきかという検討は極めて重要かつ難しい問題となりうるため、情報を受け取る側にとって有用な開示実務が確立し定着していくまでには、まだ時間を要するものと考えられる。
4.「気候変動リスクへの対応」に係る開示における課題
「気候変動リスクへの対応」は地球規模の重要な課題であり、多くの企業にとっても重要性が高いと認識されているため、「開示府令」への対応として有価証券報告書に記載する企業はさらに増加するものと想定される。
また、2021年6月に東京証券取引所から公表されたコーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)で、プライム市場の上場会社に対し、気候変動リスクについてTCFD提言又はそれと同等の枠組みに基づく開示の量と質の充実を進めるべき旨が示された。これを受けて、すでに日経225の構成銘柄となっている企業の80%以上は、気候変動をマテリアル(重要)と判断された事象として認識し*2、すでに98%の企業がサステナビリティ報告において気候変動に係る何らかの開示を行っている*3ことも有価証券報告書における開示を比較的容易なものとするであろう。
TCFD提言では前述の「ガバナンス」「戦略」「リスクマネジメント」「指標と目標」の4つのテーマによる開示フレームワークが採用されており、それぞれのテーマに開示推奨項目が定められている。図-2に示すとおり、日経225銘柄における開示推奨項目別の開示状況を見ると、最も開示割合が高いのは「指標と目標」の開示推奨項目の1つである「温室効果ガス(GHG)排出量(SCOPE1とSCOPE2の実績)」で92%、最も開示割合が低い「リスクマネジメント」の開示推奨項目の1つである「プロセスとリスク管理体制全体との統合状況」でも60%となっており、本邦上場企業のTCFD開示においても4つのテーマとその推奨開示項目に従って開示を行っている傾向があることがわかる。
図-2 TCFD推奨開示11項目別の減給率(サステナビリティ報告)(2022)
92%の企業が開示しているGHG排出量(SCOPE1と2)は、企業内での石炭・石油等の化石燃料の燃焼に代表される直接的GHG排出であるSCOPE1、他者において化石燃料の燃焼の結果として生産された電力・熱・蒸気等のエネルギーの企業内での導入・購入における間接的GHG排出であるSCOPE2である。これらは唯一の世界共通の基準として広く利用されている「GHGプロトコル」*4に基づいて測定される。
TCFD報告においては、マテリアリティ(重要課題)評価とは無関係に開示すべき指標と位置付けられ、2022年6月に公表された「金融審議会 ディスクロージャーワーキング・グループ報告」においては、「各企業の業態や経営環境等を踏まえた重要性の判断を前提とする。さらに、SCOPE1(事業者自らによる直接排出)・SCOPE2(他社から供給された電気、熱・蒸気の使用に伴う間接排出)ではGHG排出量について、企業において積極的に開示することが期待される」と述べられており、測定・開示が必須な指標との認識が広まっている。このため、実務的にも開示が定着していくものと考えられる。
一方で、TCFD提言が推奨開示項目において期待している内容を具体的に見ていくと、言及はしているものの、期待水準にまでは達していない開示が多くみられることも事実である。一例を上げると、「戦略」の推奨開示項目の1つである「識別した気候関連リスクと機会」について、86%の企業が何らかの言及をしているものの、TCFD提言に記載されているガイダンスに従って、深度のある充実した記述を行っている企業は、決して多くはない。
TCFD提言が推奨する「戦略」の開示内容
- 組織の資産またはインフラストラクチャーの耐用年数と気候関連事項は往々にして中長期にわたり顕在化するという事実を考慮して、適切と思われる短期・中期・長期の時間的範囲の記述
- 時間的範囲(短期・中期・長期)ごとに、組織に重要(マテリアル)な財務への影響を与える可能性のある具体的な気候関連事項の記述
- どのリスクと機会が組織に重要(マテリアル)な財務への影響を与える可能性があるかを判断するプロセスの記述
- セクターおよび/または地域別にリスクと機会の内容を適宜提供することを検討
出典:TCFDコンソーシアム「気候関連財務情報開示に関するガイダンス3.0」
気候変動リスクへの対応に関する開示は、コーポレートガバナンス・コードの影響もあり、本邦上場企業に確実に広がってきているものの、まだまだ始まったばかりである。また、決算日より3か月以内に提出される有価証券報告書において開示するためには、データの収集・分析を含めプロセスの早期化も求められる。そのためには単なる開示のためのプロセス改善にとどまらず、「戦略」と「指標及び目標」の開示及びその前提となる削減を含む各種活動が経営管理に組み込まれ、プロセス(場合によってはシステム)が構築され、組織が設計され人材が配置されるといったビジネスプロセスの一環としてのサステナビリティ課題への対応を指向すべきである。今後もさらなる利用者にとって有用な情報の提供としての開示の充実が期待されている。
5.海外の開示制度による本邦企業への影響
サステナビリティ報告のための基準としては、グローバルスタンダードとなるべく国際サステナビリティ基準審議会(ISSB)*5による国際会計基準財団(IFRS®)サステナビリティ開示基準の開発が進められているほか、自然関連財務情報開示タスクフォース(TNFD)*6による生物多様性の開示フレームワークの開発も注目されている。企業及びその開示情報を利用する投資家等のステークホルダーにとって、これらの基準開発とその収斂は任意開示においても制度開示においても利用できるスタンダードとして歓迎すべきものである。
一方で、各国におけるサステナビリティ報告の制度化も進んできており、特に本邦企業に重要な影響を与えるとされているのがEUにおける企業サステナビリティ報告指令(CSRD)である。
CSRDは、欧州議会により採決され、2023年1月にはEU指令として発効しており、EU加盟各国における法制化のプロセスにある法的拘束力をもつサステナビリティ情報の開示制度である。以下は、本邦企業の視点でのCSRDの特徴である。
- CSRDは、売上高4,000万ユーロ、総資産2,000万ユーロ、従業員数250名超の3つの条件のうち2つ以上を満たす企業に上場の有無に関わらず、2025年1月1日より適用が開始される。つまり、本邦企業のEU域内子会社・支店も条件を満たすと開示が要求される。
- 二会計期間継続してEU域内において1億5,000万ユーロ超の売上のある場合(その他の条件もあり)に、域外適用と呼ばれるEU域外に所在する親会社による連結サステナビリティ情報の開示が2028年1月1日適用開始で予定されている。域外適用にかかる報告基準は現在開発中とされていて、何を開示するのかは現段階では未確定であるが、本邦企業においても、ヨーロッパで一定規模のビジネスを行う限りは、EU域内に所在する子会社等を通じて、企業グループ全体でのサステナビリティ報告を行う必要がある。
- 欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)と呼ばれる、固有の報告基準が整備されており、環境5領域・社会4領域・ガバナンス1領域を含む12領域、82項目の広範囲の開示が要求される。EU以外でも、サステナビリティ報告の制度はすでに存在するが、気候変動対応を中心とする限定された領域の開示であることが多く、CSRD/ESRSのような広範囲な開示制度は見られない。ESRSはセクター別基準等を含め、現在も開発が進められている。
本邦企業の多くは、グローバルにビジネスを行っており、日本の開示制度のみならず、子会社が所在する国・地域による規制、CSRDに代表される海外の開示制度の動向にも注意を払い、対応をしていくことが求められている。
6.おわりに
「開示府令」を中心にサステナビリティ情報開示制度及び企業としての対応と課題を概観してきた。本邦企業の多くはすでに任意開示としてサステナビリティ情報の開示に取り組んでいることもあり、制度で示された開示内容そのものは大きなサプライズではないと言える。ただし、制度化に伴い任意開示においては各企業によって異なる媒体、異なる開示タイミングであることにより見えにくくなっていた従来から存在した課題も顕在化してくることとなる。前述した気候変動への対応の開示においても、「戦略」と「指標及び目標」の関係性の明確化、それをモニタリングしていくための「ビジネスプロセスへの組み込み」に関しては、大きな改善の余地がある。
一例をあげると、「大幅にエネルギー効率を改善した機器の開発と販売」が気候変動対応の重要な戦略の1つを構成する場合に、GHG排出量(SCOPE1と2)の開示は紐づけられた「指標と目標」としては意味をなさない。GHG排出量(SCOPE1と2)はTCFD報告においても、マテリアリティ評価とは無関係に開示すべき指標と位置付けられており、重要な指標であることは間違いないが、SCOPE1と2は、それぞれ社内で利用されている化石燃料の燃焼等により発生する熱、購入され社内で利用している電力等のエネルギーによるGHG排出であり、製品が販売された後の使用過程で利用される熱・電気に紐づく排出量ではない。
「大幅にエネルギー効率を改善した機器の開発と販売」をGHG排出量削減と紐づけて説明するのであれば、「開発に成功した製品数」「当該製品の販売実績」等が戦略の結果を示す指標となり、当該製品が販売され利用されている段階でのGHG排出削減量が成果を測定するための指標となる。GHGプロトコルでは、販売した製品の使用に基づくGHG排出量をSCOPE3カテゴリー10の排出量と区分しているが、当該指標の開示及びその変動と「戦略」の関係性の説明が出来ていれば、リスク及び機会に対処するための取り組みである「戦略」とリスク及び機会に関する実績を長期的に評価し、管理し、及び監視するための「指標及び目標」という有機的な整合性をもった記述となる。
サステナビリティ情報は開示が目的ではなく、企業の価値創造ストーリー及び実現するための各種活動とその成果があってこそ、それを伝達する手段として開示の有用性が出てくるものである。制度対応のためにテンプレートを埋めるように、情報を入手し開示するといった対応だけでは、開示することそのものが企業価値を毀損するリスク要因ともなりかねないことを認識しなければならない。
参考文献
*1 “記述情報の開示に関する原則(別添)” 金融庁、 2022
*2 “日本の企業報告に関する調査2022”(P.11 図1 - 2 マテリアルだと判断された事象)KPMGジャパン、 2023
*3 “日本の企業報告に関する調査2022”(P.35 図3 - 1 TCFD 提言に沿った開示の状況)KPMGジャパン、 2023
*4 世界環境経済人協議会(WBCSD)と世界資源研究所(WRI)により共同設立され、GHG 排出量の算定と報告に関する基準、ガイダンスを発行している団体であり、基準・ガイドラインを示す呼称としても用いられ、唯一の世界共通の基準として広く利用されている
*5 International Sustainability Standards Board ホームページ
*6 Taskforce on Natural-related Financial Disclosures ホームページ
執筆者
KPMGサステナブルバリューサービス・ジャパン
統轄パートナー 足立 純一