一点突破型では成功しない海外展開

人口減少によりさまざまな分野で国内市場が縮小しているなか、日本企業にとって、海外展開の必要性は一層増しています。本稿では、日本企業に対する政府等による海外展開の支援策や、過去の支援対象事業の分析を通じて見えてきた、成功する事業・失敗する事業の傾向について解説します。

本稿では、日本企業に対する海外展開の支援策や、過去の支援対象事業の分析を通じて見えてきた、成功する事業・失敗する事業の傾向について解説します。

はじめに

人口減少によりさまざまな分野で国内市場が縮小しているなか、日本企業にとって、海外展開の必要性は一層増している。本稿では、日本企業に対する海外展開の支援策や、そうした支援策の分析を通じて見えてきた、成功する事業・失敗する事業の傾向について述べる。

日本政府による海外展開支援策の展開

日本政府にとって企業の海外展開支援は重要な政策課題となっており、例えば、2009年に新成長戦略の基本方針にアジア経済戦略という項目が立てられ、日本企業の海外展開が1つの重要な課題として位置付けられた。また、2013 年の日本再興戦略においても、3つの柱の1つに国際展開戦略が位置付けられた。こうした国の方針を受けて、さまざまな省庁・機関が海外展開支援策を展開してきている。

例えば、経済産業省では、質の高いインフラの海外展開に向けた事業実施可能性調査事業を通じて、企業がインフラ海外展開に関する実現可能性調査(FS)を行う際の資金的支援を実施している(委託および補助金事業)。また、ジェトロを通じてマッチングや助言などの支援を行っている。総務省では、2015年度からICT国際競争力強化パッケージ支援事業を推進し、ICT関連事業に関する実現可能性調査を支援している。国土交通省は、「建設分野における国際協力、連携の推進」の事業のなかで、FS事業の支援などを行っている。環境省では、2011年度より、「日系静脈産業メジャーの育成・海外展開促進事業」を実施し、わが国の静脈産業による海外展開を支援している。また、独立行政法人国際協力機構(JICA)でも、2010年度から中小企業・SDGsビジネス支援事業を開始し、途上国の持続可能な発展に資する事業の海外展開を支援している。

その他の機関もさまざまな支援策を提供している。近畿経済産業局が取りまとめた「近畿地域の中小企業のための海外展開支援施策ガイド2022」では、149件の海外展開支援施策が紹介されている。施策の内容も、

(1)海外の経済や貿易に関する情報収集支援
(2)海外展開に関する相談・アドバイス
(3)海外のマッチングイベント
(4)国内のマッチングイベント
(5)海外取引に関するセミナー・研修
(6)海外展開に向けた資金を調達支援
(7)補助金・助成金等
(8)海外でのサポート

…など多岐にわたっている。日本政府が、日本企業の海外展開を手厚く支援していることが窺える。

こうした支援策は、着実に成果を上げている。経協インフラ戦略会議の「インフラシステム海外展開戦略2025(令和4年6月追補版)」によると、日本のインフラシステムの受注実績は、2010年の10兆円を基準として2020年に約30兆円の受注を獲得するとの目標(KPI)に対し、最新は2018年に約25兆円となっている。

海外展開事業の成功要因

あずさ監査法人も、さまざまな官公庁による日本企業の海外展開支援業務に関わってきた。これらの業務では、過去に実施された支援策の分析業務なども実施しており、それら業務を通じて、どのような事業が海外展開に成功しやすいのかといった知見が得られるようになってきた。

1つの大きな知見は、成功している事業は、PESTや3C、4P、VRIOといったさまざまな視点のいずれからも評価できる案件であることが多い点である(各ツールの内容を下表に示す)。なぜ、こういった結果になるのであろうか。

PEST分析 マクロ環境分析をおこなうマーケティングフレームワーク。Politics(政治)、Economy(経済)、Society(社会)、Technology(技術)の頭文字を取ったもの。
3C分析 マーケティング環境の分析ツール。3つのCは、Customer(市場・顧客)、Company(自社)、Competitor(競合)を指す。
4P分析 Product(製品)、Price(価格)、Promotion(プロモーション)、Place(流通)の頭文字をとったもので、マーケティングを構成する4つの要素のこと。
VRIO分析 自社の経営資源を評価できるフレームワーク。Value(経済的な価値)、Rareness(希少性)、Imitability(模倣可能性)、Organization(組織)を指す。


例えば、4PのPromotion(プロモーション)が上手くいかないと、消費者に製品を知ってもらえず、事業は成り立たない。また、VRIOのImitability(模倣可能性)が高いと、事業開始後は事業がうまく進むかもしれないが、競合企業などに模倣されてビジネスが失敗する。どの視点から評価しても、一定の水準を満たしていない限り(≒一定水準の「網羅性」を満たしていない限り)は、事業が成功しないからではないかと考えられる。

次に、サプライチェーンの視点から「網羅性」について考察してみる。例えば、製造業のサプライチェーンはおおむね以下のようになる。

図1 製造業のビジネスモデル例

一点突破型では成功しない海外展開-1

サービス業は、業態によって多様であるため、1つの図で示すのが難しい。オンライン教育事業を例として示すと、以下の通りである。

図2 サービス業(オンライン教育事業)のビジネスモデル例

一点突破型では成功しない海外展開-2

どのようなビジネスモデルであれ、製品・サービスの提供プロセスのなかで、どこか1つでも「×」が付くと、事業が成り立たなくなる(特に、海外進出においては、ビジネスプロセスの網羅性が重要な成功要因となる)。

しかし、多くの海外展開の実証事業の案件において、企業の案件担当者はこうした基礎的な点を意外に忘れてしまう傾向がある。その原因になっているのが、国内における成功体験である。我々が分析を行った際も、「国内でうまく行っているビジネスモデルであるから、海外でもうまく行くはず」という先入観にとらわれ、企業の案件担当者がビジネスモデルを批判的・客観的に分析することができなくなっている事例を多数見かけた。特に、企業の案件担当者が自社の製品・サービスの質に自信を持っていて、かつ、国内の顧客から高い評価を得ている場合に、そうした傾向が見られる。自社の製品・サービスの質に自信があるというのは海外展開を考えるきっかけとしては良いと思われるが、海外展開を具体的に検討する際にはそのことを一度忘れて、批判的・客観的な視点でビジネスモデルを検討する必要がある。

執筆者

あずさ監査法人
コンサルティング事業部
ディレクター 奥村 重史

お問合せ