ESG視点での地方創生×新事業 ~十勝地方における持続的な地方創生の取組み~
企業ではESGを意識した経営が求められ、地方創生やスマートシティといった社会性の高いテーマが盛り上がりを見せるものの、社会性と収益性を両立させた持続可能な取組みとすることが大きな課題です。本稿は、北海道・十勝帯広地区での取組みを事例に、地域資源の活用を通し持続性を高める地方創生の在り方を考察します。
企業活動ではESGを意識した経営が求められ、地方創生やスマートシティといったテーマが盛り上がりを見せるものの、収益性と社会性を両立させた持続可能な取組みに大きな課題を抱えています。
現代の企業活動において社会的責任を果たすことはもはや一般的な要求事項となっており、経営者たちはESG(環境:Environment、社会:Social、ガバナンス:Governance)を念頭に経営を行うことを求められています。地方創生やスマートシティといったキーワードが何度目かの盛り上がりを見せ、多くの企業が社会実験的に都市や社会のアップデートに取り組み始めたのも、ESGの影響の現れといえるでしょう。また、新型コロナウイルス感染症(以下、「COVID-19」という)のパンデミック以降は、企業活動においてテレワークが一般化し、大都市一極集中から地方への移住の流れが加速しつつあります。
日本各地で社会課題解決に向き合う多くの取組みが行われてきましたが、残念ながら十分な収益性を確保するには至らず、実証実験のみで終わってしまうケースも少なくありません。今後は、収益性と社会性を両立させ、持続可能な取組みとすることが大きな課題といえます。
本稿では課題解決事例として北海道・十勝帯広地区の取組みを取り上げ、地域資源の活用を通じて持続性を高めている地方創生の在り方を考察します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りします。
POINT 1
リソースの稼働率を徹底的に高める新たな投資を行う前に、既存リソースの棚卸を行い、可能な限り活用することが重要。地方創生の取組みでは、地域内外のリソースを組み合わせることも柔軟に考える必要がある。
POINT 2
地域との関わりを通じた新事業創発地域創生に取り組む大都市圏の企業は、積極的に地域の人や資源と接点を持つことで、新事業の創発につながる刺激を得ることができる。地方側はイノベーティブ人材を効率的に呼び込み、つなげていく仕組みを構築することで、大都市圏から訪れたヒトや企業を地方創生につなげられる可能性が高まる。
POINT 3
活用可能な資源の発掘本来不要なものや負の資源であっても、活用次第では有益な資源へと変わる可能性がある。地域から産出されるものは、正負や物質的なものであるか否かに捉われず、活用次第で利益を生み出す資源と捉えることが重要である。
I.ESG意識の高まり
ESGへの関心が世界的に高まると同時に、新規ビジネス創出の必要性から、社会性を意識した地方創生などをテーマにしたビジネスに取り組む事業者が増えています。その一方で、十分な収益を確保するには至っていないケースも散見されます。そのような中、KPMGジャパンまたは、KPMGモビリティ研究所が帯広市で取り組んでいる持続可能なビジネス創出事例と十勝・帯広地方の地方創生の事例を紹介します。
II.既存資産利活用による課題解決の成功事例
1.地方公共交通機関の現状
COVID-19 のパンデミック以降、移動需要の激減により、地方公共交通の維持が困難な状況に陥っています。地域の高齢化が進み、免許返納等で生じる移動難民の救済も考えねばならない中、受け皿としての公共性が極めて高いバス事業者は難しい舵取りを求められています。
十勝・帯広地方のバス事業者である十勝バス株式会社(以下、「十勝バス」という)もその1つです。同社は、かつて経営不振で倒産の危機にありましたが、現経営者である野村文吾社長が事業継承し、地道かつ斬新な取組みを重ねた結果、8期連続で増収増益を達成しました。そのような十勝バスもコロナ禍の影響は避けられず、売上はコロナ禍前と比べて半減しました。失った運賃収入を補うための対策が喫緊の課題となったのです。
2.課題解決の在り方
コロナ禍以前より、十勝バスは「大空ミクロ戦略」と称し、路線のターミナル地点である郊外の団地に経営資源を集中させ、地域活性化による移動需要の創出に取り組んできました。従業員が団地内の住民を個別に訪ねてニーズを聞く戸別訪問活動、住民の集いの場を作るための飲食事業、介護や学童事業など、地域社会との関わりを重視した取組みを行っていたのです。これらはESGのSocialに該当する取組みですから、時代を先取りした経営を行っていたといえるでしょう。そんな十勝バスが選択した課題解決策は、やはり地域社会に根差したものでした。
モビリティの世界では、自動運転やAIオンデマンドなどの先端技術を活用した課題解決に取り組む事例が多く見られます。一方で、持続可能な事業に結びつく事例はほとんど見られず、公的補助や事業者の持出しにより維持させるなど収益化の見通しがついていないのが現状です。そのような状況下で目下の課題を解決するために十勝バスが選択したのは、既存リソースを活用してイノベーションを起こすことでした。先端技術に頼るのではなく、アナログあってのデジタルという方針を掲げたというわけです。バス事業者として目に見える主なリソースは、車両と運転手を含む従業員です。十勝バスはそれらに加え、地域からの信頼と戸別訪問等を通じて収集した住民課題やニーズも、リソースのように捉えました。また、十勝バスには外部の企業とのつながりを重視し、多様な意見を柔軟に受け止める社風が備わっています。それは、課題を自社だけで解決するのではなく、地域課題と捉え、多様な企業を巻き込んで解決しようとする姿勢からくるものと考えられます。ダイバーシティ(多様性)が重視される現代において、外部リソースを有効活用している点も、時代に即した課題解決の在り方といえるのではないでしょうか。
3.既存資産の活用と多様なリソースの組合せによるイノベーション
自社リソース×外部リソース×地域リソースを掛け合わせた結果として誕生したのが「マルシェバス」です(図表1参照)。コロナ禍では“空気を運ぶ”状態だった路線バスの車両後方部分を、移動販売も可能な路線バスに改造したのです。移動販売の店舗側の機能を担うのは、古くから道東地域の老舗であり、同じくコロナ禍で苦境にあえぐ地元百貨店の藤丸です。近隣に商店が存在せず、高齢化率も42%を超える同地域において好評を博し、2021年12月から2022年2月までの運行の売上は損益分岐点を大きく上回り、公共交通事業者の新たな収益源となり得ることを実証しました。なお、「マルシェバス」は、経済産業省の「令和3年度 無人自動運転等の先進MaaS実装加速化推進事業(地域新MaaS創出推進事業)」に採択されています。
マルシェバスは十勝バスとKPMGモビリティ研究所のディスカッションの中から生まれたものですが、十勝バスが地域住民の課題を十分に収集できていたこと、「高齢者を中心とした買い物難民の救済」という公共交通事業者の事業範囲外の課題であっても解決しようとしたこと、そして外部事業者の意見に耳を傾け、自社ができることに真摯に取り組んだ結果生まれたイノベーションであるといえます。
図表1 マルシェバス
III.地域に人を惹きつけ、イノベーションを起こす仕掛けづくり
1.COVID-19によりもたらされた新しい働き方と課題
ソーシャルな取組みからイノベーションを創発する取組み事例として、KPMGが十勝・帯広地域で推進するリゾベーションという取組みを紹介します。
前述の地方公共交通機関の事例のように、COVID-19 は企業活動に重大な被害を与えた一方、人流抑制のために急速に普及したテレワークは、ワーク(仕事)とバケーション(休暇・余暇)を両立するワーケーションという働き方に光を当てました。テレワークにより働く場所に縛られなくなった首都圏企業の就業者が都市を離れ、より良い環境で休暇を楽しみながら働く新たな労働スタイルは、地方に人を呼び込む新たなきっかけになり得ると脚光を浴びたのです。
2.ワーケーション普及の課題
ワーケーションには2 つの在り方があります。1つは有給取得率や生産性向上等を狙う企業の施策としてのワーケーション。もう1つは、場所に縛られず、より良い環境の中で働きたいと従業員が自ら実践するワーケーションです。いずれも新しい働き方として素晴らしいものですが、バケーションのイメージが前面に押し出されたこともあり、現状では企業を十分に巻き込むことができず、本格的なブームにはなっているとはいえません。昨今では、生産性向上など、ビジネス面のメリットを打ち出す「ビジネスワーケーション」なる言葉も生まれていますが、その背景には、休暇としての印象が強いことにより企業活動として認知されにくく、推進力が生まれなかったことがあると推察されます。
企業活動として認知されるためには、その取組みを通じて何らかの対価を得ることが必須となりますが、KPMGではその対価を新たなる事業やアイディアを創発すること、すなわちイノベーションであると定義し、リゾート(RESORT)×ワーケーション(WORKATION)×イノベーション(INNOVATION)を掛け合わせた造語であるリゾベーション(RESWORVATION)というコンセプトを提唱しました(図表2参照)。
図表2 リゾベーション(RESWORVATION) 概略図
3.イノベーション創発を促すリゾベーションという働き方
2020年5月、KPMGは帯広市内でホテル事業を営む十勝シティデザイン株式会社(以下、「十勝シティデザイン」という)とともに、リゾベーションを推進する「十勝・帯広リゾベーション協議会」を立ち上げました。リゾートに訪れた人や企業と、訪問先の地域社会とが相互に接点を持ち、地域資源や地域課題を中心に据えたコミュニケーションを行うことで新たな発想や事業の創発につなげることが目的です。また、創発を促すような仕掛けづくりも協議会として行っていきます。このコンセプトは多くの人や企業に賛同いただき、国の地方創生・関係人口創出・拡大事業にも採択されています。
KPMGジャパンまたは、KPMGモビリティ研究所が十勝・帯広の人々と関わり始めたとき、十勝の人々自身が地域の魅力に気づけないでいる、という話をよく耳にしました。そのため十勝から東京や札幌などの大都市へと人材流出が続いているのですが、十勝シティデザインを立ち上げた柏尾氏と坂口氏のように、地元を離れて初めて故郷が素晴らしい資源を有していたと気づき、十勝に戻ってきてイノベーティブな事業を始める人々が一定数います。大都市から訪れた人が広大な土地や自然資源などに触れ、日常とかけ離れた体験をすることで得た刺激は、新たな気づきやアイディアを得ることにつながります。我々は、自身がこれまで培ってきた知識や経験と、新たな気づきやアイディアが掛け合わさった時にイノベーションが起こると考えており、リゾベーション協議会はそれを促す取組みとして体験ツアーの企画や人材マッチング等を行っています。
2021年に複数回開催したリゾベーション体験ツアーや交流イベントには多くの人が集まり、そこで得た刺激やコネクションからいくつかのプロジェクトが始まっています。前述のマルシェバスも、首都圏企業である弊社の社員が地方に出向き、その地域課題や人と向き合うことから生まれたイノベーションであり、リゾベーションのコンセプトを体現したものです。これはソーシャルな取組みの1つの在り方といえるのではないでしょうか。
IV.「コミュニケーションホテル」を中心としたイノベーションハブ構築
1.革新的な人や地域をつなぐ新しいホテル
リゾベーション協議会の共同発起人である十勝シティデザインは帯広市内でHOTEL NUPKAというホテルを営んでいます。同ホテルはコロナ禍において地域社会と地域外の人々をつなげる取組みを行っているホテルとして知られていますが、大きく2つの特徴があります。
1つめは、宿泊客のプライバシーを重んじるという従来のホテルの常識を覆し、宿泊客を積極的に他の宿泊客や地域住民に紹介して交流を促している点です。米国オレゴン州ポートランドにあるエースホテルのコンセプトに倣い、コミュニティスペースとして機能するホテルロビーでは頻繁に地域内外の人々を集めた交流イベントが開催され、新しい取組みが生まれるきっかけを生み出しています。
常識を覆した取組みの背景には、訪問客が誰とも会話をせずに旅を終えるのではなく、地域に知り合いを生み出すことで継続的な接点を創出し、帯広に再訪してもらうことで地域に賑わいを取り戻したいという、創業者である柏尾氏の願いがあります。帯広生まれの柏尾氏は東京で弁護士を営んでいましたが、人口減少が進む地元のまちなか再活性化に取組みたいと一念発起し、弁護士業の傍ら、同じく帯広出身の坂口氏と十勝シティデザインを立ち上げました。
再活性化の取組みとして興味深いのが、2 つめの特徴である街全体をホテルとして機能させる取組みです。図表3に示すように、ホテルの施設・設備を同一建物内に収容するのではなく、宿泊客が使えるコワーキングスペースを徒歩1分ほど離れたビルに設けたり、あえてレストランや大浴場を作らずにホテル外の施設の利用を推奨したりするなど、宿泊客が積極的に街を回遊するようにしています。回遊させることで、まちなか活性化に取り組んでいるというわけです。2021年には、生命保険会社のオフィスビルの一角を借り受け、HOTEL NUPKA Hanareという別館をオープンさせました。ホテルと生命保険会社のオフィスの融合という点においてもすでにイノベーティブですが、それだけではありません。通常のホテルならばロビーやフロントがあるべき場所に、誰でも利用可能なコワーキング施設を設けているのです。地域に訪れた宿泊客だけでなく、帯広を訪れたすべての訪問客をも巻き込んで、地域の再活性化に取り組んでいます。
図表3 街全体をホテルとして機能させる取組み
2.地域の伝統を残そうと生まれたイノベーション「馬車BAR」
コミュニケーションホテルで生まれた出会いからは、いくつかのイノベーティブな事業がすでに立ち上がっています。その代表例が、ばん馬が牽く馬車の中でバーを営業しながら街中を周遊する「馬車BAR」です。十勝・帯広は馬文化が発達していることで有名です。開拓来、馬は農耕馬として人々を支え、現在ではばんえい競馬に用いられているばん馬や、一般にイメージされる馬よりも小型の固有種であるどさんこなど、十勝・帯広では身近な存在として馬が存在しています。
しかし、近年では文化継承者の高齢化等により、その馬文化の存続が危ぶまれる状況にありました。そんな状況を何とかできないかと生み出されたのが馬車BARです。考案したのはHOTEL NUPKAで開かれた交流会に訪れていた移住者で、事業提案を受けた柏尾氏が取組みを支援する形で実現させました。現在では十勝シティデザインの象徴的事業の1つである馬文化事業として、帯広のまちなかに彩りを加え、発展を続けています。
十勝シティデザインの事例は、自社だけで地方創生に取り組まず、地域のポータルであるホテルの強味を生かし、訪問客と地域全体を自然な形で巻き込みながら取り組んでいる、大変優れた事例といえるでしょう。
V.無価値を価値に変え、得られる利益を最大化する
1.農業・酪農王国である十勝
十勝・帯広はいわずと知れた農業・酪農大国であり、食料自給率は1,300%と驚異的な数字を誇ります。中核的な都市である帯広市を少し離れると、広大な農地が広がり、多くの家畜が飼育されています。牛に関していえば、北海道の他地域と同様に、人口よりも牛の飼育頭数が多い地域も珍しくありません。帯広市から車で1時間ほどの距離にある鹿追町も、2015年のデータでは人口の6倍程度にあたる3万頭余りの牛が飼育されています。
2.地域課題の“元凶”である家畜の糞尿を原料としたバイオガスプラント
牛は経済的な恵みをもたらしてくれる一方で、環境問題の一因にもなっています。メタンガスによる地球温暖化の原因の1つといわれるゲップ、1頭あたり70Kg排泄されるという糞尿の処理やにおいなどが地域の大きな問題となっているのです。そこで、鹿追町役場は2007年、中鹿追に家畜の排せつ物や家庭から出る生ごみを燃料として利用するバイオガスプラントを建設しました。糞尿や生ごみを発酵させる際に発生するメタンガスを利用して発電するバイオガスプラントは、1日あたり成牛換算で1,300頭分となる約95トンの糞尿等を処理することができ、一般家庭600戸分の電気量に相当する約6,000kWhを発電します。副産物も、液肥や水素の生成に加え、発電時の熱をチョウザメやマンゴーの生育に利用するなど有効活用しており、地域課題だった糞尿処理やにおい問題の解消を達成したうえで副次的な経済メリットを生み出すことに成功しています(図表4参照)。2016年には、町内2ヵ所目のバイオガスプラントである「瓜幕バイオガスプラント」を稼働させ、中鹿追の2倍以上となる210トン、成牛換算で3,000頭分の糞尿を処理することができるようになりました。結果として、2施設合計で20,000kWh/日の電気を創り出しています。
本事例は、負の地域資源を活用して地域課題を解決するだけではなく、経済的利益を生み出すことに成功した事例ですが、物質的なもの以外にも、景観や気候を含め、捉え方によっては資源として活用できるものを見出し活用していくことがESG的な視点で重要であることを教えてくれます。
なお、鹿追町の事例では余剰電力を売電していますが、たとえば暗号資産のマイニングに余剰電力を使用することで売電以上の収益を得たり、グリーン電力をESG経営に取り組む企業に提供することで企業誘致を促したりなど、さらなる工夫をすることで地域活性化に資するイノベーション創発につなげることができると考えます。
図表4 バイオガスプラントの仕組み概略図
VI.終わりに
十勝・帯広の事例からは、地域課題解決のため、地域の人や資源を活用してイノベーションを創発することが、地方創生の取組みの持続性を高めるカギとなっていることがわかります。そのためには人的リソースやネガティブなリソースも含め地域資源の棚卸を行い、それらを用いてどのような地域課題を解決していくかを検討していく必要があると考えます。
世界に類を見ないスピードで進む少子高齢化・人口減少と向き合うわが国は課題先進国といわれていますが、そんな中でも北海道は課題先進地域といえます。一方、その広大な土地と豊かな資源は、モビリティのみならず、食・エネルギーを始めとした課題解決の大きなポテンシャルを持っています。十勝・帯広における一連の取組みが、北海道、ひいてはわが国の社会課題解決の礎になるものと考えます。
執筆者
KPMGモビリティ研究所
プリンシパル 倉田 剛
マネジャー 髙橋 智也