多くの人が関心を寄せる「SDGs(持続可能な開発目標)」。その中でも、食品ロス(フードロス)への取り組みは広範囲に関わるものとして、注目されています。もちろん、コロナ禍によって食品ロス解決がより喫緊の課題として捉えられるようになったことは周知の通りです。一方、「働き方」や「多様性の尊重」もまた、SDGsの重要なテーマであることは言うまでもありません。
そうした持続可能な社会へと変化していく上で、デジタルやテクノロジーはどう役に立てるのか? そして、どうポストコロナ時代を切り拓いていくことになるのか? こうしたテーマについて、株式会社ロスゼロ 代表取締役 文 美月氏とKPMG Ignition Tokyo 茶谷公之が議論を深めた対談の様子をお伝えします。
日本の食品ロス事情を変える! ロスゼロの取り組み
茶谷: 期限切れまで時間が残っていたり、少しのことで規格外とされたりして廃棄されようとする食品を買い取り、販売する株式会社ロスゼロ。ある会でロスゼロの代表である文美月さんと知り合い、「これはただのディスカウント販売ではなく、テクノロジーも活用したおもしろい取り組みになる」と、興味を持つようになりました。
先日、兵庫県神戸市のふるさと納税の返礼品としてロスゼロの「Re:Youチョコ」というのが出ていたので取り寄せてみたところ、とてもおいしかったので、詳しく話を聞いてみたいと思い、今回の対談をセットさせてもらいました。
文: ありがとうございます。「Re:Youチョコ」は高級チョコレートになるはずだった製菓材料を買い取って、ロスゼロオリジナルで作ったものです。
日本は世界有数のチョコレート市場の規模を誇るのですが、メーカーは常に新しい製菓材料を仕入れようとするため、賞味期限が半年以上残っていても、もう見向きもされずに廃棄されてしまう材料が往々にしてあります。そこに命を吹き込み、作り替えることで新しい価値を加えるやり方を「アップサイクル」と言うのですが、「Re:Youチョコ」はまさにそうした商品です。
最近、多くの方が食品ロスの問題をはじめとするSDGsやエシカル消費に興味をお持ちです。しかし、どちらかというと、輸出国の貧困や労働問題などに目が向きがちなように感じます。
けれど、私たちの足元、つまり日本国内でも解決すべき問題が起きているのは事実です。そこで、ロスゼロでは、国内で余剰となった材料で「Re:Youチョコ」を製造・販売することでこの問題を解決していきたいと考えました。ふるさと納税の返礼品のほか、いわゆるD2C(Direct to Consumer)の形でも販売をしています。
2022年1月のRe:You新商品は、気仙沼市のいちご農家で発生した規格外イチゴを活かして作った「気仙沼みなといちご」です。被災地支援と食品ロス削減を目指して作りました。おかげさまでto Cだけでなく、法人から数百本単位で受注を受けるなど大好評をいただいています。
サステナブルな事業を始めるきっかけはヘアアクセサリー
茶谷: 「Re:Youチョコ」のほかにも、ロスゼロでは様々な食品を販売し、食品ロスの削減に挑戦されていますね。そういった社会課題の解決に向けて、文さん自身が関心を持ち、ビジネスにしていこうとされたきっかけはどういったものだったのでしょうか?
文: ロスゼロのビジネスを始める前、私はリトルムーンという名前のネットショップを立ち上げ、ヘアアクセサリーの製造・販売をしていました。
日本でヘアアクセサリーと言えば、プチプライスで気軽に楽しめるファッションアイテムから高価なものまで幅広くありますが、「髪を切ったので不要になった」とか「趣味に合わなくなった」と捨てられることも少なくないアイテムでもあります。
しかし、東南アジアなどの海外に目を向けると、少し様子が変わってきます。
元々、以前からラオスの女の子に奨学金を出していたご縁で、ラオスやカンボジアを巡る旅に出ることになったのですが、その時、日本で使われなくなったヘアアクセサリーをスーツケースいっぱいに詰めて持って行ったのです。現地にはおしゃれを楽しめない人達がたくさんいると聞いていたので、アクセサリーをプレゼントしようと思ったのです。
受け取ると子ども達はとても喜んでくれて、「おしゃれで気分を高めて、日々の潤いにする」ということは可能なのだな、と感じました。ただ、翌日には親御さんがそのヘアアクセサリーを子どもから取り上げて街で売ってしまう、ということになってしまい…。その様子を見て、「行った国の所得水準を知らずにいるのは罪なことだ」と率直に反省しました。
とは言え、ヘアアクセサリーは女性のテンションを上げるのにとても役立つことは分かったので、何かできることはないか? と考えました。ただ、同じように寄贈して「リトルムーンはこんないいことをしました」と見せかけるのはいいやり方ではないだろうし、何より持続可能なことだとは思えませんでした。
では、どういった支援の方法があるのだろうか? と物凄く考え、リトルムーンでヘアアクセサリーを購入してくれる人達に呼びかけて不要なヘアアクセサリーを回収し、それを現地に持って行って、商業訓練を受けているNGOの若者と一緒に販売会をし、その代金で奨学金や職業訓練校に回すという支援の仕組みを作るようにしました。
これなら男女も年齢も関係なく支援することができるはず、というわけです。
そうした取り組みを通して、「ヘアアクセサリーのようなマイナーなものでもサステナブルな仕組みを作り、貧困や教育を受けられない子どもを少しでも支えることができる。それなら、もっと大きな社会問題に向き合うこともできるのではないか。日本で一番『もったいないもの』はなんだろう」と考え、食品ロスという日本の大きな課題を自分が得意なeコマースを使って解決してみよう、と挑戦することにしました。
茶谷: 持続可能な仕組みを作らなければ、いいことだったとしても続けることは難しいですからね。
文: そうですよね。ヘアアクセサリーを基点にした発展途上国への支援に取り組み始めたのは2010年あたりだったのですが、当時すでに日本国内でも先進企業がCSR活動を活発化させていました。
色々と見ていくと、「自分達の商品やサービスで顧客満足を得るのがまず一番の社会貢献で、何か目を引くようなパフォーマンスをするのではなく、本業で利益を出して従業員を幸せにし、雇用を生んだり納税したりといった基本をしっかりすることから始める必要がある」と表明しているものがほとんどでした。根幹をしっかり築くことが重要だ、というわけです。
そうした考え方を踏まえて振り返ると、リトルムーンでの取り組みは「eコマースでヘアアクセサリーを販売するという本業があって、その利益を発展途上国に一部還元する」というCSRの要素が強いものでしたが、今やっていることは「売り上げがすなわち社会課題の解決に結びつく」という形になっていて、両者には違いがあると考えています。
多様さが企業経営にもたらすこと
茶谷: 文さんもラオスやカンボジアといった東南アジアとの繋がりがあるとのことですが、実はKPMG Ignition Tokyoも、そうしたエリアと強い結びつきがあります。それというのも、カンボジアやミャンマー、タイやインドネシアといった東南アジアの出身のスタッフが多数在籍しているからです。
面白いのは、多くの場合、同じ出身国の人が集まるミーティングでは母国語で話すようになるのですが、インド出身のメンバー達だけは母国語が出身エリアによってかなり違ってくるので英語が用いられるようです。
文: それは凄く興味深い光景ですし、多様性の塊のような会社なのですね。
茶谷: そうですね。国籍だけでなく、プロフェッショナルの方向性や経歴などのバックグラウンドも非常に多様です。グローバルIT産業出身者もいれば、コンサルティングファームにいた人もいるし、アカデミックの世界に身を置いていた人もいます。この点は、KPMGの監査や会計の人達とも違った多様さだと思います。
先日、ある会議に参加したのですが、スマートシティを研究されている方の発表によると、「多様性の少ない街はイノベーションも起きづらい」とのことでした。確かにその通りで、多様性が保たれていなければ、「多数派とそれ以外」という構図になってしまうものです。「それ以外」になってしまった人は多数派に合わせるしかなくなり、不便を受け入れざるをえなくなってしまいます。
その好例は、「左利きの人の社会生活」でしょう。私も左利きなのですが、自動改札でICカードを所定の位置にかざす時、どうしても体のバランスを崩したり、スムーズにいかない時があります。ほとんど無意識の動作で「あれ?」と思うというわけです。
文: そうしたことからの気付きがイノベーションに繋がる、というのはたくさんありそうですね。
茶谷: そう思います。多様性があるということで、スタンダードなやり方や物の考え方でできた物事にしっくりこない人達がたくさんいるのだと気付きます。経営においても、バックグラウンドが多様であることで、「そういう意見があるのか!」ということがたくさん挙がってきます。
文: 私の場合、私自身の中にすでに多様性が詰まっていると感じています。今でこそ働く女性は多くなりましたが、男性に比べるとやはりまだ少数派と言える場面はあります。さらに、経営者自体は男性の中でもマイノリティですが、女性の経営者となると圧倒的なマイノリティです。また、その中でも結婚して子どもを産み育てながら経営をしているというのはかなり希少な存在でしょう。それに加え、私の国籍は日本ですが、韓国にルーツがあるので、日本国内ではやはり少数派だと言えます。
多数派と対極に位置するところにいると、気付くことは多いし、これまでスポットが当たらなかった物事に目が向きやすい素地があると思っています。
茶谷: そうしたことがあってでしょうか、TV番組に呼ばれることも多いそうですね。
文: お昼から夕方にかけての情報番組に呼ばれることがあるのですが、番組作りを担当している方からは、「視聴者は女性だけど、出演者には男性が多い。そのため、子育てのことや女性の体に関することなどを扱う時、気付かない点も多くなりがちだ。文さんなら視聴者が気になるところに気付きやすいだろうと思うので、そうしたところで意見を言ってほしい」といったオファーをいただくことが多くあります。
男性だけでは気付けないことを取り上げる機会を作るためにも、私のような存在が対極のところから発言することに意味があるのでしょう。ほかにも、経営者としての視点で意見を求められることがあります。
多様であるから気付けたことがビジネスチャンスになることも
茶谷: 今までに見逃されていたことに目が向きやすいからなのでしょうか、ロスゼロでは最近、ちょっとおもしろい取り組みをされていると聞きました。BtoBのプラットフォーム展開や、何がいつ届くか分からないサブスクリプションモデルのお取り寄せ、というものだそうですね。これらのサービスについて、話を聞かせてください。
文: 食品ロスをポジティブに楽しめる「不定期便」のことですね。
以前から、商品に付加価値をしっかりつけて「1円安くするのではなく、1円価値を付けて売る」という訓練をして売り上げを上げる努力をしてきたので、eコマースを展開すること自体は私の得意分野だと言えます。
その経験を生かしてロスゼロを展開していたのですが、周囲を見回すと徐々に食品アウトレットのeコマースサイトも出てくるようになり、「安さ」が前面に押し出されるように感じるまでになりました。
これに対し、「価格勝負で安くたくさん売れたらいい、という競争に巻き込まれたくない。価格で集まった人は、価格で逃げていってしまう」と考え、ムダを減らす社会貢献をするのだとしたらどういう人達と一緒に仕事をするべきか? という本質的なところを考え、「ロスを出していることを言いづらいプレミアム商品を扱っている人達と一緒にやっていこう」とお声がけするようになりました。
消費者にいつまでも安売りを続けてしまうと、作り手の方々に十分な支払いができません。すると、「値段もつかないなら、廃棄しよう」という悪循環に陥ります。ですので、消費者も「訳あり品は、安くて当たりまえ」という考えから少しずつ脱皮する必要があります。
「もったいないものに価値を見出して笑顔に変えたい」というフレーズで、食品ロスをポジティブに減らすことを目指し、どうしてロスになるのかという理由を伝えて、ブランドのことや取り組みの本意をお客様に理解していただいた上で買っていただけるようにコンテンツを作ったり、マーケティング活動にも力を入れるようにしたのです。
例えば、ロスゼロでは「セール」とか「安売り」と受け止められるような表現は使わず、「食べ切りましょう」というレッツ(Let's)の世界観を共有できるようにしています。売り手と買い手の関係を前提に「買ってください(Please)」と訴えるのではなく、作り手とその想いを届けるロスゼロと、それを受け取って食べるお客様、という3者が協力し合おう、というわけです。
そうしたコンテンツを出し、商品をお届けした時の同梱紙にQRコードを入れてコンテンツを読んでもらえるようにしたり、メルマガやソーシャルメディアで発信して、少しずつ認知を拡大するようにしています。
茶谷: 食品を生産する現場では解決し難い問題があることを知って、それを解消するためにアクションできるのだ、ということを消費者にも知ってもらうのは重要だと思います。一方で、消費者からすると、「そこはテクノロジーを使って企業としてどうにかできないの?」と思う向きもあるように感じます。
文: そうですね。とはいえ、現実として問題があり、持続可能な社会であるために誰かが何かをしないといけない現状があることをまず知るところから始まる、ということもあるでしょう。
また、多くのお客様は、「ちょっとおトクにおいしいものを食べたい」という気持ちは前提としてあると思います。社会課題解決を押し付けすぎるのではなく、「おいしいし、これまで買う機会はなかったかもしれないけど、食べるだけで社会貢献もできるので、いかがですか?」というふうに背中を押すことがあってもいいと思っています。
実際のところ、食品ロスに向き合うサービスのマーケットはまだひとり勝ちしているスタートアップもなく、サービスが乱立している状態だと言えます。
今は、「ちょっとおトクでおいしいものを食べられて、社会にもプラスの効果があるものを選ぶ」という文化を作るために、地道に取り組んでいくべき時期なのでしょう。その地道な努力を続けていけば、本当にマーケットが育った時、最も情報を持っていたり、世界観を持っている会社は強い存在になっているはずです。
そうしたところを見ていただいているのか、社名は出せないけれど多くの人が知るようなメーカーからコラボレーションのお話をいただくようになりました。
しかし、それでもやはり全てのロスをなくせるわけではないし、冒頭で紹介したチョコの原材料のようにBtoBでしか販売できないような食品に対応することは消費者がいくら頑張っても難しいものです。そこで、食品ロスになりそうな食材を大量に抱える業者さんとそれを使いたいという業者さんとを繋ぐプラットフォームを作ることにしました。
また、「不定期便」については、「ブランド名を明かしたくない。けれど、これを処分するのは忍びない」という企業の想いを受け取って、お客様に福袋のように楽しんでもらえるよう、詰めるものや発送する日をこちらでコントロールしつつ、急なロスに対応できるような仕組みを作っています。
サブスクに参加する人が増えれば、たくさんの仕入れや需要と供給のバランスが急な場合でも、今まで以上に食べてもらうことができるはず。ここにテクノロジーが入れば、例えば食品提供企業のみなさんの方で余剰が出るタイミングとこちらの必要な量をマッチングするなどして、スムーズにロスをゼロに近付ける動きができると想像しています。
サブスクの仕組みについては、兵庫県川西市と連携して「市内の5,000人の医療従事者のご家庭においしいものを届けて、心が休まる時間をもたらしつつ食品ロスも救える」という取り組みをしたことで、出荷までの倉庫の広さや安定して調達しなければならない量などについて、ある程度の知見も得られました。
あとは、食品をコントロールするテクノロジーを入れる課題の解決がこれからの取り組み、という感じです。
茶谷: これまでのeコマース型に加え、BtoB向けプラットフォームとサブスクリプションモデルが加わる、ということですね。やはりこれからのデジタル活用のトレンドはプラットフォームとサブスクなのだな、と思いました。
文: そうですね。eコマースをすれば常にキャッシュが入ってきて経営は安定していくのですが、それだけでは食品ロスに対応しきれないので、それなら福袋のようにして「まとめて売る」ことで、より大きな市場を形成できるのではないか、とちょうど力を入れ始めたところです。ソーシャルインパクトを出すためにも、削減量は増やしていきたいですね。
デジタル活用で事業リスクを低減させる
茶谷: 新たに始めるプラットフォームにしても、サブスクリプションモデルにしても、テクノロジーを活用して改善したい点があるとのことですが、その開発は自社内で対応する予定ですか?
文: 今、少しずつ採用もし始めていますが、まだ外部の協力会社にお願いしている部分もあります。本当に構想がうまくいき、ユーザーが1,000人から10,000人になったとすれば、それは大がかりなプログラム開発なしには成り立たないでしょう。
例えばサブスクの方であれば、アナログ判定ではなく、預かったデータなどに基づいて、「この人にはチョコを多めに」とか「この人はしょっぱい系のお菓子多めに」といったフィードバックができ、より満足感のあるサービスだと感じてもらいやすくなります。そうしたことができるよう、テクノロジーのプロと、それができるだけのお客様の支持を集めていきたいですね。
茶谷: データ活用の領域にも踏み出す、ということですね。
データということで言うと、コロナ禍ではいろんな学びがありました。食品業界でも、過去のデータを踏まえて見立てた需要予測がコロナ禍によって大外れし、食品ロスが起きる事態にもなったとのこと。文さんのビジネスにもかなり影響があったと思うのですが、流通してくる食品が変わった、ということはありませんでしたか?
文: 象徴的なのは、2020年の春節以降です。水際対策の結果、訪日外国人旅行客に人気の観光地に人が来ず、お土産物が大量に余りました。その後、お花見自粛に伴って桜スイーツなどが大量に余るという事態になっていました。すでに計画を立てて作っているので、どうしても製造を止めることができなかった、と。
そこで、「お家でお花見気分を楽しみましょう」といった打ち出し方をして、ポジティブにロスを出さない挑戦をしましょう、という提案をしました。その後も、初夏に獲れる農作物などが余ってしまい…生産者の方々は自分達で販路を持っているわけではないし、大量に小口注文が入ってもひとつ一つに対応することなんて現実的ではないので、私達もできる限りのお手伝いをするようにしました。
勉強になることが多くあったのですが、需要予測のズレがどれほどの影響を及ぼすのか、特に商業的に大きなイベントではたとえ1日でも「時期外れ」になるとどれだけ価値が下がるとされているのか、といったことを改めて思い知りました。
茶谷: 確かに様々なイベントが中止になり、食品が余って大変だ、ということで「応援消費」という言葉もよく聞くようになりましたね。
今回は新型コロナがきっかけでしたが、自然災害が起こった場合でも、どこかに影響は及ぶものです。そうした不測の事態に、デジタルやテクノロジーを活用してロスを出さないだけでなく、影響を小さくすることができたら、それは素晴らしいことですね。
文: そう思います。特に今回のコロナ禍で、ブランド力があるメーカーさんから、「百貨店のテナントとして出店し、事業展開をしていた。けれど、時短要請が出て軒並み販売ができなくなってしまい、余剰が出てしまった。一本足打法のようなビジネスではリスクがあるのだと痛感した」といった話を聞きました。
そうしたリスクに対し、もしeコマースという販路を持っていたら、きっと役に立ったでしょうし、リスク回避になり得ただろうと思います。
茶谷: ソーシャルメディアで「売れなくなって行き場を失った商品が大量に発生して困っている」という状況がシェアされ、多くのひとが、「余っているのなら買います!」という声を寄せていましたね。
コメント欄に購入希望の書き込みがあって、中には企業の“中の人”がそうした人にダイレクトメッセージを送り、届け先や希望個数、振り込み口座の情報などをやりとりしていた、と聞きました。かなりの人海戦術になってしまい、会社によっては人件費が上がりすぎてむしろ赤字になってしまう、というケースもあったとか。
文: そのようです。ああいった様子を見ていて、「もしウェブサイトがあって、そこにカート・決済機能を追加できたらどれだけスムーズにできるか!」と感じました。そして、すぐにそうした機能を用意できない企業でも、もしどこかにプラットフォームがあってそこを利用することができれば、「新鮮なうちにおいしく食べてもらいたい!」という気持ちをそのままに販売ができるし、その場をSNSで拡散すれば応援購入をたくさん募ることができて、作り手の方々も最小限の労力で問題を乗り越えることができるはずだと思いました。
茶谷: そうですね。それは、資源をムダにしないためのエクスチェンジマーケットになり得ますね。
多様な人材を生かすにはロールモデルが増える環境を
茶谷: 文さんは今でこそビジネスの仕組みを考え、軌道に乗せておられますが、それまでは「商売」に携わったことがなかったそうですね。
文: 全くその通りで、子どもが小さくて再就職できないから「家でできるスモールビジネスをしよう」と一念発起したのが起業のきっかけでした。当時は売り上げと粗利の関係や原価の関係も知らないような状態だったのです。
茶谷: ご経験を踏まえて、これからの働き方や生き方はどう変わっていくか、または変えていきたいと思っていらっしゃいますか?
文: 私は、ゼロから楽天市場の中でどうやって生き残っていくかを体験から学んでいき、紆余曲折を経てロスゼロを立ち上げ、2018年には東京都の「APT Women」というプログラムを通じて米国・シリコンバレーでピッチをする機会を得、それ以降も海外で講演をするまでになりました。
最初にリトルムーンという会社を立ち上げた時、周囲のママ友達には大いに心配されたものですが、「創業した9割が後に廃業する」といった一般論を知らず、自分自身と成功する未来だけを信じ、心の壁を勝手に作らないようにしてやってみたのですが、これは良かったのだと思います。
本当は目指すものがもっと先にあるのなら、細かいことを気にして利己的になるのではなく、利他的にものを見て進んでいくことが大切なはず。
特に女性起業家は「周囲の目」「家族の目」「社会が“当たり前”のように女性に望むこと」など、いろんな壁があるものなので、自分を奮い立たせて進んでいくようにしなければ、小さくまとまってしまい兼ねません。
シリコンバレーに行くと、「日本の女性はかしこまりすぎている。もっと殻を破った方がいい」と、現地の日本人の方にも言われます。とにかく自分をもっとアピールした方がいいし、小さくまとまらないでいい、と。
凄まじい競争が繰り広げられる一方、何度かチャレンジに失敗した人であっても、果敢に挑んだことはリスペクトされます。そういう文化があるシリコンバレーを見ると、失敗しても挑戦できることは大事だと感じます。
そうやって挑戦したロールモデルがたくさんでき、世の中の生き方、特に女性の生き方が多様になれば、社会が何かしら変わるように感じます。
「スモールビジネスは年商が少なく視座が低い」といった意見を聞くこともありますが、年商が億単位になることだけが全てではないはず。生き方や働き方をコントロールできるという意味では起業という選択は女性にとってフィットしやすいものだとも考えられるでしょう。
茶谷: 以前対談した東京大学の森川博之先生は、「大企業でも当然ながら変革が起こるだろうが、その時にキーパーソンになるのは女性だ」とおっしゃっています。今までは男性が主にやっていたことを、女性の目を通して見て考えてやってみる、というのはロールモデルの多様性に繋がりそうですね。(参考記事:東京大学大学院工学系研究科 森川博之教授 x KPMG Ignition Tokyo 茶谷公之 - DXが社会に馴染むまでどのような変遷をたどるのか)
文: 本当にそう思います。今でも、「いい大学に行って、一部上場企業に入ることが幸せへの近道だ」といった考え方をする世代はありますが、それが若くてみずみずしい夢や挑戦を妨げる「親ブロック」になっているように思うことも多々あります。
それだけではなく、今の若い人達を中心に、就職への不安や結婚相手が見つかるかという心配、もし自分も相手も収入が安定しない立場だったらどうするか? 子どもを生むとしても育てるだけのお金が得られるようにキャリアを続けられるか、といった多くの顕在化した課題があって、それを目の前にすると「諦めよう」とか「越えられない壁だ」と感じてしまうこともあるのだと思います。
私は、マイノリティの活躍ーーもっと踏み込んで言うと、「もったいない状態になってしまっている存在を生かす」ということを人生のミッションにしているのですが、それは結局のところ自分がマイノリティ側の人間で、「誰かに見つけて欲しかった」と感じていたことからきているのだと思います。
きっと、今でも様々な人がそれぞれの置かれている状況から周りを見て、「再就職が厳しいだろうな」とか、「もう社会復帰はできないはずだ」と感じているのだと思います。今までは食品についての「もったいない」に光を当ててきましたが、これからは「そのままくすぶっているのはもったいない!」という人に光当てて、適切なところで活躍できるようにしていきたいです。
対談者プロフィール
文 美月
株式会社ロスゼロ 代表取締役
同志社大学経済学部卒。結婚出産・専業主婦を経て、自宅起業。
ヘアアクセサリー480万点をEC販売し上位1%以下といわれる楽天市場Shop of the Yearを3度受賞する。2010年より、使わないヘアアクセを回収し、世界10か国に4万点を寄贈及び職業プログラム支援を行ってきた。
もったいないものを活かす経験から食品ロス問題に着目し、2018年『ロスゼロ』開始。行き先をなくした食品をECでシェアリングするほか、使わないまま廃棄される高級素材のチョコレートを「アップサイクル」した食品DtoCを行っている。大手企業や自治体との連携も積極的に進めている。
コロナ禍で1日1トン削減を達成し、2020年農林水産省後援「食品産業もったいない大賞」特別賞を受賞。
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