退職給付制度設計~環境変化に対応した年金・退職給付制度を目指して~
本稿では、高年齢者雇用に関する法令改正やジョブ型人事制度への関心の高まり等の環境変化に対応した退職給付制度設計のポイントを解説します。
本稿では、高年齢者雇用に関する法令改正やジョブ型人事制度への関心の高まり等の環境変化に対応した退職給付制度設計のポイントを解説します。
1.環境変化と制度見直しの必要性
わが国では長期雇用慣行の下、年功序列賃金や勤続期間に応じて金額が増加する退職給付制度がうまく機能してきました。退職給付制度については長期雇用制度の中核として多くの企業で採用されています。
伝統的に、退職給付制度は長期勤続者ほど支給額が大きくなるものが多く、従業員の長期勤続を促進するためのインセンティブ制度と考えられてきました。しかし、近年の雇用を取り巻く環境、会社の処遇に対する考え方や従業員の働く意識の変化に伴い、報酬制度の一つである退職給付制度の役割も変化してきています。新卒一括採用による人材育成だけではなく、社外からも優秀な人材を集めることが必要となった昨今、報酬制度全体としての魅力を高めることが必要となっています。
退職給付制度も報酬制度の一部ですので、長期雇用慣行の中で強みを発揮してきた機能の見直しに迫られています。企業のグローバル化に伴い必要な人材を世界基準で適切に処遇するための評価報酬制度、ITなど高度専門職に魅力的な報酬制度、働き方改革関連法を順守するためのカスタマイズ、定年延長を伴うシニア人材活用など、人事報酬制度をより魅力的な制度とするための検討や対応が必要となっています。
このような背景を踏まえ、本稿では、定年延長とジョブ型人事制度への対応としての退職給付制度設計のポイントを解説します。
なお、本稿は、2021年10月に配信した「退職給付制度設計セミナー~環境変化に対応した年金・退職金制度を目指して~」を基に構成しております。
2.定年延長への対応
定年延長に伴う報酬制度上の論点として、入社から定年までの報酬原資をどのように配分するかという問題が出てきます。旧定年を過ぎたから報酬を下げるということではなく、年齢に無関係に職務や責任に応じて処遇する仕組みをつくることが、シニア人材の活性化につながります。また、月例給与、賞与、退職給付への人件費の配分割合をどうするかによって、旧定年以降は月例給与を中心に配分し、退職給付に関しては一旦旧定年で給付原資を確定するという考え方もあります。退職給付カーブ設計の方針によって、おおむね以下のパターンに分類されます。
【退職給付原資配分パターン例】
パターンAは、旧定年以降も給付額が増加する設計です。旧定年以降も勤務に伴い退職給付が増加するので従業員側の満足度は相対的に高い一方、会社側の費用負担は他のパターンより大きくなります。
パターンBは、旧定年以降の給付額が頭打ちとなるものです。旧定年以降のシニア社員に対しては退職給付の増加はなく、月例給与や賞与で報いる、という考え方に基づく設計といえます。ただし、旧定年~新定年まで一時金ベースでの給付水準は変わりませんが、支給時期が遅くなるため、確定給付企業年金制度(以下、DB制度)においては給付減額と判断されます。また、確定拠出年金制度(以下、DC制度)を実施している場合には掛金額を0円とはできないため、旧定年以降も少しずつ給付が増加する設計とする必要があります。
パターンCは、パターンBのようなDB制度上の給付減額を回避するため、DB制度上の資格喪失年齢を旧定年のままとし、新定年まで年金を繰り下げる設計です。一時金払いの場合は在職したまま旧定年での打ち切り支給となるため、退職所得控除が受けられるかどうかの確認が必要と考えられます。
パターンDは、新定年で勤務した場合に旧定年での給付水準が確保できるようにし、定年前の給付カーブも見直すケースです。定年延長に伴い新定年まで勤務しない限り、既存の従業員の給付水準が下がることとなり、経過措置を設けるなど、従業員側の理解を十分に得る必要があります。
【退職給付原資配分パターン別の特徴】
項目 | パターンA | パターンB※ | パターンC | パターンD |
---|---|---|---|---|
定年給付水準 | 増加 | 維持 | 維持 | 維持 |
加入期間 | 新定年まで | 新定年まで | 旧定年まで | 新定年まで |
給付算定期間 | 新定年まで | 旧定年まで | 旧定年まで | 新定年まで |
費用負担 | 増加 | 変更なし | 変更なし | 状況次第 |
減額判定 | 可能性あり | 可能性あり | 該当なし | 可能性あり |
モチベーション | 上昇 | やや影響あり |
やや影響あり |
影響あり |
※確定拠出年金加入期間を新定年まで延長する場合は、掛金がゼロとならない設計が必要
3.ジョブ型人事制度への対応
次に、ジョブ型人事制度と退職給付制度設計の関係について考えます。
日本企業に一般的な職能型人事のことをメンバーシップ型、これに対して職務型人事のことをジョブ型と呼ぶことが多くあります。メンバーシップ型は、人に仕事をつける、ジョブ型はポストに人をつけます。ジョブ型は、ポスト=職務=報酬であり、ポストに対して報酬を支給するものと捉えることがありますが、いきなり欧米でみられるジョブ型へ移行するのは無理があります。このため、日本的な人事制度の要素を残しつつ移行を図るケースが多いようです。
職務や役割に対して退職給付に関する原資を割り当てるという考え方に立てば、報酬および退職給付制度に職務内容に関する市場価値を反映し、勤続年数に中立的なものとすることが好ましいと考えられます。また、中途採用者や転職者にとって年金原資の持ち運びやすさという観点も重要です。
従って、給付計算式の選択、給付原資を何にリンクさせるか、退職一時金やDB・DC制度のうち何を選択するか、などがジョブ型人事制度への親和性を左右すると考えられます。
(1)ジョブ型人事制度と給付計算式や給付原資の選択
給付計算式の選択においては、最終給与比例よりはポイント制などの積立型(累積型)とし、各年度に積み立てる給付原資は勤続年数や年齢要素よりは職務や役割要素を反映する設計のほうがジョブ型制度への親和性が高いといえます。
【給付算定式とジョブ型人事制度導入上の課題】
給付設計 | 給付算定式 | ジョブ型人事制度を導入する上での課題 |
---|---|---|
給与比例 | 退職金算定給与×勤続期間に応じた支給率×退職事由に応じた係数 | 長期勤続を想定しており年功要素が強い |
勤続別定額給付 | 勤続期間に応じた支給額×退職事由に応じた係数 | |
ポイント制 | 資格、勤続期間等に応じた付与ポイント累計×退職事由に応じた係数 | 毎期の付与ポイントを反映できるが、勤続ポイントを設ける場合や、自己都合退職時の退職事由係数を設ける場合は年功要素も加味される |
【退職給付原資のジョブ型人事制度への親和性】
ポイント制度のポイント種類 | ジョブ型人事制度との相性 |
---|---|
勤続ポイント | 年功要素が強い |
年齢ポイント | 年功要素が強い |
職能資格等級ポイント | △ |
職務・役職ポイント | ◎ |
考課ポイント | 〇 |
(2)ジョブ型人事制度と退職給付制度のポータビリティ
中途採用者増加などに対応するため、前職からの退職給付原資の持ち込みやすさ(ポータビリティ)や長期勤続者を優遇する自己都合削減率の見直し・削除などにも配慮する必要があります。ここでは、退職給付制度のポータビリティについて述べます。
【退職給付制度間のポータビリティ】
移換元の制度 | 移換先の制度 | |||||
---|---|---|---|---|---|---|
DB制度 | 企業型DC | 個人型DC | 中小企業退職金共済 | 企業年金連合会 | ||
DB制度 | 〇 | 〇 | 〇 | 〇※2 | 〇 | |
企業型DC | 〇 | 〇 | 〇 | 〇※2 | 〇 | |
個人型DC | 〇 | 〇 | N/A | × | × | |
中小企業退職金共済 | 〇※1,2 | 〇※1,2 | × | 〇 | × | |
企業年金連合会 | 〇 | 〇 | 〇 | × | N/A |
※1:中小企業年金共済に加入している企業が、中小企業でなくなった場合に資産の移換が可能
※2:合併・会社分割等の場合に限った措置
有能な人材を確保するためには、市場価値を反映した報酬制度、そして、中途採用者が不利にならない退職給付制度が求められます。
数度の年金法令の改正を経て退職給付制度のポータビリティは大きく拡充されています。一方、加入者期間通算や制度設計の複雑性から他の確定給付企業年金制度や確定拠出年金制度からの受け入れを確定給付企業年金規約で定めていないため、人材を社外から登用する際に退職給付原資の移換ができず、一時金での受け取りや個人型DC等への移管を余儀なくされるケースもみられます。
このような場合は本人に対する税務上のデメリットや年金での受け取り機会の喪失といった不利益が生じるため、確定給付企業年金規約上の手当てをあらかじめ検討しておくとよいと考えられます。
4.おわりに
定年延長やジョブ型人事制度への具体的対応例のキーワードとしては、多様な働き方に対応した制度設計や勤続年数に対する中立性、報酬制度の一部として従業員の認知度を上げるためのわかりやすさ、企業年金の持ち運びなど利便性の向上などがあげられます。これらを通じて、退職給付制度がより魅力的になっていくものと考えます。
一方で、本稿で述べたとおり、こうした制度設計に際しては従業員への影響と同時に会社コストへの影響も踏まえた検討が必要になります。したがって、人事部門だけでなく財務経理部門も巻き込んだ議論が必要と思われます。また、検討に際しては、人事制度に関する専門性、企業年金制度や退職給付会計等に関する専門性も必要になるため、必要に応じて外部コンサルタントを利用することも有効と考えられます。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
金融アドバイザリー事業部
パートナー 木村 亮治
シニアマネジャー 渡部 直樹