再生可能エネルギーの導入状況と企業が目指す方向性
日本企業にとってのグリーン電力に関する脅威と機会、グリーン電力の調達手段と特徴について概説し、日本企業が目指すべき方向性について考察します。
日本企業にとってのグリーン電力に関する脅威と機会、グリーン電力の調達手段と特徴について概説し、日本企業が目指すべき方向性について考察します。
世界における脱炭素化に向けた取組みが加速するなか、電力分野においては、各国で再生可能エネルギー(以下、「グリーン電力」という)導入を促進する仕組みが導入され始めました。特に欧米においては、主力電源の1つとしての地位が確立しつつあります。そのようななか、グリーン電力の調達は、需要家にとって環境負荷の軽減や顧客・投資家対策のブランディングにとどまらず、中長期的な事業価値の維持・向上を実現する競争力の源泉の位置づけにまで発展しつつあります。
翻って、日本におけるグリーン電力調達のハードルは需給双方に存在し、諸外国に比して高い状況と考えられます。しかしながら、顧客や投資家からの脱炭素化の要請が高まることが既定路線であることに鑑みると、脱炭素化を積極的に推進する海外企業を顧客に持つ企業や欧米市場を重視する企業にとって、グリーン電力調達強化を通じた脱炭素化の推進が、市場で競争力を持つ要件の1つになると考えられます。本稿では、日本企業にとってのグリーン電力に関する脅威と機会、グリーン電力の調達手段と特徴について概説し、日本企業が目指すべき方向性について考察します。なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
POINT1
グリーン電力強化による脱炭素の機運は不可逆
現状「なり」の炭素排出量増加傾向が続くと、COP26における気温上昇抑制目標の達成は不可能になると考えられる。グリーン電力に対しては、これまで以上の積極的な取組みが求められる。
POINT2
企業にとって、グリーン電力の調達は中長期的な競争力の源泉の獲得にまで発展
国境炭素税導入の動きやサプライヤーに対する脱炭素要請の動きを踏まえると、企業経営において競争力を担保するための1つの手段として、グリーン電力の必要性は増すと考えられる。
POINT3
日本のグリーン電力調達に関する課題は山積しているものの、徐々に解消されている
小売の自由化、調達先の多様化、PPAなどの新たなビジネスモデルの広がり、さらには証書へのトラッキング機能の付与など、さまざまな手法でグリーン電力の調達が可能となってきた。また、第6次エネルギー基本計画で再エネが最重点分野となるなど、今後のグリーン電力導入を促進する規制緩和なども期待できる。
POINT4
企業の事業特性により、グリーン電力調達において取るべき方向性が異なる
グリーン電力を取り巻く市場には、依然として不確定要素が多い。複数シナリオの想定とシナリオ顕在化への備えが必要であることは各社共通だが、電力使用量の大きさと取引先からの要請の強さによって、必要なアクションは大きな影響を受ける。
I.先進市場におけるグリーン電力導入の状況
1.COP26の目標達成を阻む多くの課題
2015年に合意されたパリ協定は、脱炭素社会の実現に向けて全世界がコミットをすることを明示したもので、世界レベルで脱炭素化が推進される大きな分岐点となりました。そして、2021年10~11月に開催されたCOP26(国連気候変動枠組条約第26回締約国会議)において、産業革命前からの気温上昇幅を1.5℃に抑える目標が、「グラスゴー気候合意」に盛り込まれることとなりました。
しかしながら、事実としてすでに気温が1.1℃上昇していること、炭素排出量が過去最多となった2019年以降、2040年までの期間で化石燃料による炭素排出量は年間約1億トンのペースで増加すると予想されていることなどから、目標達成には課題が山積している状況です。
2.国際競争力の前提としてのグリーン電力
1990年以降、欧州を中心に、国内産品の化石燃料の排出量に応じて企業や個人が税金を支払うカーボンプライシングの導入が進展しています。日本でも、すでに導入済の「地球温暖化対策のための税」(地球温暖化対策税)を超えた枠組みについて、経済産業省と環境省を中心に制度設計に向けた具体的な検討が始まっています。さらに2019年以降、各国のカーボンプライシングなどの気候変動対策の差によって生じる国際的な価格競争力の差を是正するため、欧米を中心に国外や域外からの輸入品に対して炭素税を課税する「国境炭素税」の検討がなされています。つまり、早ければ2020年代半ばにも、化石燃料由来で製造された産品の価格上昇が見込まれることになります。
現行の炭素税の価格水準では、パリ協定で規定された気温目標の達成が困難といわれるなか、今後、国境を超えたモノやサービスの移動における炭素税の強化が予想されます(図表1参照)。
グリーン電力を使用しないことが、近い将来、コスト競争力の低下要因になり得るとして、グリーン電力の必要量の確保に乗り出す企業も増加しています。たとえば、米IT企業のA社は、2012年以降、小売の直営店やオフィス、データセンタで消費する電力を徐々にグリーン電力に切り替え、2018年にはグリーン電力化100%を達成しました。
また、グローバル企業を中心に、サプライヤーに対して排出量の削減要請をする動きも増加しています。要請に応じない場合、取引先変更などの措置を取るなど、強制力を伴う企業も出現しており、グリーン電力調達を中心とした脱炭素化が実現できなければ、大口の需要家を失うリスクが現実になろうとしています。
企業にとって、グリーン電力調達は、もはや環境負荷軽減やブランディングだけに留まるものではありません。すでに、中長期的な競争力の維持・獲得に必須となりつつあるといえます。
3.グローバルで拡大するコーポレートPPA市場
グリーン電力の需要の高まりにつれて、発電事業者と需要家企業間のグリーン電力購入契約(以下、「コーポレートPPA」という)のグローバル市場は大きく拡大しています。特に米国では、ITや通信企業を中心にギガワット単位の大規模なコーポレートPPAの契約が増加しています。
II.日本・日系企業にとってのグリーン電力の位置づけ
1.グリーン電力調達に対する日系企業の高い意欲
世界では、グリーン電力の調達に積極的な団体が複数存在します。なかでもRE100は、事業運営に使用する電力を2050年までに100%グリーン化することを目標とするグローバルな企業連合です。2014年の発足以降、大幅に加盟企業数を増やし、2021年12月には世界で345社が加盟しています。日本は63社が加盟、米国に次ぎ世界第2位となっています。
2.日本におけるグリーン電力調達の課題
日系企業の高い意欲にもかかわらず、供給サイドと需要サイド双方の課題を背景に、日本はグリーン電力の調達が難しい国の1つです。
供給サイドから見た課題は、日照量や風量などの自然状況を主因に、グリーン電力の発電量が限定的であること、現在国内で流通しているグリーン電力の大半がFIT制度の対象であり、環境価値を認められないことなどが挙げられます。ただし、少しずつとはいえ改善も進んでいます。たとえば、日本市場で流通している証書である非化石証書は、従来は電源のトラッキング機能が欠如していましたが、2021年11月分よりトラッキング情報が付与されるようになりました。それにより、非化石証書は大幅に増えています。
需要サイドから見た課題は、化石燃料や原子力を用いた従来の電力契約と比較した際の優位性が未だあまり高くないことです。要因としては、初期投資に見合った経済的メリットを享受できるかが不透明である点が挙げられます。また、自家発電やPPAの場合は需要家企業の事業環境の変化に対する柔軟性を低下させる点が、ビルの一部を賃借するテナント企業の場合は証書購入による手法を除いてグリーン電力への切替えができない点などが挙げられます。(図表2参照)
3.課題解決に向けて官民一体となって動き始める日本
グリーン電力の相対的なコスト競争力の向上や調達の選択肢の増加など、これら課題の解消に資する機会も増えてきていることから、企業にとってグリーン電力調達のハードルは徐々に下がりつつあります。
(1)グリーン電力の発電コストの相対的優位性向上
コモディティ価格上昇の見立てや、現在検討されているカーボンプライシングの導入など、化石燃料を用いた発電にかかる費用は今後増加すると予想されます。一方で、価格競争や技術革新などによりグリーン電力の発電にかかる費用は減少が見込まれており、グリーン電力の相対的なコスト競争力の向上が見込まれます。
(2)グリーン電力調達の選択肢増加
(i)新規プレイヤーのグリーン電力小売領域への進出
電力自由化により、新電力に加え、機器メーカーやメガソーラー事業者など、さまざまな事業者が相次いでグリーン電力小売のモデルに乗り出しています。
(ii)非化石証書へのトラッキング機能の付加
グリーン電力調達の手段の1つである非化石証書は、従来はトラッキング機能がなく、発電設備の特定ができませんでした。しかし2021年よりFIT非化石証書はほぼ全量、非FIT非化石証書は一部トラッキング情報が付与され、RE100への報告にも利用可能となりました。「証書はお手軽な脱炭素の手段として使いたいが、国際的にグリーン電力の調達手段として認められていない」として二の足を踏んでいた需要家にとって、これは朗報です。2021年11月に実施されたFIT非化石証書の取引では、約定量は約19.3億kWhとなり、2020年度1年間の総約定量約14.6億kWhを1回で上回りました。
(iii)FITからFIPへの移行に伴うPPAへの切換えの加速
2022年度以降、FIT(Feed-In-Tariff;固定価格買取)制度からFIP(Feed-In-Premium)制度への移行が決定しています。グリーン電力発電事業者にとっては、PPAを締結することで長期安定収益に舵を切るインセンティブが働くことになります。それにより、発電事業者が需要家と相対契約を締結するPPAモデルの需要が一層顕在化すると見られています。(図表3参照)
(iv)国・自治体によるインセンティブ
国や自治体レベルで、グリーン電力調達に対する補助金や税優遇などのインセンティブが登場しています。従来の制度の対象は自家発電が中心でしたが、徐々に多様化が進展し、近年はコーポレートPPAなどを対象とする制度も登場し、従前対比で多様化しています。これも、グリーン電力調達の選択肢増加の追い風となっています。
4.第6次エネルギー基本計画で期待される規制緩和
2021年10月に閣議決定された第6次エネルギー基本計画は、脱炭素化に向けた世界的なトレンドに触れたうえで、国を挙げての2050年カーボンニュートラル達成に向けた取組みの方向性を打ち出しました※1。再エネに対しては「主力電源化を徹底し、再エネに最優先の原則で取り組」む※2ことが明記されています。2030年においては、「野心的な目標」として電源の36~38%のグリーン電力導入(2020年比+16~18%pt)が目標に掲げられました。目標の達成に向け、適地確保、ノンファーム型接続の範囲拡大による系統制約の解消、発電所設置許可基準の明確化などが取組みとして記載され、グリーン電力導入促進に向けた規制緩和が期待されます。
※1 「第6次エネルギー基本計画」資源エネルギー庁 令和3年10月
※2 「エネルギー基本計画の概要」資源エネルギー庁 令和3年10月
III.グリーン電力の調達手段と特徴
1.グリーン電力の調達手段は大きく3種類
グリーン電力の調達手段は、「自家発電」、「コーポレートPPA」、「証書」の3つに大別されます。(図表4参照)
(i)自家発電
自家発電は、需要家が自前またはリースで調達した発電設備を自らの敷地内に設置し、自家消費分の電力を発電するというものです。電力の過不足は、電力小売事業者との間で売買を行い調整します。
(ii)コーポレートPPA
コーポレートPPAは、第三者が発電するグリーン電力を購入するというものです。コーポレートPPAには、「オンサイトPPA」、「オフサイトPPA」、「バーチャルPPA」の3種類があります。
オンサイトPPAは需要家の敷地内の設備で発電した電力をPPA事業者から購入する形態、オフサイトPPAは需要家の敷地外に設置された設備で発電した電力を小売事業者を介してPPA事業者から購入する形態です。オフサイトPPAでは、需要家の自営線または系統を通じて送電されます。
また、バーチャルPPAは、環境価値(証書)のみをPPA事業者から購入し、実際に消費する電力自体は小売事業者から固定価格で購入するモデルです。
(iii)証書
グリーン電力の価値をエネルギーと環境価値に分解し、後者を証券化したものを「証書」と呼びます。証書には「非化石証書」、「グリーン電力証書」、「J-クレジット」の3種類があり、それぞれ認証機関と調達方法が異なります。
非化石証書は、国とその委託先が認証した証券化商品です。需要家は小売事業者を介して電力とセットで購入することで、実質的に再エネ由来の電力の購入が可能となります。また、非化石証書にはFITと非FITがあり、FIT非化石証書は需要家が直接国から購入することができます。
グリーン電力証書は、民間の第三者認証機関が認証した証券化商品、J-クレジットは国が認証したものです。いずれも発電・小売・仲介事業者から購入可能であり、電力自体は小売事業者から購入します。
2.PPAに舵を切る企業が漸増
これまで、スイッチングコストや需給のマッチングなどの障壁が低い証書モデルが先行して普及してきました。しかし、低炭素化への本質的な貢献指標である「追加性」の観点からは、PPAがより優位であるといえます。昨今、追加性を重視する傾向は徐々に強まってきています。実際にRE100の加盟企業では、多少のコスト増や長期契約のリスクを一定程度許容し、グリーン電力の長期的確保を目的として、証書購入からPPAにシフトする傾向も見られます。(図表5参照)
IV.グリーン電力の調達手段と特徴
1.グリーン電力調達は日系企業の喫緊の課題
グリーン電力を使わないことによる実質価格競争力の低下、ESGに取り組まないことによる資金調達の機会損失など、事業を取り巻く環境の変化を踏まえると、グリーン電力調達の重要性は従来よりも増しています。特に、脱炭素化を積極的に推進する海外企業を顧客に持つ企業や欧米市場を重視する企業にとっては喫緊の課題になっています。
一方で、グリーン電力に関わる制度設計やビジネスモデルが現在進行形で発展しているなか、グリーン電力導入に向けた中長期での見通しは立てづらく、最適な調達手法の検討は企業にとってチャレンジになっています。
グリーン電力ビジネスのビジネスモデルは未だ発展途上にあり、未整備の論点も存在します。事業者が小規模太陽光を使えるようになるためにはアグリゲータのビジネスモデルの構築が必要ですし、洋上風力発電設備の大量導入には系統接続ルールの見直し、港湾整備、環境アセスメント期間の短縮化など、課題が山積しています。
また、FIP制度への移行により、コーポレートPPAを志向する発電者が増える一方で、財務への影響やリスクの観点から、導入に慎重な需要家も存在します。コーポレートPPAが未だ発展の途上であることに加え、需要家企業も自社の将来の経営状況が読めないなか、経営の自由度を確保する観点より、導入を即断できない企業も見られます。
2.日系企業が取るべき5つのアクション
このような状況下において、日系企業が取るべきアクションは、ステークホルダからの脱炭素要請の強さと、消費する電力量に応じて5つに分けることができます。
(i)要請が強く、電力消費量が多い場合
サプライチェーン全体を通じ「大量に」調達を可能としながらも、「事業継続可能なコストで」グリーン電力ポートフォリオを構築することが求められます。そのためには、電源種別やその調達手段の選定要件・基準を策定したうえで、新規性の高い調達手段も含め、サプライチェーンを通じた低炭素化を実現するポートフォリオの構築が必要となります。
また、カーボンプライシングの検討状況や社会要請の強さに応じ、過去の競争力の源泉であった化石燃料によるオンサイト自家発電所の在り方の抜本的な見直しの検討が急務となっています。
(ii)要請が強く、電力消費量が少ない場合
電源種別やその調達手段の選定要件・基準を策定し、その要件を踏まえて、コストと環境価値のバランスを考慮しながら、ポートフォリオを構築することが有用となります。具体的には、柔軟性の高い証書購入やグリーン電力メニューの選択をベースとしつつ、本質的な脱炭素に寄与する追加性に富む自家発電やPPAを、状況に応じて適宜組み合わせるなどの方策が挙げられます。
(iii)要請が弱く、電力消費量が多い場合
電気代が大幅アップして利益に大きく影響することがないよう、自家発電やPPA取込みによる電力調達価格の安定性に関する評価を行い、ポートフォリオを構築していくことが適しています。ただし、グリーン電力の需要に対する供給が長期的にタイトであることを鑑みると、長期的なグリーン電力調達計画の策定が重要となります。
(iv)要請が弱く、電力消費量が少ない場合
ブランディングや投資家対策の一環としてグリーン電力を利用する場合は、コストではなく調達のしやすさの観点から調達手段を選択することが有用となります。たとえば、証書モデルで形式上の炭素排出量削減を達成したり、取引先から「追加性」考慮の要請がある場合には、一部自家発電やPPAを取り入れるという方法が想定されます。昨今、電力小売事業者が提供する100%グリーン電力メニューを活用して、本社ビルなど限定的な事業所にグリーン電力を導入するケースが増えています。
上記4ついずれのケースに共通する視点として、グリーン電力に関する状況の変化に迅速に対応ができるよう、あらかじめ複数のシナリオを想定し、シナリオごとの打ち手を検討しておくことです。たとえば、得意先から「追加性」考慮の要請がなされた場合やコストが低下した場合には一部自家発電やPPAを導入する、非化石証書の価格が下がりトラッキング付きの供給量がより一層増加した場合には一部証書を活用するなど、事前にシナリオとそれに対する打ち手を検討することで、環境変化に備えることが有用となります。
今後、グローバルレベルでカーボンニュートラルに関わる規制や目標達成に向けた要請が次々と打ち出されるものと想定されます。グローバル市場をベースに活動している日系企業は、そのグローバルの仕組みのなかで物事に対応することが求められます。先手を打つためにも、日系企業は状況が見えるまで様子を見るのではなく、プロアクティブに自社に必要なソリューションを検討すべきと考えます。(図表6参照)
執筆者
KPMGジャパン エネルギー・インフラストラクチャーセクター パワー&ユーティリティー セクターリーダー/
KPMG FASストラテジーグループ
執行役員 パートナー 鵜飼 成典
KPMG FAS
シニアマネージャー 六田 康裕