IASBが2021年12月9日に公表「IFRS17号とIFRS9号の適用開始-比較情報」の解説
旬刊経理情報(中央経済社発行)2022年2月1日号に「IASBが2021年12月9日に公表「IFRS17号とIFRS9号の適用開始‐比較情報」の解説」に関するあずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
旬刊経理情報(中央経済社発行)2022年2月1日号に「IASBが2021年12月9日に公表「IFRS17号とIFRS9号の適用開始‐比較情報」の解説」に関するあずさ監査法人の解説。
ハイライト
この記事は、「旬刊経理情報2022年2月1日号」に掲載したものです。発行元である中央経済社の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。
ポイント
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修正の背景
2021年12月9日、国際会計基準審議会(以下、「IASB審議会」という)はIFRS17号「保険契約」(2023年1月1日以降開始する事業年度から適用開始)を一部修正するため、「IFRS17号とIFRS9号の適用開始-比較情報」を公表した。
IFRS9号「金融商品」はすでに発効済みのため、本来であれば適用されているはずだが、IFRS17号とIFRS9号は相互に影響する面があることから同時適用が望ましいとされており、そのため現行のIFRS4号「保険契約」(IFRS17号の前の保険契約会計基準)からIFRS17号に移行する企業について、IFRS17号が発効するまでの間、IFRS4号によってIFRS9号の一時的免除が認められている。この一時的免除を選択した保険会社では、現在でもIAS39号「金融商品:認識及び測定」(IFRS9号の前の金融商品会計基準)が適用されている。
こうした保険会社では、2023年からの同時適用に向けた検討が現在進められているが、その過程で両基準における経過措置の相違から、比較対象期間における金融資産と保険契約負債の間で重大な会計上のミスマッチが生じる可能性が認識された。このミスマッチを解消するため、IFRS17号における経過措置の狭い範囲の修正が今回行われ、移行時の選択肢が新たに設けられることとなった。これにより、IFRS17号の適用開始時における利害関係者等への情報の有用性を改善することが期待できる。
なお、今回の修正はIFRS17号への移行のみに関連するものであり、IFRS17号の他の要求事項には影響を与えない(IFRS17号BC398G項)。また、わが国では当該一時的免除を適用する企業は少なく、今回の修正による影響は限定的と思われる。
以下では、会計上のミスマッチの原因および修正内容について解説する。なお、文中の意見にわたる部分は執筆者の私見である。
会計上のミスマッチの原因
今回認識された会計上のミスマッチの原因は図表1のとおり、修正再表示する比較対象期間(12月決算の場合、2022年1月から2022年12月)に認識の中止が行われた金融資産について、IAS39号が適用されることにある。これは、IFRS17号とIFRS9号では経過措置が異なっており、IFRS9号は適用開始日(2023年1月)に存在しない金融資産には適用できないからである(IFRS9号7.2.1項)。
こうした差異により、一部の保険会社ではIFRS17号とIFRS9号を2023年1月1日に開始する事業年度より同時に適用したとしても、比較情報において金融資産と保険契約負債との間に一時的な会計上のミスマッチが生じる可能性が認識された。
図表1 会計上のミスマッチの概要(適用される会計基準の関係)
財務諸表の年次 | 金融資産 | 保険契約負債 | |
2023年1月にも存在する金融資産 | 2023年1月には存在しない金融資産 | ||
2022年 | IAS39号 | IAS39号 | IFRS4号 |
修正再表示した2022年 | IFRS9号 | IAS39号 | IFRS17号 |
2023年 | IFRS9号 | - | IFRS17号 |
修正内容
(1)「分類上書き」の追加
前述の会計上のミスマッチを解消するために、IAS39号が適用される金融資産にも、IFRS9号と整合する方法で比較情報を表示できる選択肢(以下、「分類上書き」という)を認めるようにIFRS17号が今回修正された。これにより、会計上のミスマッチを回避でき、比較情報の有用性の向上が期待される。
なお、すでにIFRS17号やIFRS9号の適用に向けてシステム開発などの準備を進めている会社で、これから追加修正対応が難しいケースがあることにも配慮して、「分類上書き」の適用は任意とされている(IFRS17号C2A項、BC398G項)。また、業務の煩雑さの軽減やIFRS9号の適用範囲の拡大につながることから、金融資産がIFRS17号の範囲に含まれる契約に関連して保有されているか否かにかかわらず、「分類上書き」は利用可能とされている(IFRS17号.BC398I項)。
(2)「分類上書き」の適用パターン
「分類上書き」の適用には、図表2のとおり3パターンが存在する(IFRS17号C28A項、C33A項、BC398H項)。なお、IFRS17号への移行日前に認識が中止された金融資産のほか、比較情報についてIFRS9号を用いて修正再表示を行わないケースも「分類上書き」の適用対象とされている。
図表2 「分類上書き」の適用パターン
「分類上書き」の適用パターン | 適用対象となる金融資産 |
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IFRS17号と IFRS9号を同時に初めて適用するにあたり、比較情報を修正再表示する企業 | 比較対象期間に認識を中止した金融資産(すなわち、IFRS9号の経過措置により IFRS9号が適用されていない金融資産) |
IFRS17号とIFRS9号を同時に初めて適用するにあたり、比較情報の修正再表示を行わない企業 | 比較情報をIFRS9号について修正再表示しなかったすべての金融資産 |
IFRS17号を適用する前に、すでにIFRS9号を適用している企業 | 比較対象期間に認識を中止した金融資産のうち、仮に金融資産の認識の中止が比較対象期間において行われていない場合には、IFRS17号C29項に基づきIFRS9号の考え方によって再分類されることが予想される金融資産 |
(3)「分類上書き」の主要な要求事項
IFRS17号とIFRS9号を同時に適用開始する企業が「分類上書き」を適用する際の主要な要求事項は、図表3のとおりである。
図表3 「分類上書き」の主な要求事項
主要な要求事項 | 概要 |
---|---|
企業は、比較対象期間における「分類上書き」適用金融資産を、IFRS9号の初度適用時にその資産がどのように分類および測定されると予想されるかに合わせて分類および測定する(IFRS17号C28B項)。 | 企業は、IFRS9号の初度適用日までに金融資産のビジネスモデルや契約上のキャッシュ・フロー特性の評価を完了する必要はない。したがって企業は、IFRS17号への移行日に入手可能な合理的かつ裏づけのある情報を用いて、IFRS9号の下で予想される分類を決定する(IFRS17号BC398J項)。 「分類上書き」はIFRS9号の経過措置を修正するものではないため、企業は、IFRS9号の初度適用日において引き続き認識されているすべての金融資産に対して、IFRS9号 の要件を適用する必要がある。したがって、IFRS9号の初度適用日において、企業が保有する金融資産の「分類上書き」に基づく分類が、その日における IFRS9号の要求事項と整合しない場合には、企業はその時点で分類を更新し、更新後の分類を遡及適用する必要がある(IFRS17号BC398K項)。 |
企業は、「分類上書き」を適用するにあたり、IFRS9号のセクション5.5による減損の要求事項を適用する必要はない(IFRS17号C28C項)。 | IFRS9号の測定要件は通常、予想される分類に基づいて適用される。しかし、企業は比較情報において、分類上書きを適用する金融資産に IFRS9号の予想信用損失モデルを適用する必要はない。これは、IFRS9号の減損要件を検討する準備ができていない会社に配慮したものである。 なお、IFRS9号の減損要件を適用しない場合、IAS39号「金融商品:認識及び測定」に基づき、前期の減損に関して認識された金額を引き続き表示しなければならない。それ以外の場合、当該金融資産について以前認識された減損金額は取り消されることになる(IFRS17号BC398M項)。 |
「分類上書き」を適用した結果生じる金融資産の評価差額は、移行日の期首利益剰余金で認識しなければならない(IFRS17号C28D項)。 | 「分類上書き」を適用することで、金融資産の帳簿価額はIFRS9号の初度適用時における当該金融資産の測定方法と整合的に決定されるため、従前の帳簿価額との間に差額が生じることが考えられる。当該差額は、移行日の期首利益剰余金に計上されることになる(IFRS17号BC398L項)。 |
「分類上書き」は、IFRS17号の適用に合わせて修正再表示された比較対象期間、すなわち移行日からIFRS17号の初度適用日までの期間についてのみ適用される(IFRS17号C28E項(b))。 | IFRS17号では初度適用時において、直前の年次報告期間を比較対象期間とする場合のほか、さらに以前の年次報告期間を比較対象期間とすることも認められている(IFRS17号C25項)。そのため、こうした複数の比較対象期間を修正再表示する場合にも、「分類上書き」が適用できるとされている。これにより、金融資産と保険契約負債間の会計上のミスマッチを軽減することが可能となる。なお、IAS8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」では、企業が過去の期間に新しい会計方針を適用する場合に後知恵の使用を認めていないため、企業は「分類上書き」を、後知恵を使用することなく比較対象期間に適用するにあたり、関連情報を適時に収集することになると思われる(IFRS17号BC398Q項)。 |
「分類上書き」は金融商品単位で、任意に適用を選択できる(IFRS17号BC398R項)。 | 特定の金融資産について、「分類上書き」の適用による便益がコストを上回るか否かの評価ができるように、「分類上書き」は金融商品単位で任意に適用できるとされている。 ただし、企業は、たとえばIFRS9号でビジネスモデルを評価するのと同様に、より高いレベルの集計によって「分類上書き」を適用することも可能である。 |
IFRS9号の初度適用日において、IFRS9号の経過措置を適用する(IFRS17号C28E項(c))。 | 「分類上書き」は、金融商品単位で適用が選択可能な手法である。他方、IFRS9号の初度適用日において、すべての企業はIFRS9号の適用影響について、財務諸表の利用者に対し比較可能な情報開示を求められており、それは「分類上書き」で求められるものと同等ではない。したがって、「分類上書き」の開示を以てIFRS9号の初度適用の開示の代替とすることはできない(IFRS17号BC398P項)。 |
(4)追加的な開示
分類上書きを適用する企業は、財務諸表の利用者が理解できるように、次の定性的情報の開示が求められている(IFRS17号C28E項(a))。
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なお、「分類上書き」の適用にあたり、定量的影響の開示は求められていない(IFRS17号BC398N項)。
また、企業は、たとえばIAS1号「財務諸表の表示」の開示要件を検討し、分類上書きの影響に関する追加情報の提供が必要かどうかを評価するとともに、比較情報(注記を含む)の表示にあたって、主要な財務諸表に表示される項目を説明するための記載の要否にも留意すべきである(IFRS17号BC398O項)。
適用時期と影響範囲
今回の修正を含んだIFRS17号は、2023年1月1日以降開始する事業年度から適用される。なお、今回の修正は任意適用であるため、修正内容の適用を選択した場合に影響を受ける。
執筆者
有限責任 あずさ監査法人
パートナー 保険カントリーヘッド
公認会計士・日本アクチュアリー会正会員
三輪 登信(みわ たかのぶ)