コロナ禍によってあらゆる価値観が少しずつ、しかし、確実に変わろうとしています。特に、このところ急速に認知が拡大しているESG・SDGsの考え方やミレニアル世代・Z世代が社会の中心になりつつある今日、長く当たり前とされてきた人生の充足度を測るモノサシが変わろうとしています。このような時代だからこそ、シェアリングサービスがもたらす本質的な価値が受け入れられるのは当然のことなのかもしれません。そして、デジタルやテクノロジーの力は、その可能性を広げることに一役買っていると言えます。
本稿では、株式会社ピーステックラボ 村本理恵子氏とKPMG Ignition Tokyo 茶谷公之が、ポストコロナ時代において、テクノロジーがどのように私たちの生き方や働き方、価値観を刷新していくのか? そして、その刷新の原動力になるものは何か? 空想・妄想を巡らせた対談の内容をお伝えします。
「アリススタイル」の楽しさを演出してくれる、個人の出品者という存在
茶谷 :「アリススタイル」の利用者数は2021年9月時点で50万人超と伺っています。こうした方々はほとんどが初めてシェアリングサービスを利用された、という方なのでしょうか?
村本 :はい、初めてのようです。
茶谷 :そうすると、何らかのトラブルでカスタマーサポートを利用する頻度も増えるのではないかと想像しますが、いかがでしょうか?
村本 :まず、利用者の方々に対して分かりやすいアプリであるように、使ってみたい商品を見つけたら、自分が欲しい日付を入れて予約申請するだけという流れにしています。ですので、借りる側は30秒もあれば申請が完了するようになっています。あまり深く考えずに「借りてみよう!」と思っていただけるでしょう。
貸す側の方々は他のフリマアプリなどを利用されている方も多く、「写真を撮ってUPすればいい」と分かっていただけるので、難しさを感じることはないと思います。
「アリススタイル」は基本的には個人の方々の貸し借りの橋渡しをしていますが、一部には企業が貸すモノも扱っています。そうした意味では、B2CとC2Cの両ビジネスのハイブリッド型だと言えますね。
茶谷 :出品者は個人と企業だとおおよそ7:3の割合で個人の方が多いようですね。やはり個人の方が貸し出すものはバリエーション多いのでしょうか?
村本 :そうですね。企業が貸し出すモノはセレクトショップの商品にどこか似ていて、個人の方が出品するものは何でもある、というイメージです。
個人の方の出品がバリエーション豊かである、という例を言うなら、西洋の甲冑が挙げられます。おそらく普段家に飾っていると「邪魔だな」と感じることもあるのでしょう。でも、何かを借りたい側からするとそうしたアッと驚くようなモノを見つけるのは楽しいものです。「こんなもの持っているんだ」とか「何に使うの?」と想像する楽しさ、つまり、サービスのおもしろさを出してくれているのは個人の方々だと思っています。
一方、企業の方はいい商品や話題になっている商品を並べることが多いように感じます。
茶谷 :確かに、甲冑は話題性もあり面白いですし、企業からは「これを出そう!」とはなりそうもないですね。お父さんが趣味で買ったものでご家族の方々には「どうしてこんなモノを…」と思われているものは、出品すると多少のお小遣いにもなっていいのかもしれません。
村本 :そうですね。また、借りる側はなぜだか「ちょっと借りてみたいな」と思ったりするんですよね。買うまでではないけど、着られるなら一度着てみたいな、なんて思うこともあるでしょう。そういうものが借りられるようになるのは、個人の方々が「アリススタイル」に参加してくれる楽しさなのだと思います。
茶谷 :今、扱っているアイテム数はどのくらいなのでしょうか?
村本 :約7万点の商品を取り扱っています。
茶谷 :それはリアルワールドでは揃えられない品数ですね。
村本 :そう思います。甲冑も衝撃的ですが、ボードゲームの蒐集家がお部屋の中にあるたくさんのボードゲームの写真をUPして、それを貸し出している、というのもあります。そういう面白いものを持っている人がいるんだな、ということを知る楽しみも「アリススタイル」の活用法のひとつだと言えるでしょう。
茶谷 :それがきっかけで今まで接点がなかった同好の士と繋がることもあるのかもしれませんね。やはり利用者は東京が多いのでしょうか?
村本 :そういうわけでもありません。少し意外かもしれませんが、ネットショッピングの利用数が多いのは東京以外の場所、例えば北海道だったりするので、それと同じように私達のサービスも利用者の居住地は比較的バラバラです。
貸し借りするモノの方が大事に扱う
茶谷 :CtoCでモノの貸し借りをするとなると、一番気になるのが「モノが壊れた」というアクシデントだと思います。物損保険などはどうされているのでしょうか?
村本 :物損事故自体はあまり起こっておらず、これまでで100件にも満たない程度です。これは日本製品の強さなのかもしれません。
また、貸し借りをするとなると自分が買ったモノよりも大事に扱うのかもしれません。「誰かから借りているのだから気をつけて使おう」、「誰かに貸すならちゃんとキレイにして貸そう」と考える人が多いのでしょう。
サービスを「こういうものだ」と決めつけないことの重要さ
茶谷 :実際に貸し借りが多いカテゴリーというのはあるものなのでしょうか?
村本 :ホビーとビューティーは多いですね。
茶谷 :1週間だけビューティーカテゴリのアイテムを借りるというのは、あまり想像がつきませんね。どういったニーズがあるのでしょうか?
村本 :特に男性はそう感じるのかもしれません。しかし、女性は「ちょっと使ってみたい」と考えたり、「美顔器を買っても1ヵ月くらいすると使わなくなってしまうので、ちょっとだけ借りてみたい」と思ったりするものなのですよ。気になるモノをいろいろと使ってみたい、買う前に試したい、という方がたくさんいらっしゃるようです。
多くの場合、企業で会議をするとなると男性の方が人数が多くなるものです。そうすると、私達のサービスをプレゼンすると「そんなの借りるわけない」と言う話になります。ただ、もしそこに女性社員が1〜2名いらっしゃると、「私だったら借ります」という意見が出ます。ここは感じ方が違う、おもしろいところです。
ただ、男性もゴルフ用品を借りる方は結構いらっしゃいます。「せっかくだからいいクラブでラウンドしたい」というニーズはあるはずです。また、企業から男性用髭剃りシェーバーを委託されたこともありました。これは1,000人くらいが借りていかれたのですが、委託したいと相談された当初「『アリススタイル』は女性のお客様が多いのだから、受注するのはどうだろうか?」とオファーを受けるかどうか激論になったものです。
私は「もうやっちゃえ!」と思いましたし、もし借りられなかったとしても、それはそれでデータになると思っていたのですが、いざ蓋を開けてみると大人気でした。私達のサービスというのは、そこにある商品が人を呼ぶのだ、と思ったものです。ですから、自分達があまり「こういうものだ」と決めつけてしまうと逆に良くない、というわけです。
茶谷 :なるほど。いまのシェーバーは企業から委託されたアイテムのようですが、彼らの目的とはどういったものなのでしょうか?
村本 :企業の方々の場合、すでにあるものをシェアするのですが、例えば、「新しい商品を知ってもらいたい」というケースもあれば、「有名な商品の最新版だからユーザーの声を聞きたい」とか、「それほど知名度が高くないメーカーではあるけれど、自分達が作った商品に絶対の自信がある。でも、使ってもらえないと価値が分かりづらいと思うからぜひ使ってもらいたい」という企業もいらっしゃいます。他には、「在庫をただ抱えておくよりもマネタイズしたい」と相談を持ちかけてくださる企業もあります。
茶谷 :なるほど。コロナ禍でずっと家にいるので、利用者側は借りて試してみる時間が増えているので、メーカー側もその状態をチャンスに変えたい、ということですね。
買うことのカタルシス、貸し借りすることの楽しみ
茶谷 :サービスの根幹の話になるのですが、貸してもいいようなモノをどうして人は買うのでしょうか?
村本 :きっと、買うことがひとつの満足というか、ストレス発散になる場面はあるのだと思います。買った瞬間にはカタルシスや嬉しさを感じても、あとはモノへの執着がないということってありませんか?
茶谷 :確かにそうですね。関西弁で言うところの「(いろいろ悩んだりしたけれど)買ったったぞ!」というような、ゲームを攻略したような感覚はあるのかもしれません。そして、そのカタルシスを感じたあとにそれが他の誰かの役に立ったり、お金になるというのであればいいですね。
50年後も100年後も人間の本質は変わらない。けれど…
茶谷 :では、ここからは少し次元の違う質問をさせてください。50年後や100年後の社会において、「アリススタイル」や貸し借りという行為はどんなふうになっている、あるいは受け入れられていると空想・妄想されますか?
村本 :これは凄い難問だな、と思っています。例えば50年前の人がその時点から50年後にどうなっているかと想像した内容は実際には的外れなものだったと思います。かつ、今は世の中の流れが凄いスピードなので、過去の50年間の長さが今の10年くらいになっているようにも感じます。
私はマーケティング活動の一環として、歩きながら人々が何を話しているか聞き耳を立てて、「あれ買った」とか「どこに行った」といった話の中から世の中の人はどんなことに関心を向けているのか情報を得ています。そうすることでみずみずしい感性を保つのは大事なことだと思っているからです。
実際に、そうした話の中から「旅行先のドライヤーは風量が弱い」「ヘアアイロンを持って旅行に行くのは面倒」というペインを拾い上げて新しいビジネスを展開してもいます。そうした時代の風 ー人々の意識や経済環境、通信のスピードやハードウェアのCPUの動きー を読みながらこの先のことを考えるのは、これまでやってきたことではあります。
私は、これまでもずっと「10年後の常識を作りたい」と考えてきたし、実際に「BeeTV 」を考え始めた頃は「ケータイで映像を見るなんて当たり前ではない」と言われていたけれど、それが今では当たり前になりました。そういう流れで、生活の中で気軽に貸し借りすることが常識になってほしいと考えています。
コロナ禍や新しい世代の人達の意識の変化を見ていると、貸し借りが文化になる可能性はあると感じています。あとはマーケットとして成立するためには競合となる企業が2つか3つ出て、ここにマーケットが存在していると分かってもらう必要もあるでしょう。競合企業なしで文化として成立していくのはなかなか難しいと思っています。競合企業は脅威ではあるけれど、市場形成にもなる。その中で脱落しないで頑張らないといけませんね。
そうした先、50年後や100年後についてですが、当然モノは存在しているはずなので、モノの貸し借りは物流等が凄く改善されてよりやりやすくなるように思います。
例えば「これを借りたい!」と言ったらその辺の誰かが「これどうぞ」というようなことが日常的に行なわれるような生活が現実になっているのでは、と思います。自分が欲しいなと思ったらセンサーが反応して「それもう借りておいたよ」と、家に届くような世界ですね。
人間が何かを使ったり、買ったり借りたり、という行為はこれから先100年経っても変わらないことでしょう。ただし、それを成立させる様々なプロセスやモビリティ、デバイスなどあらゆるものが変わっていくのだろうな、という気がします。
茶谷 :確かに、5,000年前の人も「何かが欲しい」と思う気持ちは現代人と変わらず持っていたでしょうね。
村本 :そうです。例えば、火を起こしたり、ご飯を炊いたりする器具や機器は確かに進化したけれど、これを使うという行為は変わらなくて、その器具や機器を買うという行為がもっと気軽な行為になって今よりもっと簡単な形で自由に使えるようになる。そういうことが起き始めているのではないかと感じています。
私の妄想では、住んでいるエリアの個々人の家にある「貸してもいいモノ」が“透視”できて、私が「これ貸してほしい」思ったら使える、というイメージです。50年後や100年後にはまさにデジタルの力でそんな妄想も実現できるような気がしました。
茶谷 :そうすると、生産台数の予測が難しくなったり、生産数が落ちたりするかもしれない、というシナリオにメーカーが戦々恐々するかもしれませんね。
村本 :そうでしょうか? 私は、欲しいモノはあるけれど使えていない人がたくさんいる今日に、気楽にモノが使える状態を作ることで使う人を増やせば、その中には当然ながら所有したいという気持ちを持って、購買する人も出てくるので、むしろビジネスチャンスが増えるように感じます。つまり、「買わないと使えない」という今日の状態こそ、扉を狭めているのではないか、ということです。
ある商品について、「ちょっと気になるな」と思っても、「ナン万円です」と聞くと、「まあ、なくてもいいや」と感じるものですよね。この「なくてもいいや」がなくなる、例えば気になる商品ページを見てピピっとやればそれがもう自宅に届いて、試しに使えて、気に入ったらもうそのまま買うことができたり、サブスク形式で使い続けることができたり…。
その間口がTV番組であったり、ネット配信であったりする、というイノベーションやプロセスの革新は起こるものだと思っています。ただし、何度も言うように人の本質は変わらないでしょう。
ビジネスは感情。分析したって新しいビジネスは出てこない
茶谷 :そうした“妄想”の話は非常に共感できるので、もうひとつ質問をさせてください。冒頭でも少し触れられていましたが、世界観や感性、仮説といったことがビジネスに進化していくのは、私としてもワクワクするのですが、一般的にビジネスのやり方としては王道ではないとされています。これについて、村本さんはどう感じていらっしゃいますか?
村本 :私は、「ビジネスとは実は感性だ」と思っています。何かを分析したから新しいビジネスができるかというと、実は違うと考えています。そこは、ある種人間の思い込みが必要で、それに対する裏付けがしっかりロジカルにできているかどうかが、それが単なる思いつきで終わるか、ビジネスになっていくかの違いだと考えています。
例えば、「BeeTV」についても、これからの映画やスクリーンはどうなるかを考え、スクリーンで見るものがテレビの誕生によって家で楽しめるようになり、そして、ケータイに行き着く、という未来を思い描いた後、過去のスクリーンの歴史を紐解いていき、「間違いなくそうなるよね」と、裏付けができました。加えて、今後の通信スピードの速さや容量を予測すると、明らかにそこにビジネスの可能性があると見えたわけです。
実は、「アリススタイル」でも「BeeTV」の構想当時と同じような可能性を感じています。貸し借りすることが当たり前になっている社会を妄想して、今考えているのが、「アリスプライム」という借り放題のプランです。いつでもどこでも、必要な時に好きなモノを借りることができると、新しい“常識”が生まれる気がするのです。
このように、最初は思いつきの要素が強くて、ただきっと思いつきであったとしても頭の中ではロジカルに考えている部分もあるのだと思います。
茶谷 :思いついたことを後から理論付けするケースは多々ありますよね。だから私も「妄想駆動型組織」という考え方を掲げています。
村本 :そう言われると、私も妄想家ですよ! それこそ、全部の家の壁が透視できたらいいな、といったことを日々妄想しているくらいです。
そういう妄想はもっと声に出してもいいのかもしれないですね。現実論に立脚すると、新しいことなんてできないのでしょう。
新しいことは、きっと現実には物凄い壁があるけれど、どう打破して実現するかと考えて取り組んでいくことで本当に新しい市場が形成されるのであって、妄想からスタートしていないと、現実論から考えても全然広がりが出てこない。妄想ありき、ですね。(笑)
その妄想が実現することが消費者にとって今よりもっと便利になったり、ハッピーになるという前提とその確信があることが大事で、そうではない妄想は妄想でしかないとも言えるでしょう。
茶谷 :実は今ビッグカンパニーとされている企業、それこそGAFAの経営者もきっと妄想から生まれているのでしょう。グーグルは「世界の情報を取り出すんだ」という妄想から始まっているように思います。
村本 :妄想をどう実現できるかをずっと突き詰めていくと、いろんなビジネス形態になっていきます。だから、やはり起業に通じるビジネスの妄想は変わらない一貫性を持っているのでしょう。KPIの実績や事例といった過去のことはそれほど役に立たない、未来を見ないといけませんね!
対談者プロフィール
村本 理恵子
株式会社ピーステックラボ 代表取締役社長
東京大学文学部社会学科卒。時事通信社にて世論調査、市場調査分析に従事。1997年、専修大学経営学部教授に就任。2000年、株式会社ガーラの代表取締役会長に就任し、ナスダックジャパン(現・新ジャスダック)上場に貢献。2009年、エイベックス通信放送株式会社の取締役に就任し、モバイル動画配信事業「BeeTV(現在のdTV )」の立ち上げに参画。立ち上げ後の事業戦略・マーケティング戦略・編成戦略策定にも携わる。2013年、エイベックス・デジタル株式会社の取締役に就任し、各社でのデジタル関連事業を推進。2016年、株式会社ピーステックラボを設立。2018年、モノの貸し借りアプリ「アリススタイル」の提供を開始。SDGsの実現に向けたシェアリングサービスとして新たなインフラを構築し、モノの貸し借りを通して「体験」が平等に提供される社会を目指す。日経WOMAN『ウーマン・オブ・ザ・イヤー2021』、『Forbes JAPAN WOMEN AWARD 2021』企業部門(従業員規模別 300名未満の部)第10位を受賞。
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