現在、新たな電力源に依拠するエネルギートランジションが起こりつつあります。それによって世界のエネルギーおよび鉱物市場の姿は一変し、経済的、環境的および地政学的な影響が生じると考えられます。本稿では、エネルギートランジションを果たすために考慮すべきリスク要因とサーキュラーエコノミー戦略について解説します。

ポイント

  • エネルギートランジションを2℃シナリオの達成に必要なペースおよび規模で進めていくためには、サーキュラーエコノミーのソリューションをエネルギー業界にとどまらない広範囲で展開する必要がある。
  • 企業は、循環性の3本の柱「インフロー」、「潜在的回収率」、「実回収率」のそれぞれに対し、サーキュラーエコノミーへの転換を後押しすることができる。

 

OPECから「OMEC」へ:新たな世界のエネルギー・エコシステム

各国は、2015年のパリ協定で設定された野心的な目標の達成に奔走しています。現在、経済大国上位10ヵ国のうち9ヵ国が、温室効果ガスの排出を実質ゼロとする「ネットゼロ」計画を発表するか、あるいはその達成をコミットしています。グローバル企業および金融機関は、同じく意欲的な目標をそれぞれ設定しています。これらの目標の達成には、エネルギー部門の脱炭素化を急ピッチで進める必要があります。しかし、クリーンなエネルギーの供給は鉱産天然資源に依存しており、将来の供給は、以下2つのリスクに直面しています。採鉱および生産に対し、川下の企業、投資家および一般市民からの環境・社会・ガバナンス(ESG)面での監視の目が厳しくなること、そして、戦略的資源へのアクセスは国家安全保障の名目で政治的な問題となることです。

エネルギートランジションにおける「エッセンシャル」から…ビジネスにおける「クリティカル」へ

発電量が変動する再生可能エネルギー由来の電力の送電を可能とする制御技術を含む低炭素テクノロジーは、従来の化石燃料由来の電力に伴う送電システムよりも多くの鉱物供給を必要とします※1。最近の世界銀行の報告書では、2℃シナリオの未来においてエネルギー生産および貯蔵の需要を充足するには、2050年までに合計300億トン超の鉱物が必要になると推定されています※2。ただし、重要資源の需要は、このように大幅に増加しても、多くの場合は確認されている埋蔵量で充足できると考えられます※3

しかしながら、石油およびガス業界と同様に、これらの資源の相対的な需要および供給は、多くの政治的・地理的要因の影響を受ける可能性があります。それにより、クリーンテクノロジーにとどまらず、工業生産、ライフサイエンス、自動車などの複数のセクターにおいて、企業にとって「エッセンシャル」な原材料が「クリティカル」な構成要素に変化する可能性があります。

需要が予想に反して上振れした場合(かつ、その結果としての供給が遅れた場合)、短期的に価格が不安定になる可能性や、複数のクリティカル・メタルの生産が不足する可能性があり、その上振れ要因として、「政治と政策」および「テクノロジーとイノベーション」が考えられます。また、資源の生産・精製は少数の国に集中していること、そして多くの場合に代替として利用可能な資源が極めて少ないことなどから、多角化はあらゆる面で制限されています※4。したがって、供給サイドは、「地政学」、「探査」および「アクセス」がリスク要因となります。

すべてを支配する5つの鉱物

将来のグローバルなエネルギー・サプライチェーンおよび関連する製造業の円滑な運営のために不可欠であると考えられる、5つの金属および原材料に焦点を当てます。

リチウム

世界中の確認済みのリチウム資源の4分の1近くを保有しているボリビアは※5、国家による統制および限定的な鉱業インフラのため、生産にはほぼ着手していません。したがって、供給の増加には地政学的な条件および内陸国にある鉱源へのアクセスの可否が重要となります。さらに、鉱物の抽出に伴うESG上の考慮事項もあります。チリでは、リチウム抽出に大量の水が使用され、利用可能な水が失われることにより、現地の農業および畜産業に悪影響をもたらしています※6

コバルト

コバルトの供給は現在コンゴ民主共和国に大きく集中しており、総生産量の約70%の供給源となっています※7。経済および政治不安に加え、労働および汚職の問題があることから、コバルトの供給は極めて予測困難となっています。製錬設備の3分の2が中国に立地しているというサプライチェーン上流の地理的集中※8もサプライチェーンにおける潜在的な課題であり、地政学的な緊張が高まった際には特に重要となる可能性があります。

インジウム

自然界では、インジウムは非常に希少です。ほぼ常に他の鉱物(特に亜鉛および鉛)内の微量元素として存在しており、それらの副産物として採取されるのが通常です。さらに、インジウムの主要生産国である中国は※9、2020年後半に国家安全保障および国益に関連する軍民二重用途物品(レアアースを含む)の輸出を国家が制限することを可能にする新しい輸出管制法を提案しました。一方、「欧米」の各国が協力して鉱山および「都市鉱山(使用済みの工業製品などに含まれる鉱物の回収および再利用)」の開発を行うための大きなオポチュニティが生じています。

バナジウム

バナジウムの代替は、現時点では経済的にも技術的にも容易ではありません。生産は高いコストによって制限されるため、バナジウムの採取はバナジウムを多く含む産業廃棄物から他の鉱物(ニッケル、チタンなど)を抽出することによって補われています※10

黒鉛

中国は、世界の土状黒鉛供給の60%を占めています。その3分の2は片状黒鉛ですが、その加工は100%中国で行われています※11。ある鉱物のサプライチェーン全体を一国が支配することは、他の国による当該鉱物へのアクセスや、当該鉱物の生産および利用に関連した経済活動を脅かす可能性があります。しかし、世界中で探査が行われるようになったため、この状況は今後数年で変化する可能性があります。

再生可能エネルギーには「再生可能」なインプットが必要

エネルギートランジションを2℃シナリオの達成に必要なペースおよび規模で進めていくためには、サーキュラーエコノミーのソリューションをエネルギー業界にとどまらない広範囲で展開する必要があります※12。サーキュラーエコノミーとは、資源、製品、部品および原材料を「循環」させ、それらの価値を保持することを目指す「再生」モデルです。将来の地理的、地政学的および経済的な制約に対応するには、サーキュラーエコノミーのソリューションを強力に推進することが必要となります。

政府、投資家、鉱物の生産者、企業、そしてエンドユーザーのそれぞれに、エネルギーミックスの変化および資源の入手可能性に対する全体的な対応の一環として、果たすべき役割があります。消費者は、採鉱活動にプレッシャーを与え、厳しく監視するだけでなく、技術的あるいは政策的な要因から生じる制約を受け入れ、その範囲内で活動するという責任も伴います。政府は、マーケットシグナルを好転させるために、気候に関する目標およびエネルギーミックスに関する予想を明確化することが必要です。投資家は、クリティカル・ミネラルの原材料の掘採、調達、利用およびリサイクルにおけるリスクおよびオポチュニティをよりよく理解したうえでポートフォリオ管理に対して包括的なアプロ―チを行う必要があります。そして資源の生産者は、自社の「ESGフットプリント」が現状どの程度であるか、「循環型への移行」がどの程度進んでいるか把握し、クリーンエネルギーへの移行のために必要な鉱物のカーボン・フットプリントを制限する必要があります。企業(特に工業生産業界)は、循環性の3本の柱「インフロー」、「潜在的回収率」、「実回収率」のそれぞれに対し、サーキュラーエコノミーへの転換を後押しすることができます。

脚注

※1 World Bank Report (2020).

※2 同上。これらの技術を展開または利用するために必要な関連インフラ(電気自動車のトランスミッション系統やシャーシなど)は含まない。

※3 ただしすべてではなく、鉄、インジウムおよびコバルトなど、エネルギー関連用途のための推定需要が既知の埋蔵量を超えているものもある。

※4 サプライチェーンリスク対応のために米国エネルギー省の調整を受けている研究開発投資の3本の柱のうち2本が、供給の多角化および代替資源の開発に焦点を当てている。3本目の柱は、クリティカル・マテリアルのリサイクル、再利用およびより効率的な利用の推進。 Critical Materials Rare Earths Supply Chain: A Situational White Paper (2020) US Department of Energy.

※5 Lithium data sheet - mineral commodities summaries (2021) USGS.

※6 The spiralling economic cost of our lithium battery addiction (2018) Wired.

※7 Cobalt data sheet - mineral commodities summaries (2021) USGS.

※8 Cobalt crunch? Dealing with the battery industry’s looming supply challenges for cobalt (2018) Apricum.

※9 Methods to increase indium supplies for the manufacture of thin-film solar cells (2015) European Commission; Indium data sheet – mineral commodities summaries (2021) USGS.

※10 Can Vanadium Flow Batteries beat Li-ion for utility-scale storage? (2019) Energy Post EU.

※11 Li-Ion Batteries: A Review of a Key Technology for Transport Decarbonization (2020) Energies.

※12 Circular Economy: A Key Lever in Bridging the Emissions Gap to a 1.5°C Pathway (2016) Circle Economy.

原文リンク(英語)

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