航空宇宙・防衛業界におけるM&Aの展望

航空宇宙・防衛(A&D)業界におけるM&Aを加速する、地政学的要因、COVID-19、そしてデジタルトランスフォーメーションという3つの要因を検証し、それらの要因が今後数年間にわたってM&A取引に与える影響について掘り下げます。

航空宇宙・防衛(A&D)業界におけるM&Aを加速する3つの要因を検証し、それらの要因が今後数年間にわたてM&A取引に与える影響について掘り下げます。

このレポートでは、地政学的要因、COVID-19からの回復、そしてデジタルトランスフォーメーションという3つの要因が今後数年間にわたり、A&D業界におけるM&A取引にどのような影響を与えるかを概説しています。

ポイント

  • デジタルトランスフォーメーションの加速により、A&D業界はイノベーションを見直し、M&Aを可能にしながらイノベーションを育むことが課題となる。
  • 国内回帰や地政学的対立により、A&D業界におけるM&Aに課題と機会が生じるため、政治的動向を注視する必要がある。

世界の航空宇宙・防衛業界におけるM&A:取引急増の予想

2021年は、今後数年間にわたってディールメーカーに重要な影響をもたらすような、世界のA&D業界におけるターニングポイントとなる可能性があります。地政学的要因、COVID-19、そしてデジタルトランスフォーメーションという3つの主要なトレンドは、A&D業界の再編につながり、M&A案件のニーズが高まるA&D業界の企業やフィナンシャル・スポンサーには機会とリスクが生じるでしょう。本章では、これら3つの要因を検証します。

国際的なパワー・ポリティクス

国際政治は常に、A&Dの発展に極めて重要な役割を果たしてきました。地政学リスクコンサルティング会社 Eurasia GroupのDavid Gordon氏は、大国のパワー・ポリティクスの時代が再来し、安全保障政策を動かす重要な推進力になると指摘しています。Eurasia Groupは、地政学的な対立が増加すると、A&D業界におけるM&Aを含むあらゆる種類のビジネスに課題と機会が生じると予測しています。

COVID-19の世界的拡大

新型コロナウイルス感染症は民間航空宇宙業界に壊滅的な打撃を与え、グローバルサプライチェーンの脆弱性をも浮き彫りにしました。政府の予算は予測可能な将来にわたって厳しく制限されるため、民間航空宇宙業界へのさらなる支援は限定的なものとなるでしょう。防衛プログラムの全面的な縮小が行われる場合、多様な製品およびサービスを提供してきた国防関連の請負業者が、ポートフォリオを再構築し、自社の中核的な能力へ注力することに立ち返ることが考えられます。

イノベーションの必要性

COVID-19のパンデミックにより突然起きた景気後退によってデジタルトランスフォーメーションが加速し、イノベーションの重要性が浮き彫りとなっています。イノベーションの見直しが必要な理由には、戦争の性質が暴動やテロの鎮圧から対等に近い敵対勢力への対抗や防衛インフラの近代化へと変化し、テクノロジーシステムや通信ネットワークへの投資が推進されるようになったことが挙げられます。M&Aを可能にしながらこれらのイノベーションを育むことが課題となるとKPMG英国のJonathon Gillは指摘しています。

全世界におけるM&A取引のトレンド

COVID-19による強い影響とボーイング737 MAX機の運航停止にもかかわらず、A&D業界では、広範囲にわたる業界統合は起こっておらず、倒産件数も多くはありません。しかし、公的債務の増加および商業航空便の低迷の長期化から、Tier2およびTier3セグメントで中小規模のM&A案件が多数発生する可能性があります。新規株式公開(IPO)の件数も増加しており、米国では、航空宇宙分野の企業を含むターゲット企業を上場させる手段として特別買収目的会社(SPAC)の利用が増えています。
企業は裁量的支出の削減と現金の節約に力を入れているため、リスク選好度が低下しています。買手が変革をもたらす大規模なM&A案件から、戦略に適合する中小規模のM&A案件に関心を移している事例もみられます。市場の見通しは依然として厳しく、世界各地で規制当局の監視が強化されることから、このトレンドは今後も継続するでしょう。
最近のM&A活動により、細分化されたセグメント(政府向けITサービス、整備・補修・オーバーホール、切削部品メーカーなど)の一部で統合が進んでいます。プライム企業やOEMは、急速に成長する市場を利用することができる次世代テクノロジープロバイダーを、タックイン買収(対象企業を自社の一部門と合併させる買収)やSPACを用いた合併を通じて取得することにより、革新的なノウハウを獲得しています。

進むべき道

業界統合の展望

COVID-19の影響により、多くの主要な市場において、存続のために財務支援を受けるTier1、Tier2およびTier3のサプライヤーが増えています。しかし、サプライヤーの多くが需要の減少に合わせて生産能力を縮小するとともに資本へのアクセス改善のために統合されることが予想されます。KPMGオーストラリアのKalmsは、世界中で防衛製品のサプライヤーの買収を検討する企業は、倒産が迫り売却の機が熟している企業を他の企業よりも早く見つけるために忍耐強く目を光らせなければならないと指摘しています。

多角化の推進

M&Aによって民間航空への依存を減らそうとする企業が現れると考えられます。軍民両方のセクターで事業を行う航空宇宙企業は、今後数年間の困難な時期を乗り切るために、民間ではなく軍事セクターでの事業に軸足を置くこととなるでしょう。軍事市場へのエクスポージャーを高めるためにさらなる多角化を図り、防衛製品製造のために資産を獲得していくことを目指す企業も現れるでしょう。

国内化の推進

広範囲にわたるサプライチェーンは混乱の影響に対して脆弱であることから、A&D企業はサプライチェーンの重要リンクの一部の国内回帰を進めています。国内化を主な目標とする国の1つが、世界第3位の軍事支出国であり、第2位の防衛装備品輸入国であるインドです。KPMGインドのGaurav Mehndirattaは、外国の防衛製品請負企業にとって最大の機会は、特定製品のサプライチェーン全体がインドに移転することだと言います。

アクティビストとしての政府

地政学的な緊張の高まりに対応し、各国政府は企業への支援に加え、航空宇宙・防衛セクターへの外国投資に対する監視の強化により、自国防衛産業の形成に積極的な役割を果たしています。しかし、企業が新たなA&Dシステムに関して国際協力を深める動きが妨げられることはないと考えられ、自国の企業だけでなくその他の国の企業にもM&Aの機会が生じる可能性があります。

結論

A&D業界には今後も国内メーカーを保護する政策が適用されるため、企業は極めて慎重な姿勢を取ることに加え、政治的動向に目を光らせることが必要となります。しかし、地政学的要因とテクノロジーにおける覇権競争が状況を変えつつあります。各国政府は、重要セクターの潜在的な敵対的買収企業からの保護に注力する一方で、業界における国際協力にはよりオープンな姿勢を取るようになっています。このような環境は、A&D業界におけるM&Aの豊富な機会を提供することとなるでしょう。

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