はじめに
eスポーツは、目立たないながらも、世界で最も急成長を遂げているスポーツの1つです。
eスポーツ市場の成長の初期段階では、PCハードウェアとソフトウェア、周辺機器、ゲーミング機器などeスポーツに密接に関連したセクター内の企業やブランドが業界を占有していました。
しかし、eスポーツの機会は限定された企業だけのものではありません。
このレポートでは、eスポーツが従来のスポーツ業界やゲーム業界の次の進化形態である理由について考察します。また、メディア企業や、従来型のスポーツブランド企業、通信企業が、どのような戦略と知見をもって、eスポーツの機会を活用することができるのか?加えて、概略的な視点から、規制当局の役割と先見的なアプローチが、成長初期特有の困難への対処にいかに役立つかについて考えます。
盛り上がる市場
【スポーツの種目別視聴者数の比較】
eスポーツで拡大しているのはオーディエンスの規模だけではありません。賞金総額も増加しています。
【伝統的なトーナメントと比較したeスポーツの賞金総額(2019年)】
リアルスポーツ | フェデックスカップ(ゴルフ) | 6,000万米ドル |
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全米オープンゴルフ | 1,250万米ドル | |
全米オープンテニス | 5,720万米ドル | |
ウィンブルドンテニス | 4,940万米ドル | |
インディ500(モータースポーツ) | 1,310万米ドル | |
eスポーツ | Dota2 ザ・インターナショナル2019 | 3,430万米ドル |
Fortniteワールドカップ・ファイナルズ(ソロ) | 1,530万米ドル | |
Fortniteワールドカップ・ファイナルズ(デュオ) | 1,510万米ドル |
レジリエンスは相対的に高く、リスクは相対的に低い
eスポーツの人気は過去10年以上にわたり急激な盛り上がりを見せていますが、2020年は新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックが従来型スポーツに影響を与えたことから、成長の勢いが増しています。eスポーツは、そのバーチャルの特性により、パンデミックの影響から逃れられたばかりか、従来型ライブスポーツイベントが減少したのを機に、新たな参加者と視聴者を惹きつけることができました。
経済の先行きが不透明な中で、こうした状況がスポンサー企業にとってのeスポーツの魅力度を一層高めているのです。
【主要eスポーツの視聴者数に対するCOVID-19の影響】
必ずしも新しい業界ではない
eスポーツ業界が成熟するにつれ、主要なバリューチェーンは従来型スポーツのバリューチェーンに似た形を取るようになり、関連セクター以外の企業やブランドにとって機会を活かしやすく、なじみ深い状況が生まれています。
- 独立運営かゲームパブリッシャー運営のeスポーツリーグが、独自のトーナメントを主催する
- 従来型スポーツチームと同様に、チームやプレイヤーの代表がトーナメントに出場する
- 放送局や会場運営企業が、会場ライブ、従来型メディアチャネル、オンラインストリーミングプラットフォームなどの各種メディアチャネルを使用してトーナメントの興行を行う
- オーディエンスは、プラットフォームやシーズンチケットの申込み、好きなチームへの寄付、グッズ購入を通じてeスポーツコンテンツにかかわる
eスポーツプレイヤーとオーディエンスの間には高い双方向性があります。
ストリーミングプラットフォームに組み込まれたソーシャル要素によって、ファンは好きなチーム、プロのプレイヤー、他のファンと関係を持つ機会が得られ、従来型スポーツよりもはるかに距離が近いものとなっています。
それゆえ、企業やブランドにとって、eスポーツはスポンサーシップや広告という手段を通じてファンにリーチするための、またとない機会になっているのです。
機会を開く
現在、eスポーツから純粋に生み出される新しい収益はそれほど大きなものではありません。
しかし、eスポーツのオーディエンスは、従来型スポーツとは異なるマーケティングや消費体験に影響を受けやすい傾向にあります。このため、関連セクター以外の企業やブランドはスポーツ中心のビジネスモデルを修正し、新しいeスポーツ時代に合わせて自社のマーケティング戦略を調整する必要があります。
メディア企業(放送局、イベント主催者など)
メディア企業にとってeスポーツとは、コアオーディエンスを守るとともに、変化するオーディエンスの期待に応え続けるための手段と考えるべきです。下記のようなeスポーツの特性を意識した戦略が有効でしょう。
- 従来型スポーツのように特定のイベントや期間が限られたシーズンに縛られない
- 世界的なパンデミックやセキュリティアラートが発出されるような事態、悪天候に強い
- オーディエンスが若いうちから関係を築き始めることで、顧客生涯価値を最大化することができる
消費者ブランド
高級品や高級車等のファンと変わらず、eスポーツのオーディエンスとより効果的に関係づくりを行える機会は、消費者ブランドにとって強い影響力を持ちます。すでにeスポーツ市場に参入している企業も見られます。
- より若く裕福なオーディエンスとの間で、より深く、データに基づいた関係を築くことが可能
- 2019~2020年には、eスポーツのスポンサー契約のおよそ63%が、日用品、自動車メーカー、通信企業など、テクノロジー系ではない企業による
eスポーツでは、プロスポーツに比べてオーディエンスが若い傾向にあります。
また、eスポーツのオーディエンス層は若者が多いだけでなく、比較的裕福で購買力が高いことも特徴です。
若年層×高い購買力という組み合わせにより、消費者ブランドは、より少数の人しか見ないリアルの広告看板や線路脇の広告にメッセージを掲示するより、eスポーツのプラットフォームを使う方が効果的です。
また、ブランドはeスポーツの動的なデジタル要素を活用して、オーディエンスの行動と態度に関する貴重なデータや知見を収集することができます。これを広告予算やキャンペーンに反映させることにより、メッセージが常に更新され、ターゲットオーディエンスに効果的にリーチすることが可能となります。
通信企業とインフラ提供者
eスポーツ業界は、それを支えるデジタル通信インフラがなければ存在し得ません。eスポーツ人口の増加とエッジコンピューティング技術や5Gの到来によって、大きな機会を得る可能性があります。
- 顧客との関係を深め、より豊かな体験を生み出すことで、ユーザー1人当たりの平均収益の最大化が見込める
- 「ダークファイバー」を利用して需要増に対応し、追加収益を期待できる
規制当局の動き
従来のスポーツ業界とは異なり、eスポーツへの参加やかかわりには量的にも地理的にもほぼ事実上制限がありません。中国の10代のゲーマーからヨーロッパの一流プロスポーツチームまで、誰でも同じプラットフォームにアクセスできます。さらに、ギャンブルやプレイヤー個人に対するスポンサーシップなど、検討すべき付随的な活動が多数あります。
eスポーツは英国では正式に認められたスポーツではなく、eスポーツ固有の法的枠組みはありませんが、同国は2016年に英国賭博協会の管轄のもと、いち早くeスポーツを賭博規制の対象としました。現在のeスポーツ固有の賭博ルールでは、八百長、ハッキング、不正ソフトウェアの使用などが規制の対象となっています。
eスポーツエコシステムは、適用される既存および新たな形態の規制を認識する必要もあります。
eスポーツチーム、パブリッシャー、イベント主催者、ストリーミングプラットフォーム、および個々のプレイヤー間の関係はますます複雑になっており、特に垂直統合型の成長戦略の場合には、潜在的な独占禁止法への影響を慎重に検討する必要があります。
これとは別に、消費者規制も、特に広告とオンラインインフルエンサー戦略に関してeスポーツを考慮し始めています。
また、政府は「オンライン上の損害」という概念に取り組み続けています。これは、パブリッシャー、プラットフォーム、および掲示板を含むオンラインコミュニティ全体に関連するものと思われます。
市場の拡大に伴い、知的財産権保護、評判管理、複雑化などの問題について懸念する潜在的な商業パートナーから、規制の改善に対する圧力が高まっていくでしょう。
この急速に変化する、急成長中の業界の長期的な持続可能性と信頼性を確保するとともに、すべてのステークホルダーにとって機会を最適化するうえで、eスポーツのガバナンス強化は不可欠なのです。