拡大する金融包摂問題への取組み

金融包摂をさらに進めていく上で必要なのは、金融システムの体系的なレジリエンス(回復力)と金融ソリューションの融合です。

金融包摂をさらに進めていく上で必要なのは、金融システムの体系的なレジリエンス(回復力)と金融ソリューションの融合です。

私たちは社会の分断や不平等の拡大という厳しい現実に直面しています。超富裕層が大いに富み栄える一方で、世界の人口の半分は1日5.50米ドル未満で生活しています※1。金融機関やモバイルマネー・プロバイダーの口座を一切保有していない「アンバンクト」※2層の成人人口は約17億人に上ります。

オックスファムが昨年発表した経済的不平等に関する報告書によると、世界の億万長者2,153人が保有する財産の総額は、世界人口全体の60%(46億人)を占める最貧困層の財産をすべて合計した数字と等しいという憂慮すべき事実が明らかになりました※3

所得の不平等や金融サービスからの疎外は、低所得国や中所得国だけの問題ではありません。英国などの高所得国でも不平等は明らかです。英シンクタンクHigh Pay Centreの最近の分析によると、FTSE100構成銘柄企業の最高経営責任者(CEO)は、フルタイム労働者の年間賃金の中央値(31,461ポンド)を、わずか34時間で得られることが明らかになっています。不平等は実際に拡大しています。現在のCEOの報酬は平均的な労働者の約120倍に上りますが、この数字は、2000年代初頭は約50倍、1980年代初頭は20倍だったと推定されています※4

金融機関は責任ある企業として事業を運営する必要性を十分に認識しています。顧客、従業員、サプライヤー、その他の利害関係者を公平に取り扱い、幅広く多様なニーズに対応しなければなりません。目的を持たず、ただ利益のために事業を運営することは受け入れられないという認識が明確になっています。コミュニティやそれを取り巻く企業が成功しない場合には、いかなる金融機関も真に成功を収めることはできないでしょう。

新型コロナウイルス感染症によるリスク増大

こうした問題は以前から広く指摘されてきました。そして現在私たちが直視しなければならないのは、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大を通じて、問題は一段と悪化しているという事実です。パンデミックは、医療と資金の両面で、低所得者層の家庭に偏った悪影響を及ぼしています。こうした人々は狭い空間に混み合った状態で暮らしており、医療提供体制は不十分で、金融セーフティネットも手薄または皆無な状態です。2015年に193ヵ国が署名した17項目から成る「持続可能な開発目標(SDGs)」は、不平等を減らし「誰一人取り残さない」ことを目標に掲げています。しかし国連は、COVID-19から最も大きな打撃を受けているのは高齢者、障害を持つ人々、少数民族、難民など最も脆弱なグループであることを認めています※5

残酷な皮肉と言うべきか、低賃金労働者を最も多く雇用するセクターがパンデミックによって最も大きな打撃を受け、そうした人々の生活が危険にさらされています。世界中のホスピタリティ企業、レジャー産業、小売業者、レストランやカフェが、閉鎖や事業運営方法の大幅な見直しに追い込まれています。こうしたセクターの労働者の多くは臨時雇用や社会保障がない状態で働いており、コロナ禍の中で失業や勤務時間の大幅な減少に直面しています。パンデミックの影響で、今後新たに7,000万人が極度の貧困に追い込まれる可能性があるとも推定されています※6。発展途上国には特に深刻な影響が及ぶ恐れがあります。世界人口の半数は、失業給付や政府による所得支援といった社会的保護を受けられません。仕事がなければお金も食べ物もないのです。

大きく異なるロックダウン経験

パンデミックについて、多くの人々がこの先ずっと忘れないであろうことの1つがロックダウンの経験――長期間にわたる在宅勤務、TeamsやZoomを使ったオンライン会議の連続、共有プラットフォームを使った共同作業などです。しかし、こうした経験は、一部の非常に恵まれたプロフェッショナルからの視点です。何百万人もの人々にとって、ロックダウンとは働けないことを意味しています。そして、適切なデバイスと接続性を持っていなければ、新しいキャリアを見つけるための新たな活路や能力向上の場を探し求めることもできないのです。

ロックダウンはまた、アンバンクト層や金融サービスから疎外されている層が被っている影響をはっきりと浮かび上がらせました。多くの人は食料品をオンラインで注文し、その他さまざまな買い物をし、必要に応じて銀行口座間でお金を振り替えることができました。しかし、全く異なる経験をした人々もいました。金融サービスからの疎外は社会的疎外につながることになりました。オンラインでの買い物ができない人々は、ロックダウン中でも営業を続けていて、しかも現金での支払いを受け付けてくれる店を探さなければなりません。実店舗に足を運ばざるを得なければ、ウイルスに感染するリスクは大きくなります。また、銀行口座は保有しているものの、インフォーマルセクターで低賃金の仕事についている人やマイクロビジネスを運営している人であれば、現金の預け入れや引き出しを行うために銀行の実店舗を利用する必要性は高いでしょう。しかし、多くの銀行が多数の支店を閉鎖しています。

英国では、信用履歴の無い人々がコロナ検査キットをオンラインで注文できていないことも報告されています。信用情報は人々の身元確認プロセスの一環として使用されますが、信用履歴が不足しているが故に注文プロセスを完了できなかった人々もいました。こうした人々には、危険を冒して実際の検査会場に足を運ぶ以外の選択肢はありませんでした。

金融業界の協調対応

金融業界はCOVID-19危機を通じて、顧客やクライアントへの経済的支援の提供に向けて、支援パッケージの運用や流動性の追加提供など、多大な取組みを結集してきました。こうした取組みは、中央銀行のイニシアチブや政府による支援パッケージから個々の金融機関が独自に実施する支援策まで、さまざまなレベルで行われています。多くの金融機関は既存の顧客に対して、必要に応じて資金面での圧力を緩和するために、支払い猶予やモラトリアムを提供しています。

欧州投資銀行(EIB)などの多国間機関による取組みも、非常に活発に行われています。EIBによる資金調達パッケージは、地域経済やコミュニティにとっての中小企業の重要性を踏まえ、銀行を通じた流動性供給、保証スキーム、その他のリスク移転プログラムにより総額280億ユーロに及ぶ中小企業向け融資を目指したものです。多国間機関の意図は、リスクのかなりの割合を自らが負担することで金融システムのレジリエンスの強化を支えること、そしてそれを社会全体への恩恵につなげることでした。

このことは、あらゆる組織には果たすべき役割があるという事実を強調しています。危機の発生時には、状況の悪化を防ぐために協調的で統合された行動が必要です。金融サービスから疎外されている人々、そして現金による取引が大半を占めるようなマイクロビジネスの多くは、マイクロファイナンス組織、信用組合、非営利事業体といった代替的金融機関に依存しています。こうした代替的金融機関自体も、コロナ危機により大きなしわ寄せを受けています。一部のマイクロファイナンス組織では、金融債務の繰り延べやリストラクチャリングが必要となっています。主力金融機関は、このような事態によって、マイクロファイナンス組織の将来の資金確保能力が損なわれることがないようにすることが重要です。マイクロファイナンス組織が資金を継続的に利用できるようにすることは、社会やコミュニティを通じたより広範な回復にとって不可欠な要素になるでしょう。

信用組合やその他の代替的金融プロバイダーにも、金融サービスからの疎外と闘いにおいて果たすべき重要な役割があります。それは、低所得者や信用履歴が不足している人々に手頃な価格の信用を提供し、重要な金融リテラシーと教育支援を提供することです。

休眠資産を生かす

英国における心強いイニシアチブの1つとしては、Fair4All Financeが金融包摂の推進に取り組む主要団体の1つとなりました。この取組みは、休眠資産――銀行口座、定期預金口座、投資、年金、その他の金融資産クラス全体で放置されている未請求資金――から集められた資金を通じて行われています。KPMGとアビバの調査によると、世界の休眠資産は1,000億米ドルを超える可能性があると推定されています。多くの国には休眠資産制度がありますが、制度の範囲を確立、拡大するための機会はまだ多く残っています(例えば、現在の休眠制度の多くはリテール銀行口座のみを対象としています)。必然的に、このような資金へのアクセスが可能になる前には、多くの法規制上の予防策を満たす必要があります。しかし、休眠資産の利用が可能になれば、社会的利益の推進に向けた重要な潜在的資金源になる可能性があります。

英国のスキームでは、政府の支援を受け、6,500万ポンドの休眠資産がFair4All Financeに投資され、金融サービスから疎外された人々の支援に向けて手頃な価格の信用供与やその他のメカニズムの提供を拡大するために使われています。これは、社会的および環境的な目的のために割り当てられた7億4,500万ポンドの一部です。

ターゲットを絞ったファンド、インパクトのある投資

このほかの効果的なメカニズムとして、社会的弱者や恵まれない立場の人々の支援を目的として設計されたファンドがあります。例えば米国では、多くの黒人企業や黒人家庭がコミュニティの銀行からの資金を利用できていません。これに対して、KPMGの米国ファームは、ブラック・バンク・ファンドおよびナショナル・ブラック・バンク基金との協力のもと、直接投資を通じてオーナーが黒人である銀行の強化に取り組んでいます。この資金により、黒人オーナーの銀行から黒人の起業家、家庭、企業への新たな融資提供が可能となります。非営利団体であるナショナル・ブラック・バンク基金は同時に、こうした銀行が業務を行うコミュニティに対して、金融リテラシーと資産形成の教育プログラムを提供します。

この種のターゲットを絞った取組みは、大きな累積効果を持つ可能性があります。また、環境・社会・ガバナンス(ESG)の特定の側面を専門とするファンドを提供する資産運用会社の成長など、金融業界の他のセクターにも果たすべき重要な役割があります。こうしたファンドの多くは環境に焦点を当てていますが、一部の銀行、資産運用会社、プライベートエクイティ会社は幅広い金融包摂投資ファンドを提供しています。

レジリエンスの構築に向けて緊急に必要な協力

金融業界としては、パンデミックをきっかけに、業界参加者が力を合わせ、金融包摂をさらに進めていく上で役立つ方法を考えることが極めて重要です。その一部は、金融システム全体の体系的なレジリエンスを確保することにかかっています。したがって、どのような金融ソリューションの融合が一翼を担うことができるかについて議論が必要です。

金融包摂は、日々の銀行業務だけでなく、保険、貯蓄、与信、年金など、幅広いニーズ全体に及ぶとの認識に立って、さまざまな金融機関が協力し革新的な新しいソリューションを推進することが重要です。テクノロジーが大きな役割を果たすことは間違いないでしょう。成功したイニシアチブの実例として、ケニアのM-Pesa(携帯端末による簡単な送金を提供し、現在10カ国で利用されている)やインドのPaytm(約3億5,000万人の登録ユーザーを持つモバイル決済サービス事業者)などがあります。

パンデミックは私たちの世界を揺るがし、新しい現実を作り出しました。その一つは、今や金融サービスから疎外された層の一人であることの困難さが一段と増しているということです。金融業界全体として、この状況を反転させすべての人のための金融包摂を着実に拡大する解決策を見つける必要があります。

金融包摂の進展

多くの金融機関は、金融包摂に関する重要なプログラムや活動を実施しています。その一例としてあげられるのは、クレディ・スイスが2008年から運営するファイナンシャル・インクルージョン・イニシアチブ(FII)です。このイニシアチブは、「経済ピラミッドの底辺」で活動するマイクロファイナンス機関(MFIs)、フィンテック、その他の金融サービスプロバイダーに助成金や技術支援を提供します。助成金は、MFIsの経営陣のトレーニングに必要な資金や人材のリソースを賄い、市場開発を推進するために行われ、専門知識を有するクレディ・スイスの従業員によるスキルベースのボランティア活動を通じて補完されます。クレディ・スイスはこの協力関係を通じて、MFIsやその他のプロバイダーの能力構築に取り組み、低所得層の世帯や個人のニーズに応えるだけでなく、革新的なマイクロファイナンスのための新しい市場機会とメカニズムを構築し、投資活動にインパクトを与えようとしています。

2019年には、134のMFIsとフィンテックのスタートアップ企業がクレディ・スイスのサポートの恩恵を受け、372,000人が新規または改良された製品やサービスへのアクセスを得ました。1,140人の現地MFI従業員がトレーニングを受けました。


脚注

※1 Nearly Half the World Lives on Less than $5.50 a Day(世界の人口の半分は1日5.50米ドル未満で生活している) (worldbank.org)

※2 The unbanked(アンバンクト層) | Global Findex (worldbank.org)

※3 Time to Care: Unpaid and underpaid care work and the global inequality crisis(今こそケアを:無報酬・低賃金のケアワークと世界の不平等危機) (openrepository.com)

※4 FTSE 100 chief executives 'earn average salary within 3 days'(FTSE100構成銘柄企業の最高経営責任者は「平均賃金を3日間で稼ぐ」)

※5 目標10 | 国連経済社会局 (un.org)

※6 SDG指標 (un.org)

この文書はKPMGインターナショナルが2021年3月に発行した「Frontiers in Finance, March 2021」の「Tackling a growing financial inclusion problem」をベースに作成したものです。翻訳と英語原文間に齟齬がある場合は、当該英語原文が優先するものとします。

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