職場の見直しにより、ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョンをパンデミック後の優先事項として実現させる

ダイバーシティ、エクイティ&インクルージョンの目標への有意義な進歩に向けて、金融サービス業が採用を検討すべき5つの戦略について取り上げます。

DEIの目標への有意義な進歩に向けて、金融サービス業が採用を検討すべき5つの戦略について取り上げます。

往々にして、危機に直面し行動しなければならない状況に追い込まれたときこそ、私たちの真の能力、そして最も大切なことが明らかになるものです。このことは新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックにも当てはまります。金融サービス業は、深く根付いたアプローチの見直し、顧客サービスのデジタル化対応、信頼してきた金融モデルの再構築、オンライン勤務への移行といった数々の難題に直面してきました。

金融サービス業界の真のリーダーは今、職場におけるダイバーシティ、エクイティ&インクルージョン(多様性、公平性&包摂性、DEI)の実現という長年の課題への取組みに向けて、危機時に発揮してきた創意工夫を同じように応用することができるでしょう。この1年を経て明らかになったのは、回復力や関係性を組織のカルチャーとして持続的に定着させたいと望むのであれば、女性や異なる民族出身者をはじめとするすべての過小評価されているコミュニティにおける雇用の不平等という問題に立ち向かわなければならない、ということです。

DEIへの賛成(いつかそのうち)

DEIの原則については、パンデミック以前から、少なくとも「やるべきこと」という観点から、賛同が高まっていました。雇用者間に肯定的意見をもたらしたのは、DEIと収益の関連性を検証した豊富な研究でした。例えばボストン・コンサルティング・グループは、経営陣の多様性が高い企業はイノベーションにより収益が19%増加したことを明らかにしました※2。同様に、ピーターソン国際経済研究所が91ヵ国で行った高収益企業の調査では、女性が経営陣の30%を占める企業の純収益率は15%増加していたことが示されました※3

このような説得力のある証拠が示されているにもかかわらず、金融サービス業界における経営幹部の構成の変化は遅々としています。37ヵ国の金融サービス業を対象とした調査によると、銀行および保険会社で指導的地位を担う女性の割合は20%をやや超える程度に留まっています※4。米国議会による調査でも、米国大手銀行の指導層における女性の割合について同様の結論が出ているほか、経営幹部レベルでの人種の多様性は19%に過ぎないと付け加えられています※5

DEIの「E」は、エクイティ(公平性)を表しています。エクイティとは、あらゆる人々の待遇、アクセス、機会、昇進における公正性、そして一部のグループの完全な社会参加を妨げている障壁を特定し排除するための取組みを表す言葉です。エクイティの向上のためには、組織内や制度内の手続きやプロセス、そしてリソースの配分において、正義と公正性を向上させることが必要です※1

パンデミックが明らかにした人々への重圧

残念なことに、DEIの取組みはパンデミックによって深刻な後退を余儀なくされた可能性があります。第一に、パンデミックの発生以来、多くの職場でダイバーシティが打撃を受けています。数多くのデータから、コロナ危機によって女性や非白人コミュニティがいかに不均衡に偏った打撃を被っているかが示されています。女性、特に黒人とヒスパニック系の女性の失業率が白人男性よりも高いことが明らかになっていることから、現在の状態を「She-session」と称する見方も多くあります※6

第二に、長期的な影響が出始めていることです。多くの女性は、仕事と家族の世話の両立という二重の負担に直面することが多いために、たとえ経済が回復しても職場に戻らないという選択をする可能性が高いためです。

そして、こうした重圧のために仕事をやめる決断をする女性が増える可能性が高いと考えられます。WerkLabsによる最近の調査からは、パンデミックの発生以降、自己申告による仕事の満足度は、女性のほうが同じような状況にある男性よりも27%低いこと、そして1年以内に離職を考える可能性は男性よりも女性のほうが2倍高いことが分かりました※7。COVID-19危機以降、特に勤務時間の短縮や離職を迫られる可能性が男性よりもはるかに高い育児中の母親たちの間でも、同様の傾向が指摘されています※8

問題を大きくしかねないのは、現在の経済状況によってDEI目標の設定や実行への関心を失う雇用者が出てくる可能性があることです。実際、2008年の世界金融危機の際には、多くのDEIに関する活動や投資が減少したとの報告が人事専門家から示されました※9
 

危機を強みに転じる

これまでの話はDEIへの取組みの今後の見通しの厳しさを示唆しているのかもしれません。しかし、私たちが今何とかして乗り越えようとしているパンデミックのおかげで、楽観主義と新たな行動を始める機運が生まれつつあるのも事実です。

第一に、人種をめぐる不平等に対する世界的な抗議行動や、医療・サービス分野で働く女性たちの窮状についてメディアが報道する中で、社会的に疎外されたグループへのパンデミックの影響に関する意識が高まっています。また、パンデミックによるロックダウンの間に、ほぼすべての人(リモートで勤務した上級経営幹部を含む)が、仕事と家事のバランスを取ることの難しさをより強く認識するようになったことで、雇用者側の柔軟性を高めることの必要性への理解が高まっています。

基本的には、パンデミックにより、長年にわたり手つかずのまま見過ごされがちだった多くの社会的問題にスポットライトが当たる状況が生まれています。今、多くの企業が一歩踏み出し、DEIはもはや「やるべきこと」ではなく、こうした不平等を解決するために「必ずやらなければならないこと」だと宣言しています。

企業のリーダーによるこのような行動に向けた意欲の高まりに加えて、パンデミックによって明らかになったのは、主要企業が必要に応じて自らの事業基盤を転換できるということです。事業運営環境の激変に対応して、まるで一夜のうちに、製品の再設計、これまでは聖域とされてきた経営方針の見直し、大規模なシステム変更の実施などを実現させました。

人事機能に関しては、多くの金融サービス業が直ちに従業員のほとんどをリモート勤務へと移行させ、福利厚生、給与、ウェルネスプログラムの改訂を実施することで、安全かつ生産的な業務再開を果たしました。もちろん、その過程ではいくつもの小さな問題にぶつかりました。しかし、このような大胆な措置は、最も伝統的で融通のきかない組織でさえ効果的な変化を遂行できることを示しています。

この「ちょっとやってみよう」という考え方は、多くのDEIの取組みを急速に展開させるのに役立つ可能性があります。例えば、フレキシブルな臨時就労形態の終身雇用への変更や、コロナ危機によって明らかになった不平等に対応するための新たな従業員支援策の導入などが考えられます。すでに多くの主要金融機関が、体系的な人種差別への対処に向けて顧客へのサービス提供方法を大幅に変更することを発表しており、社内慣行の改善に向けても同じような対応をとることができるでしょう。

DEIの前進に向けたパンデミック後の方向転換

ここまで、金融サービス業界がDEIをビジネス上の必須事項として受け入れるための詳しい説明を行ってきました。続いて、DEIコミットメントの実現に向けて有意義な前進を目指すトップ企業が具体化を進めている5つの戦略を示します。

  1. トーン・アット・ザ・トップ:簡単に言うと、上級指導層はDEIを公式の優先事項として明示しなければなりません。CEOと経営陣は、真の目標を設定し、イニシアチブに資金を提供し、明確な説明責任を持ってプログラムを主導する管理者を任命しなければなりません。そして最高幹部は新しい期待を具体化することで約束を実行しなければなりません。
  2. カルチャーの変化を義務付ける:企業カルチャーや価値観を将来に向かって進化、発展させ、組織の目的と結び付ける必要があります。根拠を説明し、期待される行動や人的慣行(雇用や昇進を含む)を示すことで、変化を企業全体に向けて伝えます。ルールばかりを重視するのではなく、オープンで率直な会話が歓迎され、誰もが本来の自分でいられ、声を上げ、社内常識に疑問を投げかけることができる雰囲気を作り出すカルチャーを醸成します。これらの価値観と行動の採択を測定、認識するために、あらゆるレベルのすべての従業員の関与を促し、戦略を組み込んでください。
  3. ダイバーシティグループに耳を傾ける:従業員同士がつながり、共有し、組織カルチャーの変化に貢献するための安全な場所として、社内ダイバーシティグループを形成し、権限を与えてください。専門知識、ネットワーク、信頼性を有する、評判の高い外部コミュニティグループと提携することも可能です。次に、これらのグループに耳を傾け、DEI計画に参加してもらいます。
  4. データからより良い洞察を得る:DEIの課題の理解、対応に向けて、データと分析の活用を強化します。現在の雇用や市場環境の状勢、ニーズ、問題を把握するために、社内外の豊富な雇用データを収集、分析します。次に、D&I目標の達成に向けた詳細な実績と進捗状況を追跡します。
  5. 職場プログラムを見直す:DEIの視点に立って、雇用から昇進、福利厚生やウェルネスサポートに至るまで、既存の職場プログラムの見直し、調整を行い、従業員中心の適切で新たな提供プログラムを導入します。多様なグループが直面する潜在的な問題や課題を認識し、対処できる実績管理プログラムを確保します。

このような取組みの組合せによって「心と頭」の両方を満足させることは、職場のダイバーシティとインクルージョンを推進するための重要なステップの1つです。こうした取組みの多くは、慎重に考慮された複数年にわたる変革を必要とすることは間違いありませんが、従業員と組織に利益をもたらす大きな成果を生み出すことができるでしょう。

過去12ヵ月間に示されてきたのは、ビジネスリーダーがいかに危機を新たな競争優位性に変え得るかだけでなく、DEIの取組みが歴史の中の今この瞬間に行うべき正しいこと以上のものだということです。献身的で意欲があり、忠実で健全な労働力、そして顧客、株主、多様な利害関係者すべての視点から認められた関係性と信頼感に基く、永続的な回復力の構築を望むのであれば、これが今後取り得る唯一の方法です。

脚注

※1 インディペンデント・セクター、「Why Diversity, Equity, and Inclusion Matter(ダイバーシティ、エクイティ、インクルージョンはなぜ重要か)」、2016年10月6日

※2 ボストン・コンサルティング・グループ、「How diverse leadership teams boost innovation(多様性のあるリーダーシップチームはいかにイノベーションを促しているのか)」、2018年1月23日

※3 ピーターソン国際経済研究所、「Is gender diversity profitable?(ジェンダーのダイバーシティは収益につながるのか?)」(PDF 2.2 MB)、2016年2月

※4 オリバー・ワイマン、「Women in Financial Services 2020(金融サービス業界における女性2020年)」(PDF 2 MB)

※5 金融サービス委員会、「Diversity and inclusion: holding America’s large banks accountable(ダイバーシティ&インクルージョン:米国大手銀行に課された責任)」、米国連邦議会第2会期、2020年2月

※6 世界経済フォーラム、ジョブ・リセット・サミット、2020年10月7日

※7 WerkLabs、「Work Now Report: How the pandemic is changing work(ワーク・ナウ・レポート:パンデミックは仕事をいかに変えているか)」、2020年4月

※8 マッキンゼー・アンド・カンパニー、「Women in the Workplace 2020(職場における女性2020年)」、2020年9月30日

※9 人材マネジメント協会、「Should diversity pay the price in an unstable economy?(不安定な経済状況でダイバーシティは代償を払わなければならないのか?)」、2009年1月2日

この文書はKPMGインターナショナルが2021年3月に発行した「Frontiers in Finance, March 2021」の「Reimagine the workplace to make Diversity, Equity & Inclusion a post-pandemic priority」をベースに作成したものです。翻訳と英語原文間に齟齬がある場合は、当該英語原文が優先するものとします。

お問合せ