成長戦略は3つのキーワード - 価値ある知見、ノウハウ提供へ

2021年、ウイズコロナ、ポストコロナと言われる中で、地域金融機関の法人向けビジネス、個人向けサービスはどのように変化していくのだろうか。

2021年、ウイズコロナ、ポストコロナと言われる中で、地域金融機関の法人向けビジネス、個人向けサービスはどのように変化していくのだろうか。

この記事は、「月刊金融ジャーナル」2021年1月号26~29頁に掲載したものです。発行元である日本金融通信社の許可を得て、あずさ監査法人がウェブサイトに掲載しているものですので、他への転載・転用はご遠慮ください。

2020年の地域金融機関はコロナ禍のなかで中小企業の資金繰りの支援に積極的に対応してきた。
「今こそ出番」と顧客に寄り添う活動を展開。個人取引にあってもコロナ禍で生活スタイルが大きく変わり「新常態(ニューノーマル)」下では非対面ビジネスなどに力を入れ出した。
2021年、ウイズコロナ、ポストコロナと言われる中で、地域金融機関の法人向けビジネス、個人向けサービスはどのように変化していくのだろうか。

2021年は生産性向上と新常態対応を

――日本経済の課題をどうみていますか。
水口 生産性の引き上げが課題です。経済を考えるとき、今はどうしてもコロナ禍の影響に眼を奪われがちです。しかし、中長期的な視点も大切です。今から30年前はバブル崩壊の直前でした。当時、4%を超えていたわが国の潜在成長率は、振れを伴いつつも大きくみれば下向きのトレンドをたどり、最近は0%近くにまで低下してしまっています(日銀の試算による)。
今後も長く生産年齢人口の減少が続くことが避けがたいとみられます。その中で、経済の成長を維持するためには、高齢者・女性の労働力を一段と活用することと、生産性を引き上げていくことが、非常に重要です。

――そうした中でのコロナ禍です。
水口 コロナ禍は、人々の生活にも経済にも大きな被害を与えました。今後の展開についても予断を許さない状況が続いています。ワクチンが安全かつ有効で、多くの人々が進んで接種を受けるか等の点を見通すことは困難です。そうした中で、消費者も企業も、そして金融機関も、コロナ禍がもたらした変化に必死で対応しようとしています。

――新しい年の金融機関の役割は。
水口 まずは、コロナ禍で苦しんでいる地元経済を、特に生産性の引き上げを意識して支援すること。加えて、コロナ禍の下での変化に対応しようとする個人や企業の現状と将来の可能性をよく理解することが大切だと考えています。
また、2021年は、「新常態」が定着し、金融サービスのあり方も大きく変わる年になるとみています。

キーワードは3つ

――金融サービスは、どのように変化するでしょうか。

水口 ポストコロナを展望しながら中長期的に考えると、地域金融機関の成長のキーワードは3つあります。1つめは、デジタル化。デジタルトランスフォーメーション(DX)です。2つめは、東京一極集中の是正につながる動きへの対応です。これは、地方創生の工夫と表裏一体です。そして3つめは、自行と地元経済の両方についての持続性・強靭性です。これらの3点ついて、コロナ禍との関連で考えていきたいと思います。

第一のキーワードはデジタル化

――日本のデジタル化は遅れていましたか。
水口 デジタル化の意義や必要性は、ずいぶんと前から認識されていました。しかし、日本のデジタル化は、これまで順調に進んできたとは言い難いと思います。
例えば、税や公金の収納事務の電子化は、約20年前に「電子収納」のインフラが出来ましたが、現在でも、まだまだ金融機関の窓口での手作業による収納の事務は多く残っています。事務の負担と手数料が見合っていないという問題も未解決のようです。

――コロナ禍がもたらしたインパクトは。
水口 コロナ禍は、人々や政府の行動にとても大きな影響を与えました。まず、多くの人が、「新型コロナに感染したくない」との気持ちから、ネット通販や食事のデリバリーを、高齢者も含めて本格的に利用するようになりました。働く人々は「テレワーク」を日常的に経験することになりました。

――金融機関の顧客はどう変化しましたか。
水口 まず、支払決済手段の変化が生じました。日々の買い物の支払いの際に、「お札や硬貨のやりとりで感染したくない」との気持ちから、カードやキャッシュレス決済手段の利用を増やしました。また、個人の金融機関取引にも変化がみられました。例えば、新しく金融機関の預金口座を開設する際に、店舗に出向くのではなく、ネット経由による方法を使う割合が明確に上昇しました。「ネットで完結する取引開始の方法」(いわゆるeKYC)は、犯罪収益移転防止法の下の省令改正(2018年11月)で拡充されていましたが、コロナ禍の拡大は、この新しい方法の利用を後押ししました。「ステイホーム」の時間が長くなる中で、スマートフォンを使った振込や残高照会なども当たり前の行動となったように思います。

――政府は変わりましたか
水口 「経済財政運営と改革の基本方針2020」(骨太方針2020)は、デジタルガバメントの断行、デジタルトランスフォーメーションの推進、さらにはマイナンバー制度の抜本的改善などの方針を明示しました。金融庁の金融行政方針もコロナ禍を踏まえて記述しています。
金融機関が長年にわたり政府に要望してきた「税・公金の電子収納」については、河野太郎規制改革担当大臣の発言の中に「電子収納」や「自治体による手数料の支払」等を促す趣旨のものがみられます。
「電子政府」、「デジタルガバメント」などのかけ声は、20年以上前から続いているもので、楽観はしていませんが、政府のデジタル化への動きがコロナ禍の中で大きく加速したことは間違いなさそうです。

第二は、東京一極集中の是正につながる動きへの対応

――コロナ禍は地方にどう影響しましたか。
水口 改めて言うまでもなく、インバウンド観光客の「蒸発」など、コロナ禍は地方に非常に厳しい影響をもたらしています。
そうした中で、総務省の「住民基本台帳人口移動報告」という統計をみると、東京都への転入者・転出者の差について、2020年、同統計が現在の形になった後はじめて「転出超過」となる月が現れた(5月、7~10月=11月末時点)ことが目を惹きます。転出先はやはり隣接する神奈川県や埼玉県等が多いようですが、東京圏外への移住も含まれています。また、企業が東京本社を地方に移す企業も、まだわずかではありますが見られます。いずれもコロナ禍の下での働き方の変化が影響していると思われます。
これは、地方からみると、東京に集中していた事業や労働力を地方に取り戻し、地方創生の弾みをつけるチャンスになるかもしれません。そして、地域金融機関の出番も増えるかもしれません。この点は、人口減少社会における地方の持続性という、次のテーマとも関連すると考えています。

第三は、持続性・強靭性

――何故、持続性・強靭性を強調しますか。
水口 地方経済を襲う災厄は、感染症の流行だけではありません。地域の人口の減少と高齢化、地震や大雨等による被災、より大きくは気候変動の影響もあるでしょう。だからこそ、持続性、強靭性にフォーカスし、中長期の経営方針を定めてそれを実現していくことが必要だと思います。その際には、金融機関自身の持続性・強靭性だけではなく、取引先企業や地域経済の持続性・強靭性もあわせて考えることが必要です。コロナ禍への「緊急対応」時にはともすれば棚上げにされてきた「目利き力を活かした個別案件の取捨選択」も重要になってくると思います。

――2020年から2021年にかけて、地域金融機関の役割は変わってきていますか。
水口 2020年は「緊急対応」の年だったと思います。この年、地域金融機関は、各地域の中小企業への支援に多大な貢献をしており、敬服しています。2021年には、フェーズの変化があるでしょう。
まず、法人取引については、コロナ禍の状況も注視しながら、事業者の経営改善・事業再生支援へと軸足を移していくべきでしょう。取引先と有望ビジネスパートナー・人材とのマッチング支援、取引先の再建・再編プランの作成などが含まれます。
第二に、個人取引については、「デジタル化」や「共同化」をキーワードにした業務の高度化を期待しています。AIを活用したシステムを共同で構築し、厳しさを増すマネロン規制等にも経費を押さえつつ対応できる時代です。地域金融機関が、顧客に優れた顧客体験を与えることも期待されます。
第三に、地域との関係については、老朽が進む水道・道路・橋などのインフラの維持・整備やコンパクトシティ化などが重要なテーマになると思います。地域金融機関は、関連する案件の選別や資金ニーズに積極的に対応し、地域の持続性維持に貢献することが期待されます。
 

事業の共同化は進んでいく

――地域金融機関ではフィンテック企業との連携も進んでいますね。
水口 フィンテック企業は、伝統的な銀行とは異なる技術・アイデア・ノウハウを有しています。銀行とフィンテック企業のAPI連携は、さまざまな成果を生み出しています。今後こうした流れは加速するだろうと思います。

――地域銀行では業務提携も活発化しています。
水口 今後も業務提携や経営統合など、いろいろなかたちで進んでいくと思います。一般論としては、限られた経営資源を、効果的・効率的に活用するために、共同化できる部分は共同化に向けて検討を進めることは良いことだと考えます。また、政府と日銀は、地域金融の強化を支援する姿勢を明確にしています。

自らが体験し知見・ノウハウとして提供

――地域銀行はノウハウを有料で提供するなど手数料ビジネスに力を入れているが。
水口 超低金利環境の継続が見込まれる中で、手数料ビジネスへの注力は必要なことのひとつです。その中で、新しいシステムや技術の活用・SDGsへの取り組みなど、金融機関が自らの体験を地域の企業に価値ある知見、ノウハウとして提供することが可能になっています。3つ挙げたキーワードのうち、例えば「デジタル化」を取り出してみると、それを「自分ごと」としてPDCAサイクルをまわしながら進めていくと、自ずと知見・ノウハウも蓄積します。その後には、その蓄積を活かして地域の企業等に貢献できることがでてくると考えられます。

執筆者

あずさ監査法人
金融アドバイザリー部 ディレクター
水口 毅

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