銀行の戦略にESGを組み込む

新型コロナウイルス流行後の「新たな現実」において、サステナビリティは合い言葉となるでしょう。銀行の準備は万全でしょうか。

新型コロナウイルス流行後の「新たな現実」において、サステナビリティは合い言葉となるでしょう。銀行の準備は万全でしょうか。

わずか数週間のうちに、新型コロナウイルス感染症は世界経済のダイナミクスを変えてしまいました。危機が広がるにつれ、多くの企業や投資家は利益から人へと重点を移しています。経済的インパクトよりも人々へのインパクトが重要となったのです。平等、医療サービスへのアクセス、社会福祉に関連する問題が議題のトップにのぼりました。環境問題と社会問題が経済の安定に直接的な深い影響を及ぼすことが、たちまちのうちに明らかとなりました。

同時に、それに続く経済への悪影響は、炭素関連産業に対するものが最大であったと思われます。原油価格は歴史的低水準の需要により暴落しました。炭素集約型産業(航空業から鉱業まですべて)は営業を休止するか大幅に縮小し、自動車は私道に停められたままとなりました。

健康および経済への差し迫った危機により、サステナビリティの行動原則は当面は棚上げとなりました。しかし、私たちが見るところ、新型コロナウイルス流行後の「新たな現実」の世界では、環境・社会・ガバナンス(ESG)がますます経済問題の中心となっていくでしょう。

サステナビリティへの圧力は高まる

世界が未来に目を向け始めるとき、規制当局、監視機関、政策立案者はESGの導入拡大の必要性をより強く求めるようになると予想されます。彼らは、低炭素経済への移行が金融サービス機関にさらなる複雑性を与えることを認識しています。そして、銀行はこの種の備えと生じうるコンダクトリスクに対して、直接的リスク(すなわち、気候変動による資産への物理的影響)の点でも、移行リスク(すなわち、低炭素経済への大規模な移行に伴う固有の課題)の点でも準備が不十分ではないかと懸念しています。

投資家もまた、銀行への圧力を強めてくるでしょう。ESG要因、とりわけ気候変動が、対応しなければならない重要なリスクをもたらすという認識が高まっていることが原因の1つです。

投資家はまた、投資のリターン獲得を確実に継続できることを望んでいます。興味深いことに、最近のデータによると、ESG関連ファンドは今年の第1四半期に市場をアウトパフォームしました。第1四半期といえば、新型コロナウイルス感染症の危機が始まった時期です。たとえば、MSCIワールドESGリーダーズ指数は、第1四半期に通常のインデックスを1.36%アウトパフォームしました。モーニングスターによると、責任投資ファンドの70%は、この第1四半期に同種のファンドをアウトパフォームしました※1

それと同時に、銀行は顧客および社会全般からの圧力も感じ始めています。顧客は、自らの考え方や信念を反映する企業と銀行が取引することを望んでいます。若者世代は特に、ESGの実績に基づき銀行を選択するといわれています。
 

※1ESG and Covid-19: Four market trends

難しい問題に直面

銀行のCEOは行動を起こす必要性を理解しています。事実、KPMGインターナショナルが昨秋(新型コロナウイルス感染症の流行前)に実施したグローバルな調査では、銀行のCEOのほぼ4分の3が、低炭素のクリーンテクノロジー経済への移行を予測し乗り切る能力によって、将来の成長の大部分が決まると考えていると語りました※2 。しかし、自行の将来にとってそれが実際に何を意味するのかを把握するとなると、大半の銀行が苦戦していました。

たとえば、移行リスクを例に取ると、銀行の幹部は「新たな現実」がよりグリーンでサステナブルな企業や投資へとファイナンスを方向転換することを要求してくると理解しています。しかしまた、スイッチを切り替えるだけというわけにはいかないことも知っています。銀行はまだ帳簿のなかに、「ブラウン」アセットへの融資および関連金融商品に該当する事業をたくさん抱えています。これらのブラウンアセットが銀行に利益を生み続ける限り、銀行幹部はESG移行への資金提供義務と株主への受託者義務との間でバランスを取る必要があるでしょう。

銀行、規制当局、政治家はまた、よりESGに配慮した事業戦略へと移行することにより意図せぬ結果が生じる可能性について、そのすべてを把握しようと苦闘しています。たとえば、既存の炭鉱への新規貸付を減らすことは、銀行のカーボンディスクロージャーを改善するかもしれません。しかし、炭鉱が閉山となり失業者が増えると、社会に相当な影響を与える可能性があります(それがまた、市場での個人向け融資と減損の可能性に大きなインパクトを与えることにもなります)。経験、インサイト、データを使ってこれらの潜在的影響のすべてを把握することは難題となるでしょう。
 

※2 CEO Outlook 2019, KPMG International, 2019

リーダーは前進する

多くの銀行はすでによりグリーンな金融へと移行し始めていました。新型コロナウイルス感染症の流行前に銀行が発表したESG関連のファイナンスは驚くべき規模でした。たとえばゴールドマン・サックスは、今後10年にわたりサステナブル・ファイナンスに7,500億ドルを支出すると発表しました。バンク・オブ・アメリカはサステナブル投資に3,000億ドルを投じました※3 。事実上すべての大手グローバル銀行が、ファイナンスまたはそれ以外の方法の両方で何らかのコミットメントを行っています。

これらの発表で注目すべきは、コミットメントの規模だけではありません。その声明を誰が発表したかという点も重要です。ゴールドマン・サックスは、デービッド・ソロモン(グローバルCEO)が約束を表明しました。バンク・オブ・アメリカは副会長です。リーダーはESGをCEOレベルおよび取締役会レベルの権限としている点が重要です。この問題は組織の最高レベルの問題となっています。

新型コロナウイルス感染症が進展を幾分遅らせたかもしれませんが、銀行がESGの行動計画に取り組み続けることは明白です。新商品や新モデルが引き続き開発され、テストされ、商業化されています。ウェルス・マネジャーはESG情報に基づく投資に移行しつつあり、リテールバンクは住宅グリーン化ローンやカーボンニュートラル・バンキング、サステナブル上場投資信託(ETF)など、ミレニアル世代を対象とした新たなサステナブルバンキングや投資商品およびサービスを開発しています。また、資本市場は「グリーンアンダーライティング」に移行しつつあります。現在、多くの銀行(商業銀行およびリテールバンク)の顧客は、ESGに連動した多彩なファンドや債券、資産から投資先を選ぶことができます。

商業銀行もまた、新商品を開発して新たなモデルをテストしています。たとえば、英国飲料品メーカーのブリトヴィックは、最近サステナビリティ連動取引を通じて、いくつかの商業銀行からの4億ポンド(5億2,000万ドル)の融資を借り換えました。これにより同社は、さまざまなESG目標を達成した場合に、より低い金利を享受することができます ※4。サステナビリティ基準に連動したローンはこれが初めてではありません。そして、今後も広がっていくことは明らかです。

興味深いことに、大手銀行はまた、サステナビリティが業界全体の(実際には金融システム全体の)協力と対応を必要とする課題であることも認識しているようです。世界の大手銀行の3分の1が「責任銀行原則」に署名しています。多くの銀行がタクソノミーとグリーンファイナンスをめぐる規制当局との討議に参加しています。

同様に、監督機関と規制当局もまた、グループで協働しています。中央銀行と監督機関からなる気候変動リスク等に係る金融当局ネットワーク(NGFS)は、システミックな重要課題(気候関連リスクを金融安定性のモニタリングとミクロ・スーパービジョンに統合するなど)をめぐるベストプラクティスを共有するために設立されました。
 

※3 Amid climate crisis, investors are starting to put their money towards a sustainable future
※4 Britvic opens lid on sustainability financing

ESGを深刻に受け止める

いくつかの大きな課題と不透明性が存在するとはいえ、銀行幹部に「様子見をする」余地がもはやないことは明白です。社会と規制当局の期待は急速に変化しており、最も競争力のある銀行はすでにこの状況を活用するべく動いています。

それでは、ESGを自行の戦略に組み込むために、銀行は何をするべきでしょうか。KPMGの会員企業が銀行および金融サービス・エコシステムにおけるその他の組織と協働した経験から、銀行幹部が今、対処すべき4つの重要な行動を提案します。

1. 現在のベースラインを理解する
銀行は金融リスクと確率を単に定量化するだけでなく、重要なステークホルダーのESGに関する共通の期待への理解を形成し、特に上級経営陣と取締役会メンバーの間にESGプラクティスを主導する意識を構築するべきです。これには、ESGを今後適切にモニタリングし管理していくために、適切なデータ、適切なケイパビリティ、適切なプロセスを備えているかを始めとして、現在のプラクティスとエクスポージャを時間をかけて理解することなどが含まれます。

2. 期待されるものを知る
規制当局と監督機関は具体的な目標や期待をどのように提供するかについてアプローチを模索していますが、銀行幹部は自分たちに期待されるものとそれらの期待が短期的あるいは中期的にどう変化していく可能性があるかを理解するために、規制当局と話し合うべきです。銀行幹部はまた、事実を発見し、基準を策定し、解決策を特定するために、規制当局や監督機関と積極的に協働するべきです。

3. リスク探知プロセスに組み込む
多くの銀行にとってESG要因は未だ評判リスクのままですが、それ以上のものと考える必要があります。銀行幹部(特に取締役会)は、ESGリスクがそれを通じてすべての意思決定を行うレンズとなるよう、特に自行のポートフォリオにおける信用リスクと評価リスクとの関係で、これらのリスクの戦略的性質を考慮しながらすべての意思決定を行うレンズとなるようにしなければなりません。

4. 戦略の策定
ESGリスクは机上で管理することはできません。銀行が組織の全般的事業戦略に統合される堅固な戦略を策定する必要があります。この戦略はある程度の柔軟性を維持する必要がある一方で、実行可能かつ測定可能でなければなりません。

受容

新型コロナウイルス感染症は、銀行が社会と規制当局の期待に先んじていたいならば、ESGを自行の戦略に組み込むための行動を今起こさなければならないことを明確にしました。現実に、多くの大手銀行がすでに強力かつ統合されたサステナブル・ファイナンスの戦略を実行することの「利点」を活用しています。これに遅れを取る者は、規制当局と社会からの監視の強化に直面するばかりか、成長が抑制されかねません。

銀行はもはやESGを無視する余地はないというのが結論です。実際のところ、それを受け入れなければなりません。

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