COVID-19流行下の再生計画 - 銀行へのEUの要求事項と銀行の課題
COVID-19の危機状況を受け、銀行の再生計画(リカバリー・プラン)について欧州金融当局から公表された要件について議論します。
COVID-19の危機状況を受け、銀行の再生計画(リカバリー・プラン)について欧州金融当局から公表された要件について議論します。
新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大に伴う前例のない危機的状況が、金融セクターに多くの課題をもたらしています。規制・監督当局は、銀行が中核事業の継続に合わせて有効な危機管理と対応準備に注力できるよう、尽力を続けています。ここで重要なポイントとなるのが再生計画であり、ストレス下で銀行が財務・エコノミクスの両面で事業継続能力を回復させることを目的とするものです。
欧州中央銀行(ECB)が3月12日に、COVID-19の世界的大流行(パンデミック)への対応として一時的な自己資本要件の緩和及び資金供給措置を発表したことを受け、欧州銀行監督機構(EBA)は4月22日、一連の期待事項を公表しました。この中で明確に示されているのは、銀行は自ら設定している再生計画に関連する指標をモニタリングしながら、現在のストレス状況下でどの再生オプションが必要であり利用可能なのかを把握することに、重点を置く必要があるということです。そのメッセージは明確であり、再生計画に関する情報はすぐに陳腐化する可能性があるため、規制当局への速やかな報告という観点から即時性が重要だということです。これは、効率的な銀行経営を目的として、最新の重要業績評価指標(KPI)とリスク指標(KRI)を活用するために、銀行が元来関心を寄せていたことと同じことです。
最近の、再生計画に対する規制・監督当局の期待事項の明確化の中に、ストレス時におけるモニタリングと報告の義務が含まれています。本文書では、銀行にとってこれらがどのような意味を持つのか、また、最適な対応策とはどのようなものかを論じます。
1. 規制・監督当局の期待事項
規制・監督当局は、再生計画に対する見解の概要を、銀行向けに速やかに示しました。主なポイントは次のとおりです。
- 銀行は再生の指標をまとめて継続的にモニタリングし、必要に応じてこの頻度を引き上げる(例えば毎週実施するなど)ことが求められます。たとえ再生に向けた対策が取られなくても、指標が基準を下回る場合には当局に適時の報告を行います。ECBは、基準を下回った場合、24時間以内に合同監督チーム(Joint Supervisory Team, JST)に報告するとともに、それに応じた事後判断(実行された再生オプションを含む)についても報告すべきとの考えを強調しました。
- 銀行は、現在金融システム全体に広がるCOVID-19のストレスを考慮しつつ、再生計画の中に示した信頼性が高く実行可能な再生オプションのリストを定期的に見直し、更新しなくてはなりません。さらに再生オプションを速やかに実施できる能力を確保するために、必要かつ実行可能と考えられる事前措置を講じる必要があります。ECBは、利用可能な再生オプションの最新リスト及びその詳細を提供するよう、銀行に求める権利を維持しているとも述べています。
- 銀行はさらに、(例えば四半期ベースでの)流動性及び資本に係る全般的な再生能力、並びに特に銀行にとってCOVID-19によるストレスがどのように変化していく可能性があるのか、を見積もる必要があります。ECBは具体的に、(特に実現可能性が高く、すぐに実行できるオプションについて)提出された最新の再生計画と比較して、金融機関の全般的な再生余力が25%以上低下する場合は、JSTへの報告が必要であるとしています。
これらの緊急的かつ継続的な期待事項は、ECB及びEBAが、現在の危機的状況を考慮した、2020年用の再生計画の更新に関する要求事項の提示の中で補足されています。これには、次の内容が含まれています。
- 銀行は、当局に対して危機的状況に耐えるために必要な重要事項だけを提出でき、他の事項(通常業務でのガバナンス、組織や事業体に関する記述、コミュニケーションの計画など)については、直近の提出内容と比較して大きな変更がない限り、あるいは前回の評価サイクルで重要な不備が示されていない限り、次の評価サイクル(2021年)で提出されるとみられます。このような対応が、ECBによる「重要な不備に関する評価」につながるわけではないと考えられます。さらに、シナリオの数が減り、現在銀行にとって最も関連性の高い、COVID-19のパンデミックによるシステム全体に影響を与えるシナリオだけになることも考えられます。
- ECBは、標準報告テンプレートを更新して、再生計画とともにECBに提出することを引き続き期待しています。
- EBAは、ドライランの実施は2021年まで先延ばしでき、その代わり金融機関の報告書において実際どのような経験をしているのかに重点を置くべきであると述べる一方、予定通りドライランを実施するようECBから要請されている銀行もあります。
銀行にとっての主な課題は、再生オプションと再生計画のシナリオです。
上記の内容を踏まえ、KPMGが確認したところの銀行の今後の主な課題を下の表にまとめています。
図1 再生計画の業務上の要件緩和とアドホックな追加要請に関する重要課題
複数の銀行とディスカッションした中では、短~中期の主要分野として、再生オプションと再生計画シナリオに関連する要求事項で、銀行の能力が試されると見られます。これは、パンデミックにより、一部の主要な利害関係者が数多くのタスクに直面することになり、喫緊に対応に取り組む必要のあるとの事実、並びにこのような要請が引き金で、多くの銀行の再生計画の変更が複雑化することが一因の可能性があります。優先順位をどのようにつけるかが、銀行にとって今後も大きな課題でしょう。
一部の銀行では、いつでも臨時要請に対応できる十分柔軟な再生計画の枠組みの構築に向けて、最初の一歩を踏み出しているか、すでに構築していることをKPMGは確認していますが、大半の銀行では、現在の危機的状況や再生計画についての関連する規制上の期待事項に答えることが、引き続き大きな課題となるでしょう。
2. 再生オプション
銀行は、現在の危機的状況の中での再生オプションの利用可能性、信頼性、実行可能性を重視し、四半期ベースでセルフアセスメントを更新することが求められています。金融機関は、流動性及び資本の全般的な再生能力を見積り、即時実施が可能な主要な再生オプションを特定する必要があります。
しかしながら、現在の危機は、再生オプションの範囲と深さに多大な影響を与える能性があります。多額の融資を実行する能力や体力を減少させた銀行もありますが、中央銀行と政府は、銀行に対して顧客貸付及び適切な与信枠の提供を継続して行うよう求めています。加えて、証券化及びその他市場をベースにした活動も影響を受けており、銀行は資本を創出したり、流動性を高めることがより困難になっています。
銀行が今、これらの要件を満たす上で有利な立場に立つために、様々な対応策が考えうることは明らかです。
- 中央銀行や政府が作成した、新しい再生オプションや、更新された再生オプションを評価します。中央銀行及び政府は、新規または改定済みの融資制度や保証制度を通じて、銀行に追加支援やオプションを提供しています。
- 再生オプションのバリュエーションの評価、並びにCOVID-19のストレス下での影響評価に関する仮定についての、最新データまたは概算を入手します。危機的状況が広がりをみせている中で、再生オプションの定期的な更新を行います。
- 再生オプションによる影響を抑える可能性がある、中央銀行または政府からの指令を評価します。
- パンデミックによって生じる潜在的な業務上の制約を分析し、これらの制約を乗り越えるための措置を特定します。
- 全般的に再生オプションを正しく更新することに注力し、1度きりの危機だけのための更新ではなく、再生オプションを持続的に更新することができる能力を構築します。
3.再生計画シナリオ
上記に加え、銀行はCOVID-19に伴うシステム全般のシナリオを構築するよう求められています。シナリオは資本、流動性、あるいはその両方を組み合わせた内容(いずれにしても金融機関に最も関連があるものですが)の可能性があり、特に深刻度(デフォルトに近い状況に達している状況の想定)に関して、規制上の要件に従ったものとされます。
様々なシナリオ間で関連性があるとみなされる場合、銀行は複数のシナリオを活用するよう推奨される点に注意しなくてはなりません。これについて、銀行は以下の対応を取る可能性があります。
- 現在のパンデミックに関するシナリオを基準としますが、同時に「デフォルトに近い(ニア・トゥ・デフォルト)」要件に従います。
- マクロ経済リスク、金融連鎖危機で生じる銀行特有のリスク及び業務リスクを適切に加味して考慮します。
- シナリオの適正な開始時点と、シナリオを展開する方法、タイムライン(信頼性の高い見通しを含む)を定義します。
- 様々なタイプのマクロ経済シナリオ(例えばV字回復とU字回復)を評価し、再生計画シナリオに最も関連性の高いものを判断します。
- シナリオに含まれる再生オプションのバリュエーションについて、最適な見積もりを作成します。
- 再生オプションのうちどれが今後利用できないのか、あるいは実行不可能なのかを判断します。
- データが利用できなかったり、質が確保されていない場合があり、対応策が必要になることがあります。
- ストレス下で銀行が利用できるオプション、及び危機時の間の支払能力と流動性を維持する能力を全て評価して、銀行の全般的な再生能力を判断します。
4. まとめ
2007~2008年の金融危機以降、銀行では、適切な戦略ツールやドライランを導入して、危機管理の枠組みを修正、強化する動きが見られました。今COVID-19のパンデミックが起きている中、銀行はこれまでに学んだ教訓に従って、これらの文書やツールを生かし、利用できる枠組みに変えることが可能です。
最近のブログ記事で指摘しているとおり、今こそ、危機後の変化に向けて盤石な基盤を構築するための、最初の重要な段階に踏み出すチャンスです。再生計画のプロセスの強化とは、将来の危機シナリオの中で、これまでの柔軟ものよりもより確固なアプローチにしつつ、同時に内外の利害関係者の要望に沿ったものにするという意味あいであるべきでしょう。