オープンイノベーションの事業管理

オープンイノベーション、アクセラレーションプログラムの現状、事業管理について解説します。

オープンイノベーション、アクセラレーションプログラムの現状、事業管理について解説します。

オープンイノベーションは、「あるべき未来」を主体的に作り出す取組みといえます。その中でも、スタートアップとの連携を推進する「アクセラレーションプログラム」が隆盛しています。ただし、アクセラレーションプログラムも多数実施され、若干飽和気味で、アイデアの質の維持が課題になっています。その中で、スタートアップと連携を模索する企業側としては、仮説検証プロセスをより早く回転させる必要が出てきています。そのためには、事業側だけでなく事業管理サイドおよび経営陣がプロセスを後押しさせることが必要になっています。事業管理は着地見込み管理のプレッシャーからリスク回避に向かいがちです。新規事業のQCD(Quality, Cost, Delivery)の管理体制を構築し、「新しい発見」を事業管理としても積極的に評価するようにすることで、リスクと知見を共有し、実証実験から事業化へのプロセスにおける成功確率を組織として向上させることができます。本稿では、オープンイノベーション、アクセラレーションプログラムの現状、事業管理について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • 直近、オープンイノベーションの手法の1つであるアクセラレーションプログラムは飽和状態であり、アイデアの質の担保が課題である
  • 実証実験から事業立ち上げまでには、仮説検証プロセスを高速で回す必要がある。アクセラレーションプログラムを活用する場合、アイデアの質が以前より高くないとすれば、より高速で仮説検証を行う必要がある
  • 仮説検証プロセスをバックオフィスの事業管理が積極的にサポートすることがスタートアップ連携の成功のカギを握る。様々な難所に関する知見の共有が組織における新規事業の成功確率を上げる

I. オープンイノベーションの事業管理

1. はじめに

新規事業は、事業を立ち上げると決めた発案者の価値観に基づき主体的に未来を作り出すプロセスといえます。テクノロジーを活用した新しい未来を描き、収益が稼ぎ出せるモデルを作るアプローチですが、自社だけで新規事業を作り出すのは骨の折れる作業です。特に、日常のオペレーションに忙殺されている通常の企業ではなおさらです。
そこで、新規事業を作り出すための時間を節約するため、「オープンイノベーション」を活用する会社が増えています。自社の既存事業のリソースを活用しつつ、新しい未来を定義し事業を推進しているスタートアップと連携しながら「あるべき未来」を主体的に作り出す取組みがオープンイノベーションといえます。
しかし、最近では手軽なオープンイノベーションプログラムであるアクセラレーションプログラムが多数実施され、市場が若干飽和気味です。プログラム経由でのスタートアップとの連携した実証実験も多数実施されていますが、事業化に至る事例が少ないといった声も聞かれます。
事業化までには様々な試行錯誤を経る必要があり、その試行錯誤にあたっては事業担当者だけではなく、事業管理側および経営陣の一体となったサポートが必要です。アクセラレーションプログラムが隆盛し、オープンイノベーションのコモディティ化が進む中ではなおさらです。本原稿では、オープンイノベーションの概要とアクセラレーションプログラムの現状をご紹介し、その後具体的な事業管理としての事業サポートの進め方について説明いたします。

2. オープンイノベーションとは

オープンイノベーションは、社内外から技術やアイデアを取り入れて新しい事業を創出する取組みです。事業を創出するにあたっては、特色ある技術やビジネスモデルを持つ社外スタートアップからの技術導入を促すケースが多いです。そうして創出された新しい事業の種を育てて、業績を伸ばしていこうという取組みです。
これまでは、個別組織内で開発した自前の技術やアイデアを用いて製品やサービスの開発を行ってきましたが、オープンイノベーションの考え方では、組織の枠組みを超えて外部から幅広く技術やアイデアを取り入れて新しい価値を創出していくことになります。テクノロジーは指数関数的に発達していくので、自社だけでは全方位に対応することは大企業でも困難です。その観点からもテクノロジーの発達に合わせた新技術を製品化するためには、外部の知見を取り入れて研究開発を進めることは必須です。
一方、実現性や市場ニーズともに不確実性が高い領域も多く、その中でリスクをとって独自の技術やビジネスモデルを活用して新規事業を起こしているのがスタートアップです。テクノロジーの発達に対応していくという観点だと、スタートアップを積極的に活用していくのは大企業にとっても大変意義深いものになります。大企業の研究開発活動は、投資対効果の観点からも既存顧客や市場の確たるニーズに基づくものか、または既存事業の改善のためのものになりがちです。そういった背景から新規の取組みを行いたい大企業にとっても、新規事業の共創という観点でスタートアップとの連携は注目を集めており、協業ニーズが高まっている状況です。

3. アクセラレーションプログラムの現状

本項目では様々あるオープンイノベーションの取組み種類の中でも最も手軽な手法の1つで、最近「流行り」のアクセラレーションプログラムの現状について確認します。
アクセラレーションプログラムはどういう特徴を持つのでしょうか。関係者と議論をしていくと、アクセラレーションプログラムは、既存の事業領域から逸脱しない「近しい」領域で、新技術やビジネスモデルが既存の事業領域に「繋がる」形で解釈された状態であるときに力を発揮することがわかりました。つまり、短期、長期にかかわらず、既存の事業領域から大きく離れない範囲での経済性が想定できる範囲での未来を作りたいというニーズにこたえるのがアクセラレーションプログラムといえます(図表1参照)。既存の事業領域から大きく離れていないため、既存の事業管理のナレッジを活用することができます。

図表1 アクセラレーションプログラムの得意領域

図表1 アクセラレーションプログラムの得意領域

また、アクセラレーションプログラムを実施するにあたっては、「(事業プランの)ブラッシュアップ」や「実証実験」を求めている企業が参加していること、また最近様々なアクセラレーションプログラムが実施されているため、市場が飽和していることに気を付ける必要があります。海外に“How Do Accelerators Impact the Performance of High-Technology Ventures?”※1という、アクセラレーションプログラムに参加した企業とそうでない企業の相違を分析した論文があります。詳細は割愛しますが、ここで私どもにとって示唆深い点は2点あります。1つに、アクセラレーションプログラムには、最高のアイデアを持った創業者は応募していないこと(他者からの資本注入が前提になりえるため)、2つ目はプログラム参加企業は、ブラッシュアップによる仮説検証により早めに事業の成否がわかってしまうという点です(論文では、「参加企業」のほうが「不参加企業」よりも事業クローズが早いというデータが示されている)。現在、アクセラレーションプログラム流行りの中で、プログラム自体が様々なコミュニティで繰り返し行われているのが現状です。一度ブラッシュアップを経験した企業は応募するインセンティブが減少するため、プログラムを同じコミュニティで繰り返し実施する場合、新規のスタートアップ企業をコミュニティに加えていかなければ、プログラムに応募するスタートアップが減少します。また、セレクションにより上位のスタートアップから「卒業」していくため、質の低下も起きていきます。
事業管理上気を付けなくてはならないのは、現在のアクセラレーションプログラムは非常に手軽にスタートアップとのマッチングを提供してくれるものの、「質」はそこまで高くない可能性があることです。それを経由して得られた「未来」の事業アイデアは最善のものではなく、事業に育てていくためには様々な試行錯誤を経る必要があるという点です。初期段階のアイデアの質が高くないとすれば、失敗も想定したよりも多くなります。スタートアップは時間と資金のリソースが限られている中で、実証実験以降のプロセスでは通常よりもスピード感ある意思決定と仮説検証を繰り返しながら筋の良い未来を描いていくというプロセスが重要です。そして、失敗を奨励し、失敗から新しい知見を学び取る体制作りが必要になります。次項では、アクセラレーションプログラムにおいてつまづきが多く発生する実証実験以降のフェーズにおける「事業管理の手法」にフォーカスして議論を進めます。

※1 出典:Yu Sandy, "How Do Accelerators Impact the Performance of High-Technology Ventures?”, 2019, Management Science

4. 事業管理による仮説検証支援

実証実験以降は、事業の仮説検証が最も重要なポイントです。アクセラレーションプログラムをはじめとしたオープンイノベーションの取組みを行ったからといって、必ず事業が成功するわけではありません。ましてや未来に関する仮説づくりやそれに伴うビジネスプラン作成をスタートアップに丸投げしてビジネスを立ち上げられるわけではありません。そして、スタートアップとの協業も含めた新規事業創出にあたって1つの重要なポイントになり、難しい部分が事業管理のサポートです。ここでは特に実証実験以降の段階にフォーカスして議論を行います。
事業管理の担当者は通常オペレーションである予実差異分析において、見込みの下振れを回避するため、事業部とのコミュニケーションがRisk Averseに振れやすい傾向があります。ともすれば、事業管理のコミュニケーション次第では仮説検証そのもののプロセスがストップします。新規事業推進に当たっては、事業管理に事業部の仮説検証プロセスを後押しし、仮説検証を適切に行っていることを経営幹部に伝える機能を持たせることが、実証実験から事業化へのプロセスでは重要です。
事業管理の実務としては、まずはビジネスロードマップを作成し、どういったタイミングで事業評価を行うかの基準作りをする必要があります。また新規の取組みについては試行錯誤が重要なので事業部PLとは切り離して「社長直轄プロジェクト」として評価をするなど様々な事前設計をしておく必要があります。また通常、アクセラレーションプログラムを実施する場合は、プログラム開始前にある程度ビジネスプランのイメージがついており、プログラムを通じてスタートアップと連携した状態に関する仮説がブラッシュアップされた状態にあると思います。
その中で、新規事業管理のオペレーションにおいては、Quality(≒想定売上)、Cost(≒投資額)、Delivery(≒スケジュール)の観点で新規事業パイプラインを予実管理することが1つの手法としてありえます。QCD管理シートを作成し、管理シートには当初の計画を記載し、当該計画を各新規事業の担当者と事業管理担当で月次でミーティングを持ち、アップデートしていく仕組みを作ります。Qualityの観点では、ローンチ遅れや仕様変更による期ごとの売り上げの増減を反映させ、Costの観点では追加開発等の開発費用のブレ分を反映、またDeliveryの観点では、開発スケジュール上の社内のクオリティチェックのタイミングの上程時期、またリリース時期が予定通りかどうかを反映します。管理シートに分析欄を作成しておき、計画差分に関する差異要因と、どのような実験を行い、結果どうだったのかを記載できるようにしておくというやり方です。なお、あわせて各種ツールを活用して、プロジェクトの取組みおよびマイルストーンごとの実験内容と結果をイントラ等で共有できるように整理しておくことは筆者の経験上も非常に有効です。事業管理が主導になり、実験のフレームワークや、実験結果、また協業先との連携に当たっての難所を共有することで組織としてのレベルアップが図れます。
このとき、事業管理側には事業経験があり、共通言語をもって売上増減やスケジュール前後の要因分析を事業側に寄り添って考えられるメンバーを配置することが重要です。事業を把握しているメンバーだからこそ、客観的な立場で事業の仮説検証を事業管理として手伝うことができます。経営幹部には事業担当者とのコミュニケーションで得られた情報を提供しますが、経営幹部にとって報告を聞くときに重要なのは「計画差分が生じるのは当然」という前提のもと、計画差分との差異の分析を詳細に行っているかどうか、新しい知見を得られたかどうかを評価基準にすることです。事業側は得てして「順調である」と経営陣を安心させる報告を行いがちであり、経営陣もそういった安心できる報告を求めているきらいがあります。しかし、手軽な新規事業などはありえず、経営陣は「順調である」という報告は逆に疑うべきです。どれだけ試行錯誤をして、新しい知見を得たのかを確認するのが、新規事業を推進する経営陣の役目です。QCD管理フォーマット作成しておくことで開発における試行錯誤の状況を的確にマネジメントに報告できるようにするというのが肝要です(図表2参照)。

図表2 実証実験フェーズにおける事業管理の役割

図表2 実証実験フェーズにおける事業管理の役割

新規事業を推進するうえでは順調であることはほぼなく、様々な想定外の難所があらわれ、難所を乗り越えていく活動を繰り返していく必要があります。難所を一緒に乗り越えられる体制を整えることがきわめて重要です。どういった難所があったのか、どう乗り越えたのかを共感し、新しい知見を評価する体制が必要です。事業に寄り添って状況確認をすることを積み重ねることで、マイルストーンチェック時の撤退判断の材料にもなります。「オープンイノベーション」や「アクセラレーションプログラム」が一般化し、通常の活動になってくるにつれて、企業側の仮説検証体制の整備はより一層重要になってくると想定されます。アクセラレーションプログラムなどの活動において、仮説検証体制が整っている企業をスタートアップが選択する、そういった時代も近いのかもしれません。

執筆者

KPMGコンサルティング株式会社
マネジャー 渡邊 崇之

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