景気後退局面での企業経営~コロナ禍での対応~
コロナ禍に端を発した景気後退局面においてビジネスモデルのトランスフォーメーションを、適時適切に実行する際に考慮すべきポイントや視点を考察します。
コロナ禍に端を発した景気後退局面においてビジネスモデルのトランスフォーメーションを、適時適切に実行する際に考慮すべきポイントや視点を考察します。
今般のコロナ禍による経済影響は、その大きさと不確実性において、10数年前の世界金融危機(リーマンショック)を大幅に上回ります。また、収束までに相応の時間を要する中(ウィズコロナ)、人々の行動様式が変容し、その結果、収束後(アフターコロナ)も元の世界(ビフォアーコロナ)に戻らず、企業の事業環境は大幅に変化すると予想されます(ニューリアリティ)。
このような特徴を持つコロナ禍に端を発した景気後退局面において、企業はどのような対応を求められるのでしょうか。ステークホルダーの理解と支援を得ながら、資金流動性の確保、コスト削減・事業縮小などのリストラクチャリング、ニューリアリティに備えるためのビジネスモデルのトランスフォーメーションを、バランスを図りながら適時適切に実行することが重要となりますが、本稿ではその際に考慮すべきポイントや視点を考察します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
ポイント
- ウィズコロナでは、資金流動性確保とステークホルダーとのコミュニケーションを重視する。
- そのために、コスト削減・運転資本最適化・資金創出に取り組むとともに、外部資金調達や金融支援等も検討する。
- ステークホルダーとのコミュニケーションにあたっては、事業環境の変化に応じて戦略を見直し、事業計画を再策定し、将来の見通しを示すことが、理解と支援を得る前提となる。
- 今後予想されるさまざまな状況を想定し、財務シミュレーションを継続的に実施し、戦略・計画を見直しながら、企業価値の向上と財務健全性の維持を図る。
- 戦略の見直しに際しては、コストベース、ビジネスモデルとビジネスパートナーの再考に加え、自社の目的・行動の視点を持って臨む。
I. コロナ禍の特徴とニューリアリティ
1. コロナ禍の特徴
今般のコロナ禍の特徴は、1. その影響の大きさ、2. 不確実性、3. 拡散防止(ソーシャルディスタンス)と経済活動とのトレードオフ、にあります。本稿を執筆中の5月末時点では、各国でロックダウンが解除され、経済活動が再開されつつあるものの、拡散防止や医療崩壊回避のために、ロックダウンと同様の施策を断続的に実施したり、セクターごとに対応ガイドラインを策定・実行したりするなど、相応の期間にわたって拡散防止策がとられる見込みです。コロナ禍で大幅なマイナス影響を受けているセクターが運輸、旅行、宿泊、飲食、小売(食品、医薬品以外)、建設・不動産、 製造業(サプライチェーン分断による影響)などである一方、プラスの影響を受けているセクターが出前・宅配サービス、食品製造・小売、医薬品、eコマース、オンラインテクノロジー/サービスなどであることは、今回のコロナ禍の特徴を反映しています。
2. コロナ禍によって世界は変わる(ニューリアリティ)
コロナ禍を通じて、人々の行動様式は大きく変化しつつあります。多くの個人が世代にかかわらずeコマースやテレワークなど、一気にデジタル世界を体験しました。また、消費の抑制、働き方の多様化、シェアリングから個人所有への回帰などが起こっています。社会的には、失業率の上昇、大規模財政出動による財政悪化、地産地消、グローバライゼーションの再考が進むでしょう。コロナ禍は、景気後退・需要減、従前の想定以上のテクノロジー利用の加速、個人の働き方の進化や価値観の変化をもたらします。そして、自国主義が進み、サプライチェーンが見直され、過剰債務・低収益性企業が増加し、セクター内やクロスセクターでの再編に繋がる可能性が高くなります。コロナ収束後においても、国や社会、個人の行動様式や企業の事業環境は、コロナ以前には戻らず、異なるものに変わっていくでしょう。
II. コロナ禍での企業の対応
急速な景気後退や信用収縮局面では、どの企業にも(純資産がプラスであったり営業黒字であったりしても)資金難を契機に経営が行き詰まる「資金繰り破綻」リスクがつきまといます。コロナ禍の事業環境に合ったビジネスモデルに軌道修正することが求められる一方、短期的には資金繰りを重視した対応(“Cash is King”)が重要となります。たとえば簿価以下での資産売却により損失が発生しても、資金を伴わない損失であれば、損益計算書や純資産へのマイナス影響より資金流動性の確保を重視すべき局面も考えられます。具体的には以下の行動が求められます(図表1参照)。
図表1 コロナ禍での企業の対応
1. ステークホルダーとのコミュニケーション
主要なステークホルダー(従業員、顧客、取引先、金融機関、株主、政府・監督当局・市町村等)と継続的かつ密にコミュニケーションを図ります。後述のさまざまなリストラクチャリングが必要なのは言わずもがなですが、その実行にあたっては、ステークホルダーからの支援が鍵となります。
2. 運転資本の最適化・資金創出
事業運営に必要な資金確保のために、あらゆる運転資本の圧縮や、資金創出策を検討します。在庫のディスカウント販売、資産・一部事業の売却、長期契約の見直しや削減による機動性の向上、仕入先への支払い期限の延長要請、設備投資や将来利益のための戦略投資の延期などが考えられます。
3. コスト削減
事業価値の維持に即効性のあるコスト削減策を策定し、実行に移します。売上規模の減少や継続意義のある事業領域の変化にコストサイドを合わせるために、赤字事業・地域・拠点などからの撤退や、事業停止や一時休業、人件費の変動費化、従業員の一時解雇なども検討します。
4. 資金調達・各種支援等
自社のコスト削減や資金創出に加え、外部から資金調達を検討します。必要な場合は金融機関や外部ステークホルダーに支援を要請します。家主との一時的な家賃繰り延べや削減交渉、政府や自治体への支援要請や、コロナ禍のために準備された支援策の活用、劣後借入や優先株出資による資本増強などが含まれます。なお、非常事態宣言が解除され経済活動が再開された際は、在庫の積み増し、従業員の再雇用、店舗や製造ラインの再始動などのために、運転資本の手当てや費用負担が生じる可能性がある点に留意が必要です。
5. 戦略・事業計画
戦略を見直し、事業計画を再策定します。主要なステークホルダーからの理解や支援を得たり、資金調達をしたりするには、事業計画を通じて自社の将来性や企業価値を示す必要があります。そのために、コロナ収束後も見据えて事業環境と事業性を再評価し、戦略を見直し、事業モデルや事業ポートフォリオを再構築し、事業計画を修正・再策定することが必須となります。
以上の5つの行動にあたっては、足元での「資金流動性確保(“Cash is king”)」やコロナ禍に対応する「リストラクチャリング」とともに、将来のニューリアリティに備えた「トランスフォーメーション」に取り組む必要があります(図表1参照)。コロナ収束まで、コロナ収束後と、時間が進む過程でこれらのアクションが求められていきますが、足元での資金流動性の確保やリストラクチャリングのための施策と、ニューリアリティで競争力を発揮するトランスフォーメーションのための施策は、必ずしも整合しない可能性があります。いかにこのバランスを図り、自己の経営資源を保持しつつ最大限活用し、早い段階から他社に先んじてコロナ収束後を見据えた改革の実行に着手できるかが、今後の競争優位性に大きく影響を及ぼします。
ここで重要なのは、「企業価値>有利子負債」の関係(財務健全性)を示し続けることです(図表2参照)。理論的には、外部資金の調達は、企業価値(事業価値+資金類似項目−負債類似項目)の範囲でしかできないため、コロナ禍で棄損した企業価値を回復し向上させながら、有利子負債の増加を抑制し、この大小関係を崩さず財務健全性を維持・向上する必要があります。
図表2 財務健全性(企業価値>有利子負債)
「企業価値<有利子負債」となれば、そのままでは新たな資金調達ができなくなります。いかに企業がベストの対応をしたとしても、もともとの財務健全性(企業価値―有利子負債)の状況によっては、コロナ禍の長期化による資金流出や有利子負債増加を、自助努力による企業価値の維持・向上では賄いきれず、結果、企業価値<有利子負債となり企業経営が困難となることもあります。そのような場合は戦略的な再生手段として、私的整理や法的整理の枠組みを活用し、金融支援を仰ぎながら事業再生を図る選択肢も検討されます(図表2参照)。
III. ニューリアリティに備える
現在、多くの企業が事業・経済活動の再開に向けて動いていますが、並行して、回復後の次の段階で待つ新しい世界「ニューリアリティ」への適応方法を考える必要があります。その際、考慮すべき事項として以下の4点が挙げられます。
1. 想定シナリオ・戦略オプションに基づく財務シミュレーション
市場別に今後の規制解除のタイミングや需要回復、消費者の行動様式や価値観の変化などに係るシナリオを想定し、詳細な需要モデル構築と、損益およびキャッシュフロー予測を実施します(財務シミュレーション)。この財務シミュレーションは、戦略・事業計画の方向性と施策選択の見極めの際に、企業価値の向上とともに、財務健全性(企業価値−有利子負債)の維持・向上ならびにステークホルダーの理解・支援を得られるか、という視点を提供します。また、刻々と変わる状況に応じてこれを見直し、柔軟に軌道修正し続けることも重要です。
2. コストベースの再考
多くのセクターにおいて、コロナ禍による需要減少影響が中長期に残ると予想されます。あらゆるコスト削減余地が検討されたとしても、従来型の削減策ではもはや限界に近い状況であると考えられます。効率化やオートメーション化を大幅に促進するテクノロジーへの投資や、顧客価値に効果的に直結するデータアナリティクスの活用、抜本的なサービス提供方法の変革など、オペレーションとコストベースを再考する必要があります。商品・地域・顧客等の選別と、規模経済・範囲経済などの効果享受のためのセクター内再編、クロスセクター再編が進むと考えられます。
3. ビジネスモデルとパートナーシップの再考
コロナ禍がもたらした国・社会・個人・企業に係るさまざまな変化がビジネスの成功要因に変化をもたらし、企業にバリューチェーンの再考を迫っています。たとえば、消費財流通企業においては現状のビジネスに対し、オンラインサービス、宅配、データアナリティクス、AI、機械学習、プロセス自動化などを加味することが競争優位性の源泉となるかもしれません。コア・ファンダメンタルである売買のあり方を突き詰めつつ、他の付加価値を創るために、M&Aの活用やプラットフォーム企業との提携を進めてきましたが、コロナ禍によってこのトレンドは加速すると予想されます。他のセクターにおいても、今後予想される自国主義のさらなる進行や今回露呈したグローバライゼーションやサプライチェーンの弱点克服のために、これらに係る戦略見直しや、地産地消が進む可能性があります。オンライン化やデジタル化は一気に進む一方で、シェアリングは後退する可能性が高くなります。すべてのセクターでこのような変化に伴い、ビジネスモデルやバリューチェーンの見直し・再構築が求められます。時間やリソースの制約から他社との提携やM&Aの活用も進むと予想されます。
4. 自社の目的と行動
コロナ禍による混乱初期から、政府および企業の大半は、利益より人命優先を明確に意識してきました。ここ数年、消費者は企業やブランドを、その行動と目的で選択していることが明らかになってきましたが、この危機を通じてそのトレンドは明確になったと考えられます。消費者は、自分が商品を購入する企業には、自分と同じ価値観を持ち、同じ社会的問題に関心を寄せていることを期待します。今般のコロナ禍は、企業が自社の目的と行動を示す大きな機会をもたらしています。現在の困難な時期を通じて自社の顧客および従業員の支援に尽力している企業は間違いなく、事態の収束後により強力なブランド、顧客ロイヤリティを獲得することになるでしょう。
コロナ禍におけるKPMGのサービス
KPMGでは、資金流動性の確保、コスト削減・事業ポートフォリオ見直し、ニューリアリティを見据えた改革、M&A、さらには戦略・事業計画策定とそれに基づくステークホルダーとの利害調整まで、コロナ禍の企業の行動に求められるソリューションを準備しています。最適なチームを組成し、包括的かつ一気通貫でのサービスを提供します。
執筆者
株式会社 KPMG FAS
パートナー 執行役員 中村 吉伸