新型コロナウイルス感染症の影響と統合報告書への記載の考察

COVID-19に起因する企業活動への影響を想定し、それらに関する統合報告書への記載について考察した結果を解説します。

COVID-19に起因する企業活動への影響を想定し、それらに関する統合報告書への記載について考察した結果を解説します。

新型コロナウイルス感染症(以下「COVID-19」という)は、今まで経験したことのないような影響や行動変容を社会全体に及ぼしています。また、感染症という特有の事象により、将来予測が困難であり、かつ感染が再び拡大する可能性がしばらく残存すること、さらに国や自治体からの要請、商慣行の変革、労働環境や移動の物理的制約など、感染の状況に応じて随時見直されていく事項が多数あり、企業を取り巻く環境変化も多岐にわたるといった特徴があります。
こうした環境変化を通じ、企業活動のさまざまな側面にCOVID-19は影響を与えており、中長期な価値創造プロセスにおいても、これらの影響は何らかの形で継続するものと考えられます。このような状況下において、企業はどのように情報を開示していくことが望まれるのか、悩まれる点も多いかと思われます。本稿は、COVID-19に起因する企業活動への影響を想定し、それらに関する統合報告書への記載について考察した結果を解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。

ポイント

  • COVID-19により大きな影響を受けた企業では、経営者が自らの言葉でステークホルダーに考えを語っていくことが、より強い関係や信頼の獲得に繋がる。
  • 企業はステークホルダーに対し、COVID-19に起因する環境変化や企業活動への影響、そして新たな機会やリスク、必要となる対策などを、統合的思考に基づいて説明していくことが求められる。
  • 不確実性のある事象であっても、報告時点での合理的な予測や見込みであることを前提としたうえで、企業の置かれた状況に関する見解や中長期的な価値創造に対する考え方を積極的に説明していくことが望まれる。

I. COVID-19の影響と統合報告書への記載の考察

1. はじめに

COVID-19は、短期のみならず、中長期的なビジネス活動にも影響を及ぼしています。地域や業種・業態、ビジネスモデルなどによっても、その影響はさまざまであり、企業のマネジメントも、経営を行ううえで考慮すべき新たな事象として捉えていると考えられます。
一方、企業を取り巻くステークホルダーにとっても、COVID-19は大きく影響を及ぼす可能性があります。ステークホルダーは、企業がこのような予測不能な事象に遭遇した場合にどのような対応を取っているのか、また中長期的な企業価値に及ぼす影響はどの程度なのか、マネジメントはCOVID-19に対峙するために何を行い、また今後どうしようとしているのかといった点を、しっかりと理解しておきたいと考えており、そして、企業のマネジメントにはこれらの事項を丁寧に説明していくことが求められています。
統合報告書は、これらの事項をステークホルダーに説明するために、1つの有効な媒体です。統合報告書は、投資家を中心とするステークホルダーに対して、中長期の視点を踏まえて、企業の価値向上に関する方針や取組みを対外的に説明していくことができるツールです。COVID-19が及ぼす企業活動への影響を、統合報告書の関連箇所に記載することで、経営全体の活動と関連づけて理解できるようになります。
特に、COVID-19により大きな影響を受けた企業では、経営者が自らの言葉でステークホルダーに考えを語っていくことが、より強い関係や信頼を獲得することに繋がります。たとえば、過去のメッセージからの変更点、価値創造ストーリーやビジネスモデルへの短・中・長期的な影響などについて、現状の認識を率直に記載することにより、経営者のメッセージがステークホルダーに確実に伝わっていくものと期待されます。

2. COVID-19の影響に関する統合報告書への記載

(1) COVID-19による企業活動への影響

業種や業態により、影響の程度や、プラスとマイナスのいずれの影響を及ぼすのかは異なっているものの、COVID-19は少なからず経営環境への変化をもたらし、この環境変化への対応を多くの企業が行っていると考えられます。
具体的にCOVID-19が企業活動に影響を及ぼし得ると考えられる項目を、図表1に列挙します。

図表1 COVID-19による企業活動への影響例

企業活動の項目 要因となる環境変化
売上・損益への影響
  • 行政からの要請や感染症による行動変容や顧客の嗜好の変化
  • 感染症対策への新たな製品・サービスへのニーズ
サプライチェーンへの影響
  • グローバルなサプライチェーン網の脆弱性拡大
  • 物流システムや移動手段の変化
労働環境への影響
  • 感染症を予防するための安全対策へのニーズ拡大
  • 在宅勤務・テレワークなどの労働環境の変化
製造計画への影響
  • 取引先からの発注数量や納期等の見直し
  • 在宅勤務・休業等による自社やサプライヤーの生産体制の変更
投資・開発計画への
影響
  • 投資先企業の業績見通しの修正
  • 開発計画の遅延や大幅な変更
資源配分への影響
  •  R&D、設備、人材、ITへの投資など資源配分の変更
資金調達への影響
  • 資金需要の変化に応じた資金調達方法の選択(融資枠の増加等)
配当政策への影響
  • 業績見通しや資金調達の変更等による配当の見直し
資産評価への影響
  • 将来キャッシュフローの予見可能性への変化(不確実性の増加)
デジタル戦略への影響
  • デジタル化へのニーズ増加
  • 情報セキュリティ強化の必要性増加

統合報告書の主要な読み手である機関投資家からは、短期的な課題のみならず、パンデミック後における中長期的な影響を伝えてもらいたいという声が聞かれます。たとえば従業員の雇用対策、ビジネスモデル、気候変動への対応などのESG課題を含めた中長期的な課題への取組みへの影響、そしてリスクだけではなく機会の両面での企業価値向上への対策などに関心が向けられています。
環境変化や影響を中長期的な視点から経営方針や経営戦略にどのように取り入れていくかは、企業のマネジメントによる判断になりますが、そのためにもこれらの事象が企業にとっての機会やリスクとなり得るか、またリスクを低減し、かつ機会を増やしていくための対策としては何があるのかを検討していくことも重要となってきます。
図表2に、COVID-19の影響が企業にとっての機会やリスクになる事項、ならびに必要となる対策例を整理します。
なお、ある事象が企業にとっての機会となるか、またはリスクとなるかは、企業による事象の捉え方や対処の仕方によっても異なっており、一律に言えるものではありません。そのため、企業としてはステークホルダーに対して、なぜ機会またはリスクと捉えているのか、統合的思考に基づいて説明していくことが重要であると考えられます。
 

図表2 機会・リスクと必要となる対策例

機会(○)、リスク(■) 必要となる対策(例)
○ 感染対策の強化・周知による従業員および利用者からの評価の向上 作業員・利用者等への感染防止対策・安全対策の強化
■ 感染の長期化による利用客数の回復遅れ

新たな感染対策(抗菌等)の開発と利用者への周知

○ ITの利用による新たな価値の創出 顧客行動データ解析によるマーケティング手法の検討
○ 地域医療機能等との連携による新事業の開発 新規技術を駆使した遠隔サービスの開発
■ 投資・撤退基準の前提が相違することでの損失の発生 投資基準・撤退基準の見直し
○ 顧客体験型サービス等によるニーズの掘り起こし オンラインでの店舗体験やライブ配信による需要喚起
○ 新たな販売手法や流通手段による顧客の獲得 新たな販売手法や流通手段の開発
■ 顧客ニーズへの対応遅れによる機会損失 顧客の嗜好変化に応じた商品ニーズの掘り起こし
○新たな取引先ニーズに合った物流システムの構築 物流戦略の見直しと取引先ニーズのすくい上げ
■ 取引量の減少が回避できないことによる損失の発生 財務体質の強化と事業ポートフォリオの再構築

○ デジタル活用による新たな事業機会創出

デジタルによる災害時対応システムの整備

○ リスク管理体制の再構築による外部評価の向上 全社リスク管理(ERM)・BCPの再構築
○ 堅牢なサプライチェーン体制の構築 SCMの脆弱性の確認と体制の見直し
■ 情報流出による損失の発生 情報セキュリティの強化や情報インフラの拡充

(2) COVID-19の影響に関する統合報告書への記載

統合報告書においては、これらのCOVID-19による企業活動への影響や機会やリスク、そして必要となる対策なども含めて、包括的に記載をしていくことができます。記載の仕方については、関連箇所に追記していく方法もあれば、適宜、総括して記載をしていく方法も考えられます。企業活動全体への影響や重要性などを勘案して選択していくことが望まれます。
一般的に統合報告書に記載する事項に照らして、COVID-19の影響に関連した内容を以下当てはめてみます。

  1. トップコミットメント
    統合報告書の対象年度や進行中の年度においてCOVID-19が企業活動に与えた影響について、経営者の考えや対策等を説明します。また、業績や資金繰りなどの重要な経営事項に影響した場合には、その概況や今後の見通しについても報告時点での見解を示します。
  2. ビジネスモデル
    COVID-19の影響が著しい場合、企業のビジネスモデルに対しても変更を余儀なくされることが想定されます。そのような場合には、ビジネスモデルへの影響と変更点や変更に至った経緯などを説明します。また、自社で保有する経営資源への影響(たとえば、製薬会社の知的資源などがCOVID-19の解決に利用可能である)に触れるなど、インプット・アウトプットへの影響を付記します。
  3. 経営環境変化
    図表1に例示したような、COVID-19に起因する環境変化を記載します。その際、変化が起こると想定している時間軸(短、中、長期)も併せて説明します。なお、COVID-19に起因する環境変化が明確でない場合には、報告時点において不確定要素があるため今後検討をしていく旨や、大きな方向性を示します。
  4. 機会とリスク
    図表2に例示したような、COVID-19に起因して新たに生じた、もしくは変更となった機会とリスクについて記載します。その際、理由についても説明します。なお、経営環境変化と同様に、不明確な場合には、今後検討をしていく旨や大きな方向性を示します。
  5. 経営戦略/方針
    COVID-19による環境変化や影響が大きい企業においては、今後の経営戦略や経営方針(戦略目標やKPIを含む)を見直したり、中期経営計画の進捗にも影響を及ぼすと想定されます。このような場合には、今後見直しをするか否か、中期経営計画の達成に与える影響、報告時点における見込みなどを説明します。
  6. マテリアリティ(重要な課題)
    COVID-19に関連する事象が企業経営にとって重要となる場合には、マテリアリティ分析にも影響を及ぼします。顧客や従業員を含めたステークホルダーのニーズ変化を反映する形で、進行年度におけるマテリアリティ分析を再考する場合には、マテリアリティ分析結果への影響や今後の改訂の方向性やプロセスなどを説明します。
  7. ステークホルダー・エンゲージメント
    顧客、従業員、取引先、地域社会などさまざまなステークホルダーにCOVID-19は影響を及ぼしており、企業はステークホルダーニーズの変化や新たな要請をすくい上げて、活動に反映していくことが求められます。そのため、COVID-19に起因して既に寄せられた要望やステークホルダーとの対話の結果、また要望やニーズへの対処策などを説明します。
  8. 資本財務戦略
    図表1に例示したような資金調達、配当政策、資源配分、投資計画などへのCOVID-19に起因した影響について、方針への影響、変更内容等を説明します。中長期的な観点から見直しの必要性を検討し、報告時点における検討状況や検討の方向性を示します。
  9. リスク管理
    COVID-19は、経営者が対処していく新たなリスクとして、感染症リスクが顕在化したものと考えられます。今後は、グローバル規模で大きなリスクとなり得る事象として企業は捉え、BCP対策の一環として予防的措置を行っていくことが想定されます。そのため、今回のCOVID-19への対応として実施した事項、BCP対策として今後実施していく予定の事項などを説明します。
  10. コーポレート・ガバナンス
    多くの企業において、COVID-19は経営に大きな影響を与える事象として、意思決定に経営者が関与し、また取締役会で議論されていると考えられます。また、リスク管理の一環としても、経営層への報告がなされているものと想定され、こうした取組みや議論の概要について記述します。
  11. サプライチェーン
    COVID-19は、グローバルでの生産体制や物流網の脆弱性を再検討する機会となり、海外のサプライヤーを含めたBCP対策の必要性も増しています。サプライチェーンへの影響が中長期まで及ぶものかなど、報告時点における検討内容や今後の方向性などについて示します。
  12. 研究開発戦略
    COVID-19への対応として、製薬の開発・承認申請、ワクチンの開発、医療器材の新規開発、社会的距離や在宅勤務などに対応するための新サービス・製品等の開発や量産体制の構築など、研究開発を新たに開始したり、計画の変更が想定されます。そのような研究開発の内容や今後の方向性について示します。
  13. デジタル戦略
    COVID-19はデジタル化への動きを加速させ、対面型からオンライン型への移行など、多様な活動に影響を与えています。そのためデジタル化が企業活動に与える影響、今後の投資計画の変更や情報セキュリティ対策、人材育成策について説明します。
  14. 人材・労働環境
    COVID-19により、多くの企業において勤務方法などが大きく変容を強いられており、事業の継続と従業員や取引先の健康や安全性の確保という観点で、経営者は選択を迫られたものと考えられます。そのため、感染症対策として実施した事項や働き方改革・雇用維持に関する方針への影響について説明します。
  15. コミュニティへの参画
    COVID-19に関連して、企業が自主的に政府・自治体・医療機関等への協力をしている場合には、協力の内容について、統合報告書の中で触れていくことが考えられます。
    以上を、図表3に概括します。

図表3 COVID-19影響の統合報告書への記載

記載する事項 想定される記載内容
トップコミットメント 企業活動に与えた影響についての経営者の考えや対策等、業績や資金繰りなどの概況や今後の見通し
ビジネスモデル ビジネスモデルへの影響と変更点や変更に至った経緯、インプット・アウトプットへの影響
経営環境変化 COVID-19に起因する環境変化。明確でない場合、今後検討をしていく旨や大きな方向性
機会とリスク 新たに生じたか変更となった機会とリスク。明確でない場合、今後検討をしていく旨や大きな方向性
経営戦略/方針 今後見直しをするか否か、中期経営計画の達成に与える影響、報告時点における見込み
マテリアリティ(重要な課題) マテリアリティ分析結果への影響、今後の改訂の方向性やプロセス
ステークホルダー・エンゲージメント 寄せられた要望やステークホルダーとの対話の結果、要望やニーズへの対処策
資本財務戦略 方針への影響、変更内容等、見直しの必要性に関する検討状況や検討の方向性
リスク管理 実施した事項、BCP対策として今後実施していく予定の事項
コーポレート・ガバナンス 経営者の関与や取締役会での議論の概要
サプライチェーン グローバル生産体制や物流網の脆弱性などの検討内容や今後の方向性
研究開発戦略 新サービス・製品等の開発や量産体制の構築など、研究開発の内容や今後の方向性
デジタル戦略 デジタル化による影響、今後の投資計画の変更や情報セキュリティ対策、人材育成策
人材・労働環境 実施した感染症対策や働き方改革・雇用維持に関する方針への影響
コミュニティへの参画 政府・自治体・医療機関等への協力内容

II. COVID-19の影響に関する統合報告書への記載の留意点

実際にCOVID-19が企業活動にどのような影響を及ぼしていくかは、社会全体への感染症の影響が収束するまでは完全には見通せない部分もあると思われます。そのため、開示媒体の発行時期や目的によって、記載する内容も異なってくることが予想されます。企業活動への影響を統合報告書に記載するにあたっては、以下の点にも留意する必要があります。

  • 統合報告書の発行時点において不確実性のある事象であっても、報告時点での合理的な予測や見込みであることを前提としたうえで、企業の置かれた状況に関する見解や中長期的な価値創造に対する考え方を積極的に説明していくことが望ましい。
  • 有価証券報告書における「経営方針、経営環境および対処すべき課題等」、「経営者による財政状態、経営成績およびキャッシュフローの状況の分析」との整合性や関連性を考慮した記載にする必要がある。
  • 時間軸や範囲(スコープ)を明記して、読者が影響の程度を理解しやすいように記載する。また、過去の発表時に不確実性のあった事象が後にその不確実性が解消されて記載内容が相違する場合には、経緯や理由等の説明も併せて記載することが望ましい。

以上がCOVID-19の影響に関する統合報告書での記載の考察となりますが、これらに見られるように、統合報告書は、経営者の統合的思考に基づいて示された価値創造ストーリー、すなわち中長期的な経営の方向性が基となります。環境変化の不確実性がより高く、また範囲もグローバルへと広がる中で、経営者はパンデミック後のニューノーマルを見据えた舵取りを行っていくと考えられます。統合報告書の作成を通じて、より多くの企業が、顧客、投資家、取引先、従業員を含めたステークホルダーとの対話をさらに進め、自社の持続的な成長を確かなものにしていくことが期待されます。

執筆者

KPMGジャパン
統合報告センター・オブ・エクセレンス(CoE)
KPMGあずさサステナビリティ株式会社
パートナー 猿田 晃也

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