COVID-19:保険会社にとって流動性は課題となるだろうか?

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は売上げが劇的に減少している多くの業態に現金および流動資産の不足をもたらしている。現金資産の管理は保険業界が速やかに検討すべき課題となっている。

現金資産の管理は保険業界が速やかに検討すべき課題となっている。

COVID-19は保険会社の財務流動性に懸念をもたらしているだろうか。保険業界は資金繰りを考えなおす必要があるだろうか。

この難しい状況の中、現金資産は最重要テーマである。COVID-19は売上げが劇的に減少している多くの業態に現金および流動資産の不足をもたらしている。この状況は保険業界にも当てはまるだろうか?

これまで流動性は保険業界にとって重要な問題ではなかった。保険のビジネスモデルは、事前に保険料を受け取り、投資と運用を行い、必要に応じ事後に払い出すもので原則現金資産は手元に存在している。

これは、通常では確かに当てはまる。現状はCOVID-19の前代未聞の様々な課題が社会、経済、ビジネスに投げかけられており、保険会社に対しても財務流動性の懸念をもたらすかもしれない。現金資産の管理は保険業界が速やかに検討すべき課題となっている。

3つのプレッシャー

現在、保険会社は資産、負債、投資に関するプレッシャーを抱えている。これらは同時多発的に発生しており、保険業界を非常に難しい状況に陥れている。

資産または収入の視点
新規契約はほとんどの商品・マーケットにおいて、個人および法人契約を問わず減少している。多くのブローカーは外出禁止により営業が難航しており、新規提案は伸び悩んでいる。既存契約については、個人・法人を問わず解約や保険料支払いの遅延が発生している。特に法人契約の更新において遅延がみられる。また、保険商品(特に自動車保険)に関わる返戻金の合計が何百万ドルにもなると見込まれている。

負債または支出の視点
支出は劇的な上昇傾向にある。現在は嵐の前の静けさの中にいるが、最終的にどの程度コストがかかるか不明である。死亡事故に対する支払いは、医療保険、メンタルヘルスや多くの損害保険の支払いと同様に増えていくだろう。さらに、誰もが話題にしたくないテーマとしてビジネス中断に対する補償がある。米国のいくつかの州や政府では、パンデミックが補償対象外となっているにもかかわらず過去に遡って保険会社に支払うように圧力が高まっている。ビジネス中断補償が保険会社にとって大きなコストとなるのは確実だろう。英国では、英国保険協会(ABI)がこの危機により12億ポンドもの損害が発生し9億ポンドはビジネス中断補償に支払われると見積もっている。また、米国ではペナルティなしで退職年金基金からの早期支払いがみられ、オーストラリアでは積立金の低下や老齢退職金からの脱退が増えている。COVID-19後、保険金請求の増加のみならず支払いを巡る争議に係る民事訴訟の増加が想定される。これは長期にわたり、コストも大きくなるだろう。仮に保険会社が争議に勝ったとしても損害調査費は大きいだろう。当然ながら保険会社は従業員給与や関連費用の支払いを続けなければならない。現時点において、保険業界は資金面での備えに動いておらず、ある保険会社は従業員を解雇しないと宣言している。

投資の視点
現在直面している超低金利環境や予想変動率(ボラティリティ)の影響により運用益への影響が予想される。米国の多くの保険会社は、不動産同様、不動産担保貸付や不動産担保証券を多数所有しているが、これらの投資収益は大きく下がると見込まれる。同時に、キャッシュフローの低下につながるデリバティブ担保要件の急激な増加が見込まれている。保険会社は、資産の配当収益の減少に直面するだろう。

この3つのプレッシャーの影響は甚大で、時間の経過とともに影響が拡大する可能性がある。保険業界は多角的かつ十分な資本を持っているが、安心すべきではない。多くの業界では借入契約条項の流動性の問題に関し早期警戒指標が存在するが、保険業界において早期警戒指標は見えにくく、高度な予測・資金管理ツールを導入することがますます重要になる。

将来に備える保険会社

COVID-19の流行からこれまでの保険会社がとってきた行動をみると、既に借入や社債の発行を含む資本の増強、親会社・外部株主への配当支払いの取り消し、株式買戻し計画の停止などが含まれている。市場では主要でない資産処分検討等の動きがみられる中、保険会社はさらに資金流出の防止に努めている。保険会社がこれまで実施してきたことは全て倹約と賢明な対策である。真の課題は、現金資産の管理が保険業界内の懸念されている特定の分野で対応されていないことである。過去に流動性の危機を経験し、そこから立ち直った他の業界と比較して対応に苦慮しているという意見もある。多くの保険会社がこうした状況に素早く対応できる環境にはない。

動かせない現金資産の問題

特に多様性のあるグローバル企業では、潜在的に移動できない現金資産の取り扱いが深刻な問題となっている。ある国のある現地法人に資金が存在し、その資金が他の国または親会社レベルで必要とされる場合のケースである。現金資産を他国へ移動するには税務当局や規制要件(例えば、資本水準を保つ)の制約、または異なる法人格間の移動の難しさがある。移動できない現金資産問題を抱える組織は、実際に手元資金のある組織よりもキャッシュポジションが見かけ上よく見えることがある。人々は現金資産には流動性があると考えがちだが、法人格が異なる場合はそうではない。ビジネスに必要な現金資産を保有し、必要に応じて動かすことは必要不可欠である。

組織横断アプローチの採用

流動性とキャッシュフローの管理は保険会社の財務部門が中心となって取り扱うべきであるが、現金出納が行われる損害調査、再保険、営業、業務部門など組織の主要部署も関与すべきである。このように組織横断的なアプローチをとることによって流動性は効率的に管理することができる。これは、現金資産に配慮する組織風土の醸成につながる。このためには、組織のトップが現金資産管理の重要性を発信することが大事である。

流動性管理を難しくする要因は多くのものがあり、以下のことが含まれている。

  • キャッシュサイクルのマッピングとビジネス全部門による頑健な予測プロセスの構築
  • 移動できない・固定的な現金資産残高の特定を含むグループおよび各国レベルでの現金資産予測の監視と更新
  • 流動性のストレステストとシナリオ分析の実施
  • トリガー発動の仕掛けを含む流動性と市場状況(経済、規制、政府開発)の早期警戒指標の開発
  • 現金資産および承認の実在に関したガバナンスメカニズムの検証と更新
  • セグメントレベルでの顧客動向の迅速な分析能力を伴った日々の流動性の計測または内部KPIの開発
  • COVID-19による劇的な変更を反映するための予想モデルの更新
  • 潜在的な借入・資本発行の評価

このようなシステマチックな計測の導入は一夜にしてはできない。大事なことは保険会社が直ちに行動することである。

キャッシュサイクルのマッピングと管理

さらに、保険会社が入念に分析すべき戦術的な領域がある。1つは未収保険料の管理である。現在は回収業務を効率化するよい機会である。保険の中間業者とサービスレベルアグリーメントをレビューし、期限内にそれら業者の手元現金から支払われていることをモニタリングする。特にブローカービジネスに関してキャッシュポジションを正しく認識する必要がある。多くの保険会社は保険料の受け取りとコミッションの支払いについてブローカービジネスのキャッシュサイクルを適切に把握できていない。今こそ対応する必要がある。また、他の検討領域として保険金支払いと再保険の関係がある。保険金支払いチームと再保険チームの間で再保険請求の時間差を縮めるために情報伝達方法の改善などが考えられる。これにより、支払い速度の向上が期待できる。

その先にある不確実さ

今は世界経済全体にとって困難な時期であり、保険会社には現金資産管理に対する丁寧な取り組みが必要になる。ビジネス中断補償はどうなるかわからない状況にあり、規制当局や法令化の動き次第では保険金支払いが不能となる可能性がある。これは世界中で活発に討議されていている重要なトピックである。保険会社はこれまで必要としていなかった流動性と現金資産管理に重点的に取り組む必要がある。現金資産を作り出すことが今や最優先の重要事項となっている。「新しい現実」における複雑な変革と成長プログラムを促進する上で、現金資産の管理は短期資金の保全と追加資金の創出に必要不可欠となるだろう。流動性を確実に把握し続けることによって、過去に例がないこの状況においても、素早い対応が可能となるだろう。


本稿はKPMG Global Head of InsuranceであるLaura Hayの「COVID-19: could liquidity challenges be on the way for insurers?」をKPMGジャパン保険チームにて翻訳したものである。

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