フィンテックに係る規制の最新動向~銀行の競争相手の登場と金融サービスの顧客接点のシフト
本稿は、報告書に基づいて、銀行の競争相手となる資金移動業、および金融サービスの顧客接点となる金融プラットフォームの可能性について解説します。
本稿は、報告書に基づいて、銀行の競争相手となる資金移動業、および金融サービスの顧客接点となる金融プラットフォームの可能性について解説します。
「決済法制及び金融サービス仲介法制に関するワーキング・グループ」より、決済の横断法制およびプラットフォーマーへの対応を含む金融サービス仲介法制の在り方に係る審議を取りまとめた報告書が2019年12月に公表されました。
報告書で示された提言によると、認可を取得した資金移動業者であれば、送金上限額に制限がなくなり、資金送金の分野で銀行等と直接競合することになります。また、1つの金融機関よりも多数の金融商品を取り扱うことを可能にする新たな仲介法制は、金融分野におけるプラットフォーマーの台頭を促し、顧客接点が大きくシフトする可能性があります。
本稿は、同報告書に基づいて、銀行の競争相手となる資金移動業、および金融サービスの顧客接点となる金融プラットフォームの可能性について解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
ポイント
- 「決済の横断法制」と「プラットフォーマーへの対応」に係る審議の結果を取りまとめた「決済法制及び金融サービス仲介法制に関するワーキング・グループ」の報告書が公表された。
- 従来の資金移動業では手掛けられなかった「高額」送金を取り扱えるようになり、資金送金の分野で資金移動業者と銀行等が直接競合することになった。
- 銀行・証券・保険にまたがる金融サービスを1つの登録で特定の金融機関に所属することなく仲介することが可能になり、金融サービス版のプラットフォーマーが実現し、顧客接点がシフトする可能性が高まった。
I.金融審議会の報告書
1.決済法制・金融サービス仲介法制に関するワーキング・グループ報告書
2019年12月20日、金融審議会に設置された「決済法制及び金融サービス仲介法制に関するワーキング・グループ」(以下「本ワーキング・グループ」という)より、決済法制および金融サービス仲介法制の在り方に係る審議の結果を取りまとめた報告書(以下「本報告書」という)が公表されました。今後は、本報告書で示された提言に基づいて、2020年の通常国会において資金決済に関する法律(以下「資金決済法」という)等の関連する法律の改正が行われる見込みです。
本報告書の公表に先立って、本ワーキング・グループの前身である「金融制度スタディ・グループ」は、2018年6月に「中間整理」を公表した後、1.情報の適切な利活用、2.決済の横断法制、3.プラットフォーマーへの対応、4.銀行・銀行グループに対する規制の見直しについて審議を行いました。2019年1月には1と4に関する報告書を公表し、同年6月には同報告書の内容を反映した改正法が公布されました。
本報告書は、上記の2と3に対応するものであり、2の「決済の横断法制」に対応する審議は第1章の決済法制、3の「プラットフォーマーへの対応」に関する審議は第2章の金融サービス仲介法制に反映されています。
2.決済法制に関する議論
決済法制に関して、本報告書では、主に1.資金移動業に係る規制の柔構造化(詳細は後述)、2.前払式支払手段におけるチャージ残高の譲渡に関する制度的対応の明確化、3.無権限取引に係る事業者の利用者に対する情報提供、4.収納代行とされるサービスのうち割り勘アプリについて資金移動業の規制対象であることの明確化を行うこと、の4つが提言されています。
2および4については、新たな規制というよりも、規制の適用について明確でなかった行為に対して一定の対応を求めたり、規制対象であることを明確化するものです。また、3もデジタル化に伴って増加しているなりすまし等による無権限取引への対応として事業者の自主的対応を促しつつ、事業者の無権限取引に関する対応方針を利用者へ提供する情報に追加するといった内容であり、金融機関等に大きなインパクトが発生するものではないと考えます。
これに対して、1の資金移動業の柔構造化は、資金移動業者のみならず、後述するように銀行にとっても大きな影響のある改正になると考えられます。
資金移動業に係る本報告書の主な内容は以下のとおりです。
- 取り扱う送金の上限額に応じて、資金移動業を1.「高額」(100万円超)送金を取り扱う事業者、2.現行規制を前提に事業を行う事業者、3.「少額」(数万円程度)送金を取り扱う事業者の3つの類型に分け、イノベーションの促進を通じた利用者利便の向上と利用者保護のバランスをとるよう規制を柔構造化する。
- 利用者資金の保全方法について、保全方法の選択を柔軟にしつつ当局の事前関与から事後チェックへの転換を図る一方、保全が図られるまでのタイムラグを短縮化するなど事業者の規制対応コストと利用者保護のバランスを調整する。
3.金融サービス仲介法制に関する議論
金融サービスの仲介に関して、現行の規制は、銀行法における銀行代理業者、金融商品取引法における金融商品仲介業者、保険業法における保険募集人や保険仲立人といったように業種ごとに仲介業者に関する規制が存在し、それぞれの仲介業者は特定の金融機関に「所属」し指導等を受けることが求められています。このため、複数業種をまたぐ仲介や多数の金融機関を相手方とする仲介は、事業者の負担が重く現実的ではありませんでした。
本報告書では、こうした課題に対して、複数業種かつ多数の金融機関が提供する多種多様な商品・サービスをワンストップで提供する仲介業(以下「金融プラットフォーム」という)に係る制度の創設が提言されており、今後「金融プラットフォーム」に係る法制度の整備が行われる見込みです。
「金融プラットフォーム」に係る本報告書の主な内容は以下のとおりです。
- 新たな仲介業の創設
- 業種ごとの登録等を受けずとも、1つの登録で銀行・証券・保険すべての分野での仲介が可能
- 特定の金融機関への所属制の不採用
- 業務範囲:銀行・証券・保険分野の金融サービスのうち、1.高度な説明を要しないと考えられるもの(図表1参照)、および2.媒介(代理は認めない)
図表1 検討されている新たな仲介業者が取扱い可能な商品および禁止商品の例
出典:第5回決済法制及び金融サービス仲介法制に関するワーキング・グループ事務局参考資料(金融庁)を基にKPMG作成
- 参入規制:事業規模に応じた額の補償金の供託を義務付け
- 行為規制:
- 顧客資産の受入れ禁止
- 顧客情報の適正な取扱いの確保
- 仲介業者の中立性の確保
- 顧客に対する説明義務
- その他:協会や紛争解決手続きの規定の整備
II.銀行の競争相手となる資金移動業者
1.資金移動業の業務範囲の拡大
資金移動業に係る規制の柔構造化により、資金移動業者に係る規制体系は、現行の送金上限額(1件当たり100万円)とする資金移動業に加えて、同上限額を超える「高額」送金を取り扱うことができる資金移動業の新類型(以下「第1類型」という)と同上限額を数万円程度とする「少額」送金を取り扱う資金移動業者の新類型(以下「第3類型」という)が設けられることになります(図表2参照)。
図表2 送金上限額に応じた資金移動業の3類型
新しく設けられた第1類型と第3類型では資金移動業者へのインパクトは大きく異なります。
第1類型は、図表2でわかるように現行の資金移動業者が手掛けられなかった分野に業務範囲が拡大したことを意味します。言い換えると新たなビジネス領域が広がったと言えます。
他方、第3類型は現行の資金移動業者でも手掛けられる業務であり、ビジネス領域というよりも規制対応コストが低下することによる事業の採算性の改善に繋がる可能性が高まったと言えます。
本稿では特に、新たなビジネス領域に踏み込むことになる第1類型の資金移動業者について考察を進めたいと思います。
2.縮小する銀行との業務範囲の差
第1類型の資金移動業者の送金上限額についてですが、本報告書では第1類型の資金移動業者に適用される「高額」送金の上限額について、海外で上限額を設けている事例が見受けられないことや利用者資金の保全に係る規制が強化されること踏まえて法令上の上限額を設けないとしています。このことは、もともと送金額に上限のない銀行と同等の資金送金ビジネスが可能になることを意味します。
たとえば、今回創設された第1類型の資金移動業者は、現行の資金移動業者では対応が難しかった個人による高額商品・サービスの購入や企業間決済の領域における資金決済ニーズを捉えることが可能になると考えられます。
他方で、第1類型の資金移動業者となるためには銀行同様の免許が必要ということではなく、資金移動業者としての登録に加えて第1類型の業務を行うための認可の取得が求められるなど、現行の資金移動業より厳格な規制が課せられることになるものの、銀行に課せられている「免許」よりも緩やかな規制水準が適用されるにとどまります。
これにより、銀行が独占してきた高額の資金送金の領域において銀行の新たなライバルが銀行よりも低い規制水準で誕生することになると考えます。
銀行の「免許」には、送金を含む為替取引だけでなく、預金の取扱いや貸付といったほかの「銀行業」を行うことができるという意味があるものの、資金送金に係る規制コストの差が競争上大きな意味を持つことになるかもしれないと考えます。
3.電子マネーがキャッシュレス決済の中心へ
資金移動業者の提供するサービスには様々なものがありますが、近年よく見られるサービスの1つに、前払式支払手段と組み合わせた送金サービスがあります。
〇〇ペイといったスマホ決済サービスには様々な支払手段がありますが、そのなかの1つに事前にチャージしてその金額の範囲で決済を行う方式があります。この方式では事業者が資金決済法に基づく前払式支払手段発行者としてサービスを提供しています。
第三者型前払式支払手段の登録だけでは、チャージ残高(定まった定義はありませんが、本稿ではチャージ残高を「電子マネー」と呼ぶこととします)をほかのユーザー等に「送金」することはできず、「電子マネー」はあくまでも加盟店での「決済」にのみ利用可能です。
しかし、事業者が資金移動業も登録している場合、資金移動業者として「電子マネー」を「送金」することが可能になります。スマホ決済アプリに「送金」機能がついている場合は、基本的に事業者は資金移動業に登録しているか銀行等の金融機関となっているはずです。
この「電子マネー」の「送金」は、これまで事業者が資金移動業者であれば、最大でも送金上限額が100万円でしたが、事業者が銀行や信用組合といった金融機関であれば、100万円を超える「電子マネー」の「送金」が可能です。
実際に前払式支払手段発行者として登録しているある信用組合が発行する電子地域通貨(電子マネー)の送金上限額は200万円となっています。
今後は、第1類型の資金移動業者が前払式支払手段と組み合わせて高額の「電子マネー」送金サービスを提供するなどして、銀行の競争相手となってくる可能性が考えられます。
また、第3類型の資金移動業の領域も含めて利便性の高い「電子マネー」のサービスが登場し、クレジットカード決済に並んで「電子マネー」による資金決済が加速する可能性も考えられます。
キャッシュレス決済が加速するとも言えますが、「高額」の資金決済分野においては、現金の代替というより従来のクレジットカードや銀行振込による決済からのシフトが起こり、キャッシュレス決済のなかで「電子マネー」という手段の割合が高まるという傾向が見えてくるかもしれません。
III.金融機関から金融プラットフォームへの顧客接点のシフト
新たな仲介業に適用される規制のうち、金融機関に影響があると考えられるのは、特定の金融機関に所属しなければいけない所属制の不採用だと考えます。
所属制の不採用に伴って、新たな仲介業制度に基づく「金融プラットフォーム」は、金融機関から指導を受ける負担が軽減され、複数の金融機関と連携・協働することが容易になり、幅広い金融サービスを取り扱うことが可能になります。
1つの金融機関が提供する金融サービスよりも多くの金融サービスを提供する「金融プラットフォーム」が台頭する素地ができたと言えるかもしれません。
また、所属制の不採用は、「金融プラットフォーム」が金融サービス提供者たる金融機関の意向に影響を受けすに、顧客ニーズに基づいて金融サービス(図表1で取扱い可能とされる商品)を顧客に提示しやすくします。
金融サービスの提案にあたって、顧客ニーズを満たす商品ではなく、提供者が売りたい商品を売っていると、顧客満足度の低下を招き、他の競争相手に顧客がシフトするリスクを高めます。このため、金融サービスの顧客に対して、金融サービス提供者から受ける影響を回避することは重要になります。
さらに、本報告書では、十分な情報処理システム等の業務遂行体制を備えることにより、「金融プラットフォーム」は、電子決済等代行業者の登録を受けることなく、銀行法の行為規制に基づいて電子決済等代行業を行うことができるとされています。
豊富な品ぞろえと電子決済等代行業サービスも含めた顧客ニーズを捉えた金融サービスの提供によって、多くの顧客の支持を獲得した場合、金融サービスに関する顧客接点は、個々の金融機関から「金融プラットフォーム」にシフトし、プラットフォーム経由の金融サービスの提供が増えていくと考えられます。
このような構造的転換は、非金融分野では既に起こっています。家電に例えると、従来の所属制に基づく仲介業者とは、特定のメーカーが提供する家電しか販売できないメーカー系列の小規模電化店に近いと言えます。
品ぞろえは、当該メーカーの商品の範囲に限定され、メーカーの意向の影響を受けて、顧客ニーズよりもメーカーが売って欲しい商品を顧客に薦めるかも知れません。
そうした電化店は、1つのメーカーの商品の範囲に限定されることなく、複数のメーカーから幅広い商品を取り寄せて品ぞろえを豊富にした家電量販店に顧客を奪われました。そして、現在では家電量販店から圧倒的な品ぞろえと膨大な顧客データに基づいて顧客ごとにニーズを満たす商品を提案するeコマースサイトといったプラットフォーマーに顧客接点がシフトしています。
金融の世界でそのようなシフト、言い換えれば金融プラットフォーマーが登場しなかったのは、複数業種かつ多数の金融機関の金融サービスを1つのプラットフォームで提供することが難しかったことが一因でした。
本報告書の提言に基づいて、「金融プラットフォーム」のビジネスモデルが台頭すると、金融サービスの提供者たる金融機関もビジネスモデルを大きく変えていかざるを得なくなります。
金融サービスを顧客に訴求するための広告宣伝や販売するための店舗および営業人員は削減し、サービス開発もより顧客ニーズを意識したものになり、顧客ごとにカスタマイズするなど金融サービス開発のアプローチも大きく変革する必要が生じるかもしれません。
執筆者
KPMGジャパン
フィンテック・イノベーション部
副部長 ディレクター 保木 健次