スーパーシティ/スマートシティによる経済社会の変容~都市OSと新しいビジネスチャンス~
本稿は、都市サービスが次々と生まれ、持続的に運営していくためのデータドリブンな社会、社会課題解決型都市OSについて解説します。
本稿は、都市サービスが次々と生まれ、持続的に運営していくためのデータドリブンな社会、社会課題解決型都市OSについて解説します。
個人情報を含む多様なデータを利活用可能な社会が到来しようとしています。データドリブンな社会は、社会のあり方を根本的に変えます。また、デジタル技術の進化と併せて、ビジネスの競争原理や収益構造を変え、新たなビジネスチャンスを生み出していきます。
一方で、データを分野横断で取り扱い、社会課題を解決するには、都市OS(オペレーションシステム)が必要となります。都市サービスが次々と生まれ、持続的に運営していくには、成功報酬の官民シェア、公的負担のリプレイスなど収益の多角化、官民連携したビジネスモデルが重要になります。
本稿は、データドリブンな社会、社会課題解決型都市OSについて解説します。
なお、本文中の意見に関する部分については、筆者の私見であることをあらかじめお断りいたします。
Point1 データドリブンな社会
個人情報を含むさまざまなデータのデジタル技術による利活用は、社会のあり方を根本から変えていく
Point2 ビジネスチャンスの拡大
スーパーシティはビジネスの競争原理や収益構造を変える可能性があり、新しいビジネスチャンスを生み出していく
Point3 社会課題解決型都市OS
他分野のデータにアクセスでき、分野横断型の都市サービス提供の基盤となる都市OSが必要となる
Point4 官民連携ビジネスモデル
官民連携した組織による都市OSの運営、成功報酬の官民シェア、公的負担のリプレイスなど収益の多角化が肝要
I.データドリブンな社会への進化
デジタル技術が企業活動や市民生活に浸透するなか、特にデータの利活用に関する仕組みの検討が進んでいます。
日本では、政府が「AIやビッグデータを活用し、社会のあり方を根本から変える都市」として「スーパーシティ構想」を提唱しています。スーパーシティ構想では、生活の質の向上や地域課題の解決のため、個人情報を含む多様なデータが一定のルールの下で活用される社会、すなわちデータドリブンな社会が描かれています。
では、そうした社会におけるデータの利活用は、これまでと何が違うのでしょうか。これからのデータ利活用は、以下の3つの方向性が重視されるようになると考えられます。
1つ目は、「Personalization(これまで以上に個人に特化した情報提供)」です。データドリブンな社会では、セグメントのペルソナを描くための分析ではなく、一個人を理解するための分析が重視されるようになります。たとえば、ECサイトのリコメンデーション機能は、通常、同じ物を購入したグループの購買履歴分析に基づいて推奨商品を提示します。しかし、データドリブンでは個人情報を分析し、購入者のライフスタイルや思考、価値観を理解したうえで、購入者が興味を持つであろう商品を推奨します。これにより、購入率はより向上するでしょう。
2つ目は、「Nudge(自発的に行動を促すアクション)」です。行動経済学では、個人の自発的な行動を促す「ナッジ理論」が注目されています。環境省でも2017年度に省エネ行動に関するナッジ理論に基づく実証実験を実施しています。もし、個人の行動や思考が分析され、それぞれの個人にフィットした情報提供が行われ、地域社会が期待する行動を自発的に起こしてもらえるとしたら、地域課題の解決への取組みは大きく加速するでしょう。
最後が、「Dynamic(変化することを前提としたリアルタイム対応)」です。これまではデータの収集・分析に多くの時間が必要となるため、過去のデータを基にしたアクションしかとれませんでした。しかし、デジタル技術と通信技術の進化により、リアルタイムなデータ収集・分析、さらにはリアルタイムなアクションに繋げることが可能となります。それは常に変化する状況に適応するアクションでもあります。
II.新しいビジネスチャンス
1 データドリブンなサービス
日本の医科診療医療費は約30兆円ですが、その3分の1を生活習慣病が占めています。生活習慣病に対する予防・健康管理サービスの市場規模は4兆円ともいわれ、1兆円の医療費削減効果が見込まれています※1。
(1)Personalization
個人の健康に関する情報は多様で、過去の病歴、親族を含む家族の病歴、身長・体重・体脂肪率などのフィジカルデータ、脈拍や血圧といったバイタルデータ、あるいは日々の行動、食生活に関するデータなど多岐にわたります。そうしたデータを一元的に管理し、都度、適切な生活アドバイスを提供できれば、より効率的な健康管理を行えるはずです。まさに厚生労働省が推進するPHR(Personal Health Record)の実現による予防・健康管理サービスの拡充です。
(2)Nudge
個人の健康に対する意識はさまざまですし、健康を維持することによるベネフィットも個人により異なります。どのようなタイミングで、どのような情報を提供し、より健康を意識した行動、生活をするようになるかを解析できれば、より効果的に健康管理することが可能となるでしょう。最近では、たとえば健康に対するインセンティブを提供する健康保険組合や生命保険会社が増えてきているのが一例です。
(3)Dynamic
個人の健康状態は日々変化します。年に1回の健康診断で身体の変化をモニタリングするのは、病気になっているか否かを判定し、初期症状の段階で治療するためです。一方、本人が意識せずとも日々データが更新され、疾病のリスクが評価され、予防措置が取られれば、疾病率は大幅に抑制できるようになるでしょう。既にヘルスケア市場には、たとえばバイタルデータをモニタリングするウェアラブルツールや健康管理のためのアプリケーションがいくつも登場しています。
スーパーシティにおいては、個人の健康に関する多様なデータを一元的に収集・管理し、個人の健康状態を常に評価し、必要に応じて自発的に健康行動を取るような情報やインセンティブが提供される総合的なサービスが登場するかもしれません。
※1『「健康経営銘柄2018」及び「健康経営優良法人(大規模法人)2018」に向けて』経済産業省ヘルスケア産業課(平成29年9月)
2 データドリブンな地域課題の解決アプローチ
自動車を運転する方ならば、少なからず渋滞にストレスを感じたことがあるでしょう。国土交通省の試算によると、交通渋滞の社会的損失は11兆円にのぼり、1人当たりの渋滞による損失時間は年間約30時間ともいわれています※2。
(1)Personalization
自動車での移動目的は人によって異なります。個人でも通勤や通院、あるいは買い物、旅行など、多様な目的で自動車を利用します。これは商用でも同じです。たとえば物流の場合ならば、工場からの出荷や物流拠点への納品など、運搬量も時間的制約もさまざまです。そうした状況を加味したうえで最適解を導き、実現するには、個々の事情に応じた運転経路や時間のリコメンドが必要です。時間的制約の強弱、運転に対する身体的負荷、周辺道路の認知状況、運転歴などを加味することができれば、運転者にとって納得感の高い交通管制が可能となるでしょう。
(2)Nudge
自動車での移動に対するコストには、通行料、駐車場代、ガソリン代などがありますが、需要交通量をマネジメントする際には通行料を増額させる方法が一般的です。しかし、コスト負担増だけでは、その効果は限定的です。より円滑な渋滞緩和を実現するには、渋滞緩和に対するインセンティブ(クーポンやポイント)の付与や、渋滞緩和による生活環境の改善に共感してもらうなど運転者の自発的な行動に結び付くコミュニケーションを図ることが重要です。
(3)Dynamic
交通量は生き物のように刻々と変化します。そのため、渋滞を緩和するには、交通状況をリアルタイムで把握し、必要に応じて運転者(これから運転する人も含む)に情報提供し、行動変容(迂回、時間変更など)を促すことが不可欠です。また、天候の変化やイベントの開催など交通量に影響を与える要因を分析・予測し、プロアクティブに運転者に情報提供することでさらなる道路交通の最適化を実現できるかもしれません。
今、自動車のインテリジェント化は自動運転というゴールを目指して進んでいますが、道路交通全体を考えると、インテリジェント化のもう1つのゴールとして渋滞緩和、つまり道路交通の最適化も志向すべきかもしれません。スーパーシティでは、運転者との合意の下、自動車が渋滞緩和のための運転経路や速度を計算し、道路交通全体からも最適な運転を実現できるかもしれません。
また、スーパーシティで描かれている個人情報を含む多様なデータが利活用可能な社会では、大きなビジネスチャンスが生まれます。そこでは、個人情報等の収集コストが大きすぎて実現困難だったサービス、ビジネスサイズが小さすぎて事業化が困難だったサービス、技術的な課題のためアイディアで終わっていたサービスなどにチャレンジする事業者も登場してくるでしょう。そういう意味では、現在はサービス産業のビジネス構造が大きく変わる過渡期と言えるのではないでしょうか。
※2 【施策-2】国土交通省「効果的な渋滞対策の推進」(PDF:1,219kb)
III.社会課題解決のための都市OS
1 都市OSとは
交通分野でライドシェアやバイクシェアなどの新しいサービスから公共交通および新しい交通サービスを束ねるMaaSプラットフォームが出てきたように、都市においてもさまざまなサービスが生まれ、それらを束ねる都市OS(社会課題解決型プラットフォーム)の議論が盛んになってきました。富山市では、都市OSとしてFIWAREを実装し、LPWAを市内に設置し都市サービスの実証を始めています(図表1参照)。
図表1 都市OS(社会課題解決型プラットフォーム)のイメージ
2 地方創生のための都市OS
サービスをビジネスとして成立させたうえで、社会課題を解決するためには、統計データや自治体のオープンデータの活用に加えて、個人の本質的な課題(介護、病歴、趣味嗜好、生活に関することなど)の紐付け、サービスの横連携および紐付けした課題とサービスのマッチングがポイントとなります。
たとえば、「Aさんは毎週月曜午前中に通院して、友人とランチを食べてから買い物をして帰宅します」といった個人の生活行動や消費行動をある程度のボリュームならびにコミュニティとして把握し、それらの情報とそのエリアの天候、交通、イベント、店舗の特売などの情報とを組み合わせるのです。
個人の本質的な課題、機微な情報に触れることから、都市OS運営事業者は公共セクターもしくは第三セクターで運営することが期待されます。しかし、次々と新しいサービスが生まれる仕組み(オープンイノベーションやクローズドなパートナープログラムなど)や都市OSを常に更新していく体制の構築は民間企業主導で進める必要があります。それは、都市OSが新しいモデルを常に求め続けるからです。
既存の都市OSを活用するかしないかにかかわらず、詳細に作り込むのではなく、横展開を意識したカスタマイズ、作りながらすぐに動かせるアジャイル的な思想が必要となります(図表2参照)。
図表2 既存の都市OS
タイトル | 概要 | 導入事例 |
---|---|---|
FIWARE Architecture | EUで研究開発されたIoTプラットフォーム | 富山市、川崎市、加古川市、高松市、福岡市、沖縄県 等 |
Industrial Data Space/ International Data Spaces | ドイツでインダストリー4.0と連携する都市OS | 製造業、保険、銀行、商業などに対応 |
AWS Smart City Reference Architecture | Amazonが提供するレファレンスアーキテクチャー | 交通、セキュリティ、エネルギー・環境、データダッシュボードに対応 |
Microsoft Azure Digital Twins | マイクロソフトが提供するシステム | コネクテッド ワークプレイス、スマートビル |
ET City Brain (Alibaba) | アリババが構築した都市システム | 杭州、クアラルンプール等 |
Cisco Kinetic for Cities | シスコが構築した都市システム | 英国ハル市 等 |
出所:各種公開情報を基にKPMG作成
IV.都市OSのビジネスモデル
1 先行する海外のスマートシティモデル
都市OSの構築に向けては、収益性・法制度・技術・セキュリティなどの課題を解決する必要があります。また、収益性については成功モデルの横展開が重要になります。
展開可能性の視点で参考になるのが、Google関連会社Sidewalk Labsがカナダのトロント※3で手掛ける成功報酬型官民連携モデルです。まずトロント東部(Quayside、Villiers West)にスマートシティソリューションを実装し、その後トロント全体に展開します。さらに構築したソリューションを他都市に展開できた場合、売上の10%をトロント市等公共に配分されることになっています。
Sidewalk Labsがみずから1,300億円以上先行投資しつつ、関与するIT企業、トロント市等関係者全員が投資しながら、市民サービスの向上、他都市へのビジネス展開を検討しています。不動産開発を誘発し、毎年約1.4兆円の経済効果を創出予定など地域活性においても大きな効果が期待されています(図表3参照)。
図表3 Sidewalk Labsのトロントでの取組み
2 スーパーシティの方向性
日本において、このような1社による多額な投資は難しいですが、横展開を見据えた成功報酬型官民連携モデルに加えて、既存の公的負担をリプレイスするSIB(Social Impact Bond)のような仕組み(例:医療費削減に資する健康サービスプラットフォーム等)や、デジタルツインを活用した潜在的コストの軽減(例:防犯映像、位置情報把握による遭難・誘拐などの捜索費用の削減など)も含めた中長期的収支を加味したビジネスモデルの構築は極めて重要なポイントです。
また、現法制度では実現できないものの、アメリカなどで導入されているTIF(Tax Increment Financing)のような初期投資により不動産価値向上が見込まれる場合の固定資産税前借りや、BID(Business Improvement District)のような地域運営での受益者からの税徴収等のスキームを視野に入れた多様な収益化も検討のポイントとなるでしょう。さらに情報銀行に加えて、“情報デベロッパー”のような関連する情報(資産)を集めて、活用の範囲を広げ、資産価値を向上させたうえで資産を貸したり、売却することにより投資を回収する事業者が、今後の日本のスマートシティ/スーパーシティ開発・運営に必要だと考えています。
3 スーパーシティ実装に向けて
KPMGではスマートシティ構築に向けた包括的なフレームワークに加え、都市をベンチマークするための都市評価モデル、個別のサービス検討にあたってのスマートプリシンクトモデル、サービスの実行に向けたスマートシティ戦略的パートナープログラムなどを所持しています。
これらのフレームワークに加えて、PPP/PFIのアドバイザリーの経験やビジョン策定、マーケティング戦略策定、デジタル戦略策定、個別施策立案から個別施策・サービスの実行支援まで一気通貫でサポートすることができます。
米国・中国のような「単一情報プラットフォーマー型」でなく、日本では「官民連携による情報デベロッパー型」を早期に作れるかがスーパーシティ実装の鍵になります。そして、それは来るべきトークンエコノミーに先手を打つことにもなります。
執筆者
KPMGコンサルティング株式会社
パブリックセクター
ディレクター 平田 和義
マネジャー 大島 良隆