Science-Based Targets for Water(SBTW)のガイドの公表

2019年8月、流域の状態を考慮した水関連目標設定のためのガイド”Setting Site Water Targets Informed By Catchment Context: A Guide For Companies”が公表されました。

2019年8月、流域の状態を考慮した水関連目標設定のためのガイドが公表されました。

流域の状態を考慮して設定した水関連目標は、これまで、"Context-Based Water Targets (CBWT)"と呼ばれてきましたが 、本ガイドでは"Science-Based Targets for Water (SBTW)"という言葉が用いられていることから、ここでは後者の呼び方を用いることとします。

温室効果ガスの場合、排出されたガスは最終的に大気中で均一に混ざりあうことから、地球上のどこで温室効果ガスを排出しても、気候系への影響という観点では変わることはありません。したがって、温室効果ガスの場合、企業グループ全体の排出量削減目標を設定し、各国における規制や各工場における削減機会を考慮しながら、排出削減を進めていくというアプローチが理にかなっています。一方、水は地域的な資源であることから、例えば、河川から同じ量の水を取水する場合でも、水資源が豊富な流域での取水と水ストレスの高い流域での取水では、水資源への影響という観点から、大きな違いが生まれます。したがって、取水量の削減目標の設定を検討するに際しては、水資源が豊富な流域での取水量の削減よりも、水ストレスの高い流域における取水量の削減を優先したほうが、水資源への影響のより大きな緩和に結び付くという意味で合理的と言えます。これが、SBTWの基本的な考え方です。

本ガイドは、以下の3つの要素を重視して作成されています。

  • 水関連目標は流域における優先的な水課題に対応しているべきである
  • 水関連目標の設定にあたっては、サイトの水課題に対する影響の度合いと望ましい状態を考慮すべきである
  • 水関連目標は、それによって水リスクが低減し、機会が最大化され、公的機関の優先課題の解決に貢献するよう、設定されるべきである

効果的な水関連目標の設定にあたって推奨されるアクションは、それぞれの要素に対応し、以下のように整理されています。

効果的な水関連目標設定のための要素 1 水関連目標は流域における優先的な水課題に対応しているべきである 2 水関連目標の設定にあたっては、サイトの水課題に対する影響の度合いと望ましい状態を考慮すべきである 3 水関連目標は、それによって水リスクが低減し、機会が最大化され、公的機関の優先課題の解決に貢献するよう、設定されるべきである
推奨されるアクション 1.1 操業上のリスク、依存、インパクトを理解する 2.1 優先順位の高い水関連の課題の望ましい状態を明確にする
 
3.1 既存のウォータースチュワードシップの取組、共同作業、流域における公共政策の事業を特定する
1.2 地理的な範囲を決定する 2.2 現状と望ましい状態との間のギャップを評価する 3.2 可能な場合、望ましい状態を実現するための既存の取組に貢献する目標を設定する
1.3 流域の水関連の課題を優先順位付けする
 
2.3 望ましい状態の実現に対する貢献を明確にする
 
3.3 目標を達成するための戦略を決定し、進捗を測定する
望ましいアウトカム 目標は、流域の状態を考慮した水関連の課題とビジネスリスクに対応している
 
目標は、水関連課題の深刻度に対応したものである 目標は、企業にとって明確な価値を生み出すものであり、望ましい状態を達成するためのアクションを促すものである


出典:UN Global Compact CEO Water Mandate, Pacific Institute, CDP, The Nature Conservancy, World Resources Institute, WWF, UNEPDHI Partnership Centre for Water and Environment (2019) Setting Site Water Targets Informed by Catchment Context: A Guide for Companies.

一方で、本ガイドの中では、目標値を計算するための詳細な方法論は示されていません。科学的に頑健なデータに基づいて目標値を導き出すことが理想的ではあるものの、現実にはそのようなデータは容易に入手できないことから、適切な推計に基づき、方向として正しい目標を設定するというアプローチが提案されています。

SBTWとして必ずしも取水量削減目標を設定する必要はなく、水質に関する目標や水源の生態系に関する目標を設定したほうが「流域における優先的な水課題」に対応している場合もありますが、多くの企業は、流域の状態を考慮した取水量削減目標の設定に関心があると思われます。以下では、米国の大手食品会社であるマースの事例を用い、SBTW(マース自らはCBWTという用語を使用)を設定するにあたっての一つのアプローチを示します。

マースの取水量削減目標の考え方は下図のとおりであり、バリューチェーン全体の取水量を目標設定の対象にしています。サプライチェーンにおける取水量のうち、目標の対象としているのは乳製品・肉を除く農産物であり、包材は含んでいません。マースの目標は、水ストレスが高く、持続可能な水準を超えて取水が行われている地域での地表水と地下水(ブルーウォーター)の使用量(400百万m3)を、2025年までに50%削減し、長期的にはゼロにするというものです。なお、マースは、WRI AqueductのBaseline Water Stress(BWS)が40%を超えている地域について「水ストレスが高い」と判断し、取水量に「40 / BWS(%)」を乗じた値を持続可能な取水量と定義しています。

マースウェブサイト

取水量削減目標の考え方

出典:マースウェブサイトに基づきKPMG作成

マースの目標と目標達成度の計算例を以下に示します。これは(架空の)Styx流域に立地する工場の目標の例ですが、この例では、Styx流域における「持続可能な水準と乖離している取水量」は933m3から450m3に減少、つまり、52%の削減を達成したということになり、この流域での2025年目標は達成されたことになります。

目標と目標達成度の計算例

2015年の取水量 = 2,000m3
Styx流域におけるBaseline Water Stress(BWS) = 75%
持続可能な水準と乖離している取水量 = 2,000 x(75 - 40)/75 = 933m3

2025年の取水量 = 900m3
Styx流域におけるBaseline Water Stress(BWS) = 80%
持続可能な水準と乖離している取水量 = 900 x(80 - 40)/80 = 450m3


地球の容量に収まるように人類の経済活動をコントロールしなければならないという「プラネタリーバウンダリー」の考え方が、研究者やNGOだけでなく、企業経営者からも示されるようになってきています。ストックホルム・レジリエンス・センターのロックストローム所長は、気候変動、海洋酸性化、成層圏オゾンの破壊、窒素とリンの循環、グローバルな淡水利用、土地利用変化、生物多様性の損失、大気エアロゾルの負荷、化学物質による汚染の9つの「プラネタリーシステム」を提示していますが、気候変動だけに注意を払えばよいわけではなく、淡水や生物多様性など、他のプラネタリーシステムにも配慮する必要があると言えます。

今回のSBTWはそのような考え方を反映したものであると言えますが、”Science Based Targets Network”の組成に見られるように、気候変動や淡水だけにとどまらず、生物多様性、土地、海洋といったプラネタリーシステムについてもSBTの考え方を適用しようという動きがあります。今後、中・長期的な環境目標の設定を検討する上では、プラネタリーバウンダリーの考え方がますます重要になってくると考えます。

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