IFRS第17号の改訂に関する議論の解説(週刊経営財務2019年5月20日号)
週刊経営財務(税務研究会発行)2019年5月20日号に、IFRS第17号の改訂に関する議論に係るKPMG/あずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
週刊経営財務(税務研究会発行)2019年5月20日号に、IFRS第17号の改訂に関する議論に係るKPMG/あずさ監査法人の解説記事が掲載されました。
はじめに
国際会計基準審議会(IASB)は、2017年5月にIFRS第17号「保険契約」(以下「IFRS第17号」または「本基準書」という)を公表した。その後、IASBは本基準書の適用にあたっての課題等をモニターするとともに、本基準書の適用をサポートするための会議体であるTRG(Transition Resource Group)を設置するなどの支援を行ってきた。これまでにTRGにおいて確認された適用上の課題や利害関係者から寄せられた懸念等を踏まえ、2018年10月のIASBボード会議から、本基準書の発効日の延期を含む基準書の改訂要否に関する議論が開始された。本稿では、2018年10月から2019年4月までに行われたIASBボード会議において、IFRS第17号の改訂に関するどのような議論がなされたのか、主要なポイントを解説する。
なお、文中の意見にわたる部分は私見であり、特に断りのない限り、項番号および付録は本基準書のものを指す。
IFRS第17号の発効日延期
一部の利害関係者は、当初予定されていた発効日までにIFRS第17号を適用する十分な時間がないとの懸念を示しており、発効日を延期することを要望していた。このような声に対しIASBは、発効日を延期することでIFRS第17号の改訂等により生じる導入作業の遅延に対応できるとの理解を示す一方で、発効日の過度な延期は認めるべきでないとの見解を示し、2018年11月のIASBボード会議にて以下の通り暫定決定した。
- IFRS第17号の発効日を1年遅らせ、2022年1月1日以降に開始する事業年度からとする。
- 一定の条件を満たす保険会社等に認められているIFRS第9号「金融商品」(以下、「IFRS第9号」の適用を一時的に免除するオプションの失効日についても、IFRS第17号の発効日にあわせる。
当該暫定決定により、財務諸表にIFRSを適用しているすべての企業は、2022年1月1日以降に開始する事業年度からIFRS第9号およびIFRS第17号を適用しなければならないこととなった。
改訂の暫定決定がなされた個別会計論点
IFRS第17号の発効日の延期が暫定決定された後は、保険負債の測定等に係る具体的な規定の改訂に関する議論が2019年4月まで行われた。以下は、2019年4月までのIASBボード会議の議論でIFRS第17号の規定を改訂するとの暫定決定がなされた主な項目の一覧である。
分類 | Topic |
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保険会社以外にも影響があるIFRS第17号の適用範囲の論点 | 1.重要な保険リスクを移転する貸付契約 |
2.保険カバーを提供するクレジットカード契約 | |
保険負債の測定、表示・開示に関する論点 | 3.更新契約に係る契約獲得キャッシュ・フロー |
4.一般的な測定モデルにおけるカバー単位の設定 | |
5.リスク軽減オプションの拡充 | |
6.元受契約が不利である場合の出再契約の処理 | |
7.保険資産・負債の財政状態計算書上の表示 | |
移行措置(IFRS第17号の適用開始)に関する論点 | 8.企業結合などで取得した支払備金に関する取扱い |
9.リスク軽減オプションに関する取扱い |
保険会社以外にも影響があるIFRS第17号の適用範囲の論点
貸付契約の中には、重要な保険リスクを移転するもの(例えば、契約者が死亡した際にローンの支払いが免除される住宅ローン契約)がある。一部の利害関係者はそのような貸付契約についてIFRS第17号を適用する準備ができておらず、仮にIFRS第17号を適用する必要がある場合には、そのための追加のコストが生じ得ることに対して懸念を示していた。
また、クレジットカード契約の中にも重要な保険リスクを移転し、保険カバーを提供するもの(例えば、クレジットカードを使用した顧客の買い物に関して、カードの発行者が保険カバーを提供する場合)がある。一部の利害関係者はそのようなクレジットカード契約についてもIFRS第17号を適用しなければならない可能性があることに対して懸念を示していた。そのような利害関係者の懸念を踏まえ、IASBは以下のような暫定決定を行った。
Topic |
暫定決定の内容 |
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1.重要な保険リスクを移転する貸付契約 |
貸付契約に基づく借手の債務の一部またはすべての決済のみを対象とする保険カバーを付した貸付契約について、IFRS第17号またはIFRS第9号のいずれかの基準を適用することができるようにする。 また、本件に関連するIFRS第9号の移行措置の規定については、以下のいずれも満たす場合にのみ要求されるものとする。 |
2.保険カバーを提供するクレジットカード契約 | クレジットカードの発行者が個々の顧客に関連する保険リスクの評価を反映せずに契約価格を設定する場合、当該クレジットカード契約はIFRS第17号の適用範囲から除外する。 |
保険負債の測定、表示・開示に関する論点
更新契約に係る契約獲得キャッシュ・フロー
企業は、新契約獲得時に代理店手数料などの新契約獲得に係るキャッシュ・フロー(以下「契約獲得キャッシュ・フロー」という)を支払う。ここで、更新契約を前提とした場合、更新後の期間が契約の境界線外と判断されれば、契約の境界線内にある当初の保険契約グループ(以下「当初グループ」という)の保険料だけでは契約獲得キャッシュ・フローを賄いきれず、当初グループが不利な契約となる可能性がある。こうした契約では、企業は更新後の契約で受取る予定の保険料も含めて契約獲得キャッシュ・フローを回収することを通常想定しており、一部の利害関係者は、そのような経済的な実態を財務諸表に反映できない可能性があることに懸念を示していた。
図表1 更新契約に係る契約獲得キャッシュ・フローに関する現在の規定
上記のような利害関係者の懸念等を踏まえ、IASBは以下のような暫定決定を行った。
Topic |
暫定決定の内容 |
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3.更新契約に係る契約獲得キャッシュ・フロー |
以下の通りIFRS第17号の要求事項を改訂する。 また、以下の開示を提供するようにIFRS第17号の開示規定を改訂する。 |
一般的な測定モデルにおけるカバー単位
IFRS第17号の一般的な測定モデルにおける契約上のサービス・マージン(以下「CSM」という)の各報告期間の純損益への認識は、1.契約に基づいて提供されるカバーの量、2.カバーの予想残存期間、を評価することで決定されるカバー単位への配分によって行われる(IFRS17. B119)。現在のIFRS第17号では、直接連動有配当契約以外の保険契約については、カバーの量と残存期間は保険サービスのみを反映し、投資関連サービスは考慮されていない※。
※直接連動有配当契約については、2018年6月のIASBボード会議にて、投資関連サービスをカバー単位に反映させることが明確化されている。
一部の利害関係者は、直接連動有配当契約以外の保険契約においても投資関連サービス等を提供するものがあり、カバー単位に反映されるべきであるという見解を示していた。
そのような背景を踏まえ、IASBは以下のような暫定決定を行った。
Topic |
暫定決定の内容 |
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4.一般的な測定モデルにおけるカバー単位 |
直接連動有配当契約以外の保険契約について、保険カバーと投資リターンサービスの両方を考慮してカバー単位を決定するようにIFRS第17号の規定を改訂する。 また、以下の開示を提供するようにIFRS第17号の開示規定を改訂する。 |
リスク軽減オプションの拡充
IFRS第17号B115~B118項では、デリバティブを保有することによって直接連動有配当契約から生じる金融リスクの軽減効果を純損益に反映させるオプション(履行キャッシュ・フローに金融リスクが与える影響の一部または全部を純損益に反映させるため、CSMの変動を認識しないことを選択できるとするもの。以下、「リスク軽減オプション」という)を定めている。
一部の利害関係者からは、再保険契約の経済的影響として、金融リスクと非金融リスクの両方を企業から再保険者に移転するものがあり、再保険契約(出再保険)を保有する場合においても、デリバティブを保有する場合と同様のリスク軽減オプションを認めるべきであるとの指摘があった。そのような指摘を踏まえ、IASBは以下のような暫定決定を行った。
Topic |
暫定決定の内容 |
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5.リスク軽減オプションの拡充 |
企業が金融リスクを軽減するために再保険契約(出再保険)を使用する場合に、直接連動有配当契約に対して、リスク軽減オプションを適用することができるようにする。 |
元受保険契約が不利である場合の出再契約の処理
現在のIFRS第17号では、当初認識後において、元受保険契約が不利な契約となった場合、元受契約の損失に対応する再保険契約の履行キャッシュ・フローの変動が純損益に認識され、会計上のミスマッチは生じない(IFRS17. 66(c)(ii))。一方で、当初認識時において元受契約が不利な契約となり損失を認識する場合であっても、同時に認識される再保険契約により対応する利得は認識されず、会計上のミスマッチが生じる。一部の利害関係者は当該会計上のミスマッチを指摘しており、IASBは以下のような暫定決定を行った。
Topic |
暫定決定の内容 |
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6.元受契約が不利である場合の出再契約の処理 |
以下のいずれも満たす再保険契約(出再保険)において、当初認識時に元受契約が不利な契約となった場合に、対応する利得を認識する。 (a)元受契約の損失を比例的(Proportionate basis)にカバーする。 (b)元受契約が発行される前に、または同時に発行される。 |
保険資産・負債の財政状態計算書上の表示
現在のIFRS第17号では、資産ポジションにある保険契約グループと負債ポジションにある保険契約グループとを区別して財政状態計算書に表示することを要求している(IFRS17. 78)。一部の利害関係者は、この要求事項により、企業は保険料のキャッシュ・フローや発生保険金に係る負債を各保険契約グループに配賦し、各保険契約グループが資産ポジションにあるのか負債ポジションにあるのかを判断しなければならず、これがIFRS第17号を導入するうえでの重要な課題であるとの懸念を示していた。そのような懸念を踏まえ、IASBは以下のような暫定決定を行った。
Topic |
暫定決定の内容 |
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7.保険資産・負債の財政状態計算書上の表示 |
保険契約資産および負債の表示について、保険契約グループではなく、保険契約ポートフォリオレベルで区分して表示する。 |
移行措置(IFRS第17号の適用開始)に関する論点
企業結合などで取得した支払備金に関する取扱い
現在のIFRS第17号では、企業結合などにより外部から取得した支払備金※(保険金請求が取得日以前になされているもの)について、発生保険金に係る負債ではなく、残存カバーに係る負債として処理することが求められる(IFRS17. B5、B93、BC323)。
※IFRS第17号やアジェンダペーパー等における表現は「決済期間中の契約(Contracts in their settlement period)」となっている。
図表2 企業結合などにより取得した支払備金に関する現在の規定
一部の利害関係者は、企業結合などで取得した保険契約であっても、企業が自ら発行した保険契約と同じシステムで管理され、実務上は両者を区別することができない場合もあり、したがって、企業が自ら発行した保険契約に係る支払備金を発生保険金に係る負債とし、企業結合などにより取得した支払備金を残存カバーに係る負債として区分することは実務上不可能な場合があるとの懸念を示した。
そのような懸念を踏まえ、IASBは以下のように移行措置(IFRS第17号の適用開始)に関する規定を改訂する暫定決定を行った。なお当該改訂はあくまでも移行措置における取り扱いを定めたものであり、IFRS第17号適用後に生じた企業結合などにより取得した保険契約の取扱いについては、特段の改訂は決議されていない。
Topic |
暫定決定の内容 |
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8.企業結合などで取得した支払備金に関する取扱い |
修正遡及アプローチを適用する場合における特定の修正項目として、または公正価値アプローチを適用する場合において、移行日以前に企業結合などで取得した支払備金を発生保険金に係る負債として区分することができるようにする。 |
リスク軽減オプションに関する取扱い
現在のIFRS第17号では、B115~B118項で規定されているリスク軽減オプションについて、IFRS第17号の適用開始日よりも前の期間に遡及的に使用してはならないとしている(IFRS17. C3項(b))。
一部の利害関係者は、IFRS第17号の適用日以前にリスク軽減の実態があったとしても適用日から将来に向かってのみ使用されることについて懸念を示していた。そのような懸念を踏まえ、IASBは以下のような暫定決定を行った。
Topic |
暫定決定の内容 |
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9.リスク軽減オプションに関する取扱い |
IFRS第17号の移行日までにリスク軽減の実態を有している場合には、IFRS第17号の移行日から将来に向かってリスク軽減オプションの使用を認めるようにする。 また、以下のいずれも満たす場合に限り、直接連動有配当契約のグループに公正価値アプローチを適用して、リスク軽減オプションを遡及的に使用することができるようにする。 |
改訂の暫定決定がなされなかった主な個別会計論点
集約レベルの規定については、一部の利害関係者は現在のIFRS第17号の規定が規範的であり細かすぎる(特に、年次コホートを最大の集約単位とする要求事項など)といった見解を示しており、集約レベルの規定をより緩和するべきであるとの要望があった。IASBは、そのような利害関係者の要望を踏まえつつも、不利な契約の損失や企業の収益性の傾向を適時に認識することがIFRS第17号の重要な点であり、集約レベルに関する現在の規定は そのような情報を提供するための基礎となるものであるといった見解を示した。したがってIASBは、集約レベルに関する規定を改訂せず、現在のIFRS第17号の規定を維持する旨の暫定決定を行った。
測定アプローチに関しては、現在のIFRS第17号の規定では、再保険契約は直接連動有配当契約とはなり得ないとされている(IFRS17. B109)。一部の利害関係者は、このようなIFRS第17号の規定では、特に元受契約が直接連動有配当契約である場合に、対応する出再契約との間で会計上のミスマッチが生じ得るとの懸念を示しており、元受契約が直接連動有配当契約である場合には、対応する出再契約も直接連動有配当契約として変動手数料アプローチの適用を認めるべきであるという提案をしていた。IASBは、そのような声を踏まえつつも、再保険契約(出再・受再契約ともに)は変動手数料アプローチを適用するべき直接連動有配当契約の定義を満たさないという見解を示し、現在のIFRS第17号の規定を維持する旨の暫定決定を行った。なお、本件について改訂の暫定決定をしない一方で、前述の「リスク軽減オプションの拡充」についてIFRS第17号を改訂する暫定決定がなされている。元受契約に対して変動手数料アプローチ、出再保険に対して一般的な測定モデルを適用している場合、金融リスクの仮定を変更した際の会計処理が元受契約と出再契約で異なり、会計上のミスマッチが生じることが想定されるが、出再契約に変動手数料アプローチを適用する代わりにリスク軽減オプションを使用することで、当該ミスマッチの解消が期待される。
上記の他にも、利害関係者の懸念等を踏まえIFRS第17号の適用上の課題としてIASBが認識していた項目※が列挙されていたが、前述の改訂項目以外については、現在のIFRS第17号の規定を維持する旨が暫定決定された。
※具体的な項目については、2018年10月のIASBボード会議 アジェンダペーパー2Dを参照。
IFRS第17号に関連する年次改善(Annual Improvements)について
IFRSの年次改善プロセスは、IASBが意図しない解釈がなされることを防ぐために基準の文言を明確化するなど、比較的軽微な改訂を行うプロセスである。2019年4月のIASBボード会議※では、投資要素の定義など、IFRS第17号の文言等に関して、当該プロセスにより改訂を行うべきであるとIASBスタッフが提案する項目があげられ、IASBスタッフの提案通りに暫定決定された。
※IFRS第17号に関連する年次改善の内容は、2018年6月のIASBボード会議においても議論されている。2018年6月の議論も含めた年次改善の内容については、2019年4月のIASBボード会議 アジェンダペーパー2Dを参照。
Next Step
2019年5月以降のIASBボード会議では残りのSweep Issueに関する議論等がなされる予定である。また、IASBスタッフは、これまでの暫定決定を反映した公開草案(Exposure Draft)を2019年6月末に公表する予定としている。